(ある意味)夢と希望いっぱいの新学期

 今日から何も嬉しくない新学期の始まりである。高一でも無いため夢にも希望にもあふれていない。何だったらあふれているものはどちらかと言えば絶望である。


「おっま、おまえええええええええええ!!!!!」

「(無言で床を叩く)」


 なお前者はゆるふわ三つ編みお姉さん系美少女、後者はツインテゆめかわ系美少女だ。地獄絵図である。ゆめかわ美少女こと梅吉はヤンキー座りと称されるタイプのしゃがみ方のまま、ゆるふわ美少女こと青仁を睨み上げる。


「何故ッッッッ!お前はオレの性癖を突くんだッ!?」

「大体うちの学校の制服がめちゃくちゃかわいいせいだよ!!!!」


 梅吉と青仁の通う高校は、正直そこまで頭がよろしい高校ではない。が、なんか有名なデザイナーがうんたらかんたらやらで、無駄に制服のデザインが良いのだ。それこそ、制服目当てに女子が押しかけるせいで男女比で男がそこそこ劣勢なぐらいには。なお二人とも推薦と推薦と家からの距離を理由にここを選択している為、制服など一ミリも気にしていなかったのだが。


「クッソ、男子制服も大概めんどくせえと思ってたけど女子のやつはもっとめんどくせえな?」

「わかる。なんで無駄にこんなひらひらしてんだ?まあでもサスペンダーを理解できずにただの紐だと思ってた奴に言われたかねえけど」

「いやだってあんなん知らなくても生きてけるだろ」

「バッカお前、あれには重大な役割があるんだよ!」

「は?」

「想像してみろ、サスペンダーをつけた巨乳を……!」


 なお現在地はクラス替えの紙が張り出された廊下前、昇降口にほど近いところである。無論新学期なので、大勢の生徒が屯しているとはいえ中々目立つ。


「ッ……!そ、それは最高に……エロいな!」

「だろ!?つまりあれはただの紐なんかじゃない、おっぱいを強調する重要なアイテムなんだ!」


 そんなおっぱい星人二人が衆目に晒されながらぎゃーぎゃーやっている所に、1人の人物が近づいてきた。


「つまり今の俺らがその紐を身につければ……!」

「そう、サスペンダーが本来の役割を果たせるというわけだ!」

「あのー……お二人さん?」

「ん?」

「どうした、みどり


 緑と呼ばれたそれなりに目鼻立ちが整った少年は、微妙な顔をしながらも口を開く。


赤山あかやま空島そらしまで間違いないよな?」

「?うん」

「そうだな」

「……っは~~~~~~。あんたら、ここがどこなのか、そして自分の外見思い出してくれる?」

「あっやべ」

「あっやべじゃねーんだよ空島。そのお姉さんルックで空島やらないでくれる?」

「そうだぞ青仁、お前その外見で青仁やるなよ」

「あんただって同罪だかんな、赤山。こんな場所で堂々と漫才をすな」

「は?漫才してんのは青仁だけだろいい加減にし……ろ」


 衆人観衆がこちらに注目している。どうやら緑が梅吉と青仁の名前を出してしまったのがいけなかったらしい。好奇やら何やらで満ち満ちた視線が突き刺さる。そうだった、何故か美少女化してからの初登校なのだ。お互いの制服姿がド好み過ぎて忘れていた。

 ぎぎぎ、と錆び付いたブリキのような速度で青仁に首を向ければ、青仁もまた梅吉を見つめていた。──つまり。


「逃いいいいいいいげるんだよおおおおおおおおおおお!!!!!」

「三十六計逃げるに如かずううううううううう!!!!!」

「あんたらなあ!」


 ──逃走である。


「で、俺は学年内から事情聴取役に選ばれたんだとよ」

「逃げ場ないじゃん」

「なんで俺と緑同じクラスなの?」


 悲しきかな、行き先が同じだった為すぐ捕まってしまったのだが。前の席には緑が、そして隣には青仁が座っている。自由に座ってもいいと黒板に書いてあった為、適当に座った結果である。


「知らねえよそんなこと。で、事情聴取しろってもあんたら例のトンチキ病やったってだけだろ?」

「そうだな」

「だから俺が個人的に聞きたいこと聞くんだけど、なんであんたら互いの趣味を体現してんの」

「お前もそう思うよな?」

「聞いて驚け、完全なる偶然だ」

「っか~ドヤ顔ムカつく~。面が美少女じゃなかったら完全に殴ってたわ~」


 青仁とのコンビネーションを見せつければ、青筋を立てられた。解せぬ。こちらだって性癖の体現者になってしまったことに散々ショックを受けていたと言うのに。元凶が自分の身内なのだからどうしようもないだろう。逃げられると言うのなら、逃げ方を是非ともレクチャーしてもらいたい。


「つか、なんでお前が事情聴取役なんだ?」

「いやだってよ、あんたら女子に任せたら途端にヘラヘラしだすだろ?ウザイし。でもだからといって男ぶつけたら絆されそうだしな?で、俺が派遣されてきたってわけ」

「ああ……お前ロリコンだもんな……」

「は?なぜそんな嫌そうな顔をする」

「だってお前実在幼女(実妹)に惚れてるじゃん。いつか絶対手を出すじゃん」

「普通に捕まりたくないから出さないぞ」

「それ法律が無ければ手、出てただろ?」

「相互同意があればそれは単なる恋人同士と変わらんだろ」


 森野もりの緑、ガチのロリコンであり現在血縁がバリバリある妹に惚れてる学年内性癖のやばさランキング堂々第一位の男である。本人は不服そうだったが、一年の時の宿泊学習でそう認められたのだ。というかむしろこいつの上がいられても困る。あまり数のいないこの高校の男子の変態度を軽率に上げないでもらいたい。


「やっぱりお前1回死ねば?」

「何言ってんだ梅吉、1回死んだ程度でこいつがロリコンをやめるわけがないだろ」

「そうだな……なんか南無阿弥陀仏とか言っとけば魂ごと蒸発しないかな」

「おいバカ、南無阿弥陀仏ってそういうのじゃないからな」

「じゃあテ〇マクマヤコン」

「何、俺変身させられるの!?」

「ロリコンじゃない緑になーれ(棒)」

「青仁、それは最早緑じゃない」

「えっ俺ロリコンじゃなきゃ俺じゃないのかよ!?アイデンティティにまで組み込まれてんのか!?」


 ところで、この光景は客観的に見れば、それなりに外見の整った男子が、タイプの違う美少女ふたりを侍らしているように見えるのである。即ち。


「おい森野、なーに女の子と楽しそうにしてるんだぁ?」


 クラスメイトチェリーボーイ達が掴みかかるのに、さして時間はかからないのである。


「いやお前らが事情聴取を俺に依頼したんでしょ!?」

「んなこたぁどうでもいいんだよ!それよりもなァ!裏切り者を処刑する方が優先されるんだぜ!?」

「被告、森野緑を死刑とする!」

「いや誰だよ裁判官!?お、おいあんたら、あんたらは俺の味方だよな!?てか弁護人だよな!?」


 緑がこちらに助けを求める。が、視線を合わせるまでもなく、梅吉と青仁の行動は決まっている。


「森野くんったらさ~うちらが仲良くおしゃべりしてるとこに突然入ってきたんだよ~?」

「そうよ。私たち、とっても楽しく話してたのに」


 全身全霊全力を持ってして、煽るしかない。つまり梅吉は盛大にぶりっ子を、青仁はわざとらしくお姉さまロールをキメた。


「売ったあッ!?」

「裁判長、森野は百合の間に挟まるという大罪を犯しました!これは……即刻死刑かと!」

「被告、森野緑は今この場で死刑とする!」

「うぎゃああああああ!!!!!!」


「おいお前らー、始業式始まるからはよ体育館に行けー。後赤山と空島は前に来い、連絡事項がある」


 緑が処刑(腕ひしぎ十字固め)されているところに、ちょうどこのクラスの担任となったらしい教師が入ってくる。青仁も共に呼ばれていることを考えれば、十中八九美少女化した件についてであろう。クラスメイトが体育館にぞろぞろと歩いていく中、二人で教師の元へ向かう。


「あー、お前ら二人の扱いについてだが。全面的に女子と同じ扱いになる」

「えっつまり女子更衣室で着替えていいってことっすか!?」

「おい青仁黙れ」

「先生もそれについてめちゃくちゃ思うところがあるが……。まあ、お前らにはもう女をどうこうするナニがないしな」

「そんなんでいいのか教師」

「とはいえお前ら、なんかやらかしたら承知しねえからな?」

「ヒェッ」


 揃ってじろりと睨れ、軽く悲鳴をあげる。おそらくこれはやらかしたら、とんでもない事になるのだろう。本能で覚った。にしても、何かしらの特別措置はありそうなものだと思っていたが、そうでもなかったらしい。たしかに今の梅吉達には女性にそういう意味での危害を与えることは出来ないし、男子更衣室に放り込まれるのもそれはそれで困るが。


「直近で関係があるわけじゃねえが、プールの時は流石に更衣室隔離されるからな」

「ちっ」

「空島」

「ひえっ」


 また青仁が要らんことを言っている。通常運転感はあるが。


「以上だ。おら、お前ら2人も体育館にいけー」


 そのまま担任の教師が二人を廊下へ追い出す。暫く無言だったが、梅吉が重い口を開く。あまりにもお互いの制服姿が性癖に突き刺さっていたせいで、忘れていた重要事項を問うために。


「……青仁、結局この前の勢いで言ってたやつって、その」

「あー……」


 互いに互いの顔面を見れない。自分自身もどんな顔をしているのかわかったものでは無い。脳細胞が死滅した状態で、気の狂った言葉を口走ってしまったという意味では同罪なのだ。


「後でにしないか?」

「そうだな……」

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