悪役令嬢と ねこの山

 セミのやかましい林の中のどこかの丘で、TS悪役令嬢と真面目王子は体を伸ばして休憩しておりました。

「やっぱ山登り系はきついか?高山病とか怖いから気をつけろよ…?」

座り込む悪役令嬢の問いかけに

「……まぁ、この程度の小さい坂だったら、問題はないけどね。というか、むしろ心配するのは熱中症の方じゃないかな。」

疲れを隠さないほどの声色で王子は答えます。


「で、ここらへんには何の国だか村だかがあるんだ?」

「うーん、と言うより今回は…」

そこで、草むらから影が飛び出しました。兎か鳥であれば今日のご飯だと二人は構えました。


───にゃーお。


しかし飛び出してきたのは、一匹のふわふわな三毛猫でした。

「なんだ猫か。」

「猫じゃん!!」

悪役令嬢はそのかわいい生き物に衝動に任せてとびかかりそうになり、


理性で踏みとどまりました。


しかし、とっくに猫からも王子からも視線は釘付けです。

その場は(悪役令嬢にとっては)気まずい雰囲気になりました。

散々元男だと叫び、一応王子よりは年上の体で振舞っているのに、大好きなにゃんこに飛びついて撫で繰り回すような大人げないところを見せつけるわけにはいきません。

…もう散々見せつけている気もしますが。

「…こほん。ロロ。猫好きか?」


さりげなく王子から近づかせる作戦です。王子が撫でるのであれば悪役令嬢も流れで撫でられる…そんな高度とは言えないコスい作戦です。これ悪役令嬢か…?


「いや、僕はそんなに。」

当然空振ります。王子は空気を読めないのがデフォルト装備なので仕方ないですね。

「えっと…そんなことは無いんじゃないか?ほらなんか可愛い~とか」

「僕が兎を狩るときは何も言わないじゃないか。兎は嫌いかい?」

「え~…っと」

なんて話をしているうちに、たっと三毛猫は去って行ってしまいました。

名残惜しそうに手を伸ばしそうになる悪役令嬢ですが、ここはこらえどころ。

そんな百面相を見せる悪役令嬢を尻目に、王子はここに来た目的を話し始めました。

「ここでは近年、大地震が頻発しているらしくてね。ろくに建築もできないから調べてほしいとのことだってさ。」

「猫ぉ…。」

大人げなさ丸出しでした。

性転換なり転生なりで子供になると体に引っ張られる~というのは、やはり抑えきれないもののようですね。



「ところでイエネコという分類は本来、ネズミを捕獲させる目的でヤマネコを家畜として飼っていったことがきっかけだそうだよ」

「なんで猫の話するんだよ、別に気にしてねぇよ。…お前なんか猫に似てるよな、目とか。」

「何を考えてるのかわかりたくないので、とりあえずやめろ。」

そんな会話もそこそこに林を歩いていると、大きく開けた花園が目の前に広がっておりました。花園の中心には、丸太でできた簡素な小屋があります。


そして特筆すべきは──────

「猫ーーーーーーーーーー!!!!!」

…悪役令嬢は辛抱たまらんと言わんばかりに、花園に突撃しました。

花園のいたるところにふわふわきらきらなかわいい猫たちが山ほどいるではありませんか。もはや猫園です。猫好きに耐えられるはずがありませんね。

「あーなんか体に花まで生えてるやついるーーーー!!異世界最高かとりあえずモフらせろーーー!!!!」

本能のままにモフりまくり、変な声を出し、あげく暴れすぎてボロクソに引っかかれても、悪役令嬢は今まで類を見ないほどにいきいきとしておりました。というか今までろくな国がありませんでした。


「至福……!!!!」

数十分後、そこにはちょっと豪華な服を猫毛だらけにしたTS馬鹿令嬢が大の字で転がっておりました。

「今までの旅の中で一番楽しそうだったね?」

「んあぁ…ねこしあわせ…旅って最高……あいや別に普段が楽しくないってわけじゃなくてね!?なくてな!?」

「ふふ、そういうのは大丈夫だよ。」

堪能もほどほどに悪役令嬢は起き上がります。


「じゃあ、あとはあの小屋を見てみようか。」

「こんな所に住んでるなんて、滅茶苦茶猫好きなんだろうなぁ。いいなぁ…。猫カフェとか開いたらめっちゃ通うぜ…。」

「ねこかふぇ?」

「……無いんか、この世界には…!」

悪役令嬢の絶望もほどほどに、二人は小屋の扉を開きました。

そこには、信じられない光景が




「だれもいないね。」

「ありゃ…。」

木のテーブル。木の椅子。木のベッド。暖炉。そんな普通の木の家でした。

「こういう時の基本は家探しだよな、ロロ?」

「僕がふだんからやっているみたいな言いぐさはやめてくれないか?」

と、話していると。


やや大きめの地震が、二人の足元を揺らしました。


「…ふぅ。大丈夫か?」

「あぁ。ここまで大きいとは、ここに建物を作れないのは当然……ん?」


ふたたび、先ほどとは違うとても大きな揺れが二人を足止めしました。

流石にこれほど大きな地震はいけないと二人は小屋をはなれたところで。


「…あれ?」

外は全く揺れておりませんでした。

…代わりと言っては何ですが、背後の家の大きな揺れの音がやんだかと思うと。


家は、ぬるりと動き、高く空中に持ち上げられるのでした。


がついているそれを家と呼んでよいのかは、わかりませんが。

「…は?」


───んな゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛お゛


木製のドアが勝手に開いて、野太い猫の声を出します。

「なるほど、これがホントの”いえねこ”と言うことか。」

「…。」

悪役令嬢は王子を白い目で見ました。

「ここは突っ込むところだよ?」

「…。」

頭がどうみても家の形の猫?は、ひとつ大きく伸びをした後、こちらにドアのある面を向けました。


緑の生い茂った草地のような、それはそれは大きな猫の前足が、一歩二歩と二人に近づいてきます。

ところで、猫は小さなものを追い掛け回す習性がありますよね。

「おい…これまずいんじゃないか…?」

「…いや…」


花畑の奥から、レンガの家やコンクリートの家、アパートから高層マンションの形の猫の頭が、花園の陰からぞいてきました。先ほどの鳴き声で、皆目を覚ましたようですね。


「めちゃくちゃまずいよ。」

王子と悪役令嬢は、一目散に逃げだしました。


「どうすんだよロロ!?」

「どうすると言っても…そうだ水!君の【力】で!」

「了解ご主人様ァ!!」

悪役令嬢は悪役令嬢なりに、今使える全力の水を生成し叩きつけました。


…まぁ、木の壁にちょっと勢いの強い水がぶつけられる程度では、むしろ家を洗っているようにしか見えませんが。


───んなぁぁぁぁぁぁあああお

「……。」

「…っやっぱダメじゃん!!!」

逃走を続けます。



「雷落すとかどうよ!!?」

「あれを止めるほどの?…やってしまっていいのかい?」

悪役令嬢は戸惑います。

頭は家ですが仕草はどう見ても猫。どういう生き物かは分かりませんが、とりあえずあれは猫なのです。多分。もし自分のせいで無残な姿になってしまったら…!そこまで考えていたところで

「あっやべ。」

あわれ悪役令嬢は、家頭いえあたまの猫に前足でとらえられてしまいました。声も出せず、彼女は少し硬い肉球に潰され、みしみしと骨が軋む音に恐れるままです。

王子は間髪入れず落雷を落としました。


───み゛ぁあああ


木の家のイエネコ(仮称)は数歩飛び跳ねてその場をのたうち回ります。家と言うだけあって電気にもなかなか耐性があるようですが、今はそんなことを気にしている場合じゃありません。

「大丈夫かい!?」

「・・・・・・・・・加減しろ・・・・・・。」

「大丈夫だね!!」

他のイエネコ達が後ろから続々と追ってくる前に、王子と悪役令嬢は林を離れました。




「マジでびっくりした~…もうなんか無駄に疲れた…。」

「あぁ。」

「んでもあれだ。結局のところ、なんであの土地で地震が起きるのかは分かんなかったな。」

「いいや?僕は分かったよ。」

悪役令嬢の問いかけに、王子はそう答えました。

しかし悪役令嬢にとっては、あそこが猫パラダイスであり、同時に化け物みたいな猫がいるということしかわかりません。

「どういうことだ?」

「よく見ておくといいよ。」

そう言って王子は先ほどまでいた林…のある、大きな山を指さしました。



…2時間ほど経ちましたが、一向に何も起こりません。

悪役令嬢は流石に飽きたのか、そこら辺の虫の巣のような穴に水を流し込んだり、新しく見かけた子猫を手なずけたりしておりました。

「…もう何も起きないんじゃねーの?そろそろ行こうぜ?な~トラマル?」

──にゃぁ。

「そろそろだから大丈夫だよ。それと、猫は旅に必要ないだろう?」

「うっバレたか。」

子猫を手から降ろして王子とともに見る作業に徹します。



目の前の山全体が、大きく揺れ始めました。

山のふもとにいる悪役令嬢たちにも伝わるほどの揺れ。山の一部が崩れ、今すぐにでも噴火でもするのではないかと言うほどです。

「おいおいおいおいやばいって…!」

「大丈夫だから。」

しかし王子は見ることをやめません。

やがて山の一角から、金に光る大きな水晶体と、針山の如くとがった赤黒い地面が、がばりと崖の下から現れました。

そこはぬるりと浮き上がると


──に゛ゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………



「………はゃ…。」

「あれが”ヤマネコ”だ。頻発していた地震は、要するに彼の呼吸音というかいびきのようなものだったんだよ。これよりもっと大きくて海にいる”シマネコ”というものもいたりするんだけどね。君が戯れていた猫たちも、いずれはあれぐらい大きくなるんだよ?」

「ロロ…。」

「なんだい?」

「…俺、この世界で猫飼うのやめるわ…」

「そうかい?」


「結構かわいいと思うけどね。」






──────

”イエネコ”

幼少期はねずみを取らせるために。大きくなったら旅立つ子供たちがどこでも住める家になるようにと品種改良された生物。主を住ませることを最上の喜びとする。

野良化したり長生きすると”ヤマネコ”になる。

”ウミネコ”や”ソラネコ”や”ウチュウネコ”もいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る