落とし穴は見落とすから落とし穴なんだよ その1
「梅吉……この通りだ」
沈痛な面持ちで、青仁が言葉を紡ぐ。何もかもシリアス面すれば許されんじゃねえぞと言いたくなったが、なんとか押しとどめ
「いやそんなツラされたってなんも変わんねえからな」
られなかった。
「何でだよ!?ついてきてくれよ!」
「どうして野郎二人で下着買いに行かなきゃいけねーんだよ!」
「だってオカンが!スポッとブラはやめろって!」
「……いやなんだよそれ」
「梅吉知らないの?スポブラだよ」
「青仁知らねえの?それスポーツブラの略だよ」
「そうだったかもしれない」
とっとと己の過ちを認めて楽になればいいと思う。どうしてこの友人は、色々と抜けているのだろうか。
「いや確実にそうだから。つか……お前そのツラでスポブラなのか!?」
「そうだけど」
「やめろよなんかエロい黒のレースの上下揃ってる下着着ててくれよ!」
「じゃあ梅吉はピンクのふりふりで可愛いのに布面積が少ない下着着てるの?」
「いや着るかよ。姉貴の予備かっぱらったわ」
「……それ、サイズあってんの?」
前述の通り、梅吉には年の離れた姉が居たりするのだが。ぶっちゃけ姉は貧n……胸が慎ましいので、控えめに言って巨乳である現在の梅吉には、着用できない代物であるはず、なのだが。
「姉貴が見栄張ってでかいの買ってどうしようもなくなってたやつかっぱらったから、それならギリギリいける」
「サイズの合わない下着身につけてるとおっぱいが小さく見えるって、この前ネットが言ってたぞ」
「……正直、自分についてる乳のサイズとかそこまで気にするか?」
「俺がきちんとした下着を着ることによりより巨乳が強調される、つまりお前も着れば俺もハッピー、みんなハッピー。だから来いよ」
「うわクソみたいに頭悪い事言ってんなこいつ」
とにかくどうにかして、こいつは梅吉に下着を買いに行く旅へと同行してもらいたいらしい。まあ気持ちはわからんでもない。おそらくここで梅吉がついて行かなかったら、青仁は彼自身の母親と共に下着を買いに行く羽目になるのだろうから。梅吉だって姉と一緒に下着を買いにいけと言われれば、なんの躊躇も無く青仁を道連れにするだろう。まあ所詮は他人事なので。
「外面JK中身野郎で連れ立ってランジェリーショップは、控えめに言って絵面が最悪だっつってんのわかんねーの?」
「わかる」
「そういうことだ俺は行かない。適当に緑でも犠牲にしとけ」
「おい待てそこの赤山なーに俺を売ってるんだ!」
実はこの会話は昼休みに教室で交わされているものだったりする。つまり緑が豪速球の流れ弾に当たったりもする。日常風景である。
「で?本音は?」
「お前らが行くような店に妹の下着のサイズは売ってないから興味ねえよ」
「黙れロリコンシスコンガチ恋三重苦」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
まあ緑は豪速球に豪速球で返せる男なので問題ないだろう。ほら、このようにろくでもない回答をしてくれる。相変わらずちょっとした発言が危険すぎないかこの男。
「……よし!こうしよう梅吉」
「却下」
「俺の下着を選ぶ権利をやる」
「よっしゃ乗った行ってやる」
脳裏に黒の総レースの上下セット下着を身につけた青仁を思い浮かべながら全力で手のひらを返す。男とは、現金な生き物であるからして。これは必然と言えるべき事象であろう。ついでにサイズの合う自分用の下着も買えば良いのだ。しかしそんな楽観的な梅吉の思考は、一瞬で崩れることとなった。
梅吉と青仁が選んだのは、高校付近のショッピングモールである。放課後訪れることもそこまで苦ではない距離だと判断した為だ。そこまでは順調かのように思えたのだが。
「……梅吉」
「黙れ言い出しっぺ」
「思ってた以上にキツくないか?」
「今更かよ!」
淡い色の布がこれでもかとひしめき合い、普段は隠され見ることの叶わない秘奥が白日の元に晒され、女子しかいない店内の光景は。男子高校生には厳しかった。通り過ぎるだけならばなんとかなるが、こうして自らが購買層として突入するのは必要な精神力が桁違いだ。
「いやだって、オカンがこんなとこ行ってんの見た事ねえし……やっぱスポブラでよくね?今から行き先G〇に変えようぜ?」
「そりゃお前のお袋だって好き好んでお前の目の前で下着買いに行かねえだろうよ。後てめえのツラでスポブラはマズイ、男の夢が壊れる」
「壊しとけよそんなもん」
「オレの夢が壊れる」
「木っ端微塵に砕いてやろうか」
なお梅吉は姉がいる為、スポブラ以上にロマンの欠けらも無いカップ付きキャミソールという物も知っていたが、そんなもの口にしたら青仁がそれしか着なくなるだろうことがわかりきっているため言うつもりは無い。
「マジで……行くのか?」
「オレは(お前のセクシーな下着姿が見たいから仮にお前がいなくても後々無理矢理着せるので)行く」
「副音声ッ!おいばかやめろマジで引っ張るなあああああああ!!!!!!!」
自分から来たくせに、最後まで抵抗しているアホを店内へと引きずる。
「う、梅吉!俺達なんか見られてないか……?」
「そ、そりゃあさっきまでお前がアホみたいに騒いでるから」
「だって仕方ねえだろ足が!ほら!」
制服の下から伸びるタイツに包まれたすらりした足が、バイブレーション機能を搭載してしまった。どうしてそう軽率に産まれたての子鹿と化してしまうのか。尚更不審度が上がるだろうに。
「にしても……エロいな」
「お前マネキンに発情するほど女子に飢えてんの?怖……」
「ちげーよオレはそんな青仁並に救いのない変態じゃない、オレはお前が着てるとこ想像してエロいっつってんだよ」
「……」
無言で青仁がスマホを取り出す。
「ジャブ程度のセクハラで110番は罪重くね?!」
「ノリと勢い」
そもそも下着の選択権を提示して来たのは青仁の方だろうに。なにゆえ梅吉が責められないといけないのか。スマホ片手に無意味にキリッとした顔がムカつく。
「いやだって……セクハラされる方ってこんな気持ちなんだなって」
「お前自分の発言とか省みれないタイプのクソ童貞?」
「……まあ、過去のことは水に流そう。後俺は童貞じゃない」
「は???」
「考えてみろよ梅吉、今の俺らにはマイ息子が無いんだぞ?それはつまり、童貞を名乗る権利すら無いんだよ」
「なん……だと……?!オレらは最早、そこらに氾濫してる同年代の野郎共より下等の存在……?!」
沈痛な面持ちで、青仁と梅吉は息子の死を悼む。今まで捨てたい捨てたいと四六時中願っていた称号を、惜しむ日が来るとは思ってもいなかった。全く、人生とは予想外の連続である。
「童貞……この忌み名に、これ程までの寂寥感を抱く日があっただろうか、いやない」
「そうだな。称号を自ら捨てるのと、奪われる。その二つの言葉の意味をたった今初めて正しく理解できたのかもしれない」
どことなく哀愁感を演出していると、余計気分が落ち込んでくる。青仁の言う通り、梅吉だって清々しい気分で童貞という称号を返上する日を夢見ていたのだ。こんな形で奪われるなど、夢にも思っていなかった。
嗚呼、妙にすかすかとして在るべきものが無い感覚に苛まれ続ける股間よ。我が偉大なる息子の不在が、こうも心に憂いをもたらすとは。つう、とタイミングよく出てきた涙(あくびを噛み殺しただけ)を頬に伝わせ、それっぽく目を細めた梅吉は言う。
「やっぱちんこって精神安定剤だよな。人類には皆等しく搭載するべき」
「わかる。いやでも女の子に搭載しちゃダメだろ、それはなんか別じゃないか?」
「でも今のオレらは欲しいだろ」
「そうだな。やはりちんこは人類必携物……」
「お客様……?」
流石に騒ぎすぎたらしい。ありありと不審者を見る目付きで梅吉と青仁を見つめる店員が現れてしまった。無論、女性である。
二人は気が付かなかったが、この店員が不信げに二人を見ていたのは、傍から見れば美少女二人がビッチ宣言しているようなものだったからである。普通人間は、「ちんこが精神安定剤」とか言い出す美少女をそう解釈するのだ。やはり、人は見た目が十割である(誤用)。
「なっなななななんでもないですッ!し、失礼しましたァァァァァァあああっあっあ……?」
「オレはお前の下着を買いに来たんだよ!」
そして女性免疫がカスの青仁が反射的に逃亡を試み、勿論予見していた梅吉が青仁の首に腕を回した。
「あーすんません!その、こいつこういうとこ来るの初めてで」
「そう、なんですか」
店員の目は未だに不信感に溢れている。いくら来たことがないからといって、ここまでの動揺はしないだろうと言いたげだ。その通りである。
「他のお客様へのご迷惑となりますので、お静かにお願いします」
「マジですんませんっした」
「す、すみませんでした……?」
首を絞めたまま青仁を謝罪させる。店員としてはそれで良いと思ったのか、立ち去ってくれた。しかし、と店内をぐるりと見渡して思う。
「どうやって選べばいいんだ?」
「とりあえず離してくんない……?」
「そういえばそうだった」
「ブラジャーってどうやって選べばいいんだ?」
「……」
健全な元一介の男子高校生、梅吉と青仁。当たり前だが、二人とも下着の選び方など知るわけがなかった。
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