第6話 赤き月光

「……マジかよ」




 フロル達が去って行ったあと、一人取り残された俺はぽつりと呟いた。


 よりによって、ここで最初に死ぬヤツと遭遇するとは。




 もし、死に行く運命のあの子を助ければ、「きゃ~カイム様大好き!」的なラブラブイベントが漏れなく発生するだろう。


 何しろ、ゲームでもアニメでも、大体ヒロインはチョロいと相場が決まっている。


 ヒロインはチョロイン。




 俺だって、前世でDT極めまくっていた分、そーゆー展開に対する欲求がないわけではない。


 だが……果たしてそれが、自分の命を対価に得るほど、重要なことなのだろうか?




「あの子は確か、心酔していたレイズに裏切られて殺される。死に際の台詞とか……ほんと、可哀想だと思ったっけ」




 死に際なんて体験したことはおそらくないだろうに、あんな臨場感のある声を出せる声優って、やっぱスゲー。




「いかんいかん。思い出したら、余計に情が移る」




 俺は、俺が生き残るために――ラスボスに殺されないだけの力を得るために、強くならねば。


 この発展途上の半端な強さで、レイズに喧嘩を売るわけにはいかない。




「可哀想だけど……ごめんな」




 この場にいない相手に謝るというのは、やけに寂しい感じがした。




△▼△▼△▼




 ――日が沈み、すっかり夜が訪れた頃。


 俺は自室で、着々と準備を進めていた。




 準備というのはもちろん、闇魔法が使えるようになるアイテムを取りに行くための準備である。




「固有スキル《魔法創作者スキル・クリエイター》、起動」




 《魔法創作者スキル・クリエイター》。


 自分の望む魔法を造り出すことができる、究極の魔法だ。


 欠点らしい欠点は、適性がない魔法は作っても使えないことくらいで、まさしくチートと呼ぶべき魔法である。




「無属性魔法、《空間転移ワープ》作成」




 前世で考えれば、有り得ないレベルの魔法を作ってしまった気がするが、この世界は元々ゲームの中だ。


 ※この作品はフィクションです。のフィクションが現実になっただけで、これがこの世界の“当たり前”である。




「さらに、無属性魔法、《魔力障壁マジック・フィールド》作成……完了」




 自分の所有スキルの欄に《空間転移ワープ》と、《魔力障壁マジック・フィールド》が加わったのを確認して、俺は部屋の端に置かれたイスに座った。




 今宵はおそらく激戦になる。


 闇魔法を使用可能になるアイテムをゲットするには、山奥にある廃墟の神殿に向かわねばならない。




 培ったゲームの知識を便りに、最適な魔法を作った俺は、小さくため息をついた。


 小一時間ほど休憩してから、目的地に向かうとしよう。




「それにしても……まさか、フロルに会うなんて」




 俺は深いため息をついた。


 もっと強くなったら、彼女を助け出すために動くこともできるかもしれない。




 もちろんそれには大きなリスクを伴うが、今動いてもそれこそ自殺行為に他ならない。


 彼女の命を救うために、俺の命を対価として差し出すだけならまだ運が良いだろう。


 このまま無計画に行動すれば、二人分の命を同時にレイズへ捧げることとなる。




「助けるにせよ、見すてるにせよ。レベルを上げて、正体を偽装できるようになったらだな」




 それまでは、申し訳ないけど苦痛に耐えていてくれ。


 そんなことを思いつつ、俺はふと上を見上げる。




 低い天井のすぐ横。


 壁の情報にぽっかりと開いた小さな窓から、赤い光が差し込んでいる。




「っ!」




 反射的に立ち上がり、窓の方へ駆け寄った。


 濃紺の夜空に浮かぶ、真っ赤な月が俺の視界に入る。




「赤い……月だって?」




 ゾクリ。


 凍えるような寒気が、背筋を駆け上る。




 赤銅色しゃくどういろに輝く不気味な月。


 確か前世の世界では……ブラッドムーンとか言ったか?


 いや、そんなことはどうでもいい。




 問題なのは。


 


「ちょっと待て……フロルが殺された日の描写シナリオに、『赤い月が、不気味に輝く夜だった』とあった……」




 ――まさか。


 いや、受け入れるしかない。




「今日が……その日なのか?」




 汗の珠が、頬を伝って流れ落ちる。


 いつか助ける。そうして先延ばしにすることもできない。


 タイムリミットは、もう来てしまった。




「何を迷ってるんだ俺は。生き残るために、無駄な干渉はできるはずないって、わかってるはずじゃないか」




 やることは依然変わらない。


 ラスボスに殺されないために、俺自身の力を盤石にする。


 そう自分に言い聞かせるが――赤い月は、窓を通して俺を睨みつけていた。

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