おうちデート(意味深)だったらよかったな その2

「くっ……これでいいのかよ……!」


 シャツとカーディガンを剥ぎ取られた梅吉は、現在上半身下着のみというなんとも防御力に欠ける装備でいることを強要されていた。勿論先日の詫びも含め、身につけているブラジャーは青仁好みのピンク色でこれでもかとレースに彩られたものである。梅吉の乳は控えめに言って巨乳の為、見事な谷間が形成され、自分じゃなかったらまさしく絶景だった。


 にしても、過去も現在も通して同性である相手だというのに、こうして下着姿を晒すことに羞恥心が伴うのはある意味不思議である。まあ結局は梅吉が見た目女の子の相手を同性と認識していないのだろうが。

 でも中身はあの青仁だぞ?オレみたいな女の子といちゃらぶセックスしたいと考えている青仁だぞ?というある意味冷静な思考が過ったが、奴もこうして梅吉が詫びることとなった一件の際恥ずかしがっていたので、そういうものなのかもしれない。


「──我が生涯に、一遍の悔いなしッ!」


 なお梅吉がそんなことをごちゃごちゃ考えている間にも、青仁は天を仰いだ後梅吉を拝み始めるという奇行に勤しんでいた。本当にそれが好みの美少女の下着姿を見た時の反応で良いのだろうか?何かを致命的に間違えている気がするのだが。


「いや死ぬなよオレまだお前っていうえっちなおねーさんに甘やかしてもらってないんだけど」

「そうだな!たしかに俺もまだゆめかわ系美少女と存分にいちゃらぶしていない!」

「そういうこった。まだまだ死ぬには早えんだよ!」


 なお梅吉の言葉も青仁の言葉も、言葉尻に(意味深)とくっつけるべきものである事をここに記しておく。なお、流石にこの状況で直接的な名詞を吐く度胸はどちらにもなかった。


「えっもう服着ちゃうのか……?」

「お前だって一瞬だったんだしこんなもんだろ」


 誰だっていつまでもこんな心もとない格好では居たくない。いそいそと衣服を手に取り始めた梅吉を、青仁が悲しそうに見つめるが、無視。いくら身分差に引き裂かれた相手のことを想う令嬢みたいな眼差しをしていようとも、抱いているのは純度百パーセント桃色の不純な想いなのだから。外見に騙されてはいけない。


「そうだけどさー」

「じゃあお前も上半身脱ぐか?そしたらオレも眼福で素晴らしく平等だと思うんだが」

「どうぞ服を着てくださいませ梅吉サマ」

「うむ、よろしい」


 ははー、と平伏し始めた青仁を他所に、シャツを着込み、カーディガンを羽織る。リボンも手に取ったが、別に必要ないだろうと机の上に載せた。どうせこの場は家なのだから、校則に縛られては居ないのだから。


「しっかしこれで目的終わっちゃったし、この後どうする?ファミレスでも行くか?俺ドリンクバー行きたい」

「頼むから今のお前の面でゲロを啜らないで欲しいんだけど……言っても聞かねえんだろうな」

「俺にドリンクバー混ぜるなって言うのは、梅吉に早弁するなって言うようなものだぜ?」

「知ってる」


 お互いのその手の性質はそれこそ知り尽くしている。それなりに付き合いは長いので。


「ってことでファミレス行こうぜ。あっでもカラオケもいいな。この美少女ボイスでどこまでいけるかやってみたくないか?」

「天才か?よし今度やろう絶対だぞ」

「今度?今日じゃないのか?」


 きょとん、と素直に疑問を口にする哀れな青仁に対し、梅吉は口を開いた。


「ふっ──考え無しにのこのこと敵地に乗り込んで来るなんて無様なり!このオレが!貴様をなんの用意も無しに自宅という己のテリトリーに招き入れるとでも思ったのか!」


 厨二臭い語彙を取り込んで時間稼ぎをする。それによって完璧なタイミング調整を成し遂げた梅吉の言葉の後に──ガチャリと、玄関の扉が開く音が聞こえた。


「う、梅吉?!お、お前何を企んで」

「いや大したことはしねえよ。ただちょっと、今後のための初期投資というか、なあ?」

「所用の腹痛が」

「腹痛に所用って付けられる要素はねえんだよ逃がさねえぞ」


 己の立場が危ういことを一瞬にして悟ったらしい、意外と優秀な危機管理能力を搭載していたらしい青仁が逃走の構えを取る。とはいえこの場から脱出するためにはまず梅吉の部屋から出て、一階に降りなくてはならないわけで。仮に二階で逃げ惑って運良くベランダに繋がっている部屋に出れたとしても、そこから飛び降りるなんて曲芸ができるわけもなく。つまりは部屋の外に出た時点で、梅吉が招集した人間と鉢合わせることは避けられないのだ。

 梅吉と青仁が騒いでいる間にも、入ってきた足音は階段を上がり、真っ直ぐこちらに向かってくる。


「あびゃぎゃぴみびゃーーーーーーーー!!!!!!!!!」

「随分と個性的な悲鳴だな。入っていいぞー」


 コン、と申し訳程度のノックに、形容しがたい悲鳴を上げる青仁を他所に、一切の慈悲無く梅吉は扉の向こうの人物の入室を許可した。


「ずいぶんと楽しそうね。私、本当に必要だった?」

「?!?!?!?!」

「適切な指導者がやるべきだろ、こういうのは」

「う、うめき、ち?こ、こここここの人ははははああああ?!?!?!?!」


 胡乱げな目で梅吉と青仁を見やる、梅吉より幾分か年上で何がとは言わないが胸部の霊圧が無い、梅吉とよく似た女。つまりは梅吉の姉である。本日は大学が午前のみだと今朝ぶつくさ言っていたので、ダメ元で招集した結果召喚に成功したのだ。勿論女性免疫が死滅している青仁は絶叫しながら混乱状態に陥った。愉快。


「見て分かるだろうけどオレの姉貴だ。姉貴、こいつが青仁」

「どうも。愚弟……愚妹?の姉の椿つばきです。あんたの時も思ったけど、すごいのね性転換病って。こんなに可愛くなっちゃうなんて。本当に男の子だったの?」

「ぴえ」

「だめだ想像以上に会話にならねえ。おい青仁、こんなんじゃ生き残れないぞ」


 もはや言語的では無い言葉しか発しなくなってしまった青仁を無理やり揺らす。さて正気に戻ってくれるだろうか。

 なおさりげなく己のことを愚かとか言いやがった姉に文句を言いたくなったが、梅吉の家庭内ヒエラルキーはお察しなので、つまり発言権がないのである。末っ子男子の宿命なのだろうか。


「お、おおおお俺はもうだめだから」

「考えてみろ青仁、オレらは性転換病やった後も特に転校とか進学とかしてないから、学校内での扱いが変わった気がしないだけだ。これで高校卒業したらどうなるかわかってんのか?進学しても就職してもフリーターしても世間からは女として扱われるんだぜ?ここいらで多少は耐性付けとかないと、同性に関われないのが致命的ってことぐらいわかるだろ」

「なんでそんないきなり正論言うの?」

「正直オレもなんでここまでガチな正論言ってんだろなって思った」


 脳死で適当に理論を並べ立てた結果である。怖いね。


「まあとにかく、オレが姉貴を呼んだ理由はただひとつ!」

「絶対ロクなことじゃないだろ帰っていいか?」


 青仁の提案なぞ、今この場で最も無力なもののひとつである。故に梅吉は、構わず続けた。


「只今より姉貴に教わってホック付きのブラを自力で付けられるようになるまで帰れま10を開催するからだッ!」

「なんでぇ?!」


 先日のショッピングモールでこっそり購入しておいた青仁サイズの梅吉好みの下着を抱え、ノリノリで宣言する。上機嫌な梅吉とは対照的に、青仁が情けない悲鳴をあげた。見事に明暗が別れた二人を、ニヤニヤと姉が眺めている。相変わらず趣味が悪い奴だ。


「実際知っといて損は無いだろ」

「何真人間ぶってんだよ言えよ本音を」

「何の話だかさっぱりわかんねえな」

「打診された段階で大体理由はわかってるから別に言わなくていいわよ。妹の性癖とか知りたくないし」

「おぼあ」

「死んだか?死んだな」


 たった一言で梅吉の精神を削りきるとは、流石我が姉。黒レースのえっちな下着を青仁に着てもらいたいという純粋に不純な欲望を見抜くとは、と頭を抱えながら雑に称える。なお、呻く梅吉を完全に虫を棒で突っつく小学生男子の挙動で扱う青仁は後で処す。


「青仁くんと青仁ちゃん、どっちがいい?」

「……か、かかか勘弁してください……」

「じゃあ青仁ちゃんで」

「おぼぼぼぼぼあばぼあばおばおぼ……」

「冗談よ。青仁くん、実際うちのバカの言う通り覚えておいて損は無いのよ。ってことで教えて上げるから、服脱いで。後梅吉は早くお客さんにお茶と菓子でも出してあげなさいよ、ほら行った行った」

「ぐえっ」

「フ、フクヲヌグ。シラナイコトバダナア」


 尻を蹴られる梅吉と、退路を塞がれる青仁。自分で呼んでおいてなんだが、完全に魔王という名の姉に場を支配されてしまった。もしかして姉を呼ぶってコマンドは自爆スイッチと同義だったりするのか?

 そうして大人しく一階に降り、お菓子とかコーラとかを装備して戻ってきたのだが。


「うわでっか。なんなの?性転換病ってでかくならなきゃいけない義務とかあるの?」

「……」

「そうそれで、ホックを……デカすぎて引っかかるとかあるの?もしかして私喧嘩売られてる?」

「……」

「なんでもいいから話してくれると有難いんだけど。ずっと無言っていうのもやりづらいのよ」

「ミ゜ッ」

「なんて?」


 大変突入したくない光景が作り出されているだろうことは、扉越しでも想像に難くない。むしろよくあの状態の青仁を下着を脱ぐという段階に持っていったなと逆に賞賛したいほどだ、と半ば現実逃避気味に思った。


「あー、姉貴?オレ多分入んない方がいいよな?」

「そうね、そこで待ってなさい。どうせ自分用にお菓子持ってきたんでしょ?それでも食べてなさいな」

「ほーい」


 自分の分の取り分とその他を区別しておかないと、何故か怒られるということを梅吉はぼちぼち十七年になる人生で学んだのだ。でも未だに理由はわからないんだよな、と思いながら姉の言う通りに用意しておいたポテチ(BIGサイズ)を貪り食う。


「とりあえず、その状態を維持してゆっくり前に持っていくの。……そう、上手」

「……」

「もしかして本当に一言も喋らないつもり?」

「オ、オハナシイイイイイ?!?!」

「類稀なる狂い方してんな」


 梅吉も初めて聞いた青仁の女性免疫ゼロ奇声のバリエーションかもしれない。妙なところだけ豊かだよな、と思わず呟く。なおその間もポテチを口に放り込む手は止まっていないものとする。


「梅吉から聞いてはいたけど、本当に女性免疫ないのね」

「ナ、ナイデ、デデデデデデデデデデデ」

「私が手を添えてるから、そのまま手を持って言って、引っ掛けるの。……うわはち切れんじゃないのこれ。もぎたくなってきた」

「あばばばばばばば」

「冗談よ」

「ソ、ソソソナンデスカッカカカカカ」


 ちなみに奴の弟歴十六年+αの身として言わせてもらうと、もぎたい云々は本音だと思う。あいつはそういうやつだ。本格的に壊れて異音を上げて喋る玩具的な何かと化してきたな青仁を音声情報だけで観測しながら、控えめに言って女の子どころか人間がやっていい挙動じゃないようなことしてんだろなあ、と思う。それをやって許されるのはホラー映画の中だけだ。


 なおここから梅吉がポテチとじ〇がりこ(Lサイズ)を完食する程度の時間がかかった為、ダイジェスト版でお送りしようとも考えたが、ただひたすらに青仁が異音を発していただけだったのでカットする。正直哀れだった。


「うわああああああ!!!!梅吉~~~~~!!!おれもうおむこにいけないよ~~~~!!!!」


 故に扉を開けて梅吉が入室した途端、感情のままに叫びながら勢いよく青仁が抱きついてきた。


「うおっ?!」

「ひぐっ、お、俺、けが、汚されちゃ」

「別に汚してないわよ」


 半分ほど泣きが入っている上に、それはもう豊満な乳房がこれでもかと己の乳房におしつけられて精神的に大変なことになる。平常時ならおっぱいとおっぱいを押し付けることがこれ程までの幸福を生み出せる行為だったとは……!ぐらいは適当にほざけるのだが、流石にそんなことを言っている余裕はなかった。


「あ、青仁?大丈夫か?」


 状況自体への困惑と照れが半分、結構な後悔が半分。故に口から出たのは労りであった。


「……うめきちの、ばか」


 身長的に普段は発生しえない相手からの上目遣いと、涙目のオプション付き。はっきり言って梅吉の理性を壊すには十分すぎる要素ではあったのだが、そこは身内の目と、なにより先程から感じ続けている困惑によって思考は保たれた。

 なにせ梅吉はこの青仁とかいう奴とそれなりの年数付き合いがある。そりゃあ幼馴染とかいうラブコメにありがちな関係性には劣るが、それでもある程度の理解はあると自負している。故に、わかるのだ。


 間違っても青仁は半泣きで他人に抱きついたり、そのまま泣き言を漏らすような性格じゃないということを。


「何二人してその小っ恥ずかしい体勢のまんま固まってるのよ。見てるこっちが恥ずかしいんだけど」


 呆れたように言い放たれた姉の言葉によって、やっとこさフリーズしていた思考回路が復活する。あまりの衝撃と困惑で吹き飛んでいたが、そもそもこの状況は見方によっては随分とボーナス的なサムシングな訳で。


「……ッ?!……ッ?!」

「落ち着け青仁。全面的にオレが悪かったから。今日のことは忘れよう、な?」

「……」

「あっだめだこりゃ」


 青仁がば、と勢いよく梅吉を離すも、それ以降動きを完全に止めてしまう。話しかけても応答する素振りを完全に見せなかった。これはもうどうしようもない。


「もしかして私マズかった?」

「マズかった、けどまあこれは姉貴を呼んだオレが悪い。まさかこの程度の荒療治で、ここまでポンコツになるとは思ってなかった」

「ああそういう……でも、なら尚更不思議なんだけど」


 断言するが姉は深いことは何も考えていなかった。ただ第三者であったからこそ容易にたどり着ける結論を、当たり前のように口にしただけだったのだ。


「なんでそんなに女の子が苦手なのに、今のあんたとは普通に話せてるの?」

「……あ」


 言われてみればそうだ。クラスメイトの女子相手にも常に挙動不審をかましている奴が、何故梅吉という外見だけなら超どストライク美少女と普通に会話できているのだ?

 そもそも美少女化して以降のファーストコンタクトの時なぞ、お互いのことを知らなかったのに奴は平然とナンパを働いていた。鼻の下は伸び気味だったし挙動不審だった気もするが、逆に言えばその程度で済んでいたのである。


「じゃ、私は邪魔にしかならそうだから引っ込んでるわね」

「掻き回すだけ掻き回して逃げやがったなお前……!」

「元はと言えば呼び出したのはそっちじゃない。いくら自分が悪いからとはいえやられっぱなしはなんか嫌だ、とか言ってたくせに」

「うぐっ……」

「青仁くん、こいつは私がなんか適当に懲らしめとくから」

「げっ」


 不穏な発言を言うだけ言って、我が姉は去っていった。残されたのは未だ現実に復帰してこない青仁のみ。


「……あ~、青仁。ジ〇ギスカンキャラメル買っといたんだけど。食べる?」

「……食べる」


 取り敢えずここは食べ物で釣るのが早いだろう。何せ自分もそうなので。予測通りのそのそと手を差し出してきた青仁にクソマズキャラメルを渡し、持ってきたコーラをコップに注いでいく。さて、ここからどうしようか。

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