第9話 VS最凶

《カイム視点》


「俺? まあなんというか……見すてるのもバツが悪くて来ちゃった、まな板の上の鯉ってところかな」




 相手の質問に対し、俺は平静を装って答えた。




 ほんと、なんで俺、来ちゃったんだろ。


 土壁からお互いに一定の距離を置いて、ラスボスことレイズと向きあいながら、この俺――カイムは心の中でため息をついた。




 誰もが憧れる、ヒロインのピンチに颯爽と駆けつける主人公ムーブ。


 それをしたのはいいいんだが、相手取るのはよりによって作中最凶のラスボスだ。




 はっきり言って自殺行為。


 正直めっっっちゃ後悔してる。




「それで、何をしに来たの、君」


「さぁ、自分でも血迷ったとしか……あ。しいて言うなら、用事をドタキャンしてサービス残業とか?」


「質問してるの、俺なんだけど」




 レイズのこめかみに、青筋が走る。




「あと、そのワケわかんない仮面、はっきり言ってキモい。趣味悪いだろ」




 レイズは、俺の顔を指さして聞いてくる。


 人のこと指さすんじゃありません! って、ママに習わなかったのかよ。


 そう言ってやりたかったが、これ以上煽ると瞬殺されそうだからやめておく。




「う~ん結構気に入ってたんだがな、このファッション」




 俺は、あくまでフランクに答える。


 レイズの指摘する通り、俺は今顔の上半分を覆うマスクをつけている。


 怪盗に憧れた中二病……とかではなく、相手に俺の顔を見せないためだ。




 ちなみに、魔力を隠蔽できない分、瞳に魔力を流してわざと瞳の色を変えている。


 普段は紫だけど、今は黄色だ。


 まあ、わずかでも容姿を偽れればそれでいい。




「ふん。まあいい。そんなダサいコスプレして、俺の前に現れるなんて、良い度胸してるよ君。なんとなくこの女を助けに来たってのはわかるが……それであってるかい?」


「サービス残業が示すところとしては、それで正解だろうな」


「そうか……じゃあ、死んでくれ」




 まるで、昨日の夕飯の献立でも言うかのような、自然な殺害予告。


 それだけで――周囲の空気が一気に重くなる。




「《突風槍スコール・ランス》」




 レイズが右手を俺に向けるのと同時。


 逆巻く風が槍の形を成して、俺めがけてカッ飛んで来た。




「くっ!」




 咄嗟に横に飛んで、それを躱す。


 鎌鼬かまいたちのような暴風が頬を掠め、血華がパッと舞った。




 獲物を捕らえ損ねた風の大槍は、うねりを上げて飛んでいき――遠くにあった小屋を粉々に粉砕した。




「……なんて威力だよ」




 俺は、吹き飛んだ小屋を見て戦慄する。


 むちゃくちゃな破壊力だ。人一人殺す用の技にしては、いささかオーバーキルすぎないか?




「ちっ。避けたか」


「黙って殺されるわけないだろ! 《火球フレア・ボール》ッ!」




 轟!


 赤い炎が瞬時に球形を象り、一直線に飛んでいく。


 ――が。




「何それ、遊んでるの?」




 レイズの纏う空気が、急激に和らいだ。


 と同時に、彼は右腕を斜めに振るう。


 すると、肉薄する高音の火球は、ろうそくの火を掻き消すかのごとく、レイズに届かぬまま消えた。




 冗談きついって、次元が違いすぎるだろ。


 一応、全力で魔法をブッパしたはずなんだが。




 無理矢理笑って、焦りを誤魔化す。




 こちらの本気の一撃をいなす際、空気が弛緩したのを感じた。


 つまり、あいつは俺の力量の底を瞬時に読み取って、結論づけたのだ。俺が、警戒するまでもない雑魚であることを。




 わかってはいたが、今喧嘩を売るべき相手じゃなかった。




 俺は、ちらりとフロルの方を流し目に見る。


 濃い桃色の瞳が、心配そうに俺の方へ向けられていた。


 


「ここで死ぬわけにはいかないな、こりゃ……《風刃エアカッター》――二連撃デュオッ!」




 風魔法、《風刃エアカッター》の鋭い斬撃が二つ、夜闇を裂いてレイズへと肉薄する。




「温いよ……《水鏡》」




 レイズはつまらなそうにそう吐き捨てて、左腕を水車のようにぐるりと回す。


 すると、その軌道にあわせて分厚い丸型の水幕が出現。




 風の刃を受け止め、水の塊の中に閉じ込めてしまう。




「やっぱ、今のままじゃ通じないか……」


「どうやら、俺のことを侮っていたみたいだね君。君が誰かは知らないし、興味も無いけど、せっかくだ。冥土の土産に一つ教えてあげよう。俺の名前はレイズ=トリシクス。秘密結社 《黒の皚鳥》のリーダーにして、アリクレース公国の影の支配者。君のいない未来で、最凶となっている者の名前だ」




 レイズは、口の端を吊り上げて凄絶に笑う。


 そんな、魔王にでもなったかのような笑みを浮かべる彼に、言いたいことはたった一つ。




 うん、そんなこと知ってる。


 悪いが俺は、お前の全てを把握している。




 これから起こすこと。紡ぐ未来。そして――辿る末路。


 全てのシナリオを掌握しているからこそ俺は、悲惨な結末を回避するために一矢報いなければならない。




「――俺がここに来た、もう一つの理由。教えてやろうか?」


「……?」


「宣戦布告だよ。お前が辿る結末を、俺色で塗り替えるための、ね」


「……はぁ?」




 レイズは、訝しむように目を細め――堰を切ったように笑い出した。




「あっはははは! 何君、ちょーイタいじゃん! 大した実力もないくせに、何様のつもり?」




 ま、そうなるよな。


 お腹を押さえて笑い転げるレイズを前に、苦笑するしかない。


 


「ま、女の子助けるために格好付けて飛び出した手前、情けない姿を見せられないってのはわかるけどさ……茶番は終わり。三下に嘗めた口きかせるのも癪だからね。ほんの少し、俺の実力を見せてあげよう。まあ、見終わったあと生きてる保障はないけど……さ!」




 言葉が終わると同時に、レイズは右腕を空に掲げる。


 それに呼応するようにして、夜空に昇るブラッドムーンを中心に、赤い魔力線で描かれた巨大な魔法陣が展開された。




「――《終末ノ焔ラグナロク》」




 その言葉と共に、レイズは右腕を振り下ろす。


 魔法陣から赤黒い“何か”が無数に現れ、瞬く間に夜空を埋め尽くす。




 その“何か”は、次第に大きくなっていき――脅威そのものが天より降ってきているということを理解した。




「マジか……俺一人相手に、これを出してくるか」




 俺はただただ戦慄する。




 《終末ノ焔ラグナロク》。


 レイズが扱える火属性魔法の中でも、神話級の威力を誇る、広範囲殲滅用魔法。




 その猛威が、今俺を狙っている。


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