落とし穴は見落とすから落とし穴なんだよ その2
助けを求めるかのような視線は、その容姿と相まって中々に凶悪だが知らないことは知らない。そりゃあ、何がとは言わないがAカップとかFカップとかの単語は知ってはいるが。己の乳が具体的にどこに分類されるかなどわかるはずもない。ましてやそれを知る術なんて、知っているわけがない。
「……梅吉。お前散々グラビアとか見てるから、そこに出てくる女の子のカップ数から俺らのおっぱいが何カップか判断とかできたりしないか?」
「仮にオレがそれをできたとしてお前は何をするんだ?」
「キショすぎて友達やめるかな」
「知ってっか青仁、今オレらこ、恋人同士なんだぜ?やめるのはと、友達じゃな、くて」
言葉狩りのノリで突撃して行ったのだが、あまりにも自分の発した恋人というワードの火力が高すぎてこちらまでしどろもどろになってしまった。勿論そんなことを口走った梅吉を見て青仁もフリーズしている。
……というか、冷静に考えれば今己は恋人の下着を買いに来てる、となるのでは?
「めちゃくちゃエロいじゃん……」
「お前文脈って言葉知ってる?」
などと言っていたので口に出してやったら、真顔で全く同じことを言ったことをここに告げておく。
「つーかそんなこと言ってる場合じゃなくてだな、結局ブラジャーをどうやって選べばいいんだって話で」
「お客様、採寸を行いましようか?」
「うわァァァァァァァァ?!」
「おいバカ天丼やめろ!っ、えっ、さ、採寸……?」
軽率に絶叫しやがった青仁のせいで、周囲の視線が再び集まるのを感じながら。声をかけてきた店員の女性の言葉に挙動不審になる。なるほど採寸、そうすることによって適切な下着のサイズを把握するのだろう、実に合理的ではないか。つまり身体を測……。
「はい。初めてのご来店のようですので。よろしければ最適なサイズを知った上で購入する方が宜しいかと」
「そ、そそそうですね。よ、よろしくお願いします」
「む?!むむんむむむむぐ?!?!?!」
塞がれた口の中でもごもごと抗議する奴がうるさいが、無視。むにりと掴んだ頬が、以前いらん事を口走った青仁の口を塞いだ時よりもつるりとしていて柔らかい気がするが、無視。正気に返ってはいけない。
「わかりました。では試着室へご案内しますね~」
「あ、こ、こいつなんかずっとこんな感じだと思うんですけど、初めてで慣れてないだけなんで。気にしないでください!」
「そ、そうですか~」
「っぷは、う、梅吉何を勝手に?!」
「仕方ないだろオレら二人が唸っててもどうしようもねーっての!」
「そ、そうかもだけどさあ」
女性下着に対する知識なんぞ、その手の男性御用達コンテンツ由来のものしかないのだ。どう考えても女子歴が遥かに長い店員に任せるべきだろう。店員には申し訳ないが頑張ってもらいたい。接客業とは理不尽なものだ(二回目)。
そうして勿論青仁とは別の更衣室に梅吉は連れていかれる。そのまま手際よくカーテンを閉められ店員がメジャーを構えたあたりで、梅吉はやっと気がついたのだ。密室で女性と二人きり、服を脱いで、女性がオレの胸を採寸する……?とんだ羞恥プレイじゃないか、と。
「シャツを脱いでいただいて、下着の上から測らせていただきますね」
思っていたよりマシ……かもしれないが。どの道下着姿を見られることには変わらない。まあ上裸になる必要が無いだけマシだろう、とシャツに手をかけた時。梅吉は素直に聞いてしまったのだ。
「い、今サイズ小さいやつ着てるんすけど……」
「それなら下着だけ脱いでいただいて、シャツの上から測らせていただいてもよろしいでしょうか?」
さて、着衣のままブラジャーだけを抜き取るという高等技術が梅吉にあるのだろうか。などと考えていたが、割かし手先が器用な方である為思っていたより簡単にできた。ワイシャツを着たままもそもそとホックを外して、ぎこちないながらもブラジャーをずるずると出す。
こうしてワイシャツの下は何も下着を身につけていないという、男からすれば垂涎物のシチュエーションになってしまったわけだが。目の前の店員にとっては仕事のひとつに過ぎないのである。羞恥プレイだと思っているのは梅吉だけなのだ。その証拠に店員は、営業スマイルを一切崩さない。
「それでは測っていきますね」
「は、はい」
メジャーを持った店員の手が、梅吉の身体に触れる。ここまでの至近距離で、羞恥心を煽るような服装で女性と接することなど初めてなのだ。自分の顔面が気持ち悪いことになっていないのか心配なのだが、大丈夫だろうか。精一杯顔面は平静を装っているつもりだが、少なくとも内心はそれどころではない。店員がほんの少し手を動かすだけで梅吉の心は大荒れである。
「終わりました。それでは、合うサイズのものを持ってきてみますね」
「えっ、は、はい?」
なんか知らないけど一瞬で終わった。脳内で暴れ狂いすぎたせいでなんかすっごく時間の流れが早かった気がする。もしくは色々大層なことを考えていただけで、元々そこまで時間がかからない作業なのか。身体測定的な。
そうして暫く更衣室内でシャツ一枚で下着を身につけていないというアレな格好で悶々としていた梅吉の元に、店員が下着を持ってくる。
渡された下着を身に着け、サイズの合ってる下着って大事だなあ、と先程までのぎゅうぎゅう感が嘘のようにジャストフィットして、割と重い乳を支えてくれる下着を見て梅吉が思っていたりした一方。
「ちょ、ま、えっつかないんだけど、これどうすればいいんだよ?!」
隣の更衣室からそんな感じの悲痛な叫びが聞こえた。言うまでもなく青仁の悲鳴である。もしかしてこれを、同行者というだけで梅吉はどうにかしなくてはいけなかったりするのだろうか?
「おい青仁。なにしてんの?」
まるで声をかけたくは無いが、かけない訳にもいかない。ローファーを履きつつ隣のブースに向かってそう梅吉が問いかけると、堰を切るように青仁が叫び始めた。
「ホックが一生止まんないんだけど?!?!後ろ向きでこんなん止めるなんてさあ!!!この世の人類の五割は無理だろ少なくとも俺は無理な側な人間だ!全人類の五割が着用できない衣服とか、絶対服の機構として欠陥だってIQ1億の俺は思っちゃったりするんだけど?!?!」
「知ってっか青仁、女性はそのできる側の五割だ」
「うるせーちょっと前まで俺もお前も男だったろ!むしろなんで梅吉ができ、あそっかこいつクソ器用貧乏だ!!!!許されねえ!!!」
「器用貧乏は悪口なんだよ!」
なるほどホックが止まらない?何を馬鹿なことを言っているのか。たしかに梅吉は青仁よりは器用だろうが。だからと言ってこれぐらいは青仁にもできるだろうに。後梅吉は器用貧乏ではない。
それにそもそも青仁は、見落としていることがある。
「つかお前もしかして脳みそが入ってない感じ?前でホック止めてから後ろに回せばいいだろ」
「ふっ、よりによってこの俺にそんなことを言うなんて。梅吉、お前の思考回路、手入れ不足で錆びてんじゃないか?この俺が!その程度でホックをとめられるようになるわけないだろ!」
「うわあ」
声だけでもわかる程にドヤる青仁に、梅吉が顔を歪ませる。
たしかに青仁は不器用ではある。具体的にはドリンクバーではよくわからないレベルで繊細なボタンさばきを見せているくせに、カラオケのセルフでソフトクリームを盛るやつでは大惨事を引き起こす感じの。青仁は大体そんな感じの生態をしている。
「やっぱり俺にこういう店は早かったんだよ梅吉、俺はこれからもスポブラを愛していくんだ……!」
「お前がスポブラは許されねえってさっきから言ってるだろ!」
「でもその肝心のエロいブラジャーがつけられないんじゃだめじゃねって俺は思うんだけど」
「……エロいブラジャーを自力でつけられるのは当たり前だし、慣れてなくて動揺するオレを前にこうやって女の人のブラは外してあげるのよって手とり足とり教えてくれるのが隣に住んでるえっちなお姉さんなんだよ」
「うわキモ。絶対緑みたいな目つきで話してるでしょそれ」
更衣室から出て、カーテンを隔てて青仁が足掻いているらしいそこに話しかける。しかし心外な、性癖なんて人類皆等しくキモいものという前提があるにしても。その中でもトップオブトップで性癖がキモい男と一緒にしないで欲しい。
「とにかくやれ。付け方をマスターしろ」
「無理だって!これマジで無理どうやったら金具はまるの意味わからん」
「もういっそ一回外してその状態でどうホックを止めるのかやってみろよ」
「それができたら苦労しねえんだよなあ!」
「……」
事態は想像以上に深刻だった。考えてみれば青仁が青仁であるという時点で予想されうる状況ではあったが。自分好みの女の下着の選択権を得て浮かれ忘れていた。考えるべきはどのような下着を着せるかですらなく、青仁が自力で着脱できるものとデザイン性の折衷案だったのだ。
「もういい。わかった。オレが一から教えてやる。だからちょっと開けるぞ」
故に梅吉がたどり着いたのは、このぶきっちょバカに下着のホックの留め方を徹底的に教え込むという単純な案だった。というかやれることなんてそれぐらいしかないだろう。
「ちょ、ちょっとま」
完全に己の想定と外れてしまい、若干やさぐれていたのもあると思う。故にまともに青仁の声に耳を貸さずに、梅吉は更衣室のカーテンを開けてしまった。
「あっ、お、おまなんで服」
「あ、当たり前だろ今の今までホックと格闘してたんだから!」
カーテンの奥には、ブラジャーを後ろ前にして、どうにかこうにかたっぷりと実った乳房を隠そうとする頬を赤らめたお姉さん系美少女がいた。ついでに垂らされた三つ編みが絶妙に局部を隠しており、こちらの欲望を掻き立てる。下半身は着替える必要が無いからか完全に手付かずのスカートとタイツ姿のままで、まさしく着替え中を覗いてしまった背徳感を演出していた。
「許可とかデリカシーとかなんというかそういう概念学習してこいよ?!」
「わ、悪かったって想像力が足りなかったんだよ!後ちょっとお前があまりにも不器用で悲しくなってた!」
心の画像フォルダーに青仁を保存しつつも、素早く梅吉はカーテンを閉める。いやあ随分と眼福──ではあったが、さすがに申し訳ないことをした。これは今度なにか奢ってやるべきか、ジ〇ギスカンキャラメルとか。
「ちっ。まあいい、梅吉にも似たような酷い目に遭ってもらうからな」
「は?」
青仁が頬を膨らませて言う。それだけなら可愛いなーで終わったかもしれないが。その程度で青仁という人間が終わらないことを、他でもない梅吉こそがよく知っている。反射的に低い声を響かせつつも、梅吉は内心で冷や汗をかいた。
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