さかなのひと さかなのこ
昔々、それはそれは荒々しい魚の化け物が、その漁村にはいた。
ひたすらに力を振るい
壊し
奪い
犯し
そして気色悪い笑みをその顔にずっとたたえていた。
村人たちは海の神に祈った。
どうかあの暴君をやっつけてください。
海から、白く輝く救いの者たちが現れた。
救いの者たちによって、暴君はあっという間にやっつけられた。
漁村には平和が訪れて、救いの者は皆に言いました。
「決して満月の夜に、赤い魚を食べてはいけないよ。彼らはいつどこでだって、ふ たたび君たちにつけいる隙を狙っているのだから。」
そう言って救いの者達は、海へ帰っていくのでした
/
「絵本を閉じた少女が顔を上げると……魚の顔の化け物が~!」
「きゃ~~~~!パパこわ~~~い」
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
「クララ、驚きすぎ。」
「うふふ、今日は賑やかね。」
俺達は今、とある漁村に来ていた。
…来たはいいけど時間を考えてなかったせいで、探索してる間に夜になっちまって、宿もとれず途方に暮れていたところ、親切なご婦人が声をかけて下すったのだった。
そんなわけで今回はこの家族団らんな民家にお泊りである。
「まぁおとぎ話は置いておいて、あなたたちも食べたらどう?うちの旦那の料理と顔は一級品よ!」
テーブルにはどでかい鯛が湯気を立てていた。たい焼きではなく、焼き鯛である。その他も魚料理尽くしである。
海魚、久しぶりに食べたかったんだけどなぁ…。
なんでこんな怖い話を「赤い魚」があるときにするんですかねぇこの色白イケメンお父さんはよ。
「いえ、僕らは食べてきたので大丈夫です。」
ロロが珍しく自分から他人の問いかけに答える。
前回のビーチと言い、急成長目覚ましい…ん?
「ごはんどう?には今の場合、食べてきた…
挨拶してきたらこんばんわ…
寝室借りるときはおやすみなさいか失礼します…」
新しいメモ帳をがっつり見ながら「応答リスト」を作っていたようだ。
相手と目も合わせず返答するとはこやつ…。
「あらそう?じゃあ頂いちゃうわ♪」
大きくなってるおなかに与えていくかのように、美人な奥さんは魚料理をパクパク食べてしまう。案外迷信の類なんすかね、今の話。
俺は怖いけどな!絶対食わんけどな!
【恐怖を与える力】とか言っても俺が怖いもんは怖いんです!
「おっさ…お父…お兄さん?は食べないんですか?魚。」
小さな娘さんをだっこするイケメンに聞いた。
「ぼくはさっきの話、信じている側だからね。魚は食べないんだよ。」
「え、大丈夫なんですか。その…宗教的な?喧嘩とか。」
好みの違い、価値観の違い、宗教観の違い。
前世の世界でも、そういうことがきっかけで別れる夫婦やカップルはテレビで取り沙汰されるほどたくさんいた。目の前が急に修羅場になるとか勘弁なんだが。
「君たちだってそうじゃないか。」
え、俺ら?
「君は話を怖がって、彼は話を怖がらない。だけど一緒に旅をしている。…今のは極端な例かもしれないけど、本当に大事な人なら、そういう違いも互いに受け入れて、歩んでいきたいだろう?」
「そういうもんでしょうかね…。」
いやまぁその価値観を全体が共有できればそら美しいんだろうけどね…うん…。
「それに」
イケメンが人差し指を立てて言う。
「今日はこれから友達と飲むんだ。」
台無しだった。
深夜。
「んぎゃっ!?」
俺はバチっとした感覚に無理やり目が覚めた。
ランタンを持ったロロが、こっちを見下ろしている。
「トイレ。急いでくれないか。」
「起こし方考えろよ…。」
二人してのそのそと寝室から出る。
「ここで待っててくれ」
「あいあい。」
ドアが閉まる。暗い廊下には俺一人。
…。
『顔を上げると…魚の顔の化け物が!!!』
「うぅ…考えないどこ…。」
かぶりを振る。こういう時は楽しいことを考えて時間をつぶそう。
そういや海の日記はまだ書いてなかったな。どんなこと書くかな~…キャベツ食べるウニの話したら「うちのウニはどんな野菜食べる論争」が集まってた人たちで始まったこと?
「月がきれいですね」をナンパ目的に使う人が多すぎて「死んでほしけりゃ殺してみやがれ~!!!」って水着の女性たちが武器持って暴れ始めたこと?
どれもなんか面白いな、たった一日のこととは思えない。
やっぱり俺は旅が───
「うっ……うっ……」
うめき声が聞こえる。あの方向は台所だ。
不審者かもしれないと、そっと陰から様子を見る。
さっきの奥さんが苦しそうにうずくまっていた。
「大丈夫ですか!?」
「うぅ……ううぅ……」
苦しそうに大きなおなかを押さえている。嘘だろおい、産まれるのか!?よりによって旦那さんがいないときに!?
「えっとどうすんだっけ…こういう時はお湯を用意するといいとか…でもその前に病院!救急は…電話なんてねぇだろしっかりしろ畜生っ!」
「……これ……。」
「あぁ?なん…」
奥さんが俺に渡してきた。
包丁を。
「殺して…!」
は・・・
なんだよ。
「この子を……殺して……!」
なんでそんなこと、俺に頼むんだよ。
女性の腹は異様に膨れ上がり、そして。
内臓を飛び散らせながら破裂した。その中心には
人間とは思えない奇怪な叫び声をあげる、魚顔の子供がいた。
奥さんの体は、もう生きているとは言えない。ぐちゃぐちゃだ。
奥さんは「この子を殺せ」と言っていた
こいつが、こいつがやったのか。
その人はただの愛されてる母親の一人だったじゃないか。
包丁を握る力が強くなる。
なんだ。魚の顔の化け物って。赤い魚を食べたからって。
ふざけるなよ。
ふざけんな。
殺──
─怖い。
─恐い。
─なんで俺が殺さないといけない?
─俺は本気を出すべき戦いにだって、ろくに傷つけられない模擬刀もどきを使うヘタレで、戦う訓練なんてしたこともなくて、元の世界で何かを殺すなんて真似もしたことのない平和ボケ野郎で。
─なんなんだ。漫画だとかアニメだとかで転生した奴らってのは、なんでああも簡単に命を奪える?
─厨二的な憧れ?強さの誇示?いかれてんだろ。
包丁を持つ手が震える。
もし、これが本当に暴君とかいうのだとして。
俺やロロに危害を与える存在だったとして、俺が殺していい理由には
思考の時間は無駄だった
だって俺の目の前には、さっきの赤子が、二メートルを超える文字通りの化け物になってたんだから。
グェ……グェ……と声らしきものを出し、肌はうろこのように光り、耳のある部分にひれがあって、目は横についていて、口からは小さい牙が数本見えている。そんな魚顔は、にやついたような顔でこちらを見下ろしている。人だったら手のあるだろう位置には、鋭い刃物のようなひれが出来ていた。
ひれを、俺の喉元めがけて突き出す。
あぁ畜生、そうだよな。
そりゃ自分の命がヤバかったら、人でも殺すよな。今更気づいたよ。
ついでに、お前は人じゃない。
俺はひれをかわして魚顔の表皮に触れると、相手の水分を操った。
瞬間、魚顔の表皮はぐちゃぐちゃに沸騰し、その場に崩れ落ちた。
「………ッ」
殺した。殺してしまった!
全能感なんてない。やってしまったとか、やってやったとか、体の中で沸く喜べない感情がひたすらに気持ち悪い。
俺は結局あれの命を奪った。人だったかもしれないのに!
見た目化け物だからなんだ?殺されそうだったからなんだ?
それに俺は奥さんも結局見殺しにしてて
「……ララ!…クララ!」
ロロだ。こっちを不安そうに見つめている。
悪い、俺やっちまったわ。
メイドは主人を守るものって散々師匠から言われてたけど、一人殺したって程度でこんなんじゃメイド失格なんだろうな。でも俺には耐えられねぇよ。クビにしていいぜ。
「逃げろクララ!!」
だから甘いんだよ、俺は。俺は側頭部から蹴りを入れられてぶっ飛んだ。
表皮がぐちゃぐちゃの魚顔が、まだそこに立っていた。
生き返った?嘘だろ?
魚顔の顔にはさっきとは違う明確な殺意がある。ひれもより歪に、人を殺す形に変形していた。
これマジに死ぬな
いや。
ロロだけでも逃がす。それがメイドの仕事なら。
どうせ一度死んだ身だ。
俺はどうにか立ち上がると、魚顔の化け物をはさんで向こう側にいるあいつに叫ぶ。
────あぁ。楽しい旅だった。
「ロロ!!」
「水素爆発って知ってるか?」
俺は懐から、マッチを取り出して言った。
/
side L
結論から言うと、
それが起こることは無かった。
クララは何かに弾き飛ばされて廊下に転がる。
「そんなものでは、その化け物は倒せませんよ。」
そんな声と共に、どこからともなく光る槍が飛来し、魚の顔を貫いた。
魚の顔はうめき声も出すことなく、塵となって消えていく。
声の主は、出かけていたはずの、あの女性の夫だった。
だが。
その顔の側頭部には、あの怪物と同じ、魚のひれが生えていた。
「なんで…」
クララが力なく言う。
男は倒れている”女性だったもの”をやさしく撫でながら言う。
「どの”なんで”に応えればいいのか分かりませんね?
なんでこの人は死ぬ羽目になったのか。
なんで僕がいなかったのか。
なんで僕がすぐ助けに来なかったのか。
僕とあの化け物はなんなのか。
さぁ、ゆっくりとお考え下さ───」
「っふざけんなぁ!てめぇまさか知っててこんな…!」
「クララ!落ち着くんだ!」
「おやおや、人間はやはり危なっかしい。まぁいいでしょう。それではこちら、運んどいてくださいね。」
男はそういって女性の死体から離れて、廊下の奥の階段を上っていく。
──いや。
女性は死んでなどいなかった。
内臓も飛び散っていなかった。
さっきまでの惨劇が幻だったかのように部屋にも血のシミ一つなく。
そこにいたのは夕餉のときに見た、おなかの大きい姿のまま静かに寝息を立てているただの女性だった。
「なんなんだよ…ホント…。」
~~~
女性を二人でベッドへ運んでから、僕らはあの男性の部屋に来た。
「覚悟はできているかい?」
「「……。」」
「まぁぼくには関係ないんだけどね。」
男性は顔の横にひれを出したままだ。
「じゃあ、初めにあの化け物について話そうか。あの化け物はね、人の言葉でいうなら、この海の呪いと言ったところかな。あんなおとぎ話が作られてるなんて、当時はちょっと驚きだったけど……でも、ぼくらに言わせれば、あれは”失敗作”なんだ。」
「…失敗作?あの化け物が?」
「あぁ。ぼくら”海の民”は、海でしか生きられない生き物なんだ。だから本来人が立ち入れない海で生きて繫栄して、発展してきた。でも、外界を知ることは大切だろう?そう考えた人がいたんだ。…当時は禁忌だなんだとうるさい連中もいたわけだけど、当然少なからず興味があるやつもいるわけで、実験が始まったんだ。ぼくらが海の外でも生きられるようにする実験が。」
実験。
そして”失敗作”。
「多くの思考と実験の末に、”海の民”と形が近い”人間”と交配をすることが、陸で生活し続けるカギだと気づいたやつがいた。───────ただし、そいつは孤独だった。」
…。
「常に見下され、馬鹿にされ、努力をしても誰にも認めてもらえない、誰にも愛してもらえない奴だった。。…もしかしたらそいつは信じたかったのかもしれない。外に出られれば、自分を愛して、認めてくれる者が現れるかもしれないと。…実験の末どうにか陸に上がって…その結果が、まぁ、あれだよ。
孤独だったから、きっと人間がどういうものを怖がるかとかの情報も知らなかったんだろうね。僕らの本来の見た目で人間の前に現れてしまったそいつは、恐れられ、石を投げられて、罵倒されて。…そして世界の全てを憎んだ。」
あの化け物が、この人たちの本来の姿…。
「それからそいつはすべて壊して、奪って、犯して、”暴君”と呼ばれるほどの事をやり尽くした。そんな感じで当時ここ一帯は、あの化け物がすべてを思い通りに動かしていたんだ。陸の人間たちがみんな揃って神に祈るぐらいにはね。…そしてそこでちょうど、ほかの”海の民”達が、同じように陸に上がる計画を実行したんだ。もちろん見た目を怖がられないよう変えるのも忘れないようにね。」
「もし、おとぎ話の通りなら。」
「…少年、なかなか鋭いね。本とか好きかい?まぁ察しの通り、”海の民”は陸の人々に頼まれたのさ。あの暴君をどうにかしてくださいってね。今後の関係をよくするために快く引き受けたそうさ。あぁ大丈夫、同族だから~なんてのは無いんだ、人間だってそうだろう?結局は損得だよ。そんな感じで”海の民”は、失敗作のはぐれものを退治した…んだけどねぇ…。」
面倒くさそうに男は頭をかいた。
「”呪い”と言っただろう?あの化け物、自分の体でどんな実験をしたのか知らないがあらゆる手段で自身の遺伝子を残そうとする能力があったみたいなんだ。当時死体を処理したときに血が付いて赤く染まった魚は、あの化け物よろしく気性が荒くなり。その魚を食べた動物もまた住処を大幅に広げ生態系を滅茶苦茶にし。そして…人間がその魚を食べた場合…。」
「あの暴君が、ふたたび生まれる。」
「──それを防ぐために、ぼくらが人間の街に溶け込んで、”おとぎ話”が途絶えないようにしたり、仮に復活しても完全に処理できる手段で殺したりするんだけどね。なんでこう”やっちゃいけない”っていってもやる人が出るのか、やってらんないよねー。」
男は重苦しい雰囲気から一転、いきなりふざけた物言いに変わる。
だが。
「まだ、聞いてない。」
…。
「その女の人を、お前が苦しい目にあわせた理由が。…お前分かってたんだろ!?あの魚はやばいって!?なんで食わせた!なんで止めなかった!なんでほっといた!
大事なんじゃないのかよ!?好きだったんじゃないのかよ!!」
彼が怒鳴りつける。が。
「あぁ、大事だよ?」
「大事な大事な」
「実験道具さ」
「は…?」
「ちゃんとお腹の子も含めて生き返らせたんだから、そこのところは大丈夫だろう?それに彼女がさっきのことを思い出して噂にしてくれれば、あの赤い魚に人々はおびえて食べなくなり、あの化け物を気にする必要もしばらくはなくなる。・・・くく、ぼくらは好き勝手出来るんだ」
「誰かさんが”人間と子孫を残せば陸でも生活できる”なんて残してくれたんだ。使わない手はないだろう?これで交配を繰り返して”海の民”の活動範囲が広がれば、ぼくらはもっと自由に!もっといろんな生き物を使って実験が出来るっ!」
「やめろよ…」
「最高じゃないか!次の世代に生まれる子孫は空だって飛べるかもしれないなぁハハハハ!ぼくが彼女を想うから彼女はあの暴君から守られて、人間たちががぼくらを想うからぼくらは子孫を残せる!これぞ愛!種族を超えた価値観の共有だね!」
「やめろってんだよ…!!」
…僕は本こそ沢山読んだが、実際の”心の在り方”というものにはどうでもいいと思う人間だった。
でも、彼のお陰で分かるようになった。分かりたいと思えた。
今までの旅でも、いろいろ学んできた。
彼も、そして僕も────
「わたしはそれを、愛とは思いたくないかな♪」
やたら物騒なものを持った妊婦も、同じ意見だったようだ。
数発の猟銃の音が、男の体を破壊した。
~~~
翌朝。
僕らがこの漁村を出るとき、女性は見送りに来てくれた。
「ごめんね~?昨日は怖かったでしょう?」
「いえ、大丈夫です。」
「…。」
「そっちの娘は、大丈夫じゃなさそうだけど?」
「…あ?あぁ大丈夫です俺なら!」
「俺?」
「…私なら!ところでそのそちらこそ…その、大丈夫なんですか?お腹…。」
「あぁ大丈夫!あの男はクソだったけど、子供たちには関係ないもの♪普通の子と違っても
、しっかり愛情ぶち込んで真っすぐ育ててあげるわ♪」
妊婦さんはそういって胸をはる…のは少し危ないようで、自慢げな顔でお腹を撫でるぐらいにとどめる。
「あなたたちにもいい出会いがあることを祈ってるわ♪別れのハグよ♪ぎゅー♪」
「うぇ、ちょ…」
「あーママ!あたしもやるー!ぎゅー!」
「ぐぇ……。」
娘さんまで抱き着いてきて、クララも僕ももみくちゃで正直苦しい。
でも
「…ふふ。」
「あんだよ?」
「なんでも?」
やっぱり彼の表情はわかりやすい。
「あたたかいね?」
「…暑いぐらいだよ。」
僕は母様のあたたかさを思い出したくらいだけれど。
昨日のことで落ち込んでいた表情が少し和らいでいたから、てっきりそうかとおもったんだけどなぁ。
「あ、おみやげにこの村の魚とか持っていくかしら♪」
「「いえ、結構です。」」
…そういえば、【彼】にも向こうの世界に家族がいるんだろうか?
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