リア充の巣窟に突撃した結果 その1
「そういえばずっと気になってたんだけどさ」
「緑、それはオレが購買に行くのを引き止めてまでする価値のある話か?」
昼休みの最優先事項とは即ち、購買に全身全霊全力を持って向かうことなのである。故に誰かと会話をしている暇などないのだが。
「いや俺も購買行くけど」
「えっ珍しいな。お前大体コンビニ飯じゃん。ブルジョアじゃん」
「朝買いに行く暇がなかったんだよ。後別にブルジョアじゃねーよ大体買ってるの菓子パンだし」
「わざわざ遠くから通学するから……」
「だって妹に高校の制服どれが俺に一番似合うと思う?って聞いたらここって選んでくれたんだよ。仕方ないじゃん」
「うわあ……」
特に知りたくもなかった変態の高校選択理由が明らかになってしまった。相変わらず知れば知るほど気持ち悪さが上がっていく男である。ちなみに奴は学年トップレベルの成績を維持している為、マジでそれしか理由がないんだろうなあ、という裏付けが取れているというのもキモさに拍車をかけていた。
「って俺の話はどうでもいいんだよ。それより聞きたいことがな」
「──ついてこれるか、緑」
「うわちょ、速っ!」
ちなみに美少女化してしまった影響で若干遅くなってしまったが、そもそも梅吉は運動神経が結構良い方である。故に特段運動神経が優れている訳でもない緑相手ならば、スカートというハンデがあろうとも、追従するのが精々の速度を出せなくは無いのだ。
そうして無事購買の列にたどり着いたものの、別にそこまで購買との距離が近い教室に住んでいたりはしない梅吉は、それなりに後方に位置することになってしまったのだが。
「……あんた、女になったくせになんだよその速度……!」
「ッ……そりゃ、あ……全力、出したからな……!」
「くっ……!まあいい。それはいいんだよ俺が気になってたのはなあ!」
「……気になってたのは?」
はてさて、何を聞かれるのやら。特段緑の興味を引くようなものを梅吉は持ち合わせていなかったと思うのだが。言葉尻を反芻していると、緑は満を持して問いを口にした。
「あんたと空島ってさ、特になんの変化もなく梅吉とか青仁とか呼ばれてるけどキツくねえの?」
「きっっっっっっついが?!」
既に青仁と済ませているやり取りを、今更やられたところで。梅吉が返せるのはその叫びだけだ。実際きついのだから、何も間違っていない。
「だってオレみたいな外見の女の子に梅吉って名前は控えめに言ってないだろ?!後美人なおねーさんが青仁って呼ばれてるも普通に嫌だが?!」
「まあそうだけど本題はそこじゃないというか、いやほら性別変わってんだから、改名とかして今の性別に名前を合わせたりしねえのかなってことで聞いたんだけど」
「ああそういう話?多分戸籍名自体は変えたぞ。なんか眠くなりそうな手続きの時にやったから結構適当だったけど」
「それでいいのかよそれで。てか何故それを使わない」
元々中性的な名前をしていない場合、誤解防止を兼ねて、この病気の患者は大半改名するらしいのだ。その結果梅吉の戸籍名は現在「赤山梅」になっていたりするのだが、普通に呼び慣れないし梅吉本人が諸々を気にしていないため、前の名前で通しているのだ。実際こう言う処置自体はそれなりにあるらしく、学校側も特に何も言わなかった。前少し聞いてみたが、青仁も梅吉と同様との事である。
しかし、緑は随分と愚か者らしい。どうやら現実を忘れてしまったようだ。
「オレ達が梅ちゃんとか
そう、いくら絵面が完全なる美少女であろうとも、呼ばれる側の中身は結構アレという事実に──!
「うっわあ。あんたらをちゃん付けで呼ぶとか、この世が終わるわ」
「その程度でこの世が終わられたら困るわ。お前オレ達のことなんだと思ってんだよ」
「ガワだけ美少女中身クソガキ」
「お?やんのか?」
「やらねーよ今の赤山殴ったらクラスの野郎どもに締めあげられるわ。ただでさえこうしてあんたと喋ってるだけで目をつけられるってのに」
いくら自分の中身に自覚があろうとも、対抗しておくに越したことはないのでつっかかっておく。しかし、緑というどう考えても高校生に興味が無い、下限の方向が無意味に幅広い奴にすらも嫉妬を抱かなくてはならないとは。面倒くさいものである。
「おいなんか自分は関係ないって顔してるけど当事者だからな?つーか元凶だからな?」
「いやあだってオレ悪くないしー!つまりはあれか、オレが周りに不和の種を蒔きたくなきゃ大人しく青仁とじめじめしてろと」
「そこは女子と仲良くし……あっ」
「おいなんだその哀れみの目は!!!!!!!絶対ロクでもないこと考えただろ言え!!!!!!!」
「HAHAHA何を言う俺はただ事実に思いを馳せただけだ」
「あっ」じゃないんだよ「あっ」じゃ。完全に目を逸らしながらわざとらしい笑い声を上げる緑に抗議しようとするも、購買の順番が回ってきてしまった。
「おばちゃん!いつもの!」
「えーと、どちらさんだっけねぇ」
「おばちゃんオレだよオレ!いつも焼きそばパンとメンチカツサンドとメロンパンと──」
「あらぁ梅吉ちゃん?随分とかわいくなっちゃったのね!オマケしとくよ!」
「サンキューおばちゃん!」
「うわエグ」
ちなみにこのやり取りはもう数回こなしている。流石にここまで容姿が変わってしまうと覚えて貰えないものらしい。まあその都度オマケがもらえて梅吉は有難いので、訂正する気は無いが。
ビニール袋に入った山盛りのパンを抱えウキウキの気分の中、緑から大分失礼な発言が発された気もするが。無事昼食をゲットし気分が良い梅吉は寛大なので、指摘しない。
「お前の食う量、全然変わってなくないか?」
「これでも結構減ったぞ。早弁の量とか」
「あれは減ったんじゃなくて超大盛りが大盛りになっただけじゃねえかな……そういえば空島のやつどこ行ったんだ?」
先程までもちょくちょく名前が上がっていた青仁について、緑が触れる。そう、結構一緒にいることが多い青仁は、現在梅吉とは別行動で重大な任務に就いているのである。
「ふっ、よくぞ聞いてくれたな……!青仁は今……あっ連絡来た」
ぴこん、とSNSの通知音が梅吉のスマホから届く。スマホを開けば、どうやら青仁は無事任務を達成したようだった。
「いやあ実はな?青仁に頼んで三階のウッドデッキで場所取りして貰ったんだ」
「ああ、カップルの巣窟か」
梅吉達の学校は屋上が開放されたりはしていないが、三階にデッキがあり、昼休みはそこに出て昼食を食べることが出来るのだ。制服が現在のものに変わったあたりで校舎に大規模な改修が入った時に生まれたものらしく、梅吉が入学した頃には既にカップルのいちゃいちゃスポットとして名を馳せていた。つまりは一応恋人同士な今ならば、あそこに突撃しても問題ないのでは?という好奇心である。
「でもなんでお前ら二人で行くんだ?」
「……あっ」
しかし梅吉は、緑の不思議そうな言葉でやっと現実に気がつくこととなった。そう、そもそも自分たちは現在交際関係(仮)であることを誰にも言っていないのである!というか普段とあまり代わり映えしないせいで誰かに問われることも無く、言う機会が現状全くないのだ。
「たしかにお前ら今の絵面は良いけど、結局カップルではなくないか?」
「……ッ、そ、そうだ、なー」
そして冷静に考えたら、女の子同士(ただし中身は以下略)は結構珍しいのである。故にそもそも一般的な恋人として埋没できるのか、そこを考えるべきだったのだ。お互いがお互いを「まあ肉体的には女の子だしな」と思っていたのと「まあ自分は精神的には男だしな」と思っていたが故の失策である。いくら自分たちにとっての認識が男女恋愛に近くても、外見はそうではないのだ。
「まあ別に興味本位で行く分にはいいんじゃねーの?少なくとも、俺があんたらにくっついていくとかよりは余程浮かねえし怒られねえだろ」
「なんか知らねえけどクラスの奴ら、オレと青仁が喋ってるとこに緑が混じってくるのめちゃくちゃキレるもんな」
「ああ……まあ、理由わかんねえなら、気にしなくていいんじゃねーの?」
そう言われてしまえば、実際そこまでの興味は無い梅吉に追及する動機は無くなってしまう。
「つかいいの?空島待たしてて。あいつ、どう考えてもあのリア充空間でぼっちで長時間呼吸できる奴じゃないと思うんだけど」
「あっやべ」
リア充のイチャイチャにあてられて死体と化す青仁なぞ、想像に難くないどころか一秒で具体的なところまで思い描けてしまう。流石にそう簡単に友人を死なす訳にもいかない梅吉は、即座に青仁の所に向かった。
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