別離
とある寂しい曇り空。
少しばかり綺麗な街の一角で、悪役令嬢と王子様は、道行くカップルたちを眺めておりました。
/side C
「…なぁ、王子さまよぉ。なんだってこんな気まずい空間に俺達はいるんだ?」
マジで勘弁してほしい。
目の前では体をくっつけて街中を歩くカップル共。
クリスマスシーズンでもねぇのに(この世界にクリスマスの概念が持ち込まれてるかは分からんが)いちゃつきまくってて今にも血糖値が上がりそうな地獄みたいな風景を前に、俺は隣に座るロロにそう聞いた。
「この街はね、どうやら恋愛成就の街らしいんだ。」
……へぇ~~~…。
「そうっすか。」
「興味なさげだね。」
いやだってなぁ…。俺、一応身体は女なわけだから。
万が一…無いとは思うけど万が一…俺に対してそういう感情を持っていたとして、男の魂を持ちながら女の体である俺との恋愛成就のためにこの街に来たのでは…とか考えて、少しばかりぞわりとした。なんて言えるわけねェだろ。
「そういうことは考えてない。」
やっぱり俺の顔は分かりやすいようだった。
「この街に来たカップルは、例外なく円満に結ばれるそうなんだ。男女、同性、種族別、果ては自分自身や動物に植物、そして無機物。不思議じゃないかい?」
ロロは改めて、ここの調査の目的を説明してくれた。
言われてみれば植木鉢を愛おしそうに運んでいる男性や、モンスター娘?と大型犬がペットとは思えないような距離感で歩いてた。
「…偶然だろ。最近流行の多様性ってやつだ。」
「君の世界で何が流行ってたのかは今は聞かないけどね。この国はある時からいきなりこうなったんだ。僕だって他人の愛の形を無闇に否定するつもりはないが、この国に限っては必ず恋という、本来一方的な感情があらゆるものに成就する。」
「…そりゃ異常だけどさ、本人たちが幸せに暮らしてたらいいんじゃねぇのか?」
他人の感情に首を突っ込むべきじゃない。
査察の仕事も大事だけど、あまりに危険な面倒ごとは回避した方がいい。
「もし幸せじゃなかったら?」
今回のロロは、結構頑固だった。
そんなわけで、調査開始だ。
カップルのみ入店可能のカフェだかファミレスだかに二人で入って、ドリンクと適当なパンケーキ(案の定やたらおしゃれだった)をちまちま食べながら、いちゃつくお客さんたちを眺める。
「聞き込みとか街中の観察とかでの情報収集は、今回はしないのか?」
いつもの査察のやり方じゃないのでなんとなく聞いてみた。
「…逆に聞くが、君は2,3回話を聞いたり街中を歩き回っただけで、この街の異常を察知できるのかい?」
「なはは…転生者でも無理だな。ましてや転生特典なんて持ってない俺だし。」
「うん、ならいい。」
近くて見える席では、服を着た犬にスプーンで何かを食べさせている女性がいた。
「あれが”あーん”というやつだね。僕的にはどこに需要があるのかわからないんだが、君はどう思う?」
「俺だって誰かと付き合ったことは無いんだけどな…。う~ん、ひな鳥に餌をあげる親鳥のような一種の征服感みたいな気持ちになるとか?やられた側は甘える対象を見つけた安心感を感じる…みたいな?」
「カップルの店だからやらなければならないと思っていたが、そういう風に思われたくはないね。」
そういいつつもロロは俺のパンケーキを物欲しそうに見ていた。
一枚あげた。
その後、カフェには小さなサボテンと来客する大柄の獣人や、
変わった形の石と来客するエルフやら現れたが、
手がかりらしきものは手に入らなかった。
~~
「いや…分からねぇな。」
「うん。」
時刻は夕方。結局怪しいところは分からなかった。
俺とロロは食堂で飯を食いながら話していた。
どこもかしこもバカップル。喧嘩も衝突もとくにない。
いや、俺だって平穏は大好きだけどさ。
ここまで見せつけられると糖分が濃すぎてなんかもう塩分が欲しい。ポテトチップスが食べたくなってきた。そういやこの世界にポテトチップスってあるのかな。
「ポテトチップスって知ってるか?」
「…急にどうしたんだい?」
しまった思考が漏れた。
「もういーじゃねえかよ。ここは誰もが愛し合える街なんじゃねーの?そういう磁場だか魔法だかがかかってんだよ多分。」
「ふむ…そうか、じゃあクララ。」
「あんだよ…。」
「君が好きだ。」
……は?
「なっ…はっ…はぁ!?」
「どうだろうか?」
「どうってお前っ、キショいぞいきなり…!」
こいつが?俺を?好き???
いやふざけんなって…!今まで旅してきた時だってそんな素振りなかったし、だいたい俺男だし…。ああくそこの街じゃ同性でもカップルがいるんだったっけ?
だからってこいつが俺に惹かれる意味が分からねぇしっ!?
俺が好きになるとかありえねぇし!?
くっそ戸惑ってる俺が馬鹿みてぇ。クール気取ってる顔しやがって。あ~顔熱い…
「クララ」
今度はなんだよ近いな!?
「好きだ。」
またそういうこと言ってふざけやがってやばい近い熱い普段強いし守ってもらってばっかだし料理美味いしどんどん成長してるしかっこいいなんかキラキラしてて良いこいつにだったら全て任せても大丈夫な気がするやばい一気に──────
全て任せる。
こいつに?
【クララ】に身体を返すこともやめて?
【俺】の在り方も捨てて?
【悪役令嬢】になるかもしれない俺と?
相手を不幸にするかもしれない俺と?
「それは、駄目だ。」
「クララ?」
─それは…
─〈怖い〉
『お前のせいで』
『なんでこんな力を』
『恐ろしい』
『…あなたは私の言うことだけ聞いていればいいのよ?』
・・・・・・。
「クララ!!」
「ぎゃい!?」
「大丈夫かい?」
食堂の視線は、すべてこちらを向いていた。
ふと見るとテーブルの上の料理もひっくり返っていて、暴れた形跡がある。
俺の腕はかすかに傷が出来て血が流れていた。
「ごめんね、僕が急に変なこと言ったからかな。まさか暴れだすなんて思わなくて。」
「いや…大丈夫だ……。」
口ではそう言ったものの、俺はまだ震えが止まらなかった。
「なぁ…さっきのは…。」
「忘れていいよ。君のお陰で、少しわかったこともあるから。」
「…おう。」
でも、もうロロの顔を見ても、さっきみたいな動揺はしなかった。
「クララ、君の言っていたことを考えていたんだ。」
「おう。」
「『この土地には誰でも愛し合える魔法のようなものがある』…だったら男性の魂でありながら女性の体である君に試してみたらどうなるのかと、そういう出来心だったんだ。」
「…おう。」
「まさかあそこまで動揺した揚げ句、自分に〈恐怖〉を与えてしまうとは、僕も予測が甘かった。反省する。」
「もういいから。土下座はやめろ。一応王子なんだから。」
「そうか、ありがとう。」
ロロは土下座をやめて、近くのベッドに座る。
「もう、僕を見てもなんともないんだったよね。」
「あぁ。自分に〈恐怖〉やったせいかは分からんけど、なんかもう大丈夫だ。」
「あの時の僕はどう見えた?」
…なんかキラキラしてた~だとかカッコよく見えただとか言えるかそんなん。乙女じゃあるめぇし。
「なるほど。」
「なるほどじゃねぇ。」
この悪役令嬢顔のくせに分かりやすい自分の表情をどうにかしたい。
子供だからか?子供だから表情筋がゆるいのか?
「ここは君から僕に告白してもらってサンプルを取りたいところだけど、流石に危険だからね。」
ロロはベッドにあおむけに転がると
王子とは思えない、とんでもない宣言をした。
「だから、街の人に犠牲になってもらおう。」
~~~
翌日。
〈畏れよ〉!!!!!!!!
鶏の朝の声の如く、俺は宿屋の上の階から街全体に向かって怒鳴り散らした。喉がクソ痛い。
数分経って、そこら中の家から大騒ぎで人がばらばらに出てくる。
みんな目に見える全てに怯えて半狂乱。物を投げて走り回って泣き叫んでと幼児退行したようで、もはや一種のテロである。
「いいのかよ、これ…。」
隣のロロは静かに街を睨みつけている。
こっちには無反応。
「あぁそうか聞こえねぇんだった。」
俺もロロもなぜか耳栓をしている。とりあえず筆談で改めて聞いてみた。
『いいのかこれ?』
『いずれわかる。今はただ待って。』
いずれわかるったって…。これのせいで俺がテロ起こしたヤツ呼ばわりされたらたまったもんじゃねぇぞ。
そんなこんなでいろいろ飛び散りぐちゃぐちゃになった街を見下ろしていると、一人のシスター服の女性が現れた。
街の惨状にあっけにとられていたが、手を前に突き出すと魔法陣が現れた。
『あれは拡声魔法だね。』
そして女性は
「あいしてる」
そう言ったように見えた。
直後、半狂乱の住民たちはみな泣き叫ぶのをやめ、その後もシスターが何度も呼びかけることで、昨日のようにいちゃつきながら過ごし始めた。
シスター服の女性は事態の収拾を確認してから。
去り際に確かにこちらを睨みつけたのだった。
「ひっ…。」
『どうやら、お呼びのようだね。』
シスターと言えば、教会。
俺とロロはいちゃつきカップルの間を苦い表情で通り抜けながら、現在進行形で結婚式をやっている教会にやってきていた。
今にもブーケトスとかしそうな雰囲気である
何なら昨日も結婚式していた。
「これ結婚式が終わるまで待たないといけないパターンか?クソほどめんどくせー…。」
「裏から入ろうか。」
「そんな簡単にぃっ!?」
ロロは俺をひっつかむと、ぴょんぴょんと壁を飛び越え茂みを伝い開いた窓へ。1分もしないうちに教会の中へ忍び込むことが出来た。
「お待ちしておりました。」
「君は…。」
シスター服の、あの女性がたった一人いた。
「まず、そこの悪役令嬢。」
「俺はまだ悪役令嬢じゃねぇ。」
「ふふ、どうだか。私の愛の邪魔をする時点で、あなたは十分悪ですよ。」
シスターとは思えねぇ暴論。
実際のシスターに会ったことは無いが、少なくとも対峙するだけで体がすくむような相手を、俺はシスターとは呼べない。
っていうか…【悪役令嬢】?
「俺のこと知ってんのか?」
「えぇ、クララ・ファヴロイト、人気投票2位。まぁ今の私には関係ありませんが。口調を見る限り本物でもないようですし、恐れる必要性もありませんね。」
「…なるほど。」
ゲームのクララを知っている。転生者さまさまだ。
さっき街でみんなを落ち着かせたやつといい、こいつも何かしらの転生特典だか能力だかで、この街で何かやっているようだ。
そしてバカップル大量発生とか言う意味わからん事象の犯人。それが多分こいつ。
「愛とは、素晴らしいものですよね。」
シスターは全てを慈しむように、両手を広げる。
「愛があれば、あらゆる困難を乗り越えられる。」
「愛があれば、誰もが主人公になれる。」
「愛があれば、誰もが美しくなる。」
「愛があれば」
─────人は仲間だって殺せる。
「ッ!」
目の前にシスターが迫っていた。
ナイフを掲げて。
「クララ!」
「偽物さん。」
「「〈愛してる〉」」
/
クララは、防御したままの姿勢で微動だにしない。
ナイフは刺さっていない。
少なくともあちらにくっついていないところを見るに、失敗とはいかずとも相手の目論見を妨害するぐらいはできたようだ。
「おや。あなたは私の【力】に気づいたようですね。」
シスター服の女がけらけらと笑う。
昨日のクララの症状。
街の無差別カップル。
そして【愛】。
「告白した相手に、強制的に好きだと思わせるような【力】。それがこの街全体に張り巡らされている、といったところかい?」
「失礼ですね~?私はただ【愛を与えている】だけですよ。」
なんにせよ催眠術の類であることは変わりない。
昨日の時は恐怖と言う【力】を自分に与えることで、クララは【愛】からどうにか目覚めることが出来た。
そして今の膠着状態。クララは僕とシスター服の女から同時に告白されてしまい、どちらの【愛】に反応するかで処理が追い付かなくなっていると言ったところだろう。
「目的が分からないね。なんでこんなことしているんだい?」
「ふふ・・・・・・聞きますか……聞いちゃいますか……聞いちゃいますかぁ!?」
シスター服の女の様子が明らかにおかしくなった。
クララだけでも守れるようにと前に立つ。
「あぁっ……イィっ!!!!」
なぜかシスター服の女はよだれを垂らしていた。
「…こほん。なぜ、この街でカップル大量生産をしていたのか、ですね?」
「…あぁ。」
少しずれている気がするが、まぁいいだろう。
「私は!!!!愛が好きなのです!!!!!!!」
それはさっき聞いた気がする。
「男女が!薔薇が!百合が!人外同士が!無機物同士が!
概念同士が!人外×●●が!無機物×●●が!概念×●●が!ロリショタ幼馴染同級生近所のお姉さんお兄さんギャルオタクおじおばいとこ転校生王子様貴族村娘悪魔天使魔王勇者機械植物虫食べ物飲み物衣類家具個体液体気体etc森羅万象!そしてもちろんTSお転婆少女×クール王子も!!」
これは聞きたくなかった。
後で彼に聞いたところ、「カプ厨」というやつらしかった。
「だから私は作った!!私だけの理想郷を!!あらゆる愛が成就するそんな世界を!!」
…どちらかというとその結果として実っているのは恋であって、愛じゃないんじゃないか。そう思った。
「…本当に愛しているわけでもない相手と好きあったとして、それが彼らの幸せになると思っているのかい?」
「ふっ…それを言うのはあなたで19人目ですよ。ですが最後には皆、この街の愛を認めてくださいました。最初に否定した彼も、今やこの街の最高責任者です。」
「仮に本当に愛してるんだとしても、往来で好き好き言わせあったりするのは、街の景観的にどうかと思うね、僕は。」
「私はそんな街でも愛していますけれどね。もっとも、いずれ国、いえ世界さえ愛するつもりですが。」
それを聞けて、本当に良かった。
「ところで僕は【査察】の者でね?この街で異常な人口増加の話を聞いてここに来たんだ。魔族、竜族、【力】のある血族。一つの場所にこんなにたくさん集めるようでは、大国に対して戦争でも始めるつもりなんじゃないかという噂もあったんだよ。だが、ふむ。世界さえものにするとまで言うあたり、君の愛はずいぶんと好戦的じゃないか。大国さえも自分の力の支配下に置こうだなんて。」
この世界では立派な違反行為だよ。
「………。」
「どうしたんだい?シスターさん。」
「すきだらけだよ。」
どうやら愛と言うのはお互いの想いとやらを以心伝心にしてくれるようで。
僕のことを大好きになったであろう金色が、シスターを力任せに蹴り飛ばした。
壁にしたたか背中を打ち付けたシスターは力なくその場に倒れ伏す。
・・・。
「僕らの勝利だ。」
「っ~~~~てめぇ耳元で好きだの愛してるだの連呼すんじゃねぇ!マジでキッ……あぁもういい!」
いまだ赤い顔で彼は僕に怒鳴り散らす。
「おや、戻ったのかい。」
「なんでか知らねぇけどな!!」
しかし、僕が散々好きだの愛してるだの言ってクララを自分の思い通りに動かそうとしていることに、あのシスターの女は気づいていた。
気づいていて、【力】の効果を自分で解かなかった。
「恐ろしいね…彼女の”愛に対する愛”は…。」
「一方的な感情だろ。本当は愛に恋してた、だけだったりしてな。」
いまだやかましく響く祝福の鐘の音にまぎれ、僕らはその場を去るのだった。
今回の報告書は少し面倒になりそうだ。
「君はどうやって【愛】に耐えたんだい?いや耐えるというより、どうやって【恐怖
】で打ち消したんだい?」
「んなこと言われてもな…俺男だし?一応悪役令嬢だし…自分の事をお前に全部任せられねーって感じで考えて…あ、これは別に遠慮とかじゃなくてな?最低限の……」
「わかってるよ。」
ああ。わかってる。
/
次の日。ロロは姿を消していた。
ベッドの上には置手紙。
あの執事も部屋にいて。
俺達は。
「さようなら」することになった。
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