おうちデート(意味深)だったらよかったな その1

「マジでやんなきゃだめ?」

「やれ。お前も酷い目に遭え」


 波乱のショッピングモールの翌日、梅吉と青仁は帰路の電車に揺られていた。せめてもの抵抗として梅吉はスマホでごにょごにょしているが、正直これが功を成すのかはわからない。頼むからどうにかなってくれ。


「さっきから事故だったすまんって言ってるじゃんかよ」

「事故だとしてもあれはない。梅吉だって逆の立場だったら俺と似たようなものんだろ」


 すっかりふてくされてしまった青仁がぷい、と顔を背ける。その仕草すら今の美少女フェイスでは可愛らしいのだから、やはり外見というのは重要である。

 梅吉がスマホ片手に足掻いている間にも、電車は梅吉と青仁の最寄り駅へとたどり着いた。通学時間で選んだので当たり前だが、乗車時間はかなり短い。


「つか、何気に初めてだよな梅吉の家に行くの」

「そりゃあ初めて会ったの中学の時だしな。そこまで行くとそもそも家に遊びに行かないだろ」


 そう、今回の目的地はなんと梅吉の自宅である。所謂お家デートというやつだが、特にセッから始まるあれ目的ではなかった。それだったらもう少し梅吉のモチベーションがマシだっただろう。

 一応無理やり良かった点を上げるならば、行先が梅吉の自宅であるということだろうか。もし逆だった場合、帰り道梅吉が遭難することになる。方向音痴道覚えないマンをいくら地元とはいえ、小学校の学区区域以外に放置してはいけないのだ。


「まあそれはそうだな。つか、子供のころはなんであんなに他人の家が楽しかったのかなあ……」

「あん時はオレらはまだガキだったんだ。視界に映る全てがなんかこう、新鮮に見えたんだよ……」

「今は?」

「エロを見る用以外のレンズが死ぬほど曇ってそう。特に数式を見るレンズとか」

「むしろエロでレンズが曇ってんだろ」

「曇ったのでは無い、エロという新たな視点が加わっただけなんだ」

「物は言いようだなあ」


 いくら気分がどんよりとしていようとも、中身のない軽快な会話は続いていく。


「あー、こっちの方なのか。なんとなく来たことはあった気がする。よく覚えてねえけど」

「覚えてないのかよ」

「だってここら辺って公園とかなんも生えてないだろ、子供の時に遊び回ってない区域とかうろ覚えでも覚えてるだけマシだっての」

「いやまあそれそうだけど。オレなんか子供の時に遊び回ってた区域ももううろ覚えだし」

「やばくね?お前の記憶力どうなってんの?」

「死ぬほど数学の公式理解できない奴に言われたくない」

「死ぬほど歴史の年号覚えられない奴に言われたくない」


 会話の流れが完全に自宅云々から外れてしまった。ここまで見事なクロスカウンターが決まってしまえば、後は微妙に文系な梅吉VS微妙に理系な青仁の醜い争いが始まるだけだ。


「そもそもあんな意味不明理解不能最早日本語であるかも怪しい教科である数学が理解できるわけないだろ、できても何に役立つんだ?その点歴史は教養として重要な役割を果たしてるだろ。小粋なトークに小粋な返しができたらめちゃくちゃかっこよくないか?」

「それはただの数字が嫌いな奴の言い分だろ。歴史みたいにクソみたいな横文字何世シリーズも無いし、画数が死ぬほど多い欠陥文字漢字も出てこない。数字という全世界共通言語で語られる数学が理解できないとか、お前ただの馬鹿だろ」

「正直オレも横文字何世シリーズはどうかと思うが数字よりは圧倒的にマシだろ。何より歴史は暗記教科だ、数学みたいに理解がいらねえところが素晴らしい。つかお前オレより英語できないくせにsincostanとかのアルファベットに対応できたのか?」

「何言ってんだ梅吉、むしろ歴史は暗記しなきゃいけないのがだめだろ。数学の方が勉強上覚えるべきことは少ないんだから圧倒的に簡単じゃないか?後そいつらを俺はカタカナ表記で認識してる。アルファベット見ると吐き気がするから」

「お前の脳内変換能力優秀だな。そんな優秀な能力があるならもう少し英語がって、ついたぞ」


 某菓子戦争並に無意味な争いは、目的地である梅吉の家にたどり着くことによりあっけなく終わった。


「……特に面白みのない一軒家だな」

「他人の家に面白みとか求めないでくれるか?」

「知ってるか梅吉、これ一応俺は初めてできた彼女の家に乗り込む形なんだぜ」

「そうか。青仁、お前は初デートって概念を記憶から消そうな」


 初デートがファーストフード店なのもなんとなくモヤモヤするが、お家デートが初デートなのも色々な意味でどうなんだと純粋無垢な元童貞としては思うのだ。青仁が夢を見無さすぎなのだ、と言おうとして奴も大概ロマンチックなことを言っていたことを思い出して口を閉じる。

 そんな無駄口を叩きつつも、梅吉はスクールバッグから家の鍵を取り出してガチャガチャと開けた。ちなみにスクールバッグは例によって制服に似合う、なんか革製っぽい感じのおしゃれなやつである。男だった頃はなんでカバンまで指定なんだよと面倒くさがっていたが、美少女になってしまった今は素晴らしい引き立てアイテムのひとつである。


「お、おじゃましまーす」

「つっても今誰もいないけどな。で、オレの部屋はこっちだ」


 青仁が少々居心地悪そうに挨拶する様子を眺めつつ、梅吉は青仁を誘導する。特に広くもなければ狭くも無い玄関に、二人分の女の子サイズの指定のローファーが並ぶ様子に妙な感慨を覚えつつ、自室を目指した。


「い、今から俺は、女の子の部屋に……!」

「おーい忘れたのか青仁、オレだぞオレ。どんなにオレのビジュアルが最高に美少女だろうと中身はオレなんだぞ」

「少年の夢を守ろうという慈悲とかないのか?」

「無えんだよなあ!ああでも安心してくれ、流石にやべえブツとかはきっちり隠してあるから」


 階段を上がりつつ、少し後ろに振り返ってふふんとドヤ顔をしてやった。案の定うへえ、と顔をしかめた青仁は言葉を続ける。


「そりゃ今のお前が読んでるって思うと微妙だけどさあ……」

「だから念入りに隠してやってるだけマシだろ。隠し方が杜撰そうなお前と違ってな」

「……俺だって頑張ったんだよ。頑張ってありとあらゆるネットを駆使してたんだよ。それでも何故か見つかって『もー!本棚じゃないところに本を置いちゃだめでしょ!』ってオカンにエロ本を本棚にきちんと並べられるんだよ」

「……青仁、強く生きろ。流石にそれは酷すぎる」


 あまりにも哀れすぎて、思わず青仁の肩をぽんと叩く。ここまで心の底から他人を哀れんだのは初めてかもしれない。触れた肩の華奢具合に一瞬手がびくりとなるものの、悟られたくなくて無理矢理平常心を装った。

 階段を上り、申し訳程度の廊下を歩いて扉を開ければ、梅吉の部屋である。


「これが、か、彼女の部屋……!」

「悪いこと言わないから彼女って言葉の後ろに(元男の友人)って付け加えとけ。期待した分心に傷を負うぞ」

「正直こんなこと言っといてなんだけどめちゃくちゃ普通に野郎の部屋だな」

「当たり前だろ。逆に女の子歴一ヶ月あるかないかで部屋の性別まで変わってる方がこえーよ」


 青仁の言う通り、梅吉の自室は極々普通の男子高校生の部屋である。強いて言うなら衣装箪笥の中だけは女の子感に溢れているが、逆に言えば閉じてさえいればただの面白みのない野郎の自室でしかない。


「いやそれはそうだけどさ。俺だって正直部屋一か月前と大して変わんないし。お前の部屋との違いなんて、俺のが部屋の面積狭いだけで……おのれ一軒家」

「えっお前一人っ子なのにそんな面積ないの?」

「マンションだからか根本的に部屋数がなくて……俺そんな家の中で権力持ってるわけじゃないから広い部屋に住めるわけもなく……」

「ああ……」


 こんな短い時間だけで立て続けに青仁哀れポイントが溜まっていくとは。なおポイントが溜まっても特に何も起こらない。


「いやでもマンションって暮らしやすいんじゃないのか?なんかこう、冷房とか暖房をそこまでガンガンにしなくても快適とかなんとか」

「たしかにそうなのかもしれないけどデメリットが大きすぎるんだよ。集合住宅ってさ、シュールストレミング缶開けるだけで怒られるんだからな?面倒なんだよ」

「いや一軒家でもシュールストレミング開封の儀なんかやったら近所から苦情来るわ何やってんだよお前。つか食ったのかよアレ」


 さらっとツッコミどころしかない発言を青仁がした為、梅吉はこれ幸いと嫌なことを押し付けられた現実から目を逸らし、逃亡の手立てになればよいとツッコミを入れる。


「なんか面白そうだから昔食ったんだよ。たしかに死ぬほど臭かったけど、逆に言えばそれぐらいで正直味は普通だったし。多分梅吉でも食べられるぞ、普通に美味いから」

「そっかーお前のお気には召さなかったかーそれはそれとして覚えておけ、人が存在する地帯でのシュールストレミング開封は控えめに言ってバイオテロだ」


 ゲテモノスキーの舌にとっては普通の食べ物判定だったらしい。世間的な評判を考えるにどこが普通なのだと思うが、味が普通な時点で奴にとってはゲテモノじゃないのだろう。世界一信用出来ない判定だな。


「そうか?そう聞くとなんかカッコイイな。でもマジでアレ味は普通だぞ。そうだ、今度梅吉も食べてみるか?輸入しなきゃだから結構値段高いけど」

「絶対に嫌だしバイオテロ(臭)はなんもかっこよくないだろが!お前も男……男だったならもうちょっとなんかこう、せめて『悪の秘密結社的なのが街にやってきたけど実は対抗手段を持ってるオレ』的なやつにカッコ良さを感じてくれよ!」

「だったってなんだよ俺は今も昔も気持ちだけは男だよ!気持ちだけは!」

「気持ちだけなんだよなあ」

「うっ」


 そのまま青仁が顔を覆って蹲る。そう、この言葉は今の青仁及び梅吉にとって致命傷となりうるのだ!まあつまりは今の言葉で梅吉も致命傷を負ったので、現在進行形で膝が震えているのだが。この世の覇者はいつだって「現実」なのである。


「……つか、俺はこんなこと喋る為にお前の家に来たわけじゃないんだけど」


 このまま誤魔化せるかと思ったのだが、そうはいかなかったらしい。じっとりと半眼の視線を向けられ、梅吉は慌てて口を開く。


「あっごっめーん!せっかくこ、恋人がおうちに来てくれたのにお茶とかなんにも出してなかったぁ!ちょっと一階にい、っひゃあっ?!」


 こういう時には手頃で便利な容姿と声を使うに限る、というここ数日の経験則を持ってして外見に沿った美少女ムーブに走った梅吉だったが。逃走の為の方向転換すら叶わず、肩をガッシリと掴まれる。思いのほかそれっぽい悲鳴を素で上げてしまったことについて動揺する暇すら、梅吉には与えられなかった。

 ところで、元々青仁の方が梅吉より身長が高く、美少女になってもその身長差はさほど変化がなかったりするのだが。つまりは梅吉より背丈のある身体で、梅吉に覆い被さるように抑え込むこともできなくは無いわけで。


「あ、青仁、くん?ど、どうしたのかな~って」


 せめてこう振る舞えば減刑されないかな、と淡い希望を込めて梅吉は上目遣いで青仁を見る。瞬間ゾクリとしたものが背筋を走り、梅吉は見たことを後悔したと同時に、その光景を忘れまいと脳内に刻み込んだ。


「ねえ。私、約束を守れない子は嫌いなの」


 穏やかな、しかしどこから出ているのだろうと不思議なほどの圧をかけながら、梅吉の理想の美少女は微笑を浮かべている。件の「約束」がロクでもないものである、ということを忘れてしまいそうな程、梅吉の琴線に深く触れた。


「いい子だから、お姉さんとの約束、守れるよね?」


 あ、だめだなこれと直感的に思う。向けられる視線に篭っているものが純度百パーセント劣情であることは簡単に予測が着くのに。これでは頷くことしかできないじゃないか。

 それに。どんなに自分たちは男だと認識していようとも、外面はどうしようもなく女なのだ。故に己の素振りと青仁の行動を合わせてしまえばきっと、本当に女の子同士の恋愛にしか見えなくて。


その客観視こそが、梅吉の胸を惑わせるのだという真実に、彼女は気づくことも無く。混乱に茹だる思考の中、必死に言葉を絞り出した。


「わ、わか、った。わかったから……!」


 火照る頬をどうにかこうにか隠そうとしつつも、視線を逸らしつつも、たしかに主張する。一体今の自分が何に対して羞恥心を感じているのか、まるでわからない。ただ一つだけわかっていたのは、肯定しなければ、どうにかなってしまいそうなこの状況が終わらないということだけだったから。


「っしゃあっ!」


 しかしそんな梅吉の複雑な心境なぞ何処吹く風、梅吉の言葉を聞いた瞬間、己の欲求が押し通せた歓喜に、青仁が一瞬で素に立ち返ってガッツポーズを決めた。ムードもへったくれもないその速さは流石と言うべきだろう。しかしその残念具合も中々かわ──今己は何を考えた?


「だって俺だけブラジャーで右往左往してるの絶対不公平だもんな!ここは俺好みの下着を身につけた梅吉が見れないと割に合わないって言うか!」


 いやだってあれは普通にかわいいだろうギャップ萌え的なやつで、だが相手は青仁だぞ?お姉さんムーブでもなくただの中身男子高校生だぞ?それにかわいいはマズイだろ。でもかわいかったな?


「えっどうしたんだ梅吉。俺なんかマズかった?」

「いや多分これマズイのはオレだな……」

「???」

「流石にあそこまでされたら約束は守るっての」

「!」


 露骨に目をキラキラと輝かせた青仁に、色々馬鹿らしくなってくる。とりあえず難しいことを考えるのは後にしよう、と梅吉は死ぬほど気乗りしないまま「約束」に向き合った。

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