カラオケに現実を持ち込むな その2
「それ以外にもあるって話だ」
「えぇ〜……今からでも歌うの再開しようぜ」
「本題が終わってからな。それで聞くけどさ、ぶっちゃけオレとお前が付き合ってるのって隠しといた方がいいのか?」
「思いの外真面目な話題だった」
「おっ意外だな、オレの予想だと第一声で発狂し始めると思ってたのに」
「いや俺をなんだと思ってるんだよ。そんな訳なああああああああ」
「おいよりによって劇物をこぼすな店員に申し訳ないだろ!」
青仁のバイブレーションを搭載した右手によって、ガタガタと揺らされるコップを慌てて安置する。
「だ、だだだだってさ?お、俺つ、つつつつ付きあ」
「事実に今更何を」
「じ、事実ではある、そう事実であるんだあははははははぼば」
なぜだかここ数日、安定的に様子がおかしい青仁はこの手の話題を出すと一瞬で壊れるのだ。見ている分には愉快だが、残念ながら現在梅吉はこの壊れかけのラジオならぬ壊れかけの青仁とコミュニケーションを取らなくてはならないのである。
「……大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。多分」
「多分がいちばん力強いところが死ぬほどひっかかるが続けるぞー。いや単純にこういうのって言っちゃっていいのか正直わかんなくね?そもそも利害の一致でこうなってるだけだし」
「そ、そそそそそうだな!」
「やっぱ大丈夫じゃねーじゃーねーか。どこ殴れば直るかなあ」
「今俺の事昭和のテレビと同じ扱いしなかったか?しかも叩くどころか殴るとか言わなかったか?」
「気の所為じゃねーの壊れかけどころか完全に壊れてる青仁」
「(某曲のサビを歌い出す)~ってだから俺は物じゃねーっての!」
権利的な諸々の関係で歌詞を描写できない中、ご丁寧にマイクまで構えて歌う青仁のノリツッコミを眺め思う。何故自分達は真面目な話をしていたはずなのに、いつの間にか漫才をやっているのだろう、と。まあそんなこともあるかもしれない、ティーンエイジャーは不思議がいっぱいなのだ、とか適当な思考で片付けつつ、梅吉は口を開く。
「マジでお前なんでそんなになってんの?流石にそこまでのクソザコじゃなかったよな?」
「クソザコ言うなし。いやその、これには深い事情がな?」
「お前に深い事情を考えられるほどちゃんとした脳みそが搭載されていたことに驚きだよ」
「は?黙れ俺と大して偏差値変わんねえくせに」
「そういう現実を持ち込むのはルール違反って知らねえのか」
偏差値という言葉は何時の時代もデリケートに扱うべきものであり、つまりはカラオケにいるような時に口にしてはいけない言葉であるということを何故知らないというのか。やはり馬鹿なのでは?
「ってこれもどーでもいいんだよそうじゃなくてお前のクソザコ具合が悪化してることをだな」
「な、ななななーにもななななないぞ」
「それは何かある奴の反応なんだよ……いやでもマジでなんかあったか?うーむ」
脳裏にここ数日の青仁の行動を思い描く。……どう頑張っても海外から輸入した蛍光色のお菓子を満足げに食べる最悪の絵面とか、せっかく美少女になったんだから俺は女の子と話したいんだよ!と話しかけに行って一言も言葉を発せずに終わったことぐらいしか思いつかない。ちなみに後者は梅吉も挑戦したが大体似たような結果であったことをここに記しておく。
「な、なんもなかったぞ。思い出す必要なんてないからな」
「そこまで壊れられると会話に支障が出るから思い出す必要があるんだよ。あ、もしかしてあれか?女の子になっちゃってから初めて一茶に会った時」
「……」
「よし、ビンゴだな」
「まだ俺なんも言ってないじゃん!」
態度がわかりやすぎるんだよ、と話題にした途端露骨に視線をそらした青仁にじっとりとした視線を向ける。なるほどあの時か、はて何かあっただろうか?
「……?」
「えっそこまで辿り着いたくせにマジでわかんねえの?逆にお前を疑うんだけど」
「そりゃあお前みたいなアホに脳みそチューニングするのは時間かかるし」
「あ゛?喧嘩売ってんのか買うぞ?お?」
「この面で殴り合いしたくない」
「そだな」
この美少女フェイスを故意に傷つけるなぞあってはならない。何せそれは人類が得た宝物の一つを失うことに異ならないのだから。
「……マジでわからん。大人しく言え」
「えぇ……」
「わかんねえことはわかんねえに決まってるだろ。言えよ。もしオレが修復できそうなことなら多少は協力するし」
「……梅吉はさ」
やっと話す気になってくれたらしい。ここまで来るのに一体どれほど脱線したんだろうな、と無駄な事を考えながらも梅吉は青仁の言葉を待った。
「自分が、お、俺の彼女っていうの聞いて、どう思っ」
「もしかしてこれオレもダメージ受ける流れだったのかよ先に言えよ!!!!!!!」
「お前がマジで気が付かないのが悪い!てか俺が最初に言った時正直そんなダメージ受けてなかったし良いかなって!」
先程から変わらず視線を宙に彷徨わせ、ついでに頬をほんのりと染めながら梅吉への攻撃が放たれた。攻撃というか自爆テロだったが。
たしかにそんな事をあの時青仁が言っていた気はするが、しかし。
「お前そんな真面目に考えたらなんか深淵覗く気がする話題直視しちゃったの?やっぱ馬鹿じゃん」
「さてはお前思考停止したのか?!考えろよ!!!向き合えよ俺みたいにさ!!!!!」
「嫌だよぜってー死ぬじゃん」
「俺も死んだんだからお前も死ね!道連れだ!」
未だかつてないほど汚くみっともない道連れという言葉が放たれる。どう考えてもこれは青仁が悪い。そういえば一茶が元々持っている爆弾に火をつけたとか言っていたのでそれかもしれないな、と気がつく。まあ着火された段階で思考を地平線の彼方に飛ばさなかった青仁がやっぱり悪いと梅吉は思うが。
「お前一人で勝手に死んでてくれ。でもまあ、正直気にすればするほどダメージ負うだけだぜ?だって四六時中亡くなった息子のこと考えるようなものなんだしよ。考えないほうが楽だろ?」
「息子の葬式でも開催して離別を乗り越えろ、ってコト……?!」
「オレは賢いから遺影がシンプルに猥褻物陳列罪って事がとってもよくわかる」
「考えるな、って簡単に言うけどさー。お前だって一日一回ぐらいは股間のスカスカ具合に哀愁を覚えてるだろ?」
「それは覚えるなっていうほうが無理だろ」
字面だけなら不慮の事故で亡くなってしまった息子の死を認められない親みたいな感じにいなっているが、普通に股ぐらからぶら下がっているイチモツの話である。パッと見では下ネタと捉えられないのだから、言葉とは偉大なのだ。
「まあ気にするなって言っておいてなんだが、結局うじうじ悩んでも事実は事実なんだし。やっぱ受け入れてくしかないんじゃないのか?」
「梅吉がまともなこと言ってる……!でもその受け入れができたら俺らこんなんになってないよな」
「な。世の性転換病患者はどうしてんだか」
受け入れる。言うは易く行うは難しという慣用句の例文に使われそうな事例だ。果たして受け入れてしまった時の梅吉が一体どんなことになっているのか、想像もつかない。
しかし自分で言っておいてなんだが、性転換病患者がそこまで世で話題になっておらず、せいぜいトンチキな病気だなと大衆に認識される程度にとどまっているのが答えなのだろう。つまりは人はいずれ、順応する。
考えたくもないことだが、いつか梅吉にも自分が恋人にとっての彼女であるという自己認識に疑問を抱かなくなってしまう時が来るのだろう。
「だよなー。ネットで調べても一ミリも共感できないし」
「青仁、あの日からネットは信用するもんじゃないってオレ達は学んだだろ、忘れたのか?」
「いやあれは多分俺達があまりにも女子とまともに会話ができないせ」
「あー!突然空から対女子コミュ力が降ってきたりしねーかなー!」
「そこは美少女じゃねーのかよ」
「だって美少女はお前がもうそこにいるし」
「そうだな、梅吉がいるしな」
こうして軽率なクロスカウンターが決まり、双方ともに机に沈んだ。
「……青仁、オレは確かに学んだ。現実を突きつけても誰も幸せにならないと。しかしそれでもオレはお前に本題を問わなきゃならねえ」
「なんでぇ……?」
「本題って言ってるだろそれが目的だからだよ!」
突っ伏したまま口の中にポテトを放り込みつつ口を開く。そう、そもそも現在の歌うことを放棄して発生している会話の根本は、他人に自分たちの謎すぎる交際関係を告げるか否かというものなのである!
「……とりあえず、一茶とか、クラスメイトの童貞共にはなんか怖いから言わないでおこうぜ。ああでも緑は正直言ってもいい気もする」
「オレもそれには同意だけど、あいつ別にそんな口が堅い方じゃねえだろ。そっから漏れたら面倒そうだしやっぱ言わないほうが良くね?」
「だな……もしかしてこれだけで終わる話だった?」
「そうだよよくわかってるじゃねーか青伊チャン」
「誰だよ青伊ちゃん」
「今のおめーの戸籍名だよ!まあいい、いくらフリータイムでももったいないから歌うぞ」
「流石に夜遅すぎるとオカンに怒られるしな。今後の飯が無くなる」
「やっぱ胃袋掴んでる奴が最強なんだな……」
本題が終わった今、折角のカラオケでうじうじとしている訳にもいかない。好き勝手に話しながら、梅吉達は選曲しにかかった。
なお折角の防音完備の密室なんだから多少やることやれば良かったのでは?と気がついたのは数日後の話である。
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