第7話 私にとっての光

《フロル視点》


 ジャラ……


 足に括り付けられた鎖が、無機質な音を立てる。




 私は、暗く狭い地下の汚部屋の角で、丸くなっていた。


 家具も設備もろくに無い、牢屋みたいな部屋だ。




「……寒い」




 バンッ!


 突然入り口の扉が開いて、ビクリと肩を振るわせる。




「おらっ! さっさと入れ!」


「ひゃっ」




 男の荒々しい口調と共に、少女が転がり込んできた。


 私と同じ14歳の女の子――フェリスちゃんだ。


 


 美しい瑠璃色の髪は無残に汚れ、全身にかすり傷や打撲が見られる。


 昔はもっと青く澄んだ瞳をしていたが、今ではその輝きも見られない。




「だ、だいじょう――」


「触るな!」




 パシン!


 男の振るう鞭が、乾いた床を叩く。




「妙な動きをするな。お前達は常に監視されている。少しでも不自然な動きをしたら……わかるな?」


「……はい」




 私は、静かに伸ばしかけていた手を引っ込めた。




 助けてあげたい。助けて欲しい。


 でも――手を差し伸べることも、差し伸べられることも叶わない。




 だって私達は奴隷。


 この地獄のような場所に来てから、昼夜問わず嫌な思いをしてきたけれど、逆らったら殺される。


 首に巻き付いたチョーカーは、そのためのものらしい。




 乱暴に扉を閉めた男の足跡が、遠くに消えていったころ。




 ふと、フェリスちゃんがすすり泣く声が聞こえてきた。




「フェリスちゃん、大丈夫?」




 妙なことはできないため、彼女に触れない程度に近寄る。




「もういやなのだ……こんなところ」


「私だって嫌だよ」


「誰か……助けて」




 フェリスちゃんは、うわごとのように呟く。




 あと半年この状況が続けば、彼女の精神がどうなるかわからない。


 とっくに危険シグナルを発している。




「大丈夫。あの人が助けてくれるよ、きっと」


「あの人……まだ言ってるのだ? フロルちゃん」


「うん。だって、凄く優しくて、私達のことを思ってくれる人だから」




 私の心が、すり減りながらも壊れないのは、あの人がいるからだ。


 この組織で誰よりも強く、誰よりも優しい人。


 レイズ=トリシクス様。




 苦しい日常の中でも、彼は私に労いの言葉をくれる。


 「辛い思いをさせてごめんね」「いつでも話を聞くから」「俺はお前の味方だ」


 何か失敗をする度……いや、失敗をしなくても痛めつけてくる怖い人達とは違う。




 優しい声色で、私の頭を撫でてくれる。


 それに、レイズ様はおっしゃっていた。




 ――「いつも大変な思いをさせて、本当にごめん。でも、仕方ないんだ。王国と一戦交える前に、組織を固めなきゃ。だから、君たちもそれまでの辛抱だ。これが終わったら、必ず楽しいことをさせてあげる」――




 うん。


 確かにそう言っていた。だから。




「必ず、レイズ様が助けてくれる。この苦しい毎日が終わったあとで、きっと楽しいこといっぱいさせてくれるんだ」




 私は、強く拳を握りしめる。




「あの男が、そんな良い奴に見えるなんて……きっとフロルちゃんだけなのだ」


「そんなことないよ。だって、レイズ様はいつも、私の頭を撫でて――」




 そこまで言いかけた、そのときだった。




「俺がどうしたって?」




 いつからそこにいたのか。


 ビックリした私達が振り向くと、いつの間にか入り口の扉が開いていて、目の前に男が一人立っていた。


 


 カラスの濡れ羽根色を想起させる長髪に、混沌を模したような真っ黒な瞳の青年。


 その男がにっこりと微笑んだ瞬間、私の心から恐怖と苦痛が溶けていくのを感じた。


 それから私は、その青年の方に駆け寄って、抱きついた。




「レイズ様!」


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