デートと勘違いを組み合わせるな その3

「大丈夫なんで」

「いやその」

「あー、オ、わたしめちゃくちゃ食べるんで、気にしないでください」


 おそらくただの親切な店員なのだろう、心の底からこちらの事を案じてくれているだけらしい彼女を梅吉が押し切る。確かに大食いメニューと言うと一般的には二郎系などが最も有名で、かつ男性が食べているイメージが強いことを考えるに、女性が大食いであると言うことは少ないのだろう。

 別に梅吉はめちゃくちゃ大食いという訳ではないが。


「わ、わかりました……。その、当メニューにつきましては恋愛的な意味でカップルである必要はございませんので」


 なんて事を考えていたら、唐突に爆弾が投下された。


「……はあ?!」

「えっちょ、え」

「ですが、当メニューを口実にカップルとして来てくださるのは大歓迎ですよ!どうぞごゆっくり、お寛ぎください」


 朗らかに営業スマイルを浮かべた店員は、梅吉と青仁の驚愕も他所にすたすたと去っていく。その様は正しく店員の鑑であったが……今、彼女はなんと言った?


「う、ううう梅吉。お、俺たちどう見え」


 珍しく、梅吉より一足先に現実へと復帰した青仁が挙動不審気味に慌てふためきながら梅吉に問いかけるも。


「ぱふぇはおいしそうだなー」

「う、梅吉ー?!」


 思考停止した梅吉の口からは、IQが溶けきった発言しかでてこなかった。


「い、いやだってまさかカップルじゃなくて良かったなんて」

「完全に梅吉の早とちりだったな。まあいいけど」


 どうやら青仁は気がついていないのか、それとも気がついた上でどうでも良いと判断したのか、至極平然とした調子を保っている。そこまでいつも通りだと、動揺しているこちらが馬鹿みたいじゃないか。

 きっとこの辺りで梅吉は口をつぐんで良かったのだろう。結局この世の中、何も言わずに大変な目に遭うよりも、失言をしてそうなることの方が大多数なのだから。しかしそうもいかない感情論がこちらにはある。



「て、ていうかさ、オレら、ほ、本当にカップルに見えるんだな……?」



 なにせ今の梅吉は、自ら墓穴を掘るような真似をしてまで吐き出さないと、自らの内に渦巻く感情に耐えきれず爆発してしまいそうな気さえしたのだから、仕方ないだろう?

 故に何故その事実が梅吉の心を揺さぶるのかもわからず、衝動のままにこぼす。


「〜〜〜お、おま、本当に、そういうとこだぞ?!」


 そしてそれは梅吉本人に自覚こそなけれど、自分たちが恋人同士に見えたことに安堵する美少女という絵面でしかなく。青仁の琴線に突き刺さり、青仁の顔を真っ赤にさせて叫ばせる事となった。


「し、仕方ねえだろなんかこう、感慨深いというか、あーオレだって自分で言っててよくわかんねえんだけどちょっと安心したんだよ!」

「梅吉俺が女の子になってて本当に良かったな!」

「どういう意味だよ」

「男は皆狼って言うだろ言わせんな恥ずかしい!」


 自分好みの美少女の瞳に灯った、外見に似合わない直接的でどろりとした劣情。どう考えても青仁の本来的な獣欲由来のそれに。


 一瞬ぞくりと背筋が粟立つ。美少女が、美少女としての己を求めている状況に、梅吉は得体の知れない興奮を覚えてしまった。


「か、仮にお前が男のままだったとしてもお前ヘタレだから絶対手なんか出せてねえだろ?!」


 至極当然のような決定的に何かを間違ってしまったような、奇妙な己の反応に他でもない自分自身が混乱している事を悟らせないように、即座に反論をひねり出す。それを認めたら、自分の中の何かが取り返しがつかない程に変質してしまう気がしたから。


「そそそそそんなこと無いしぃ?!お、俺は梅吉みたいなヘタレチキン童貞とは違うから、いざとなればこう、一発」

「そのハンドサインやめろ、絶対こんなおしゃれな場所でやるべきものじゃないから。後オレはヘタレチキン童貞じゃないしその称号が一番似合うのはお前だろ」


 予想通り慌て始め、左手で丸を作り右手の人差し指を抜き差しするという、この場に生み出してはいけない構図を作成し始めた青仁をたしなめる。これでどうにか誤魔化せただろうか。


「いや違うから。何言っちゃってんのお前」

「お前、新学期始まってからオレ以外の女子とどれだけ話した?」

「……ほら、あるじゃん。明日から本気出すっていう有名な言葉。あれだよあれ」

「やる気無いだけじゃん」

「逆だよやる気だけはあるんだ、でもやる気だけじゃこの世はどうにもならないだろ……?」


 縋るようにこちらを見てくる眼差しこそ可愛らしいが、音声と前提条件がだめだめである。平常運転に戻りつつある会話の流れに安堵しつつ、梅吉はばっさりと切り捨てた。


「いやこれはやる気でどうにかなる問題だろ」

「じゃあお前女友達いるのかよ?!いないだろ?!俺ら女子になったはずなのに!」

「それは本当に謎。なんでだろうな」

「俺らに話しかけてくる人すらいないよな。完全に放置プレイ」

「大体話しかけられても事務連絡」

「それな」


 女の子になってしまっても女友達が増える気配が全く無いという永遠の謎に二人が挑んでいると、店員ががらがらとカートを押しながら二人の席へと近づいてきた。どうやら、ついに本日のメインディッシュがやってきたらしい。


「お待たせしまた〜チャレンジパフェとダージリン、スコーンセットです。」

「うわすご」

「おー!」


 そこに載せられていたのは、一般的な縮尺のパフェをこれでもかと大きくしたようなものであった。大量のホイップクリームとストロベリーソースに埋もれるように、フルーツが顔を出している。

 青仁が頼んだ紅茶とスコーンのセットも一緒に持ってきてくれたらしい、パフェと比べると完全にミニチュアと化しているが、こちらはこちらで美味しそうだ。


「今から制限時間の三十分をこちらで測らせていただきます。終了時刻に近づき次第、店員が再び戻って来るシステムです。それよりも早く完食なさった場合は呼び鈴で店員を呼んでください。ご準備はよろしいでしょうか?」

「はい!」


 いつになく瞳をきらきらと輝かせる梅吉に、青仁による生ぬるい視線が向けられている気がするがそんなものはどうでも良い。それよりも梅吉は眼前の巨大パフェを食する方が重要なのだから。


「それでは、始め!」

「いよっしゃー!」


 店員が一礼して去っていき、梅吉はフォークを握りしめてパフェへと突き立てる。そのままごそりと引き抜けば、普段は中々お目にかかることはできないような量のホイップクリームがごっそりとまとわりつく。最高である。


「青仁これマジで楽しいぞ!情報提供さんきゅー!」

「喜んでもらえて何よりだけど見てるこっちが胸焼けしそう。後今気がついたけどこれ、本来は二人で挑む大食いメニューなんじゃないの?」


 最高潮に機嫌が良いのでフォークを口元に運ぶ傍ら素直にお礼を述べたら、青仁からぼそりと奇妙な予測がもたらされる。


「……えっそうなの?これ一人前じゃねえの?」

「いやだってこれカップル限定……つまり二人組で注文する前提なんだろ?だったら二人前なんじゃね?」

「そうかもしれないけど美味しいから大体おっけー」

「やっぱお前の胃袋イカれてるよ」


 呆れと親しみがこめられた罵倒を聞き流しながら、パフェを味わう。質より量という言葉がこの世に存在しているが、このパフェは梅吉的にそのどちらも満たしている最高のおやつだった。しかも時間内に食べきれれば無料となのだ、もしかしてこれは梅吉のために作られた食べ物なのではないかと思ってしまう程である。


「もぐ、そっちのスコーンはどうなんだ?」

「美味しいよ、メープルシロップももらえたけど、このなんとかクリームってやつが特に最高。後紅茶はなんか美味しいけど形容し難い味してる」

「美味しかったものの名前ぐらい覚えとけよ」

「横文字をかっこよくぱっと覚えられたら苦労しない」

「大変そうだな世界史1」

「いや流石に3は取ってるから!」


 現在梅吉が挑んでいるパフェには時間制限がある、故にいつも通りの言い合いをしながらも、梅吉は凄まじい速度でパフェを消費していく。


「いやあ〜美味しいパフェをこんなに食べれるなんて最高だな!」


 無自覚に珍しく邪気のない純粋な笑顔を浮かべながら言う。本心から出た、他意のない純真な喜びの感情を全面に押し出す梅吉。それを眺めながらちまちまとスコーンと紅茶を消費していた青仁が、しみじみと呟いた。



「かわいいなあ……」



 それも、本心から抱いた感情によりあふれた言葉だった。ゆるゆると目を細め、穏やかに告げられたそれに。猛烈な勢いでパフェをかき込んでいた梅吉の手が一瞬停止する。


「……おい青仁、な、んでそういうことするかな」


 なにせ梅吉の視界に映ったそれは、青仁の本心を推察できない程度には有り体に言って梅吉の性癖に突き刺さるものであり。何故ここでそんな年下を愛でるお姉さんムーブを唐突にかますのか、今そんな流れじゃなかっただろうとツッコミを入れたくなるような対象としてしか捉えられなかったのだから。


「ナ、ナニモイッテナイヨ。コンナヨクワカンナイトコデジメツシタリナンカシテナイヨ」


 青仁が動揺して言い訳を述べ始める。何故己ではなく青仁が動揺しているのかまるで理解できず、本来ならば問い詰めてでも吐かせる流れではあったが、今の梅吉にとっては青仁の弁明よりも目の前の巨大パフェの方が重要であったので。


「予告なしにお姉さんムーブするなオレの亡き息子が食事中に反応したらどうしてくれる」


 実は青仁がわざとやった訳ではなく単なる素の言動であったというオチに気が付かぬまま、梅吉は巨大パフェの攻略へと戻って行った。


「あっはい……いや死んでるなら反応しようがなくない?」


 拍子抜けしたように目をぱちくりとさせている青仁も、梅吉の視界には入らない。


「死という概念がちんこに存在する限りちんこが亡霊となりオレに取り憑くことも不可能ではないだろ」

「何言ってんだこいつ」


 梅吉の思考能力のほぼ全てが目前の巨大パフェに向けられているが故に、口から適当な言葉が出ている気がするが、どうせ相手は青仁だし構わないだろうと無視する。


「……俺、もしかしてやばいのか?」


 なんか青仁が呻いていた気がするが、十中八九どうでも良い内容なのでこれにも反応しない。

 そうして梅吉が自分の世界に行ってしまった青仁を放置して巨大パフェに真っ向から挑み続けた後。


「いよっしゃ完食ー!」


 ついに、巨大なグラスはからっぽになった。無論制限時間以内に、である。


「うわマジで完食してるよこいつ、怖」

「怖いってなんだよ怖いって。店のルール通りに挑んでルール通りに達成した、それだけだろ」

「じゃあさっき完食を確認した店員の顔を思い出してみろよ」

「?」


 店員に言われた通り梅吉は完食した後すぐさま呼び鈴を押したのだが、確かに梅吉達のテーブルにやってきた店員の顔は何故か引きつっていた気がする。


「なんか営業スマイルが上手くできてなかったよな。疲れてたのかな」

「いやちげーよお前にドン引きしてたんだっての。俺がどう見ても手を貸さずに完全に一人で食った気配しかしなかった上、普通に制限時間内に食べ切ってきたから」

「ルール違反してないのになんでドン引きされるんだ」

「ルール違反はしなかったけど縛りプレイはしてたからじゃねえかな……」


 青仁が呆れたように梅吉を見て、梅吉は首をひねる。

 一方その頃店では、巨大パフェをメニューに加えてから初の実質単独攻略者(推定JK)という奇怪な存在に常識を破壊されていたりしたが、二人の預かりしれぬ話である。


「まあいいや、美味しかったし。ちゃんと時間内に完食できたし」

「そうか……」

「ってことでちょっとお腹休めしたら昼飯食いに行こうぜ!この辺りって何があったっけ」

「お前まだ食うの?!」


 梅吉は一般的な発言をし続けていただけだったのだが、昼食を探すためにスマホを取り出すと信じられないものを見るかのような目を青仁に向けられる。

 心外な、それはドリンクバーで吐瀉物を錬成した後美味しいとかほざいてる時のお前に向けられるべき目だろと思いながらも、梅吉はスマホを操作し続けた。

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