おうちデート(意味深)だったらよかったな その4
「そんなこと言われてもな。たしかにオレは一般人よりはちょっと多めに食ってるかもしれねえけど、大したことないだろ」
「お前と俺でちょっとという言葉の意味が全く違うらしいのはわかった。ところで梅吉、知ってるか?……女の子って、男より太りやすいらしいぜ」
「医者に暫くは体重の記録付けとけって言われたから付けてるけど、大きな変動はないぞ」
そもそも梅吉は体質的なものなのか、沢山食べても太らないのだ。これは女の子になってしまってからも特に変わった様子は無い。後そこまで糾弾されるほど食べていないと思うのだが。
「マジ?お前の体イカれてんな」
「体がイカれてるって意味不明な悪口過ぎないか?人生でそんなこと言われたことあるやつ中々いないだろ」
「イカれてなきゃお前が食ったものはどこに消えてんだよ」
「虚空」
「すげえな、お前の胃袋宇宙の果てとかに繋がってんのか」
食べたものの消失を疑われたことがある人間なぞ、世界中にどれだけいるのだろうか。そんな微妙過ぎる少数派に含められたくない梅吉は、必死に弁解を続ける。
「なわけないだろオレはエイリアンか何かか。言っとくけどな、これでも男だった時より食べれる量ちょっと減ったんだからな。その辺でプラマイゼロになってんじゃねーの」
「安心しろ、お前が『ちょっと』飯を食う量が減った程度じゃ普通になんかなれない」
「たしかに大食いではあるかもしれねえけど、そんなにかあ?」
「俺の珍味好きとお前の大食いどっちがヤバいかアンケート取ってみろよ、俺の予測じゃあとんとんだぜ」
「いやそんなことないだろ常識的に考えてゲロを愛飲してタイヤ舐めてる奴のがヤバいっての」
「ゲロじゃなくて飲み物だしタイヤじゃなくてサ〇ミアッキだっての!」
サ〇ミアッキはタイヤである、というのは梅吉の中では最早確定事項である(偏見)。あれは食べ物では無い。区分上は飴だったようだが、あれはタイヤを飴の形に成型しているだけだろうと、以前興味本位で青仁に分けてもらった梅吉はそう判断したのだ。
「なんの話してたんだっけ……?」
「思い出さない方が幸せそうな話」
「そっかわかった!忘れる!」
「お前そういうとこ大分都合いいよな。まあいいけど。とりあえず青仁、これでブラジャーの付け方はマスターしたか?」
「多分、おそらく、きっと」
「そっか。青仁、オレ実は天才だからさ、こんなこと知ってるんだけど」
曖昧な返答をする青仁に、梅吉はにっこりと邪悪な笑みを浮かべて告げる。
「中学の連絡網」
「いやそれは反則手だろ?!てかさっきまでめっちゃしょぼくれてたくせにその態度の変わりようはどうなんだよ!」
「だってそれとこれとは話が別だろ。オレたちの関係の平等性が失われるのはなぁ?おかしいだろぉ?」
「おい美少女フェイスでゲス顔を浮かべるな、ゆめかわ系が夢を壊すなツインテールでやっていいツラじゃねえ……!」
連絡網。そうそれは家庭の固定電話だったり両親どちらかの携帯電話番号が乗っていたりする究極の個人情報であり、なんか色々面倒くさそうな青仁の母親への告げ口に最適な代物である。赤山家は全体的に管理が結構杜撰な為、ほぼ確実に中学時代のものも漁れば出てくるのだ。
「やっぱ同中って最悪だな、弱みが多すぎる」
「でも小学校から同じな幼馴染とかよりマシじゃないか?そこまで行くと黒歴史を互いに握りあって、如何に最適な状況かつ最適な手段で相手の黒歴史暴露という名の手札を切るかっていう一種のカードゲームになりそうだし」
「たしかに、手札の量的な意味ではマシかもしれない……いやでも待った。梅吉、中学生って」
「中学二年生なんてどいつもこいつも痛々しいんだからノーカンだろノーカン。もしくはクロスカウンター」
お互いに数個は痛々しいエピソードが掘り起こされるのだから。ここは紳士(淑女?)協定として互いに何も言わないのが身のためだろう。互いに負わなくて良い傷を負うだけなのだから。
「それはそうだな。黒歴史量産時代なんて、早急に忘れた方が身の為だし」
「そういうことだ青仁、またひとつ賢くなったな」
「おかしいな、なんかバカにされてる気がするんだけど」
「気のせいじゃね?過去なんか振り返るとロクな事ねえぞー」
「過去……振り返る……うぼばっ」
「あっまた壊れた」
今日だけで何度破壊と再生を繰り返したのだろうか、ぶり返すようにフリーズした青仁を見ながら思う。しかしこれはまた、いい強請のネタができたものだ。とはいえ青仁もまだ何か握っているようなので、結局相打ちになって双方土を舐める気しかしないが。
「……梅吉、今日のことは忘れろよ」
「逆に聞くけどさ、もしオレが青仁の立場だったらお前はどうするんだ?」
「は?絶対に覚えとくわ永久保存だわ何言ってんの?」
「そういうことだ青仁、諦めろ」
「うわあああああああ!!!!!!」
わざとらしく嘆き叫ぶ青仁に対し、半眼で冷めた視線を送る梅吉は、至極冷静に続けた。
「だってお前だってオレが女の子ムーブ無意識にしてる時を脳内に永久保存してるだろ?」
「うん」
死ぬほど素直である。もう少し躊躇とかした方が良いのでは無いか。
「両者痛み分けって奴だ。諦めろ。もしくはお前が記憶を失え、そしたらオレも記憶を飛ばしてやるから」
「くっ……!黒歴史の保持と俺的最高記憶の忘却……!天秤にかけるのは無茶すぎるだろ!ところでこの家ってバールとかある?」
「ねえよなんで頭殴って記憶を消す方にシフトチェンジしてんだろおかしいだろ!」
「いやあどっちの選択肢もちゃんと選べるかっていう確認をな?うんでもそうか、ないのか」
「怖」
記憶を飛ばすという話題が出た瞬間、ひどく冷静にその場のバールの有無を確認する人間。控えめに言ってホラーである。何故そうやって進んで謎の方向性へ突っ走っていくのか。もう少し自分の顔面に自覚を持ってもらいたい。
さてそんなこんなで、中盤はいつも通りとはかけ離れてはいたものの、序盤と終盤はいつも通りの調子でお家デートのようなものはつつがなく終わり、日が暮れ始めた頃に解散となったのだが。
特にこれと言って特別なことも無く、青仁を途中まで見送った後、改めて自宅への帰路を歩みながら梅吉は思う。
身体の変化に伴いどうしても付きまとう、精神的な変質。つまり梅吉も青仁もどのみちこのままではいられないし、これからも変わり続けていくのだろう。人間生きていたらそんなことは当たり前である、と言われてしまえばそれまでだが。それでも、今まで通りに居られないのかもしれない、と思うと少しの寂寥感が心に滲むのも事実であり。
夕焼けが妙に綺麗で、湿っぽくなってしまったのか。橙色の光に包まれたまま、柄に無く真面目な事を考える。しかしそれもいつまでも続かなかった。
「……ん?オレなんか忘れてね?」
ぽつりと、誰もいない住宅街に独り言が響く。そして梅吉は、己のミスに気がついた。
姉に言われた、おそらくかなり重要な問い。そう、青仁は何故今の美少女化した梅吉とまともに会話出来ているのかを聞き忘れたのである。というかその他の話題のインパクトが強すぎて、完全にどこかに行ってしまっていた。
「今度聞けばいいか」
どうせ学校もクラスも同じなのである。いくらでも聞く機会はあるじゃないか、と梅吉は己を納得させた。その後恋人同士だからいつでも話しているのでは?というある意味冷静な思考も過ったが、すぐさまゴミ箱に捨てた。
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