この面子で考えるべき議題じゃないだろ

 さて、放課後である。始業式ゆえに午前で授業が終わったため、昼食兼話し合いということで梅吉と青仁は某ファーストフード店にいた。青仁はファミレスを希望していたのだが、どう考えてもまた吐瀉物を製造して絵面と場がカオスになるため却下したのだ。奴と真面目なことを話したい時に、ドリンクバーのある所へ行ってはいけない。


「なあ……梅吉」

「嫌な予感がする」

「付き合うって、セックス以外何すんの?」

「黙れ!!!!!!」


 警戒して口の中に炭酸を含んでいなくて本当に良かった。しかし美少女ボイスで黙れと叫びながらジュースの入ったカップをカウンターに叩きつけるという状況は、否が応でも衆目を引いてしまう。青仁に睨まれつつ、梅吉は咳払いをする。


「……お前なんでこんなこと言ってんだよ公共の場で」

「この前のが酷くなかったか?」

「わかるか?この前はボックス席、今日はカウンター席だ。思い出せ、今のオレらの外見を」

「やっぱ今からでもファミレスにしようぜ」

「お前をドリンクバーに連れていったらそれどころじゃなくなるからやだ」

「ちっ。んで本題……ほん、だい……???」

「自分で切り出しといて首かしげるなかわいいからやめ……ろ」

「オレ、ニホンゴ、ワカラーナイ」


 アホが先に自爆してくれたお陰で、梅吉の自滅は取り沙汰されなかった。なお、それを素直に喜ぶことは全くできないが。


「……Do you understand English?」

「は?アメリカ語を喋るなここは日本だ」

「秒単位で矛盾するな英語1」

「いや流石に3は取ったぞ!?」


 にしても、現実逃避の中身の無い会話とはとても甘美で胃が痛むものである。某ビッグなハンバーガーを脇に一つ置き、もう一つを貪りつつ、梅吉はこの前してしまった頭の湧いた発言と、それによって発生してしまった事態について思いを馳せる。

 ……本音の、本音を言わせてもらえば。自分好みの美少女とあれやこれやしたいという気持ちはある。それは青仁も同じだろう。しかし……付き合う?青仁と?付き合うということは恋愛ということであり、恋愛ということは……。ここまで考えて、梅吉は思考を止めた。


「つってもな、結局俺らさ、どっちも彼女いたことないわけじゃん?」

「そ、そそそそんなことなああああああいしいいい???」

「えっお前童貞じゃないの?」

「お姉さんルックかつ純粋無垢な目で言うな傷つくだろ!?お前未使用のまま息を引き取ってしまったオレの息子のこと考えたことあるのか?!」

「右手以外でイクことはできなかったけど逝くことはできたってことか、なるほどな」

「上手いこと言ったって顔を!すんじゃねえよその面でよ!」

「大丈夫だ、梅吉。俺のビッグマグナムも日の目を見る前に死んじゃったから」

「なぁに同情顔浮かべて肩ポンしてんだよポー〇ビッツ」

「は?お前こそポーク〇ッツだろ殺す」


 そのまま殺し合いという名の鍔迫り合いが始まる。無論お互いの愚息のサイズについてはおそらく1年の時に目撃したことはあるはずなのだが、野郎のブツに貴重な記憶容量など割いているわけがない。なお、実際に梅吉の息子(故)がポー〇ビッツであるか否かはノーコメントとさせていただく。


「……とりあえず脱線やめろ」

「いや今回のはお前だろ」

「うるさい。結局青仁が言いたかったのって童貞二人じゃ世間一般的な恋人関係なんてまるで分かんねえに決まってるって話だろ?」

「それ言ってて悲しくねえの?」

「めっちゃ悲しい……って、そんなことはどうでもいいんだよ。で、結局オレとお前が付き合うとかいう脳死発言はマジなのか、って……」


 自分で言っていて、恥ずかしくなって声が小さくなっていく。本当に、正気の発言ではないのだ。何せ今のガワは両方かわいい女の子とはいえ、中身は汚れきった男子高校生そのものなのである。その時点で性別という概念について考察をしたためたくなるが、哲学じみた問答をすするまでもなく、この恋愛は同性愛なのだ。今の二人の性別をどう定義するかなど関係なく、そう、分類されてしまう。

 別に偏見だとか、そういう面倒そうな話ですらないのだ。単純にこう考えれば良い。



 今まで異性愛として愛してきた女の子という存在が、突然同性愛として処理されるようになった心の整理と、それが同じ元男である友人に余裕で向けられるという事実と、あとついでに青仁のとんでもなく好みな外見と単なる男子高校生な中身の不一致をどう消化しろと?



「…………お、おと、こに二言は、無い」


 たっぷりとした睫毛に彩られた瞳が、露骨に梅吉から逸らされつつも。青仁はそう言い切った。告白に使うべき台詞ではないだろうし、梅吉が理想とする近所に住んでるおねーさん(概念)は絶対にそんなこと言わないが。そこはまあ、青仁だから仕方ない。それはそれで良い、と判断した己の感性が今一番恐ろしいが、無視して茶々を入れる方向に走る。


「……今、オレら男じゃないらしいぜ?」

「あと単純にやっぱお前の面が好みすぎる。是非ともお付き合いしたいって俺のちんこも言ってる」

「一瞬で何もかも台無しにする選手権優勝者かよ」

「でも極論、お前だってそうだろ?」

「当たり前だろ」


 先日の中身が青仁であることを前提とした上で、性癖に刺さったと判定した己の思考は見なかったことにした上での発言である。そんなもの認めてしまったら、己が単なる変態になってしまうので。

 ……気の狂った思考を重ねるのなら、友人関係を築ける程度には人間的な相性が良い人間が、好みの外見を引っ提げてきたら、それはそれは恋人として最適であろうと言えるが。さすがに梅吉はそんなところに至るまで頭が回っていなかった。そんなことまで考えてしまったら、既に何かが手遅れであっただろうから。


「で、結局カップルってなにすんだ?セックス以外」


 そしてたった今己の恋人(暫定)となった青仁が、軽率に無限ループを図っていた。


「いや……なんかデートとか、すんじゃねーの?映画館とか、あと夢の国とか」

「映画、俺らわりと好み違うよな。梅吉は割と普通に話題作とか見てるけど、俺大体パニック映画見てるし」

「だよな。後自分で言ってて思ったけど、ガワが女とはいえ中身が男同士で夢の国とか……どうなん?」

「え、お前今の俺がネズミ耳つけてんの見たくないの?俺はお前がつけてるの見たいけど」

「なる、ほど……!?金貯めるか」


 ネズミ耳を少し恥ずかしそうにつけているゆるふわ三つ編み美少女……最高では?短絡的な思考回路によって、梅吉はそう結論づける。


「後はなんだろ、おうちデートとか?」

「本格的に何すんだ?」

「いやアレおうちデートって湾曲表現してるだけでとどのつまりセックスするために自分の家に呼ぶだけじゃねえの、知らんけど」

「やっぱりヤるんじゃねーか!」

「そりゃカップルだからヤるに決まってんだろ!?だってオレら年齢的にまだラブホに行くのはちょっとだいぶマズイしよ!」


 梅吉が現実的なあれやこれやを口にすれば、青仁が我が意を得たりと言わんばかりに吠える。再三言うが現在地はファーストフード店なのだが、恥ずかしくないのだろうか。


「……つか、今の俺がお前家に連れ込んだとして、どんな反応されるんだ?原型留めて無いから家族は分かんねーだろうけど」

「脳みそが股間にあるとでも思われるんじゃねーの?」

「お、俺そんな性欲に忠実に生きてねーよ!?」

「えっ」

「ガチトーンでんな事言うなよ俺にだって傷つく心の持ち合わせはあるんだぞ!?」

「いやだって、お互いの癖を知り尽くしてんだから付き合えばやりたい放題では?って提案したのお前じゃん」

「お前だってそれ乗っただろつまり同罪だ!」

「青仁と、このオレが、同レベル……?」

「成績表突きつけてやろうか、大体同じぐらいってのは中学で割れてんだよ」


 ちなみに二人とも、小学校は学区が異なるが中学校から同じである。つまり授業参観が生き残っていた時代からの付き合いなので、なんとなく親に顔が割れている故に母親ネットワークで要らん情報が共有されてしまっていたりするのだ。他にも高校からの友人より脅しのネタが充実していたりもする。


「……ていうか、これって初デートにカウントされんじゃねえの」

「えっ」


 何故か唐突に、いつもは働かないアイデアをクリティカルしやがった青仁が現れた。もしこれがアニメなら、ピコーンとか効果音が鳴りそうなぐらいのツラである。美少女じゃなきゃ殴ってた。


「だって俺とお前がとち狂って付き合うとか言い出したの、春休みにファミレスで会った時じゃん。そっからカウントすんなら、今日が初デートじゃね?」

「……青仁、お前は賢いからできるよな?今すぐ記憶失ってくれ」

「言ってることが矛盾してんだよなあ!」

「初デートがファーストフード店とか普通に嫌っつってんだよ!」

「お、俺らが知らないだけで世のリア充からすれば普通かもしれないし……それに」

「童貞の戯言ってか!?」


 梅吉がしょーもない、と切り捨てる人は切り捨てそうだが気にする人は微妙に気にしそうな点についてぶつくさと文句を言っていたその時。



「俺は!う、梅吉がいるなら別にどこでもいいっつーか……」



 青仁が軽率に爆弾をぶち込んだ。それも、若干頬を赤らめながらというオプション付きで。男の時より長くなった睫毛が、顔に影を落として。……はっきり言って、一般的な男子高校生を黙らせるにはオーバーキルと言えるだろうそれに。


「お、おっま」


 勿論梅吉は持っていかれ、一瞬で頬を真っ赤に染めあげたのだが。……なんというか、今までの流れが悪かったのだ。


「なあ……青仁」


 梅吉だって男だ。いや今の外見はまるきり女の子だが、少なくとも自認はそうなのだ。つまり、に自分ばかり意識させられ、調子を崩されるのは気に入らない。しょうもない鬱憤を晴らすために取った行動が、自身の主張をまるきり裏切るものとも知らず、衝動のまま梅吉は動く。


「えっ、えっ何!?」

ばっかりさぁ……どぎまぎさせられて、平然な顔されんの、ムカつくんだよね」

「……ッ!?」


 わざとらしくの、まだ仄かに熱の残った頬に指をそわす。焦ってくれたようで何よりだ。これから何が起こるのかまではわからなくて良い。するりと己の口をついた言葉が、まるで本物の女の子のような感情を伴っていることに梅吉は気が付けぬまま、決定打を口にした。


「お前も動揺してよ。オレばっかり舞い上がって、フェアじゃねえんだよ。お前だってオレの見た目、好きなんだろ?」

「~~~~ッ!?」


 可愛らしい声が、無意識のうちにワントーン下がる。常ならば怒りを示す時に使われているようなそれは、怒りとはまた違う強い衝動を表すために用いられた。

 目を、合わせる。男だった時から変わりない、たれた優し気な目を見つめた。七割ほどはその場の勢いだったとしても、狙ってやりはしたそれ。この後散々己の正気を疑うのだろうという確信すらある。それでも。


「……かっ、勘弁、しろっ!」


 手で顔を覆い隠そうとするほど動揺する青仁が見れたのなら、安い犠牲だと思うのだ。おかげで随分と溜飲が下がった。


「お前……!」

「天然で殺しにかかってくるお前よかマシ」

「そういう所だぞ」

「は?」


 どういう所だよ。

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