強い王子のひとり旅

 霧かかる森の中の村。

王子はまだ暗い道を歩いておりました。

「もし、旅のお方」

「っ…。」

咄嗟の呼びかけに剣に手をかけてしまいますが、ここはただの平和な街。化け物や逆賊の類は今のところ確認できません。

「何の用でしょうか?」

王子は冷静に。

冷静にその人影に振り返ります。


黒い長髪。

金色の瞳。

優しいまなざし。

王子のそれと似た特徴を持つ女性が一人。

王子はその人をとても良く知っていました。


目は熱く、声は詰まり、多くの感情に押しつぶされそうになりながら

「母さ…」

と口を開きかけ。

悲しげに歯を食いしばり、


剣をその人影に振るいました。

剣はその女性にぬるりと切り込み、音も、そして切った感触もなくすり抜けてしまいました。

女性はしばらくすると、風に広がる煙のように、ふわりと消えて行ってしまいました。

「っ…母様は、死んだ。もう、会えない。」

王子は自分に言い聞かせるように、そうつぶやき続けるのでした。


数十分経ってから、こんどは肩にやさしく手が置かれました。

「ロロ!」

数人の青年や少年少女が、ロロの手を引き遊びに誘います。

どの顔も見たことのある者でした。だって。


血のつながった兄弟ですから。

「ロロ!一緒に遊ぼうぜ!」

「剣の訓練とかもしちゃお!」

「えー魔法がいいよー!ねぇ?」


「ロロは何がしたい!?」

一も二もなく、王子は兄弟たちの形をした何かに剣を振るいます。

これまたぬるりとすり抜け、風圧で歪んだ像が、また煙のように消えていきました。

「仲のいい兄弟、か。そんなものはのに。僕もだいぶ夢見がちな性格になったかな。」


/

ここ最近この村近辺で起きる異常現象。

”霧のかかる夜、会いたかった昔の友人や理想のタイプの女性に出会える”

一言で言うと、

そんな噂が流れてきた。

正直言ってこの正体も、これを解決する手段も僕は持っていないが、この森を抜けるには村を通るのが一番早いのだ。

…クララはどれだけわがままに、悪役令嬢らしく振舞おうと頑張っていても、やっぱり僕に全てを背負わせてはくれない。全てを打ち明けてくれない。

少し寂しいけれど。

───それでも、これが彼の強さなんだと、そう思った。


でも、この先行く場所は。

その強さで行っていい場所じゃない。

だったら、この先で僕が会う人は。これから起きることは。

僕の強さで背負うべきだ。



─こんな友人が欲しかった。

─こんな兄弟に愛されたかった。

─こんな恋人が欲しかった。

─こんな親が欲しかった。

─こんな家族が欲しかった。


そんな存在しない者達を。

ありえない者達の幻影を、無我夢中で斬っていく。

「ロロー!」

知っている声だ。

知っている、金色だ。

ジモは確かに連れて行ったはずだ。彼女の元居た家へ。

僕は確かに手紙を書いたはずだ。幸せになってと。

「ロロ!」


「おいてかないでよ!寂しいだろ!」

頼ってくれるクララ。

「俺さ、怖がりなんだ。自信が無いんだ。」

打ち明けてくれるクララ。

「俺はお前の友達で、お前のことが大好きだ!」

少し恥ずかしいような思いも口にしてくれるクララ。


…あぁ、そうか。

僕は、こんなクララになってほしかったのか。


……でも。

こんなのは、クララじゃないよ。



僕が手で払うと、霧の体は儚く散った。




その先に。

こんなところにいるはずのない、

僕の怨敵が。

これから会いに行くはずだった奴が、立っていた。

「大事な友人の後でこんなものを見せるだなんて、神様がいるならよほど性格が悪いんだろうね…!」

迷うことなどない。


僕はその人影に切りかかり。


…殴り飛ばされた。

草と砂の混じったかたい地面を転がる僕を、推定17歳ほどの見た目の男が怒鳴りつけた。


「父親に切りかかるなんて、それでも貴様は俺様の子供か!!」


どうやら、僕の強さではまだ背負いきれないようだった。

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