墓 must buy!

相田あかり

俺は墓を買う

「墓、買わないとなあ」

 夕暮れの帰り道、俺はつぶやいていた。ちなみにこの墓は祖父や祖母などの家族用の墓ではない。まもなく自殺する用の俺の墓のことだ。俺は今自殺するための準備を整えている最中だ。



 自殺を考えたのは約三か月前のこと、上司にしこたま怒られたことがきっかけだ。そんなことで自殺するのか?と思う方もいるだろうが俺にとっては十分な理由だった。

 ただ、どうせ自殺するなら完璧にしたい。人生一回きりの晴れ舞台。どうせなら盛大にしたいもの。だから俺は最高の自殺を演出することにした。

 まずはボランティアへの積極的な参加。それにご近所さんの手助け。具体的には清掃に引っ越しや農家のご近所さんの収穫の手伝い。こうゆうことを積み重ね、俺の葬式に来る人数を増やす。どうせなら東京ドームを埋めるほどの人数を招待したい。

 次に募金。最低限の生活費のみを残し、後の全てを募金につぎ込んだ。どうせ死ねば金は持っていけない。それによって「いい人だったのね」と思われる可能性が格段に高くなる。死んでから悪口を言われたくはない。「あの人超いい人だったよね」「だよね~超よかった~」くらいの人になるためだ。

 そうこうしているうちに約三か月の月日が過ぎた。こんなことを始めたおかげで俺の人としての評判がうなぎ上りになったのは言うまでもない。今や俺はご近所でも屈指の善人として名が通っている。まあ三か月間毎日八時間も慈善活動に取り組んでいたから当然ともいえる。一部では逆に何か事故でも起こして社会奉仕活動をさせられているのでは?という疑念を持たれていたらしい。

 そうやって最高の自殺への準備を着々と進めていた俺だったが、あることに気が付いた。

「墓石買ってないじゃん!」

  俺はまだ墓石を買ってないことを思い出した。家族の墓石は昔ありはしたが、親父が存命だった時に、俺の負担にならないようにと取り壊し、墓を新しく建てることもしなかった。

 でも俺は墓に入りたい。毎日とは言わずとも一か月に一回くらい誰かがお参りに来てくれるくらいの墓を作りたい。墓参りしてもらうための墓を買わないといけない。

 だから、俺は墓石を買うために仕事の帰り、墓石店によることにした。



「すみません、墓石を買いたいんですけども」

 俺が店の扉を叩くと、そこには平日の夕方言うこともあって店内には、中年の男性店員が一人。直前までぼーっとしていたせいか俺のことを客だと認識するまでに約三秒。そして三秒過ぎると俺のこと客だと認識し、すぐさま営業用のスマイルを顔に貼り付け、俺の方に歩み寄ってきた。

「おお、すみませんねお客さん。ちょっとこんな時間ですから、もう店じまいまで何にもすることないって思ってましてね」

 男はそう言って、俺に名刺を渡した。男は堂島というらしい。堂島は俺を机のある方まで案内し、お茶を出した。

「それでお墓というのは一体誰のお墓なんですかね?」

 きっと何の考えもなしに自殺する自分用の墓を買うやつは、この質問で慌てふためくことだろう。間違っても自殺用です!なんてことは言えない。だが、俺は準備万端な自殺をする予定の男だ。

「祖父がそろそろ終活したいらしくて、俺が代理で今日は見に来たわけなんです」

 ふふふ、どうだこの俺の対応力は。堂島は特に疑うこともなく、うんうんと頷く。

「じゃあ今ウチが提供できる墓石としましてはこうゆうものがございましてね」

 堂島はパンフレットを俺の前に広げた。俺は目を疑った。

「あ?え?今の墓石ってこんな奇抜なものですか?」

 パンフレットに載っていたのは、日本特有の灰色長方形の墓ではなく、ショッキングピンク星形という何ともセンスの悪い墓石だった。どうなってるんだ?

「その~別の墓石とかってありませんか?」

 さすがに他の墓がいい。ピングの星に水をかけたり、お菓子をお供えするなんてことは想像するだけでゾッとする。墓参りのたびに笑われるだろう。

「そうですかあ、じゃあ他にはこうゆうのとかありますけどね。どうでしょうかね?」

 そうして見せられた、パンフレットの別のページには、エメラルドグリーン飴型墓石、真っ赤ウサギ型墓石、快晴の空色の恐らく故人の彫像型墓石。

「あの~普通の墓石ってありませんかね?」

「ないですね」

 コンマ五秒もせずに堂島の返答。俺は頭を抱えた。というか普通の墓石がないってどうゆうことだ?普通、灰色長方形型の墓石しか置いてないんじゃないのか?

「お客様、もしかして知りませんか?これが最新の墓石のトレンドなんですよ」

 墓石にトレンドがあってたまるか。なんで死んでから変な形に収まらないといけないんだ?

 堂島は続けて説明をしていった。どうやら今の日本の老人たちは、灰色長方形だと没個性すぎると考えるようになり、各々好きな形の墓石を作るようになったらしい。元々外国では、そうゆう文化が根付いたということもあり、別段変なことではないらしい。

 いや変だろ。ここは日本だぞ。

 再び俺は頭を抱えた。これじゃ完璧な自殺のプランが台無しになってしまう。別の店に行くか。

「でも今じゃもはや、こうゆう墓石の需要が多くて、普通の墓石は国内では全然ないんですよね。うちの店舗でもないですし恐らく他の店にもないんですよね」

 ってことは今自殺すれば、この変な墓石に埋葬されるのか?それは嫌だ嫌すぎる。

「そう、ですか。じゃあ今日のところはうちに帰ります」

 俺は若干の眩暈がする頭を扉の方へ向けふらふらと歩きだした。

「ではおじい様にもよろしくお伝えくださいね」

 おじい様って誰だっけ?俺はその言葉に返事をしないまま店の外へ出て、家へ帰ることにした。俺は帰り道にあるコンビニで強めの酒を何本か買って帰った。



「これであの人も思いとどまってくれましたかね」

 堂島は客が飲まなかったお茶をグイっと飲み干した。

 墓石店に来るのは、基本死期の近い人。長く働いていると死期の近い人の雰囲気がなんとなくわかってくる。勤続二十年も働いている堂島には、その見分ける力は十二分に備わっていた。

 今日の客はえらく若いのに、祖父の代理として墓石を買おうとしていた。すぐに分かった、自殺を考えている。やけに自信満々で堂々としてはいたが、絶対に自殺を考えている人間の雰囲気を見逃すことはできなかった。

 だから、堂島は変な墓石のパンフレットを見せることにした。

 最終的に自殺を思いとどまったのかという確信は持てなかったが、最後にふらふらと帰る客の雰囲気は、死期の近い人間のものではないということは堂島にはよく分かっていた。

「あれ?堂島ちゃん?もしかしてお客さんの対応してた?」

 奥から仮眠をとっていた支店長が出てきた。墓石店は正直、そこまで忙しくはない。そのため、いつも支店長は仮眠をとるかソリティアばかり。そのため客の対応は堂島の専門といっても過言ではない。

「ええ、結局買わないようですがね」

「あちゃあ、うちの店は特に売り上げが低いよなあ。堂島ちゃんもっと頑張ってくれよ!」

 と支店長がバンバンと背中を叩く。堂島は苦笑いしながら、また業務へと戻るのだった。

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