悪役令嬢と クソ田舎
少し寒い曇天の、明け方の空。
悪役令嬢メイドと旅の王子様は、林の中のとある村で、これまた変な踊りをしている村人たちを遠巻きに観察していました。
「ぷしゅんっ…」
「風邪かい?」
「いや?そんなはずはないんだけどな…。」
そんなやりとりもそこそこに、珍しく王子様の方から、踊っている村人の一人に問いかけます。
「これは何の踊りですか。」
「ああ、もしかして君たちは旅人かい?…これはこの村を統治している貴族様が広めたものでね。素晴らしい事に、これをやるとみんな必ず健康になれるんだよ。流行り病にかかっていた私の母も、これのおかげで最近は新しくやりたいことを探し始めるぐらいに治ってねぇ?いいことづくめさ。」
「なるほど。」
少し広い公園に集まり、腕を回したり体をひねったりと。言われてみればその彼らの踊りは、華やかさと言うよりも運動性を重視したもののように見えました。
「興味深いな。クララ、君も風邪気味ならここでやってみたら・・・」
と、メイドの方を振り返ると。
メイドはとてもめんどくさそうに、頭を抱えておりました。
「そんな踊りじゃない?」
「あぁ。そんな常識を無視した踊りはねぇよ。あってたまるかっての。…いやこの世界ならあるか?まぁとにかく、あれはそんなんじゃねぇ。」
メイドは断言しました。
「いや…言い過ぎた。まぁそりゃ生活習慣的な意味では…健康的には…なるんかな?」
メイドは曖昧でした。断言出来てないじゃないかと王子はまなざしで訴えます。
「あー…まぁとにかく、あれは病気が治るぐらいに健康になるような踊りじゃ…あ…へぷしっ。」
「アレについて、何か知っているのかい?大国の本で見かけたことは無いんだが。」
王子は自身の知らない知識には貪欲でした。転生者としての【彼】の存在を、知識を欲しがることを、そのまなざしは隠しきれておりませんでした。
「お、おぉ。…まぁ多分お前が思ってる通り、あの〈踊り〉は俺たちの世界にあったもんだ。本当は踊るときに、音楽も一緒に流れてるんだけどな?学校に通っている子供とかなら、夏休みとかにはよく行かされるぜ。それも朝っぱらから。せっかくの合法的な長期休みだってのに…。」
メイドは元の世界のことをやや嫌そうに話します。まぁ誰だって寝たい遊びたい盛りの時に無理やり早起きさせて運動させられるのも……まぁ大事なことではありますが。子供心的には面倒なものです。
「ということは・・・・・・・!」
王子様の顔は(ほぼ無表情ですが雰囲気的に)とても喜色に染まっていきます。それを見るメイドは「あ~これだから黙っておきたかったのに面倒なことが起きるぞ…。」と思っていました。言いはしませんでしたが。
「ここには、これを広めた”転生者”がいる!!」
転生者大好きな王子様は、テンション爆上がりでした。
一日宿に泊まり、次の日から本格的な捜索が始まりました。
肉屋の店主は「貴族様が広めた」といい。
宝石商の店員も「貴族様が」。
そこらの通行人に片っ端から聞いても「貴族様」。
「ありえない!!」
王子様はドラマのワンシーンの如く、焦燥し切った顔で食堂のテーブルをバンと叩きました。皿の上の料理が少し持ち上がり落ちるころには、メイドの表情も「!?」から「なーに言ってんだかこいつは」に変わっておりました。
「だってありえないだろう!?【貴族】が転生者の知識をこの村に広めて、そして正しく効果を発揮している!!」
「それの何がまずいんだよ?」
「”無理”なはずなんだよ!!【転生者】が【貴族】として完璧にふるまって、この世界にその知識を広めることは!普通バレるか、あるいはもたないはずなんだ!君のように!」
そういって王子はメイドを指さします。まぁ、メイドは悪役令嬢に転生したことにビビり散らかして国からトンズラぶっこいたクチですけれどね。
「はぁ。まぁ・・・そういう奴もいるんじゃねぇの?」
王子は姿勢を正し、この世界について話し始めました。
「…前に言ったかもしれないが、僕ら…の世界の人々は【転生者】かそうでないかが、見ただけで分かるんだ。魂の色とでもいうべきかな。」
そういやそんなこと前に言ってたっけな?と曖昧な記憶のメイドは思いました。
「【転生者】だと分かれば即座に国を通し様々な検閲を通され、多くの報酬とともに元の体の事情は流す形で、世界に貢献する【転生者】としての生き方に変えられる。元の体の【貴族】のままのうのうと生きるなんてことはできないんだよ。」
「…それは…恐いな…。」
メイドは、一歩間違えば【自分】とこの体の持ち主に起きていたであろうことに、身震いしました。
「だからおかしい。あの〈踊り〉が、検閲などの仲介も何もせず、全く動きも間違えられることなく、まるで直接貴族が村に広めたように、踊りを広められたことが。君の言うように『健康になること』がほら話だとしたら、それこそそんなものを広めた【貴族】としての沽券にもかかわることだ。だからただのうわさ話や自称転生者の戯言を広めることも、普通はしないだろう。」
「あー…。」
「もう僕にはわからない…もしかしてここでは転生者が幽閉されていて、ひたすら知識を搾り取られているんじゃないか…?だとしたら…!」
かつてとある国で見かけた蛮行を思い出し、王子は憤ります。
「あー待った待った!早計過ぎだっての!?」
「しかし!転生者をないがしろにする行為は許せない!もし君もそうなってしまったら…」
「だからそうじゃなくってな!?」
メイドは王子の前から身をどかせると、奥の柱の陰でこちらをこっそりとうかがう、儚げなご令嬢を指しました。
「お前が騒いだから様子見に来てくださったようだぜ。…ご本人に聞きに行けばいいんじゃねぇの?」
「どうぞ。」
「えっと…いただきます?」
「……。」
「そんなに睨んでやるなよ…。」
儚げなご令嬢のお屋敷に招待された二人は、茶と菓子を上品にしばきながら、さっそく本題に入ります。
「あの〈踊り〉のことですが。」
えっいきなり本題に入るのかとメイドは思いましたが、貴族などに対する話術では王子様の方がそれなりに出来ます。一旦下がることにいたしました。
「あっ…そのことですけれど……。」
「君が統治しているこの村の踊りは〈転生者〉しか知らないはずの知識だ。だけど君は明らかにこの世界の人間の魂をしている。」
「えっと……あの」
「一体どういうことなのだろうかねぇ?優秀な転生者さんがこの村にいるようには見えないし、かといって当てずっぽうで作ったものがたまたま〈転生者〉たちが知るものと同じになるわけでもない。そしてこの〈踊り〉は貴族様が広めたとみんなが言っている…君は…」
「あ・・・あの・・私は知らな・・・ハァ・・・ケホッ・・・ゴホッ・・・・・!」
「【転生者】たちを監禁して、私腹を肥やしているんじゃ────」
そこまで言ったところで。
メイドからストップが入ります。
早口で詰め寄られていたご令嬢は、緊張で呼吸を乱しうずくまってしまいました。
「ちょっと落ち着けってロロ!あの、すいません大丈夫ですか!?えっとここのメイドさん、とかは道中いなかったよな…ええととりあえず水?バケツ?」
ただのストップじゃありません。
ドクターストップです。
「────ずいぶんなご挨拶じゃねぇか、あぁ?こっちが下手に出て事情喋ろうとしてやってんのに、むやみに責め立てるたぁ流石にみてらんねぇよなぁ?」
そんなどすの効いた声が部屋に響きました。
しかし今部屋にいるのは体調の悪そうなご令嬢と、メイドと、王子の三人だけです。
「クララ?」
「俺じゃねえよ…。」
部屋を見回してもそれらしいモンスターやらモノやら人やらはおりません。
「あぁ?違う違うこっちだよ。」
うずくまっていたご令嬢が、急にぬるりと立ち上がります。顔色が悪いままですが、そいつはご令嬢とは思えないいかつい口調で喋っていて、まるで別人のようでした。
親指をぐっと立てて自身に向けながら、そいつは言うのでした。
「オレだよ。オ・レ。お前らの探していた【転生者様】だぜ?」
「あなたが…〈踊り〉を広めた転生者様か…!」
王子は目を見開いてそう言いました。声からは歓喜が隠せておりません。
「あぁそうだぜ?無礼千万クソ野郎。」
口の悪い令嬢の体の転生者はそう言いました。
どうやらさっきの王子様の態度にだいぶご立腹なようです。
「…ん?でもどういうこった?【転生者】は【貴族】のままじゃ居られないんだよな?てか今のなんだ?多重人格?」
メイドはぽんぽんと浮かんだ疑問を片っ端からあげていきます。
「おいおい金髪の嬢ちゃん…いや口調的には少年って感じか?質問は整理した方がいいぜ?時間は有限なんだからな。」
「ではまず今の人が変わったような現象について…」
「お嬢に酷いことしたからお前には教えてやらん。」
「…。」
やたら険悪な雰囲気です。メイドはマジに耐えきれません。
「まぁまぁ…あれです、俺らも転生者関連で色々あったんすよ…」
「はぁ~~~ん?」
「あ~じゃあ質問一つ目ー!さっきの多重人格みたいなのは何ですかー!?」
やけくそでした。
「おー元気がいいね少年、…そうさなぁ、今俺はこの嬢ちゃんに〈憑依〉してる状態なんだよ。分かるか?」
分かりません。一応単語の意味は分かるけど、と。
咄嗟にそう答えるのは簡単ですが、こういうときは多少は考えた方が好印象です。なんとな~く助け船を求めて王子様を見ますが、首を横に振ります。
今回は助けてもらえそうにありませんでした。
「言葉通りなら、憑りついてるってことになるんだけど…」
「正解っ!おじさん、一応転生者だけど幽霊みたいなもんだからねぇ。今回みたいにこの嬢ちゃんが気ぃ失ったりしたときに、体借りて色々やってたんだよ。憑りついてない間は魂でバレることもないし?なかなか有用だったぜ。」
「〈踊り〉を広めたのも、その一環と言うことですか。」
「…………。」
「踊りとかもそうやって広めたんですね~~~!!」
メイドは「いい加減この空気どうにかしてくれ~…」と思っておりました。
「まぁそんな感じだな。幽霊の時から嬢ちゃんが使う魔法だとか道具だとかは見てたから、時にはそれ借りたり、書類越しに色々広めてコネ使ったりしてなあ?そんな感じでこの世界にこの…〈体操〉を中心に向こうの世界の知識を広めて、まぁ効果も認められて、それなりの地位を手に入れたわけよ。嬢ちゃんが気づいたときにいきなり村任せられるような地位手に入れててひっくり返ってたのはかなり笑ったがな!ガハハ!」
「うわぁ…。」
「じゃあ次は~…えーと。」
なんでこんなものを広めたのか聞いて。王子の顔…を隠すように出されたノートには、そう書いてありました。
「なんでこんなもん広めたんですか?…いや運動が悪い事って訳じゃないけど。転生知識で利益得る~ってんだったらもうちょいなんかこう…あるんじゃないのですか?」
良く考えなくてもまぁ当然の疑問です。そもそも健康に多少効くとは言え、ただの体操を転生者の知識として持ち込み広めたところで、それで無双するというのも意味が分かりませんからね。村を任せられる地位に押し上げるぐらいには実行している者がいるわけですが。
しかしその質問に、転生者の憑依した令嬢は寂しそうな顔をしました。
「この嬢ちゃんの体はな…病気なんだよ。」
「ここより遠い砂だらけの…嬢ちゃんのいた国にゃ、ある病気があったんだよ。砂を吸い込んだ結果のせきやらくしゃみやら、小さい風邪みたいな症状だが、進行するといずれろくに呼吸が出来なくなっちまう…そんな病気だ。」
「それとあの体操とやらとどう関係が…」
「まぁ最後まで聞けって王子君よ。その…そうだな。風邪みたいな症状だったから、似たような奴になぞらえて〈
「そんな国が…!」
「…どっちに怒ってんのかは分からんが、怒ってくれてありがとよ王子君。そんな感じで日々をズタボロな感じに過ごしていた嬢ちゃんだが……ある転機が訪れたのさ!!」
「【転生者】様か!!」
「That,s light!オレのご搭乗ってな。誰かに見られるたんびに【オレ】に気づかれかけるからひやひやもんだったわ…まあそれからは、さっき言ったように【転生者】知識を広めまくってのし上がって、あの砂の国から逃げて来たって訳だよ。…まぁ、あの病気が治った訳じゃねぇから、迂闊に外の空気とか吸わせてやれないんだけどな。」
本当に元大人か?とメイドは一連の立ち振る舞いを見て思いました。
「…ん?〈体操〉を広めた理由を聞いてないですよ?」
「あぁそれか。・・・そうさなぁ。〈プラシーボ効果〉って知ってるか?少年。」
メイドはもちろん知っております。
「思い込みで治る…的な?」
だいぶあいまいでしたが。
王子の方はどうでしょうか。
「効果と言うのは知らないが、そういうものを飲ませると治るというのは…。」
こちらもあいまいでした。
「まぁ、結局はそれ狙いだよ。小さい村だ、村民からの支持を集めるのにも、そういうご近所付き合い的な貢献は大事だからな!まぁ、あそこまで人気になるとは思わんかったが…。」
「母親の病気が治ったって言ってる人もいましたよ。」
「あほらし。はぁ…ついでにこの嬢ちゃんも、室内でいいから運動してほしいもんだけどなぁ。食事もあんまりとらないし心配っつうか見てらんないってか…友達もあんまりいないようだし…」
「ほーーーーーう…このご令嬢のことが大好きなのですね?」
「っハァアああああぁぁぁーーー!?ちッ違うが!?儚げな笑みが可愛すぎるとか微っっっ塵も思ってないが!?」
どう考えてもホの字です。メイドは前回誰かさんにそっち系でおちょくられたそれをやったったと(別にメイド自身にそっち系の思惑はありませんが)内心にやいておりました。
「僕が友達になりましょうか」
話に割り込んできた王子がじりと顔を寄せました。
「うわなんだお前近い」
「ロロ。
お前の圧は。
怖い。
落ち着け。」
数時間後
「ふぅ~~~…。水を飲んだら落ち着きました。ありがとうごさいます。」
「いえいえ。私のご主人様がとんだご無礼を。」
「すまない、あれは悪い癖だった。」
転生者は令嬢の体から離れてしまっておりました。
「ところで、私に何か聞きたいことがあったはずでは・・・」
「それは大丈夫です。もう解決しましたから。」
メイドがそう答えました。
”目が覚めたら用件が済んでいたなんて変に思われるよなあ、内緒にしてる感じだったしどう言い訳しよう”とメイドは考えておりましたが、
「やっぱり…。」
「やっぱり…とは?」
どうやら想定とは違う返事が返ってくるのでした。
「…あなたたちはきっと話したのですよね?私の中にいるナニカと。」
「…。」
「ええ、話しました。」
「ちょ、ロロ!そんな軽々しくバラしちゃ…」
「言うなとは言われてないだろう?」
「えぇ。ごまかさなくても大丈夫ですよ。」
令嬢は初めの頃のおどおどした雰囲気とは違う、毅然とした振る舞いで話し始めます。
「私は、とある大きな海辺の国の統治を…任されるはずでした。こんな山奥の、花粉がやたら飛ぶ田舎の村とは違う綺麗なところです。…私は体が弱く、呼吸に悪い母国の砂が吹き荒れる土地から離れたかったのです。だから寝たきりになってでも勉強して、いろいろ母国に貢献して、多少は裏の力も使って……ひたすら頑張った…だというのに!!!」
ご令嬢はテーブルを悔しそうに叩きます。
「ある日、目が覚めたら3週間も日が飛んでいて、おまけに海辺の国での仕事から山奥の田舎の村に飛ばされることになっていて!〈花粉症〉なる病気のせいで、迂闊に外にも出られない!!……失礼、取り乱しました。家族は元より体の弱い私に興味がありませんでしたし、周りの人からは”人が変わったような仕事ぶりだった”だとか”神のお導き”だとか、まるで取り合ってくれませんでした。…やってられないですよ。」
「しかし、村民たちはあなたを必要としているではないですか。」
王子はそう問いました。
「…いたくもない場所に居ることで喜ばれることほど不快なことは無いですよ。それに彼らが欲しているのは、わたしという令嬢じゃなくて、こんな地獄に引きずり込んだ、わたしの中にいる〈ナニカ〉でしょうし。…まぁ、そんなわけですので。」
令嬢は戸棚からいくつかの図面を目の前に広げます。
それらはどれも転生者にとってはなじみ深い、向こうの世界のものでした。
きっと彼が残しておいたのでしょう。
「いっそのこと、〈ナニカ〉の残したものをお借りして、この村を丸ごと開発することにいたしました♪」
自分からリゾート地に行くより楽ですしね。と、そう付け加えて。
わがままで強かな令嬢は、にやりと笑うのでした。
~~~
「ぷしゅん…。」
「風邪かい?」
「花粉症だわ多分…さっきの令嬢が言ってたやつ…。あ゛~、滅茶苦茶手伝わされたな。」
「きみが転生者だったから、図面を見てより分かりやすく進めることが出来たじゃないか。よかったね。」
「よかったねって…まぁそれはそうだが。あの令嬢超怖いよ…〈ナニカ〉の正体が転生者だったって知った瞬間、取りつかれたみたいに壁に頭打ち付けて「でていけぇええええ!!!!」って叫んで。夢に出るわあれは。」
「でもあの図面のおかげで開拓ができるし、開拓が成功した際にはこちらにそれなりの報酬を与えるって言ってくれてたじゃないか。転生者さまさまだね。」
「そもそも転生者がいなけりゃ、あのご令嬢も普通に海行けたんだよなぁ…。」
そんな感じで、二人は村を離れるのだった。
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