リア充の巣窟に突撃した結果 その2
「梅吉、これから毎日リア充を焼こうぜ!もしくは毎日丑の刻参り!」
「こいつ……闇堕ちしてやがる……!」
梅吉が急いで向かったウッドデッキでは、青仁が濁った眼で暗黒発言をしていた。どうやら数分の間に世界を滅ぼそうとする魔王的な側の立ち位置になってしまったらしい。おのれリア充……!青仁をこんな状態にしてしまうなんて……!
「いや正気に返れよ青仁、たかがリア充のために放火とか丑の刻参りとかすんの普通に面倒だろ」
「それもそうだな」
そんな茶番を経て、梅吉は青仁が場所取りしてくれたベンチに腰掛け、大量に食べ物が詰まったビニール袋を開けたのだった。ちなみにその横では青仁がごくごく一般的なサイズ感の、梅吉からすれば大分小さい弁当箱を膝の上に載せる。
「いただきまーす」
「いただきまーす、やっぱお前のそのビニール袋頭おかしいって」
「だってこれぐらい食べなきゃ持たねえぞ。後二時間も授業あんのに」
「そうかあ……?」
疑問を浮かべる青仁を他所に、梅吉はメロンパンを頬張った。ちなみに梅吉は基本的に、二時間目終了後に自宅から持ってきた弁当を半分食べ、三時間目終了後にもう半分を食べるというスタイルで早弁しており、つまりは六時間目が終わる頃には既に腹ぺこになっているのである。男子高校生(元)とは食べ盛りなのだ。
「だってさ梅吉、ちょっと周り見渡してみろよ」
「カップル共がイチャイチャしてて腹立たしいな。バズーカ砲持ってくるか?」
「いやそうだけどそうじゃなくて、誰もお前みたいにゴミ袋サイズで購買の袋持ってないだろ?」
「……?」
「突然目が悪くなった振りをすんな俺もお前も裸眼で生きれるくらい視力良いだろ?!」
はて、現在の梅吉にはなんとも腹立たしい、ウッドデッキに点在し所構わずイチャコラしやがるカップル共しか見えていない。なんかやけに小さなビニール袋とかあった気がするが、きっと気のせいである。
「ほら昨今はスマホ依存がうんたらかんたらで視力が突然悪くなるとかあるんじゃねーの、多分」
「ありとあらゆるものを適当な予想で語るな!」
「いやいや、知ったかぶりって結構重要なスキルだぜ?主に教師に指された時とか」
「そうかあ……?知ったか使わなきゃいけない時点でもう終わりじゃね?」
「そうとも言う」
「おい」
青仁にじっとりとした半眼を向けられるも、その程度で怯む梅吉ではない。鮮やかに無かったことにして、話題を切りかえていく。
「青仁よ、オレの食事量がイカレてるとかいうどうでもいい話は置いておいてな」
「あんまどうでもよくないけど。イカレすぎてて」
「どうでもいい話なんだよ!……何故なら青仁、オレは大変なことに気づいてしまったからな……!」
「はあ……ふぁいへんなふぉと?」
おにぎりを頬張りながら首を傾げるその姿に、かわいいなと直感的に判断した感性を脳内で殴り飛ばしつつ。梅吉は事前に開いておいたWebサイトをスマホで青仁に見せた。
「『性転換病にかかっちゃった元男の子必見☆女子への馴染み方講座』?なにこれ」
どうやらまだ恐るべき事態を把握しきっていないらしい青仁に対し、梅吉は叫んだ。
「青仁、考えてみろよ。オレら女の子になったんだぜ?なんだったらクラス替えもしたんだぜ?なのになんで女の子の友達増えてないんだよ?!ていうか女子に馴染むもなにも正直つるんでるメンツ変わってなくないか?!」
そう、女の子になるという特大級の変化が起こっているくせに、人間関係的な意味では特段変化が無いのである!具体的に言うと新たに女の子との接点が増えたりしていないのである!
……まあある意味青仁という美少女と化した恋人のようなそのまんま友達のような、謎関係性が発生したりはしているが。ひとまずここでは置いておく。
「梅吉……気付いてしまったのか……」
「何?!まさか貴様」
「だって俺女の子相手だとまともに喋れないし。梅吉だって俺よりはマシでもあんまり喋れないだろ」
「青仁よく覚えておけ、現実は人を傷つける」
「ていうかさ、もしかしてだけど俺たちより緑とかの方が女の子と喋ってないか?なんで?」
「なんだろうな。あいつのがオレらよりよっぽどヤバいのにな」
そう言って梅吉は顔を覆う。あんな変態が好かれて、自分たちは中々接触を持てない。この世バグってんじゃないのか、と。
なお梅吉達は知らないが、緑は女子からもある程度はなんかヤバい奴らしいと認知されていても、逆に言えば性癖の都合上下心を向けてこない為、それなりに親しくされている、というのが実情である。
「逆に女子から見れば俺たちって緑以下なのか……?」
「い、いやそれはないだろそれは。多分、おそらく、メイビー」
「だ、だよな!な、なあ梅吉!そのサイトちゃんと見せてくれよ!なんか解決法が載ってるかもしれないだろ!」
「……」
勿論青仁に読ませるよりも先に、粗方内容を読み終えている梅吉は、死んだ目で画面をスクロールする。
「ええっと『女の子になっちゃった後の初登校は、珍しい病気であることもあって女の子にいっぱい話しかけられちゃうと思いますが』……?なにこれ」
「幻想」
「もしかしてこの記事俺らとは別次元の人間が書いてたりしない?」
誠に残念ながら、梅吉達は冒頭の前提にすら該当しなかったのだ。美少女化後の初登校なんて、緑に尋問されて緑が理不尽裁判にかけられて処刑されてるのを笑って眺めていただけだったのだが?女の子のおの字もなかったのだが?
「何がだめなんだと思う……?オレせめて、女の子になっちゃったなら一般女子とお近付きになる、位は成し遂げたいんだけど……?」
「わかんない。冷静に考えたらこの学校の男女比女のが多いはずなのに、どうしてこうなんだろね俺たち」
「そうだな。永遠の謎だな」
「もしかして俺たちが知らないだけでほかにも性転換病患者いたりするのかな。そのせいでなんかこう、扱いが微妙とか」
「さあ……もしいるなら、教師の対応があんな感じにならないような気も」
「それもそうだな……」
このまま女の子との対話経験が足りない二人で討論を重ねていくだけでは、結論は出ない。そんな事はわかっている、それでも話さずにはいられなかった。そうでもしなければ、この虚しさを埋められる気がしなかったから。
ちなみにこんな真面目なようでくだらない会話をしている間にも、青仁にゴミ袋サイズと形容されたビニール袋は加速度的に萎んでいた。
「う、梅吉。お、俺この昼休みが終わったら女の子に話しかけに行くんだ……!」
「絶対死亡フラグ風に演出すべき場面じゃなかったろ今」
「いや実際俺は高確率で死に至るんだから死亡フラグ演出は必須なのでは?」
「死を肯定すんなよ、諦めんなよ!てかさ」
そう、今までの話題は全てこの瞬間までの布石だったのだ!なんて格好の良い一言でも言ってみたかったが、一般人に過ぎない梅吉にはそんな真似はできるはずもなく。ただ単に偶然タイミングが良くなったため、先日から聞こうと決めていた問いかけを、こうしてねじ込んだのだ。
「そんなに女の子と話すの苦手なのに、なんでオレとこうして普通に話せてるんだよ?ていうかなんで初手でナンパできたんだよ」
そう問われた青仁は、暫く目をぱちくりとさせた。さてどんな答えが返ってくるのだろうかと、ほんの少しの緊張感を抱きつつも梅吉は彼の言葉を待ったのだが。
「えっ、なんでだろ」
「いや知らねえのかよ」
残念ながら青仁は青仁であるが故に、ズッコケたくなる様な返答しか獲得できなかった。
「そう言われてもわかんねえもんはわかんねえし。あっでもナンパの時はほら、完全に勢いだったというか。ここを逃しちゃいけないって俺のなけなしの男気が発動したというか」
「……ド好みの美少女を前にしたが故の一世一代の大勝負にして暴走って考えればまあ、お前の言う通りなのかもしれねえけど。じゃあ逆になんで今は平静を保ててるんだよ。普通、ド好みの美少女を前に正気とか保てるか?」
「それに関しては梅吉も同じだろ。梅吉はなんかないの」
たしかにそうだ、一理ある。梅吉だって女性免疫は青仁よりかはマシ、というレベルに過ぎないのだから。何故だろう、と思考を回しながらも梅吉は言葉を紡ぐ。
「だってなあ、どんだけ外見が美少女でも、結局中身は青仁だしな。男だった時と同じようにドリンクバーに張り付いてるし、女の子相手だと壊れるし、なんか微妙にポンコツだし……って、もしかしてそういうことか?」
自分で言っていて、答えが出てしまった。そうだ、どれだけ外面が変わろうとも逆に言えばそれ以外は結局大半そのままなのだ。つまりは美少女に対する諸々の劣情やらなんやらよりも、友情が勝ったと。それはそれでどうなんだろう。
「多分そういうことだと思うけど、とりあえず俺はポンコツじゃない」
「認めろよお前は結構ポンコツだ、っていうか色々抜けてる」
「そ、そそそそんなことはない、はず」
「それ心当たりがある時の発言だろ」
「何を言ってるのかさっぱりわかんねえなー!」
全力ですっとぼける青仁が、誤魔化しの為に言ったのか、それとも純粋な本音を口にしただけだったのか。真相は梅吉にはわからないが。
「ポンコツだろうが死ぬほど飯食ってようが、それのお陰で美少女になっちゃっても、こうしてつるんで馬鹿やって友達やれてんなら、それでよくないか?」
青仁はさらりと、状況によっては茶化してしまいそうな好意を口にした。まあ、たしかに。どれだけ姿が変わってしまっても、結局青仁は青仁で、梅吉は梅吉だったからこそ。今もこうして自分の隣に青仁がいるのだ。それだけはきっと、紛れもない真実なのだろう。
とはいえそこに外見という破壊兵器が合わさることで、梅吉の精神に甚大な損傷を与えているのもまた事実なのだが。なにせ人は、外見からそう簡単に逃れられない。
「つまり俺がポンコツであることが役立ってるんだからそれは最早ポンコツって呼んじゃいけないと思うんだ」
「おーいそこの青仁、さりげなく謎理論で己を正当化しようとすんな」
「ちっ、バレたか」
どさくさに紛れて謎理論で自己正当化を行おうとしていた青仁にジャブ程度の釘を刺す。そして梅吉は、気まぐれに追撃にして本命の釘を彼女に突き刺した。
「後さ、今わたしたち、友達同士じゃなくって、恋人同士だよ?青仁、一番大事なことを忘れるなんて、やっぱ抜けてんな」
ニヤリと口角を釣り上げて、梅吉は笑う。勿論前半は狙ってやったが、単なるイタズラに過ぎないそれを長く続ける気があるはずもなく。素の言葉を梅吉は繋げたのだが。
「う、めきち。マジでその、それは。俺の中の何かが壊れるから、あの、うん、やめよう?な?」
「は?」
混乱したように手を顔の前で右往左往させ、頬を赤く染めあげた青仁に、そこまでだろうかと梅吉は首を捻る。そういえば以前、ファーストフード店で似たようなことやった時も勘弁してくれ、と言っていたが。その時よりも悪化したというか、弱くなったような。
まあ青仁の照れ顔はこちらも好ましいものだし、別にいいか、と梅吉は頭を抱えてぶつぶつと呟く青仁を他所に、カレーパンを頬張った。
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