自己認識って恐ろしいよな その1
「……はあ」
ため息すらどこかアンニュイな色気が漂うのだから、美少女とは偉大である。中身がどんなに汚い事を考えていようとも、外面で全てがどうにかなるのだから。授業と授業の短い間の休み時間、廊下を歩きながらそんな事を思う。
青仁がこうしてため息をついているのは、ひとえに諸々の自覚が欠けすぎている友人のせいである。なんか恋人だった気もしないでもないが、恋人になったからと言って友人をやめるわけではないだろうから、ここでは精神衛生上友人ということにしておく。
青仁の悩みとは、その友人が己の性癖を無自覚にぶっ壊しにかかっている事である。
当然ぶっ壊される側である青仁はたまったものではない。まだ外見通りの美少女ムーブをしている時にときめくというかなんというか、その類の感情を得るのは理解出来る。ていうかそもそもそこに興奮しなくなったらそれは最早青仁では無いだろう。つまり問題は奴の九割九分を占める美少女ムーブをしていない時のふとした時の仕草や、美少女ムーブから素に瞬間的に戻る時なのだが──
なんてことを考えながら、十分程度の休み時間における教室移動以外の主な目的地、トイレの扉を開けようとしたのだが。
「あの、その、そこ……男子、トイレ」
「……あっ」
後ろから聞こえるか細い声が、青仁の間違いを指摘した。考え事をしていたせいか、自分が女の子になってしまった現実を忘れ、男子トイレに入ろうとしてしまったらしい。流石にこの外見で男子トイレに突入したら大変なことになる、程度のことは青仁もわかっている。故に即座に手を離し、お礼を言おうと振り返ったのだが。
「お、教えてくれてありがとうございま……って、一茶?」
「……ど、どどどどちらさまでしょうか僕はあなたみたいな素敵な方との面識はございませんが」
身長が伸びることを期待されていたのだろう、ぶかぶかの制服姿の小柄な少年、
「いやどうしたんだよ一茶。俺だよ俺」
「そ、そんな大人びた方なのに一人称は俺なんですかそれはそれで中々」
「そのよくわかんない性癖は理解したくないけどさ、だから俺だって。空島青仁」
「……は?あのおっぱい星人コンビが美少女になったっつーガセネタマジだったの?冗談も程々にしろよ」
「えっガセネタだと思われてたの?俺らってどんな扱い受けてんだよ」
先程までの不審者じみた態度からは一転し、震え声ながらも鮮やかに罵倒を繰り出し始めた一茶に青仁は噛み付く。
「だからさっき言ったろおっぱい星人って。それ以上でもないしそれ以下でもない。乳のサイズ以外で女の価値をはかれない哀れな童貞の怪物だ、と」
「はあ?!風評被害以外の何物でもないだろ流石におっぱい以外も見てるっての!後男なんてみんな乳はでかけりゃでかい程いいだろが何言ってんだよ?!」
「お前こそ何を言ってるんだ男ならば小さかろうが大きかろうがこの世にあまねく存在する全ての乳を愛するものなんだよ!」
「おっぱいという尊き膨らみを総て愛することとシンプルに巨乳が好みって感情は矛盾しねえだろ!」
なおこの醜い争いは男子トイレの前で行われているものであり、かつ会話しているのはチビのDKとお姉さん系JK()という、絵面だけならおねショタでいけそうなものであった。とはいえ一般的なおねショタは男子トイレの前で乳房について激論を交わしたりしないので、あくまで人物だけ切りとった絵面の話だが。
「くっ青仁のクセに僕を論破しやがって……!いや僕が青仁に口で負けるとかありえないし、やっぱりこの女の子は青仁じゃないのでは?つまりおっぱい星人コンビが女体化するとかいう地獄なのか天国なのかよくわかんねえネタはやっぱりガセだったと……!」
「二重の意味で現実を認めろよ一茶!俺は……あやっべ漏れそう」
「そのツラで漏れそうとか言うなよなんか目覚めそうになるだろとっとと便所行け!後お前は事情聴取の為に放課後呼び出すからな!」
「とっとと便所行けって言うくせに話長ぇな了解!」
そうして青仁は無事トイレにたどり着き、女の子ってなんか男よりトイレ我慢できなくない?とかなんとか思いながらも事無きことを得た。
さて放課後、緑が梅吉と二人で歩いていた罪とかでまたもや処刑されるらしく、裏切り前提の弁護人として観戦に向かった梅吉を置いて、青仁は一茶の指定した場所に向かっていた。その場所とは、特にこれといってなにも無い廊下の隅っこである。
「せめて椅子がある場所が良かったんだけど」
「勘弁してくれ。僕だってお前と喋ってるってバレたらどっかのロリコンみたいに処刑されかねないんだぞ」
「かわいそう」
「絶対そんなこと思ってないだろお前」
この学校は男の数が少ない為、必然的にクラスを越えて男同士のネットワークが出来上がっているのである。つまりはヤバい行動を軽率に取ると、一瞬で学年中に伝わり本日の緑みたいなことになるのだ。まあ正直今回の罪状は青仁にはよくわからないものだが。
それなりに身長が縮んだ青仁と並んでも、己の身長が同程度であるという現実から逃れたいのか、壁にもたれ掛かる青仁とは対照的にしゃがみ込んだ一茶が口を開く。
「それで、事情聴取って何が聞きたいの?」
「とりあえず今梅吉の奴がどんな見た目になっているか、それが問題だ」
「あっ写真あるよ。見る?」
ごそごそとスマホを取りだし、写真を一茶に見せる。
「……なんで変顔してんの?」
「美少女の顔面を俺らという中身のDK力でどこまで台無しにできるか試してた時の産物だから」
「いやまともな写真を寄越せよ」
「そんなもん持ってるわけないじゃん」
そもそもこの写真は審判による第三者評価を求めるために撮影したものである。というか普通、記念写真とかでもなければふざけた状況ぐらいでしか写真を撮らないと思うのだが。
「……まあいい。僕の脳内補正は優秀だからここから美少女を作り出せる」
「怖。絶対その能力どっか別のところに活かした方がいいよ。力入れるとこ間違ってるよ」
「いや……僕の知っている梅吉の顔面が邪魔すぎるな。厳しいかもしれない。男の顔なんてちゃんと覚えてないから、ぼんやりしたノイズが入るのが余計ウザイ」
「もしかして俺じゃなくて梅吉がここに来てたら、俺の変顔写真見て同じこと言ってたりする?」
「当たり前だろ、何言ってんだ」
真顔で最悪の発言を繰り出す一茶を見ていると、この学校における男子の変態比率の異常さ、及びそれによって発生している弊害について論文をしたためたくなってくる。とはいえ青仁は特に文章を書くのが上手くないので、あくまで衝動だけである。実行はしない。仮に書くとしても梅吉に丸投げするだろう。
「しかし、うん。やっぱり中身を知ってるといくら絵面が最高に百合でもちょっとな。中身の方が異物混入物であることには変わりないし」
「えっお前そんなしょーもないことの為に呼び出したの?ていうかさらっと俺の事異物呼ばわりしないでもらいた」
「は????しょーもなくねえわ最重要事項だろがよ!!!!!!」
きいん、と廊下に声変わりしたくせに結構高めで耳障りな一茶の魂の叫びが響く。反射的に耳を塞ぎながらも、青仁は口を開いた。
「ああそういえば、一茶って女の子と女の子がいちゃいちゃしてると興奮するタイプだったね……」
「そこを忘れてもらっちゃあ困るな」
「いや胸を張るなよ胸を。そんな名誉なことじゃないだろ」
「は?僕は自分の性癖に恥など覚えたことは無いが?女の子は女の子と恋愛するべきだろう、男なんて全員ちんこもげて死ねばいい」
唐突にとんでもない過激思想を口走り始めた一茶に、青仁はうわあと呻きながら口を開く。
「その理屈で行くとお前も死ぬじゃん。自らちんこ引っこ抜いて痛みでショック死でもすんの?……うわ自分で言っててタマがヒュンって」
「お前今タマ無いだろ」
「いやかつてはあったんだってタマが……現在は非実在性キンタマと成り果ててしまったものが」
「……
「ぶごっ、い、いや違うだろたしかに空気入ってるけどっ、紙なんだからペーパーとかそういう」
英語力がクソザコの部類である一茶によって生み出された、とんでもない英訳がとんでもない方向にすっ飛んでいき、最終的に英語力がザコの部類である青仁の腹筋に直撃した。そのまま笑いを堪えながら、青仁はなんとかツッコミを入れる。
「まあそんな細かいところはどうだっていいだろ、どうせ野郎の股間の話だし。それで結局お前のキンタマが空気抜けて萎んだんなら、その残骸はどこに……」
「低くない?俺の股間の尊厳低くない?」
「やっぱあれか?お」
「おいバカやめろその単語は危険だ!危険すぎる!」
最早隠しきれないほどニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた一茶によって、青仁の大切な非実在性存在である玉が大変なことになっている。どうして、どうして我々はキンタマから空気が抜けるとかいう最悪な話をしているのだろうか。いや青仁も青仁でツボっているので別に構わないのだが。
しかも残念ながらまだこの話にはツッコミどころが残っている。
「てかさっきも言ったけどお前だって男なんだからちんこもいで死ぬことになるんだぞ?!それでいいのか?!」
「僕の将来の夢は女子校の教室の壁だからな。関係ない」
「キメ顔で軽率に種族の壁を超えるな」
相変わらずとんでもない極論を引っさげて、キリッとした目付きで答える友に青仁は死んだ目を向ける。実妹ガチ恋勢といい将来の夢無機物といい、どうしてこうロクでもない方向へ全力疾走しているのか。
「後そこは女子校の更衣室の壁じゃないの?」
「現実的に考えて一方の性別しかいないのにわざわざ更衣室作るか?男性教師を追い出して教室で着替えるだろ」
「ああ……まあ、それはそうかも。でもさ、一茶」
しゃがみ込んで一茶の肩をぽん、と叩きながら青仁は言う。不純な欲望とかで常日頃から結構濁っている目は、シリアスぶった諦観を含んでいた。
「更衣室ってね、そんな素晴らしいもんじゃないから」
そう、己は既に不可抗力で現実を知ってしまっているのである。
「女の子たちってさ、本当に隠しながら着替えるのが上手くて。正直下着とか全然見えないし、着替えるのも早いから」
「やめろぉ!聞きたくない!女の子と女の子がきゃっきゃうふふしてるエデンが更衣室にはあるはずなんだ!神聖な花園のベールを投げ捨てるな!」
「流石に俺も元々そこまで過剰な夢は見てなかったんだけど」
「うるせー!」
わーわーと喚き散らすその姿は完全に駄々を捏ねる小学生のそれだったが、慈悲深い青仁は何も言わないでおいた。あと単純に、青仁だって多少は夢を見ていたのでいくらかの同情心がある。
「……ま、まあいい、とりあえずお前らは僕の中で百合判定にならないってことがわかった。それだけでも僕の中では収穫と言える」
「これ俺はどうすればいいの?喜ぶべき?悲しむべき?」
「だから青仁、僕の心の安寧の為にも女の子とくっつかないでくれ」
「そっか、死んでくれ」
当社比とても晴れやかな笑顔を浮かべ、純全たる殺意を持ってして青仁は言った。まあこんな事を言ったところで、百合に挟まる男とやらをシバく為に柔道やらなんやらに明るい一茶には物理で勝てないのだが。
しかし後々の青仁は、具体的に言うと五分後ぐらいの青仁はこの辺りで物理に走ってでも一茶を止めなかったことを後悔することになる。
「いや、待てよ……?」
「今度は何を言い出すつもりだよ」
絶対今使うべきでは無い神妙なツラをした一茶は、とんでもないことを言いだしたのだから。
「お前と梅吉がくっつけば僕の悩みもひとつ減りお前らも彼女ができて一石二鳥なのでは……?」
「え゛っ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます