人間だから欲望に弱いんだよ

 読書をする際は椅子に座り、正しい姿勢で読まないと視力が悪くなると小学生の頃に口酸っぱく言われた気がするが、そんなものを守るほど青仁は真面目な人間で無い。故にこうして制服姿のままベッドの上に転がっているし、手には机の上に積んでいたミステリー小説が握られているのだ。

 具体的に言うと現状は体育祭の前日故に明日に備えろとか何とかで、通常より帰宅時間が早かった結果である。舌の上でサ○ミアッキを転がしながらの読書、嗚呼なんて有意義な時間だろう。


 とはいえ青仁も立派な現代を生きる高校生なのだ。その証拠にベッドの上に転がされたスマホは、今日も元気に通知音を吐き出している。一応そろそろ確認しておくか、と青仁は読書の手を止め、スマホに触れた。


『なんかスーパーに炭酸おしることかいうお前が好きそうなのが売ってたんだけど』


 まず一件目、どうやらスーパーに行っていたらしい梅吉が青仁の食料に対する情報提供をしてくれたようだ。梅吉の予測通り、確かにその炭酸おしることやらは青仁の琴線に触れた。もしまたどこかで見つけたら買っておいてくれ、代金は多めに払うから、と返信する。


『なあ赤山と空島が応援団ってことはあの衣装着るんだよな?ついに鉄壁タイツの空島の生足が拝めるんだよな?』

『お前ここのL○NEグループにあいつらいるの忘れたのか?』

『あいつ死んだな』

『女子からハブられて消去法的にここにぶち込まれたあの伝説を知らねえのかよ』


「もうこれ既読無視でよくないか?」


 二件目、クラスL○NEの男子のみの方。別名童貞の集いが今日も元気に童貞をやっているようだった。梅吉はまだ気がついていないのか既読無視をしているのか特に反応していなかったが、正直青仁も反応する気が起きない。というかこの手の話題にどう返せば良いのか普通にわからないのだ。

 下手なことを言ったら冗談で済まされないような事態になる程度には童貞の心は単純で脆いということを、当事者に限りなく近い存在である青仁は熟知している。そんなロシアンルーレットじみた事をやってまで反応してやる気は全くない。


 続いて三件目──


『三日前放課後に教室にいなかったか?』


「ヒョアッ?!」


 なんかホラーメッセージが届いていた。反射的にスマホをベッドの上に放り出す。


「い、いいいいいやバレてない、バレてない、はず」


 ベッドの上でのたうちまわりながら、動揺を口に出した。送り主は当然と言うべきか一茶である。つまりは青仁と梅吉が放課後教室に残っていたあの日に、「百合の残り香がする」とか何とか言いながら突撃してきたキショい男だ。


『いやいなかったけど』

『急にどうしたんだ?』


 スマホを拾い、恐怖に震える指で誤字を生み出しては消してを繰り返しながらも、どうにか返信する。直接聞かれなくてよかった、聞かれていたら隠蔽できていた自信がない。L○NEが今日以上に頼もしいもののように感じられた日があっただろうか。

 ひとまずこれで危機は去ったはずだ、と青仁はスマホをスリープ状態にして再び小説を手に取ろうとするも、すぐさまスマホが通知音を発した。どうやら奴は随分と暇をしていたらしい。


「……既読無視していいかな」


 しかしここで既読無視をしたらしたで、直接聞きに来るのが一茶という男であることを青仁は知っている。そうなってしまえば一巻の終わりだ。故に青仁に残された選択肢は、今この場で一茶に返信することだけである。


「見たくねぇ……」


 呻きながらも限りなく薄目で、青仁はスマホのスリープ状態を解除する。


『いや、三日前の放課後に部活から逃げて廊下を徘徊してた時に、青仁のとこの教室から百合の気配がしたんだよ』

『だから女子校の壁になる為の訓練の一環として行ったんだけど、誰も居なかったんだよな』

『でもお前のクラスで百合、もしくは百合に近い何かってお前と梅吉しかありえないだろ?』

『だから僕が気がつけなかっただけで居たのかと』


「何なんだよアイツ!どうなってんだよマジで……!」


 全知全能を手に入れたのかとでも問いたくなるような的確な指摘に、青仁の背筋が凍りつく。下手にサイコホラーを見るよりよほど現実的なホラーであった。全知全能というよりかは対百合限定全知全能とかだろうな、と現実逃避的に適当なことを考えながらも青仁は返事をひねり出す。


『別に俺と梅吉はそういうのじゃないからな?』

『本当にいなかったよ』


 正直この程度の訂正が奴に効くなんて流石の青仁も思っていない。それでも訂正しないよりはマシだろうと足掻いた。

 先ほどと同じように即座についた既読に恐怖を抱きながらも、青仁は返信を待った。


『そうか』

『姿が見えないのに掃除用具入れから濃厚な百合の気配がしたから、てっきり二人でそこに隠れてたのかと思ってたんだよ』

『まあ現実的に考えてそんなご都合主義な事が起こるわけないしな。二次元じゃあるまいし』


「〜〜〜〜〜〜ッ!」


 急激に熱を持った頬を誤魔化すように、青仁はスマホを放り投げた。そのまま枕に顔を埋め、ジタバタと足をベッドに叩きつける。

 あの時は体育祭練習の疲れといつになく美味しいシチュエーションに頭をやられていたのだ、と今なら思えるが。後悔は先に立たないから後悔なのであって。正直なところ梅吉のおっぱいを揉めて良かったなあ、だとかおっぱい揉まれてる時の梅吉の顔最高だったなあ、という至極男性的な感想のまま無意識に脳をとどめていた節があり。

 つまりは二次元でしか起きないようなベタな恋愛モノシチュエーションを、自分たちは実行してしまった事を時間差で青仁は正しく認識してしまったのだ。これについて深く考えると一茶との女の子になってからのファーストコンタクトみたいなことになりそうだったので、当初の目的通り女の子とイチャつけてよかったなー、と思考を放棄した。


 そしてそのまま、既読をつけたまま放置することにより一茶に怪しまれないために、青仁はどうにかスマホを手に取ってのろのろと返信を入力した。


『そんなことするわけないだろ』


 とはいえまともな事を考えられるほど、今の青仁の脳みそが働けるはずもなく。故にそっけない言葉を送ることぐらいしかできない。

 これで一茶の用件は終わりだろう、と青仁は再びスマホを閉じて読書に戻ろうとしたのだが、一茶はそうでもないらしくピンロンと嫌に軽快な通知音が鳴り続けている。一体これ以上なんの話があるのだと、精神的に瀕死の状態で青仁はスマホを再びL○NEを見た。


『だよな。流石に僕が夢を見過ぎている』

『それで本題なんだが』

『https://〜』


 本題じゃなかったのかよ、と衝動のまま打ち込みたくなるのを堪えて青仁は一茶が送りつけてきたリンクを踏む。一体どんなヤバいものが送り付けられたのだろうと身構えていた青仁だが、表示されたページに拍子抜けした。


「……カフェ?」


 なんか妙に小洒落た感じのカフェのSNSの投稿だ。そしてその内容は以下の通りである。


『カップル限定♡チェレンジパフェ!制限時間以内に食べ切れればお代はいただきません!』


 添付された画像にはこれでもかとクリームが盛りに盛られた巨大なパフェだ。比較用に一緒に写りこんでいる店員らしき女性から考えるに、相当大きなものだろう。

 もしかして一茶は送る相手を間違えているのではないか?と首を捻る。梅吉ならば喜びそうな内容だが、あいにく青仁は大食いでは無い。そもそも梅吉も特別甘いものが好きでは無いからここまでのものはいらないだろうなと思いつつ、返信を入力していく。


『送るべき相手間違えてるぞ』

『俺じゃなくて梅吉に送れよ』

『まああいつもおやつより主食のが好きだからどうでもいいと思うけど』


 起き上がり、ベッドの上に座り込む体勢で対抗する文言を青仁が打ち込み始めるも、残念ながら一茶がメッセージを送信し終える方が早く。


『これを口実に梅吉をデートに誘えって言ってんだよ』


「あ゛?!?!?!?!」


 青仁は盛大にスマホを床に吹っ飛ばした。


 デート。今スマホにデートとかいう文言が表示されていなかったか?いやきっと気のせいだろう青仁は連日の体育祭練習で疲れているのだから。そうだそうに違いない、と吹っ飛ばしたスマホの安否を気にしつつスマホを拾い上げる。


『既読無視か?ならもう一回言ってやる』

『大食いメニューを口実に梅吉をデートに誘え』


 もう一度取り落としかけた。なおスマホの液晶は幸運にもヒビ一つ入っていなかったが、青仁の心はヒビどころの騒ぎではなかったので何も良くない。それでも返信をしない訳にはいかないので、どうにかスマホに平静を装った返信を打ち込


『なまにろのにあそ?まの』


 めなかった。正常に動かない指はイカれた挙動しかこなせず、ある意味これ以上無いほど感情にあふれた文章を送信してしまう。


『草』

『死ぬほど動揺してるじゃん』


 そんな動揺丸出しの代物を送ってしまえば、当然一茶には全てがバレてしまうわけで。きっとこれが文面でなければ思い切り馬鹿にされていたのだろう、本当にL○NEで良かったと心の底から思いつつ。反撃の狼煙を上げたのだが。


『なんで唐突にそんな事言ってくんだよ』

『いやちょうど良いかなって』

『何が???』

『お前と梅吉が恋愛的に仲を深めるために』


「はあ?!何言ってんだよあいつ?!」


 青仁は盛大にスマホを床に吹っ飛ばした(再放送)。


 吹っ飛ばしたスマホを拾い上げ、再び認識したくない画面の奥の現実を凝視する。そも何故自分たちが恋愛的に仲を深めなくてはならないのだ?梅吉と青仁はあくまで利害の一致により、こうして恋人関係(仮)になっているというのに。そこから(仮)を取り払う必要性を、少なくとも青仁は感じていないのだが。


 というような旨を、恋人関係云々を抜きにして青仁はL○NEに叩き込んだのだが。返ってきたのはバッドコミュニケーションの証のような生ぬるい視線を送ってくるスタンプであった。


『お前の中で俺と梅吉が完全に誤解されてることはわかった』

『誤解じゃないさ』

『ただちょっと百合フィルターが発動しかけてるだけで』

『そのフィルターぶっ壊してやろうか』

『僕の目に癒着してるから無理だな』

『じゃあお前の目を抉りとるわ』


 自分たちの関係性を否定する為であれば、最早青仁に手段を選ぶ気は全く存在していなかった。即レスで一茶に噛みつき続ける。


『やめろ僕はリョナは専門外だし僕がリョナられてもどこにも需要がない』

『リョナって何?』

『説明が面倒』

『ていうか好きじゃないから説明したくない』


 よくわからないが別に聞いても楽しくなさそうだな、と青仁は片付ける。このまま話を逸らそうとしても、根本的に一茶が興味を持たない話題という時点でそのようなことは不可能だろうと感じたので。

 故に今の青仁が望むのはこのまま全てが有耶無耶になって、会話自体がフェードアウトしていく流れだったのだが。


『それで梅吉を誘うための最適なシチュエーションだが』


 頭を百合に侵された残念な男は、脈絡を完全に無視して話を強制的に進めてきた。


『なんでそうなるんだよ?!』

『土曜日に体育祭があるから、月曜日が振替休日になるだろ?そこに体育祭の憂さ晴らしも兼ねて梅吉を連れ出す』

『どうせあいつ今年もパン食い競争の秘密兵器として投入されてるんだろ?絶対ストレス溜まってるから来るぞ』

『俺が梅吉を誘う前提で話を進めるな!!!!!!』

『イッサホイサ! がスタンプを送信しました』


 ?と可愛らしいキャラクターが首をかしげているスタンプが送られてくる。いっそ清々しい程こちらの意見を無視する構えであった。


『さっきも言ったけど俺は別にあいつと付き合いたいとは思ってないからな?!』

『あんなにお前好みの美少女なのに?』

『だって中身梅吉だし』


 正直中身が梅吉であるからこそ、あそこまで自分の感情が乱されている気もするが青仁の完全なる勘違いであろう。というかそうとでも思わないとやっていけない。認めてしまったら、なんというかそれこそ本当に、自分が……という話である訳で。


『そうか』

『でもお前らがくっついた方が面白s』

『世界に百合の可能性が増えるからな』

『言い直してもただのクズじゃん』


 完全なる愉快犯にスマホ越しに半眼を向ける。やはりろくでもない、こんな奴の話なんて取り合うだけ無駄だと今度こそ青仁が既読無視を決め込もうとしたその時。


『じゃあ僕からお前のメリットを提示してやろう』


「は?」


 なんか一茶が妄言をほざきはじめたな、ついに狂ったか?いや奴に限っては妄言吐いてるのが平常運転か、と青仁は処理する。己にメリットなぞ何一つないだろう、青仁はそう当たり前に考えていたのだが。


『好みの美少女からデートに誘われて動揺するお前好みの美少女が見れるぞ』

『やる』


 アホはアホの企みに二つ返事で乗ってしまった。

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