自己認識って恐ろしいよな その2

「お前と梅吉がくっつけば僕の悩みもひとつ減りお前らも彼女ができて一石二鳥なのでは……?」

「え゛っ」


 とんでもない理論を振りかざし過程を盛大に間違えていると言うのに、答えに辿り着くとか世界のバグだろう。口から美少女が出しちゃいけないタイプの濁った呻きを漏らす青仁を置いてけぼりに、一茶は思考を進めていく。


「だってそうだろ、お前らがくっつけば世界に百合の可能性が増えるんだ、これ以上ない有益さでは?」

「なんでそうなる???」

「何故今まで僕はこんな簡単なことに気が付かなかった?!そうだ百合を増やすためには女の子が女の子以外とくっつく可能性を限りなく低くしていけば良いんだ。やはりこの理論を実行するためには──去勢なんてまどろっこしい真似をしている暇は無え、迅速に男を抹消しなくては」

「なんでそうなる???」


 マジでどうしようもない危険思想を抱き始めた一茶を前に、無力な青仁はなんでそうなるbotと化す事しかできなかった。


「よし、青仁」

「よしって言える要素あった?」

「お前梅吉の事好きだよな?」


 そして最悪な危険思想は、青仁への身近な危機という形で襲いかかる。


「いやす、そ、そんなことは」

「お前ああいう女の子好きじゃないの?」

「た、たたた確かに外見だけは好みだけども!外見だけだぞ?!」


 この流れで現在梅吉と己が成り行きとはいえ恋人関係であると口にしたら、何故か後々自分が不利益を被る気がするのでやるつもりはない。故に青仁は挙動不審になりながらも、どうにか否定の言葉をひねり出して叫んだ。


「ほーん」

「ほーん、ってなんだよお前。何が言いたいんだよ」


 至極冷静に青仁を見聞し、唸る一茶に。青仁は危機感を覚え問いつめるも、一茶はただ眺めるばかりで。


「いやなんでも?やっぱお前と梅吉がくっついた方が世界にまたひとつ百合の可能性が満ちて世界平和に近づくな、喜ばしいことだな、と思っていただけで」

「なんでそうなるの?!?!俺らに一生彼女ができないことのどこが喜ばしいんだよ?!」

「別に僕はお前らが彼氏を作ろうが死ぬほどどうでもいいが、お前と梅吉がくっついても今の梅吉ならそれは彼女持ちと言えるんじゃないか?」

「……?!」


 何故一茶は何も知らないというのに、こうも的確に青仁の心を抉ってくるのだろうか。

 しかし先程は一茶がいる為否定したが現在青仁は一応梅吉と恋人関係にあることは事実である。つまりは青仁は梅吉という彼女がいると言えなくもな、いやしかしその場合己は梅吉の彼女になってしまうのではないか?自分が、彼女?よりにもよって梅吉の?


「~~~~~ッ?!」


 瞬間的に湯だった脳みそがイカれた妄想にオーバーヒートし、さして性能の良くないそれは容易にフリーズした。頬を赤く染め、口元をもごもごと動かしながら青仁は頭を抱えた。

 そう、たしかに青仁は自分と梅吉が恋人だという言葉には最近耐性ができてきていたが、自分が彼女であるという言葉には一切の耐性が存在していなかったのである。


「あ~……?なるほどこれがTSの醍醐味とか言われているやつか。ちょっとわからないでもないけど、やっぱり僕は普通に女の子と女の子の恋愛が好きだな」


 だって考えたことも無かったのだ、自分が梅吉の彼女だ、なんて事は。いや冷静に考えればその通りでしかないのだが、自分の事として受け止めているのかは別問題である訳で。ていうか、だとしたら青仁がふざけて梅吉が美少女ムーブをした時にふと素に戻る瞬間、それに性癖的な何かを突き刺されている時の自分は。


 それこそ梅吉の彼女なんじゃないか?


「いやない、それはない、絶対にない、それだけはない、え、ないよね……?」


 うわ言のように困惑を吐く。そもそも梅吉の素が琴線に触れているという感覚こそが青仁の勘違いなのだろう。だって自分はいくら外見がこうして最高に美少女をしているとしても、中身は変わらず男であるはずなのだ。だってそうじゃなきゃおかしいだろう。そうじゃなきゃ、まるで──自分が女の子として、梅吉の男としての部分にときめいてしまっているかのような。


「何がないのか知らないけど、可能性を全否定するのはどうかと思うぞ」

「いやこれは全否定すべき可能性だから何言ってんの?!」

「おっやっと復活した」

「死んでないから復活もクソもないはずなんだけど。一茶どうしたの?」

「全力でなかったことにするんだな、お前」


 そりゃあする。何せ己のアイデンティティがかかっているので。


「にしてもまあ、大分面白くて最悪なことになってんな」

「最悪は同意するけど面白くはなくないか?」

「いや面白いだろ。だってなあ──」


 そう言って一茶が徐に指で廊下の先を指し示す。一体どうしたんだと青仁が振り向くと。


「あれ、青仁じゃん。お前用事があるんじゃなかったの?てか一茶も一緒なのか」


 現在進行形で青仁が心を乱される原因となっている存在、梅吉が不思議そうに声を張り上げていた。何故梅吉がここにいるのかとか、もしかして緑の処刑がもう終わっているのかならばすぐ帰宅するのでは、とか。とにかく様々な予測が青仁の中を過ぎる。

 そんな青仁とはまた違った形で、やはり初見の混乱に見舞われているのだろう一茶が口を開いた。


「えっマジで美少女……ほ、本当に梅吉なのか?性転換病ってもしかして僕が知らないだけで正式名称は美少女化病とかだったりする?」

「な訳ないだろ何言ってんだ一茶。まあオレだってなんでこんな美少女になってるかはわかんねえけどよ」

「くっ……!やはり中身が梅吉と青仁なのが惜しい、惜しすぎる!不純物を除去すれば外見だけでも百合として最高に推せるというのに!」

「なあ今オレの事不純物って言わなかったか?」

「言った。事実だろ」

「お前マジでそういうとこどうかと思うぞ」


 軽口を叩きながら、梅吉がこちらに近寄ってくる。内心大荒れの青仁にとって、それはある種の死刑宣告に等しかった。


「おーい青仁、どうしたんだー?」

「みイっ゜」

「あれっ一茶青仁のこと壊したのか?」

「僕はただ青仁の見えてる時限爆弾に着火しただけだ。爆弾持ってる青仁が悪い」

「いやそれはお前が五割ぐらいは悪いんじゃねーの」


 幸か不幸か最近異音を発する機会が多かったこともあり、梅吉は青仁の異常をさらりと流した。自分の現状に勘づかれなかった、という意味では幸運だったのかもしれないが。


「おーい復活しろ青仁ー何時まで奇声発してるつもりだー」

「ぴぴょぽぱぴみはひ」


 ぷに、と細く白い指が至近距離で青仁の頬を突くという謎シチュエーションに取り込まれてしまった事を鑑みるに、やはり不運だったのだろう。いや本当に状況が状況でなければサービスシーンだと喜べたのだが。

 今の自分は言葉にならない言葉を吐いて、顔を赤らめることしかできない。


 というかお前何故そんなかわいらしい発想が出てくるんだ?今までだったら絶対小突くとかで終わってただろ。あれか?やっぱりお前も精神にまで女の子化が進行してるんだな?そして何故自分はそれに喜びと同時に寂しさを抱いてるんだ特に後者なんなんだよおい。あれだよな友人が変わりゆくことに寂しくなってんだよなそうだと言えよ自分。


「……ハッ!精神までメス堕ちすればそれは最早百合と呼べなくはな……いやでもメス堕ちはあくまでメスであって女の子ではないか……」

「メス堕ちってなんだよここはエロ本の世界じゃねえ!」

「あっ復活した。んで結局この集いなんなんだよ」


 現実の友人に対してカスみたいな発言をし始めた一茶を止めなくてはならない、という方向性で思考回路がどうにかこうにか修復される。その結果離れていった梅吉の指に、ほんの少しの寂しさを覚えつつも。青仁は梅吉に弁解する。


「女の子になっちゃってから一茶に会ってなかったから、事情説明代わりに話してたんだよ!それで一茶が女の子と女の子がイチャイチャしてると喜ぶタイプなの忘れててこのザマ」

「とりあえず僕はお前らがくっつくように暫く尽力するつもりだぞ」

「……おい待て青仁ォ!マジで何があった?!」

「いやごめんこれについては俺も初耳というかなに推進派になってんだよ一茶?!」


 一瞬フリーズした後、梅吉が絶叫するも、こればかりは青仁も知らない話だった。たしかに梅吉と青仁がくっついたら、とかなんとか言っていたが。まさか積極的に動く方向性になっているとは。


「だってお前らがくっついたらまたひとつ世界に百合の可能性が増えるだろ。可能性って素晴らしいよな。後今のお前らがくっつく分には僕は別に構わないし。素直に祝福できるし。後なんか面白そう」

「お前最後が本音だろ?!」

「いやまさかそんな。なんというかほら、娯楽に飢えてるんだようん」

「俺達を娯楽にすんなよ!」

「娯楽、ねえ……」


 意味深な視線を寄越しながら、一茶が言う。そこに込められた意味には、あんまり聡くない方である青仁も流石に気がついた。即ちはお前、多少は意識してんだろ?という。

 そうして青仁はぼん、とか効果音が付きそうな勢いで赤面した。


「……ねえマジで何があったの?何があったら特に美少女でもリア充でもないお前が青仁をここまでポンコツにできるの?」

「だから僕は青仁が元々持ってた爆弾に火をつけただけだと」

「その元々持ってた爆弾ってのが意味わかんねえんだけど。眼福っちゃあ眼福だけどさあ」

「素直に言うんだな、そういうの」

「いやだって好みの美少女がこんな顔してくれたら普通に目の保養だろ」

「へぇ」

「何ニヤケてんだよお前。こえーよ」

「いやあ何も。さっきも言っただろ?面白そうって。じゃあ僕はお邪魔だろうし帰るな」

「おい逃げるな!」

「僕はまだ緑みたいに処刑されたくはないんだよ!」


 お前は強いから処刑から軽々逃げ出せるだろ、という冷静なツッコミを入れられるほど、青仁の精神は回復しておらず。この場を完全に掌握し、好き勝手した上で一茶は去っていった。


「……それで結局マジで何があったんだよ。後この様子だとオレらの……か、関係性はバレてないってことでいいんだよな?」


 緑が逃走したことにより怒りの矛先を失った青仁は、腹いせに恐る恐る尋ねる梅吉の爆弾も着火してやった。


「それはバレてない。なあ梅吉、恋人の女の子側って彼女じゃん。つまり俺は今梅吉の彼女って事になるわけだけど」

「あよかったバレてねえのな。つか、そんな自明の理が今更どうしたんだよ」

「つまり今の梅吉は俺のか、彼女って事なんだぞ」

「……?!」


 結果、たしかに梅吉も動揺しはしたが、青仁よりも傷が浅かったのか早々に復活したことをここに記しておく。

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