悪役令嬢と、水のさんぽ

 水の流れる白い都市。

 メイドの格好の悪役令嬢と、王子の格好の黒髪王子は査察の仕事に準じておりました。

 …その国の国王も一緒に、ですが。

「はっ!国王様のお客様とあらばぜひとも!隅々まで施設をご案内いたします!」

「国王様こちらの品物はいかがでしょうか」

「国王様の妹様…!流石というか、やはり威厳のある出で立ちです!」


 /side C

「えへへ~、どう?お姉ちゃん慕われてるでしょ?」

「まぁお陰様で、よそ者が入りづらいところにも入れてますけど…。」

「えへへ~!もっと抱きしめていい~?」

 クラリスが査察に付き添ってくれているため、本来は忍び込んだりしないといけないような所にも堂々と入って聞き込みやら観察やらが出来る。

 うん、それは素直にありがたい。

 国民にも慕われてるのか、俺が普段やってるようなめんどくさい世間話からの話題の切り込みをしなくても、聞きたいことはぼろぼろ言ってくれる。

 ただマジで距離が近いというか暑苦しい。俺に至ってはなんかもうぬいぐるみみたいに抱きかかえられながら移動する羽目になっている。そこのご婦人たち?ほほえましい目で見るのやめてくださいます?


 …ロロはマジで助けてくれない。一応フォローすると、一回は「その、クララは

 こういうことをあまり好まないと思いますが」ぐらいには言ってくれた、が。

「ん!ロロくんもしかしてやきもち!?じゃあ二人とも抱っこしてくれようぞ!よいぞよいぞちこうよるぞよ!」

「あ、やっぱり結構です。」

 こんな始末であった。

 何が結構なんだよと思ったが、仕事に集中しないといけないあいつに無駄な心労はかけるわけにはいくまいと、俺だけ我慢することにした。


 さて、都市中に水が張り巡らされている以上、渡し舟で移動するというのは結構定番なものである。

「どんぶら~!どんぶら~!」

「ちょ!?流石に抱き着いたまま揺れたりするのはやばいって!?落ちるって!?」

「あー問題ないぜ国王様の妹様。この国は水の国だからな。国民全員、水と水魔法の扱いにはどの国にも劣らねぇのさ」

 船頭さんがそう言った。確かに、片側に俺とクラリスお姉ちゃん、向かい側にロロが座っていてバランスが悪いうえ、なおかつクラリスお姉ちゃんがはしゃいでいるのに、大きく揺れる程度で、どうしてもひっくり返るほどにはならない。

「いや~!こうやって水でいっぱいの国をゆ~っくり船で回るの、やってみたかったんだよー!」

「自分の国なんだからすればよかったじゃ…よかったのでは?」

「敬語ヤダ!…国王になる前は簡単に出来ると思ってたよ?お金使いまくって遊び放題!誰だって憧れるじゃん!!…なんて、当時の国のみんなが知ったらひっくり返っちゃうんだろうけど。」

 今思いっきり船頭さんが聞いてるんすけど。と思っていたが、からからと笑うだけで、怒ることも嘆くこともしていない。

「信用されているのですね、クラリス女王は。僕の父親とは大違いだ。」

 ロロが言う。こいつの父親は確か…”大国王”だったか?

「自分の父親をそんな風に言うのは、流石にどうかと思うよ?一応”大国”って呼ばれるくらいには作った国を大きくしてるし、治安自体もそこまで悪いわけじゃないじゃないの。」

 …。

 なにやら気まずい雰囲気である。

「…しりとりでもするか?」

「「なんで?」」

 やっべえ間違えた。

「えーっとそうだな…。俺…は大国とか王だとか、あまり詳しくないんすけど、そんなに凄いんすか?」

 折角だし聞いとくか。

 俺が”大国”にいたのは転生直後のパニック状態だったときだけだ。国を出ることしか考えてなかったから、ファンタジーっぽいな程度の認識で、どんな国だったかというのは覚えていない。

「んーっとそうだね?君たちみたいに「王子とそのお供」が他の国を”査察”して大国に国の情報を送る。そこまでは分かるよね?」

 それは…一応分かっている。まぁ情報を送ってどうすんのかまでは把握してないけどさ。

「そうやって集められた他国の情報をもとに、”大国”は作り変えられて、また他の国に情報を拡散、共有するようにしてきたの。この世界に”転生者が転生する前の世界にあったもの”が沢山あるのは、一部地域で転生者が作ったものとかも”大国”が情報として集めて、ほかの国に拡散してきたからね。」

 は~すごいな。じゃあ世界中みんなそういうものだらけになっちゃうじゃん。発展し放題だな。

「そうでもないのよ。せいぜいそれが許されているのは”大国”だけと言ったところかしら。」

「…」

 ロロが渋い顔をする。

「だって、いざ世界中にそんな情報を出し続けた結果、その中に”大国を滅ぼせるほどの兵器”が紛れ込んでいたとして。それを製造する技術力がどこかにあったとして、渡そうと思うかな?」

「まぁ、それはそうだな…。」

「っていうのは建前で、普通に技術力を独占したいだけなんだろうけどね~。実際、一時期”持ち込まれたもの”のおかげで、大国より人気になった国が、気づかないうちに地図からなくなってたことがあるから。ロロくんが大国とか大国王を嫌うのも無理はないよ。」

 さらっとえげつない。

 そんな話も半ばに小さな船旅は終わりを迎えた。

「ん~~~!折角のお休みなのになんか変な雰囲気になっちゃったな~!」

「あーすいません。」

「謝るのはまだ早いよクララちゃん!ここはいわゆる水の国!!水一杯夢一杯!だったらもうわかるでしょ!!?」

 ズビシィって感じの勢いでこっちを指さす。


 はぁ、水の国…。


 う~む…。


「水バトル…?」

 最近物騒なことばっかりだったからなぁ。


「水・族・館!だよ!!」


 ~~


『イルカとバディの息ぴったりなパフォーマンス!!飛び入り参加もどうぞーーー!!』

『ひゅーー!!クララちゃん見ってるーーー!!!?』

『お姉ちゃんかっこいいーー!!だいすきーーーー!!』


「っていうのどうかな?なんなら一緒に乗らない?イルカ。」

「いやです。ざけんな。」

 落ちたら泳げんのやぞワレェ。いや水操れれば生き延びられるか…?

 …あと誰が誰を『だいすきー』だ馬鹿か。

 暗い廊下を水槽の明かりに沿って歩く。

 バカ王子は海中のガラス張りのトンネルみたいなところで

「素晴らしい!知らない生物だ!!」

 を連呼しながら、コマみたいにぐるぐる見回しながらどこかへ行ってしまった。まぁそのうち帰ってくるだろ。

「こっち方面は深海生物とかみたいだね~。水魔法だったり力だったりで水圧とかも設定できるから有難いのなんのってね!…でもいずれはそういうのが完全に出来る機械とかもできるのかな~。…そうすれば私たちもお役御免だねぇ。」

 …というか、俺のいた世界ではもっぱら機械頼りだったんだけどなぁ。

「…そこは『私たちも負けてらんないよ!!』とか言わないんですね?」

「あ、私の真似?んふふ。…今の仕事には誇りはあるけど、変わらない世界はないもんだよ?〈魔法〉なんてものがいきなり現れたときみたいにね!」

 …魔法のことでなにがあったかは分からないけど、なんだか悲しげな笑顔だったので、それを聞くのはとりあえずやめておいた。ここにはさっきの憂さ晴らしで来たんだからな。


 しかし水族館で憂さ晴らしってなかなか難し…

「ねぇ。」

 顔近いぜ姉上。

「なんです?」

「旅は楽しい?」

「…えぇ?まぁ。最近は力不足だなって思ったりとかありますけど。」

「ふ~~~~~~~~ん?????」

 なんだなんだいこの人は?ニマニマすんな。


「ロロ君てさ、かっこいいよね?」

 は?

「まぁ、顔は良いっすね?」


「あの感じだと戦うのも強いよね?」

 まぁ…飯の狩りとかでもガンガン殺ってくれてるし、いざってときなら対人戦もお手の物だろう。というか前に本人の意思じゃないとはいえやられかけたし。

「はいまぁ。」


「その眼帯は彼のせい?」

 声色を変えずにそう聞いてきた。

 ──────どういう意図だ…?

 一応怖いのでやんわりと…。

「不可抗力ですよ。あいつが自分の意志で切ってきたわけじゃないんで。」


「ふぅん。ロロくんの事だいじ?」

 大事…?大事…。

 あいつがいないと【クララ】の安全が保障されないから…って意味では大事だ。でもそれに関しては、姉であるこの人も分かってるはずだ。

 俺自身の意志としては…


「まあ短い付き合いとはいえ、一応友人になったんで。」



「ロロ君のこと大好き!?」

 はいきたぜってー来ると思ったやっぱりこれだよふざけんな。

 この人腐女子か?それとも体が女になったからどうかとか思ってんのか?

 この年頃恋愛脳みそが……!

 だがこれにどんな落ち着いた対応をしたとしても…!

『その反応はやっぱ好きなんだー!きゃーー!!』

 とかなる!面倒!!

 俺の知識を総動員しろ……!ここを切り抜けるには……!


「お姉ちゃん!!クララ、イルカショー見に行きたい!!」

 ぶりっこで堕とす!!!ヤバイ死にたい。


「はぐらかしたー!クララちゃんやっぱり気になってるんだーーー!!うっきゃーー!!ロロ君に報告だーー!!!」

「勘弁してくださいお姉さま、ほらあそこ砂地からアナゴが生えてますよ面白いですね」

「らんららんららー♪こーれっはローロ君にほーうこっくだー♪」

「クラリス姉、あのお魚、おいしいですけど油が多すぎて大変なことになるんですよ?」

「いざさらばクララちゃん!おとうと君ーーー!!未来の義姉おねえちゃんはこっちだよーーー!!!」

「違うってんだろがバカ姉貴ーーーーー!!待ちやがれーーー!!」

 人ごみだらけの廊下を叫びながら走り回る。そこには貴族だとか王だとか令嬢だとか年頃だとかの恥も外聞も、何もありゃしなかった。施設の人たちマジですいません。



 ───迷子のお呼び出しを致します。”クララ・ファヴロイト様”、”クラリス・ファヴロイト様”。にて、ロロ・ディアメルくんがお待ちです。




「「あ、忘れてた。」」


 ~~


 半泣き王子をアイスクリームで黙らせてから、氷の国コーナーを見て回る。

「なんでこう水族館の白熊はイヌみたいにかわいいんだろうな。」

「油断しないほうがいい。この見た目で原付ほどのスピードで走り、時にはセイウチにも襲い掛かるそうだ。あとなんで置いていったんだい」

「おとう…ロロ君は物知りだねぇうんうん。」

「うんうん物知り物知り」

 二人して頭を撫で繰り回して誤魔化す。こいつマジで髪柔らかいな。

「む…もういい。」

 ロロは手を振り払うと、次の場所へ歩いて行った。

「あらら照れちゃって、もっとお姉ちゃんふたりのいちゃつきご覧になりたい!いちゃついてきて!!もっと二人仲良し旅見せて!!」

「いや、それ本人に頼むなや…おーいロロ!待ってくれよ!!えっと…あ!ペンギンいんじゃんペンギン!!あれ何ペンギンかわかるか?」

「あれは君の世界ではペンギンと言うのかい?…そうだねぇ…」



 /

 水族館の照明は、暗い中でも確かに二人の行く道と

「くっ・・・TS系実妹とクール系王子弟のラブコメ…いやいっそ私も入れて3Pモノで描くか…?」

 血縁を自分の趣味同人誌制作の題材にしようとしている女王様の気色悪い笑顔を照らしているのでした。


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