カラオケに現実を持ち込むな その1
Q.学生でも簡単に手に入れられる大体なにしても許される感じの密室ってな〜んだ?A.カラオケ。
と言う訳で現在梅吉と青仁は放課後を利用してカラオケに来ていた。以前の梅吉のやらかしによる青仁への埋め合わせも兼ねて、ファミレス以外にドリンクバーがある場所、ということである。なおかつ前二人で話題にしていた美少女ボイスでカラオケしたら面白そうじゃね?という思いつきの達成も含まれていた。
しかし二人は、思わぬところを失念していたのである。カラオケのテーブルの上を埋める頼んだ食べ物達と曲を選択する機械の隙間でべちょりとだらけつつ、二人は呻いた。
「そういえばオレら、別に歌がそんなに上手いわけじゃないもんな……」
「美少女になったからって歌の技術まではついてこない、と」
そう、いくら声帯が最高に可愛かろうと、中の人がさして歌が上手くなければ宝の持ち腐れであるということを──!
「美少女ボイスで若干お茶を濁されてる感はあるけど、結局はただの凡人の歌声だしなあ」
「だよなあ。あっでもデュエットは楽しくなかったか?」
「わかる。美少女と美少女がきゃいきゃいしてる感じで中々楽しかった。音声録音したら一茶辺りに売れそうなレベルだよな」
「あいつガチで財布ごと叩きつけそうだからやめろ。流石に哀れすぎる」
経済力という悲しい事情においては、梅吉達の周辺の中では一番一茶が低いのである。ちなみにその手の事情では梅吉が一番高いが、大半食費に消えているため交友費的にはあまり変わらない。
「なんで一番金欠のくせに一番金出すのに躊躇しねえのかな……ところで青仁、次何頼む?」
「俺もういらない。ドリンクバーだけでいい」
「逆にお前まだゲロ錬成すんの?もう十分錬成したじゃん」
「いいやまだだ、まだいける」
「どこに向かってんだよお前は」
「それはこっちのセリフだよ。言っとくけど俺が手ぇつけてないやつはお前が払えよ。割り勘しねえからな」
「うっ……」
ほら、この通り。こうして梅吉の財布は軽くなっていくのである。説明と実演のテンポがとても良い、セールスプロモーションに使えそうなぐらいだ。関係ないところでセールスプロモーションの予行演習をするな。
「ま、まあいい。とりあえずオレはポテト追加注文するから、青仁はドリンクバーに行ってきたらどうだ?」
「結局頼むんじゃん」
「うるせえ」
当たり前だ、この程度で足りるはずがないだろう。むしろ机が狭すぎるぐらいだ。なんてことを思いながらも、梅吉はドリンクバーに向かう青仁を見送る。何も選曲していないときに流れる画面と自身のスマホをぼんやりと長めつつ、ポテトの追加注文を済ませていると、五分ほどで青仁が帰ってきた。
「うっわついにドリンクバーの上からソフトクリームとチョコスプレーまで散布し始めやがった」
「いやだってさあ、やるしかないだろ常識的に考えて」
ドブのような色をした液体に、混ざりきっていない白い何かとポップな色合いの粒が所々覗くという、最悪の物体を錬成しやがった青仁に梅吉はドン引きの眼差しを向けた。
「覚えておけ、お前の常識は世間の非常識、オレの常識は世間の常識だ」
「前者はまだしも後者だけはない、絶対にない。ていうかお前マジで面白みないよな〜もっとスリルとか味わおうと思わないの?」
「お前の錬成物を横で見てるだけで十分スリリングだからな、その心配はいらねえよ」
梅吉の目の前にはなんの変哲もないメロンソーダの上にソフトクリームを絞り出しただけのものが置いてある。さくらんぼがないとはいえそれなりのクリームソーダを何杯でも飲めるのだから、梅吉も十分満喫しているのだ。
にしても、先日の壊れ具合が嘘のように現在の青仁は平常運転に戻っていた。回復が早いのは良い点ではあるが、と思いながら梅吉はドブをストローで吸い上げる青仁を眺める。これドリンクの部分だけ昨今流行りの自撮りアプリで加工したらイ○スタでも通用しそうなのになあ、と考えていると青仁が口を開く。
「これ、俺史上最高の出来かもしれない……!」
やっぱり画像加工よりミュートの方が大事かもしれない。とはいえストローで吸い上げ、舌に触れたのだなという瞬間が視覚でわかるほど表情をぱあ、と輝かせる美少女はなんとも愛おしいものではある。梅吉の理想とするお姉さん像よりも遥かに幼く無邪気な笑顔ではあるが、それはそれでなかなか可愛らしいものだ。
「どうしたの?梅吉も飲む?」
まあそう言って差し出されるものは例のドブなのだが。
「いらねーよ。大体お前が絶賛してるものって基本不味いだろ。オレはお前と四年ぐらい付き合いがあるから知ってるんだ」
「不味くないよ。ちょっと個性的な味をしてるだけだよ」
「お前たとえ炭食ったとしても個性的な味って言いそうだよな」
「炭は食べ物じゃないでしょ。何言ってんの梅吉」
「食べ物は加熱しすぎると最終的に炭になるってことぐらい知らねえのか」
「だって俺料理しないし。うーん、今度作ってみるか……そういえば梅吉って料理上手いよな?」
「別に上手かねえよ人並みだ人並み。後炭錬成すんのに料理上手である必要はないからな。失敗だぞ失敗」
「料理上手な人が作った炭のが美味しいかなって思っただけなんだけど」
炭に美味しいも何もないと思うのだが。ただひたすらに不味いだけだろう。いや別に梅吉は炭を食べたことはないのだが。
「だからオレは別に上手くねえっての。オレはあくまで自分の弁当とか間食は自分で作んなきゃ誰も作ってくれねえから多少知識があるだけで」
「でも毎日自分の弁当自分で作ってるじゃん」
「あれは朝食用と一緒に炊いた米とあれば昨日の夕飯のおかずをつめて、余ったスペースに冷凍食品突っ込んでるだけだぞ」
「梅吉、それすらも俺はできないんだよ。世の料理できないマンを舐めすぎ」
「そうか?冷凍食品をレンチンするぐらいはお前だってできるだろ」
そもそも梅吉の親は弁当を用意するぐらいなら相場よりも多めの昼食代を子供に渡す、というタイプなので作ってくれないのだ。その渡された昼食代で昼食が賄えないが故に梅吉は家で弁当を作っているのである。作って、というより詰め込んで、が正しいが。
「そうだけどさー。そんなことする時間があるなら少しでも寝たい」
「オレは食欲を、お前は睡眠欲を優先した、それだけの違いなんだよ」
「そう言うとなんかめちゃくちゃかっこよく聞こえるな」
「そこですべての言葉を性欲に置き換えてみましょう」
「何もかもを台無しにしていくスタイル」
そんなろくでもない話をしていると、タイミングを狙ったかのように扉がノックされて店員が入ってくる。
「ご注文のポテトになりまーす」
「ありがとうございまーす」
「うわ量えぐ。ありがとうございまーす」
鮮やかに会話を中断して表層を取り繕い、さも今の今まで歌ってましたよ的なツラをして梅吉達は店員に礼を言う。まあ画面でバレバレではあるのだが。店員が去っていった途端、二人揃って猫かぶりモードを終了し通常運転に戻った。
「なんか日に日に猫かぶり速度と猫脱ぎ捨て速度が上がってる気がする」
「それはお前もだろ。だって仕方ねーじゃん。オレらがいつもどおりにしてると、知らない人がなんだこいつって見てくるし」
家族や気心知れた友人は梅吉と青仁の事を知っているがゆえに、今まで通りに振る舞っていても足を開きすぎて下着が丸見えとかの醜態を晒さない限り何も言わないが。残念ながらそこらの赤の他人は二人の事情なぞ知るわけもなく。一人称やら口調、話している内容が男子高校生的だとぎょっとしたような目で見てくるのだ。
「なんか痛々しいものを見る目で見られたこともあるしな。俺のことなんだと思ったんだが」
「遅すぎる厨二病?」
「……まあ、性転換病ってかなり確率低いらしいし。知名度自体は高くても、身近にいるっていう発想にならないんだろうな」
「そんなところだろうな。でもオレはお前を知ってるから死ぬほど低いっていう発生確率を全く信用してないぞ」
「奇遇だな、俺もだよ」
友人同士の関係にある二人が同時期に発症確率が異様に低い病気を発症、その上お互いに好みの美少女になっていたという天文学的な確率であろうそれを引いてしまった二人は、妙に重い頷きを交わしあった。
「ってことでそろそろ本題に入りたいんだが」
「えっ本題なんかあったのか?」
「何のために騒いでも怒られない場所に来たと思ってるんだ。お前が絶叫しそうなことについて話し合うためだよ」
「カラオケが本題じゃないのか?!」
実際半分ぐらいはそれも本題である。なにせ元々は埋め合わせなのだから。現に梅吉はいつもより割り勘を多めに支払うつもりではあるし。だがそれはそれ、これはこれである。
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