悪役令嬢は戦いたい

 晴天。

 テントの張られた湖のほとりで、メイドは木刀を振っておりました。

 1振り。風がうなります。

 1振り。風が若き落ち葉を舞い上げます。

 1振り。風が語り掛けます。

 んなわけありませんが。

「…だめだ。」

 メイドは悔し気に首を横に振ります。

「何がだい?」

 王子はそんなことに気にも留めておりません。昼食の魚サンドイッチをもしゃもしゃと食べております。

「考えないようにしてたんだけどさ…俺弱いよな?」


 くどいようですが、メイドはとある里で旅のために訓練をさせられました。

 あくまでそれは従者たるための訓練。料理やら作法やらを仕込まれこそしましたが、主人を守るほどの戦闘力は手に入れられておりません。

 もっとも、たかが一週間で十数年以上剣を振ってきた王子様を超える技術と力を手に入れられたら、それこそネット小説の主人公足りうるほどですが。

「弱いね。」

 王子は包み隠さず言います。

「…さすがにちょっと傷つくんだけど…ちょっとぐらい躊躇してくれね…?」

「だが君は転生者で凄い…ではなくて、料理ができるだとか掃除ができるだとか洗濯ができるだとか、向こうの世界の知識を教えてくれるだとか、色々助けてくれているじゃないか。不満かい?」

「俺知ってんだぞ?料理とか大体お前もできるだろ。」

「……。」

 王子様は一人旅になることを想定して、大抵のことはできるようになっております。たまにある王子の料理当番は、現地料理としてのメイドのひそかな楽しみであったりします。

「それにな?〈主人を守る従者〉ってかっこよくね?」

「・・・・・・。」

 王子様はマジに呆れた目でメイドを見ました。

「…そんな目で見んなよ。ほら俺、せっかくの刀も結局あんま使いこなせてないし…そのせいで欠けちゃったし…水を操る~っての、ぶっちゃけ攻撃に向いて無くね?液体だし。〈恐怖〉も自分より強い相手には牽制ぐらいにしか使えねぇし。」

 異世界的にいえば、初めの段階から能力だとか魔法だとかが使えるだけで十分強いのですが、メイド的には不満なようでした。

「まぁいざとなったら〈水素爆発〉で自分ごと相手を吹き飛ばすぐらいならできるんだけど」

「それは。やめろ。」

「……でも」

「やめろ。」

「…はいはい。」


 ~


「じゃあ、戦う練習ぐらいしてみようか。」

 王子はもう一本の木刀を、カバンから取り出します。

 魔法かばんは無限容量。どんな長物も入ります。

「え、お前と?てか刀使えたっけ?」

「いざというときはどんなものでも武器に出来るよう育てられたからね。それに、剣でやったら殺めてしまうかもしれないし?」

「言うねぇ…。」

 それから、子供らしい見た目の彼らの、子供らしいチャンバラが始まるのでした。

 水やら電撃やら超高速軌道であることを除けば。


 数十分後。


「勝てません!!」

 メイドは日本式土下座の姿勢で、ところどころ焦げながら倒れ伏しておりました。

「そりゃあ勝たれたら僕の沽券に関わるからね。」

「手加減とか知らんのか!!」

「それはもはや訓練じゃないだろう。あと同世代の僕に手加減を求めないでくれ。他の人と教えあいで戦うなんてしたことは無いんだ。」

 王子様の気まずい友達事情。

 メイドはそれでもじたばたと駄々をこねます。

 自称年上の姿か?これが・・・。 

「あと技名やたら漢字ばっかだな!!〈雷虎牙衝斬〉だとか〈閃天翔〉だとか!」

「そうだろう!!!それは僕のこだわりだ!」

 転生者大好きな、少しばかり中二病の入った、声がでかい王子様でした。

「こういうの〈エレクトリックサンダー〉みたいな名前じゃねえの?普通。」

 異世界転生者特有の偏見。

「横文字は皆使っていて面白くないからね。それとその技名、直訳すると〈電気の雷〉になってしまうよ。」

「響きがかっこよけりゃいいのよ。…俺も技名考えようかな~。流石に水流ビームだとか水スライドだとかは地味すぎるし…」

「〈鏡射必水きょうしゃひっすい〉とかどうだろう!?」

 なかなか元ネタが縁起でもない技名が王子の口から飛び出します。

 転生者は大体勢いで技名を叫ぶので、元ネタのあれこれが異世界に伝わらなかったりするのは、案外定番でありました。

「あーうん、そうな。元が日本人だから漢字使うのはまぁありか…。〈爆──」

「やめろ。」

「……。」

「命。大事。自爆。やめろ。」

「ニンゲンを愛する悲しきモンスターかお前は…。さてと、そろそろもっかい始めようぜ。」

「続けるのかい?」

「訓練だからな。」

 再び湖には、木の打ち付けあう音が響くのでした。



 暗い空に、虫の音色だけが響きます。

 訓練を終え、夕食を食べ、王子がぐっすりと眠る中、メイドは傷だらけの手を見ながら一人考えます。


「転生者で凄い…か……。」


 ぶっちゃけてしまうと、料理やら洗濯やらを自分とは別にやってくれる人がいれば、強い弱いはともかく、旅はぐっと楽になるものです。そこに転生者である必要性はありませんし、メイドは転生者としての「おおっ」と言えるほどの活躍もできていないので、なおさら自分に王子がこだわる理由は分かりません。メイド的には都合がいいはずなのに。

 友達だから、という新しい理由も含めて旅に同行してこそいますが、立場は主人と従者。王子にああは言われましたが、力のなさを実感した今、いざとなったら命がけで守ることだけは変えるつもりはありませんでした。

 それが自分の存在意義だからと。

「…いや、せめては目立つ怪我とかない状態でやっていかなきゃな…返せなかったら謝っても許されねぇけど…。」

 少し考え直し、メイドは決意します。

 王子が人と関わることに頑張り始めたように、自分は戦う力を身に着けて守る決意を。


「強くならなきゃな…!」



 誰にも求められていない決意を。

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