第10話 流星猛威、そして――

 空より肉薄する無数の業火を見ながら、俺は――正直誉れ高いと思っていた。




 だってこれ、物語の終盤で王国軍1万の兵士を全滅させた、超殲滅級魔法だぞ!?


 それを、俺一人相手に使うとは。大盤振る舞いもいいところだって!


 これ、生き残ったら超カッコいいじゃないか。




 まあ、生き残れる確率は正直低いだろうが、根性見せろ俺!




 この《終末ノ焔ラグナロク》とかいうバカげた大魔法は、無差別攻撃魔法。


 勘と運で、是が非でも生き残る!




 もちろん――腰を抜かしているフロルと、生死の境を彷徨っているフェリスも含めて、だ。




「絶望したかい?」


「まさか。これだけ流れ星がたくさんだと、一生分の願いが叶いそうだ」




 俺は、少しでも気を抜けば恐怖で食い潰されそうな心を制し、打開策を考える。


 上空の業火はすぐ近くまで迫り、もはや真昼のような明るさだ。




「基本四属性のうち、炎に有効な水属性だけ持ってないなんて、不運だな俺。この威力じゃ、《魔力障壁マジック・フィールド》でも防ぎきれないし」


 


 だが――見つけた。


 圧倒的不利な状況で、少しでも有利に立ち回る方法を。




「《魔法創作者スキル・クリエイター》起動、風属性魔法 《疾風足ジェット・ラン》」




 できあがった魔法を、瞬時に使用。


 すると、俺の両足を中心に風が逆巻く。




 地面を蹴ると、たった一蹴りで数メートル離れていたフロルの元まで一瞬で届いた。




 《疾風足ジェット・ラン》。


 足に風を纏い、疾風のように駆けるための風属性魔法だ。




「ちょっとすまん」




 フロルと、壁にたたき付けられた衝撃で半ば死にかけているフェリスの二人を抱える。




 うん、女の子って軽いんだな。


 などと呑気なことを考えている暇はない。




「あ、あの……」


「喋らないで、舌噛むぞ」


「う、うん」




 現状持っているありったけの魔力をつぎ込んで、再度 《疾風足ジェット・ラン》で駆けだした。




 と同時に、天から降ってきた業火が、すぐ後ろの地面に落下する。


 ドンッ!


 音を立てて爆発した地面から土埃と熱波が舞い上がり、襲いかかる。




 あと少し、走り出すのが遅かったら全員溶けていた。




 ――が、当然安心している暇はない。


 煮えたぎる業火が、次々と降ってくる。




 周囲の塀や建物が次々と破壊されていくのを尻目に、俺はひたすら逃げ回る。


 右へ左へ、近くの壁を駆け上がって方向転換し、風を纏った足で壁面を蹴って加速する。




 あちこちで爆発する熱と衝撃波の伝う速度より尚速く、残像をも置き去りにする速度で。




「うぉおおおおおおおおお――ッ!」


 


 雄叫びを上げ、無我夢中で駆け回った。


 そして――流星が、止む。




 辺りは、惨憺たる有様だった。


 地面のあちこちにクレーターができていて、真っ黒な煙を上げている。


 周囲の建物や塀は吹き飛んで、広いアジトの約2割が消し炭になっていた。




 この辺の建物は倉庫ばかりだから、幸いにも死者は出なかったはずだが――もしこれが、アジトのど真ん中だったらと思うとゾッとする。




 そんな、残り火と黒煙が渦巻く世界の中心に、俺は立っていた。




「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」




 肩で激しく息をしながら、俺は煙で霞む先を見る。


 両脇に女の子二人を抱えた上で、魔力を惜しみなくつぎ込んでの全力疾走。


 それに追い打ちをかけるように、業火が酸素を求めて暴れ狂った後だ。




 酸欠による過呼吸と目眩に見舞われながらも、俺は警戒を解かない。


 解くわけにはいかない。




「まさか、生き残るとはね」




 黒煙の向こうから、レイズが現れる。


 そう語る彼は、当たり前のように無傷。




 あれだけ猛烈な攻撃の渦中にいて、かすり傷一つ無い。


 おそらく、《魔力障壁マジック・フィールド》などの防御魔術を起動していたのだろう。


 今の俺よりも、魔力量も魔力操作センスも遙かに上の男だ。




 自分の魔法を自分で喰らうわけもないが――改めてコイツのヤバさを再確認した。




「正直、嘗めてたよ」




 レイズの目は据わっている。


 先程までの弱者を見下す目ではない。


 ただ一人、倒すべき敵がここにいる。そう確信している目だった。




「荷物を二つも抱えて、音速を超える速度で逃げるなんて。おまけに、生じた衝撃波で火の粉や破片を吹き飛ばし、怪我をも防ぐ。まさか、限られた時間と少ない手札で、ここまで食い下がるとは」




 レイズは目を細め、小さく息を吐く。


 それから、「一応聞いておく。名前は?」と聞いてきた。




「……悪いけど、それは企業秘密なんだ。生き残ったとき、名前を知られてたら厄介だからな」


「そう。残念だ」




 レイズはもう一度ため息をついて、ゆっくりと右手を伸ばした。




「せめてもの手向けだ。地獄まで持って行けよ――《極光閃オール・レーザー》」




 カッ!


 白い光が、レイズから放たれる。


 夜の色すら真っ白に塗り替えたその光の奔流は、一直線に俺等へと肉薄し――視界が真っ白に染め上げられた。




 その日。周辺地域では、空より降る流星と、地上を駆け抜ける真っ白な光が観測されたという。


 もちろん、その両方が直撃した場所は、塵すら溶けて蒸発しており、後には何も残らなかったらしい。


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