悪役令嬢と、雑な水着回

 がたんたたんと体を揺らす音とともに長いトンネルを抜けて、窓一杯に青と白で構成された風景で視界が埋まる。

 俺は列車の窓を勢いよく開け、身を乗り出して叫んだ。


「海だーーーーーーーーーーっどわぁっ!!??」

 そんで、ロロに襟首をつかまれ、思いっきり電車内に引っ張りこまれた。

「体を出すのは危ないだろう!!」

「なはは…一度やってみたかったんだよ。」


 ─ママー、あれわたしもやってみたーい。

 ─しっ!みちゃいけません!!

「人にも見られてるし…全く…。」

「なはは…。」

 席に座りなおして、また窓の外を見る。

「…もうそろそろいいだろうか?」

「俺に聞くなよ。シンカンセンスゴイカタイアイスってのが電車で手に入るなんて、俺だって知らなかったし。」

「そうか、では…。」

 ロロは膝に乗せたアイスのふたを開けると、一緒にもらった木のスプーンを白く冷たいに差し込みすくいあげ、口に運ぶ。

「これは…!!」

「…どうよ…!?」

 数秒沈黙した後、ロロは目を見開いて言った。




「バニラ味だ。」

「見りゃわかるわ。」


 ~


「海だーーーーーーーっ!!!!」

 俺はビーチの砂地に立ち、改めてそう叫んだ。

 他の周辺住民だか観光客だかも楽しそうに泳ぐなりビーチバレーしたりボートを飛ばしたりと、THE・遊べる海を体現したような風景だった。

「それ、さっきもやっただろう…。」

 ロロは俺の叫びをだるそうに聞いていた。

「こういうのは人生に一度はやっときたいもんだぜ?様式美ってやつ。お前もどうだ?バカヤロー!とかでもいいと思うけど。」

「僕はいい。少し疲れた。」

 ふむ。山に登った時もそうだったけど、そもそもこいつはあまり外での活動が好きじゃないみたいだ。

 …まして今日はクソ熱い。俺も王子もきっちりした服ではなく、そこらで買った薄着だったりする。

「じゃ、ここでの仕事はとっとと済ませるか。」

「君は遊んできたらどうだ?」

「は?」

 遊ぶ?…海で、一人で?

 まぁ別にそれは構わないけど、一人は気が引けるというか、そもそも濡れていい服が無いというか、てかそれをやるならまずは先に仕事をした方が…

 なんて考えを口に出す前に整理してるうちに、ロロはいきなり叫んだ。

 鉄のプレート、またの名を〈なんでも引換券〉を掲げて。

「水着!!」

 強い光とともに〈なんでも引換券〉は一瞬にして塵となった。

 それと同時に、ビーチにはたくさんの水着のかかったラックが並べられていた。

「一人につき一着ずつらしい。好きなものを選ぶといいよ」

「ちょーっ!?大事な〈なんでも券〉気軽に使うなよ!?」

「問題ない」

 ロロは懐からまた〈なんでも引換券〉を取り出した。

「あと二枚ある。」

「おふだかよ。」

 つーか、こんな往来で大量の服出して大丈夫かよ・・・。


 俺達がそれぞれ選んだあと、ハンガーラックごと大量の水着も消え、選んだ水着だけが手元に残った。

「そういう仕組みか。」

「君は結局、その水着にしたんだね。」

 ロロは俺の水着を指さす。ワンピースタイプの、ワンポイントに花柄のあしらわれた黒い水着。

 …断じて俺の趣味じゃない。まぁ肌の露出を減らせるからありがたくはある。

 初めはスク水みたいな、できるだけ無地で地味なやつを選ぼうとした。それを見たロロがひたすら”これがいいんじゃないか”と片っ端から女性的な奴を推してきたから選んだだけなのだ。いやなんでだよセクハラか?

 正直、女性じゃないとこういうものは着られないから、興味がなかったわけではないが…いや俺、元男だしきついだろ…なんて悩んでいる時にいきなり

「シンシアさんが見たらどう言うだろうね」

 と、言ってきた。

 はぁ。シンシアさんね。本来の【悪役令嬢クララ様】大好きな転生者の女の人だったはずだ。

 脳内シンシアさんを作り出す。あの人なら…。

 …。

『ッハァーーーーーー!!?スク水ぅ!?森羅万象悪役令嬢クララ様にそんな芋臭い地味の代名詞みたいな一部の性癖には刺さりそうな水着選んでんじゃないわよ!!もちろんスク水も着こなすだろうけどぉ!?!クララ様ならもっとこうド派手に!赤とか紫とかピンクとか!いいわね!いっそ紐とか貝殻とかどうでしょぐへへへへへへへへ』

 俺は目の前のロロに直角90度のおじぎをした。

「その水着で許してください。」

 で、これである。

 ちなみにロロの方はむしろ男子バージョンのスク水に近い、無地に目立たないラインの入ったやつである。

「俺だってできればお前のみたいな地味な奴が良かったけどさ」

 俺はロロの水着を指さす。

「…上半身裸じゃないか、痴女か君は。」

「しばくぞ。」


「じゃあ泳ぎに行こうぜ。」

「僕は仕事だ。」

「えぇ~じゃそっち手伝うから。」

「…何か企んでないかい?」

 企んでねぇよ。

 が、ズバリ言うなら…

「海で一人で浮き輪つけてばしゃばしゃやってるロリを見て、ほかの人たちはどう思う?」

「ロリ?…えっと…ほほえましいね?」

 そうじゃねぇっ……!

 …いや、この際取り繕うのはやめるとしよう。俺は一応外見ロリだし多少駄々こねても問題ねぇだろ。


「一人は寂しいです。」

 そう言って土下座した。いや中身野郎ってわかってるんじゃんこいつ。駄々こねんのきついだろ。

「嫌だ。」

 流石に”嫌だ”はないんじゃないですかね。”嫌だ”は。【悪役令嬢】だし中身男だけど一応美少女やぞ。




 音もなく、水面を高速でスライドするヤツがいた。

 鋭い目つきは人を遠ざけ、ひたすらに怯えをまき散らし

 異様な速さで動き回る、奴が。



 無論、俺である。


 俺はまともに泳げない。


 この体なら水を操ればいけんじゃねぇの?なんて思ってはいた。実際師匠との戦いではいなかったし。足がつくぐらいの浅瀬で浮き輪を持たず泳げるか試してみた結果、目が痛くなったりパニック起こしてまともに操ることもできず溺れかけたりと散々だった。ついでに足もつりかけた。

 準備体操って大事。

「こういうのがあるから出来ればいて欲しかったんだけどな…。」

 結果、”浮き輪で浮かびながらバタ足もせず水面を異様な速度でスライド移動する目つきの悪いロリ”が誕生してしまったわけである。


「暇だな。」

 水を操って動き回るのをやめ、浅瀬で波に揺られる。

 あんまり魚とかいね~しなぁ。まぁいても捕れねぇけど…

 ところでロロは一人で仕事をすると言っていた。あいつは人に聞き込みするソレは

 ないはずだが…と、砂浜を遠目で探していると。

 普通に三人組の海パン男たちと仲良さげに話していた。

「おぉ、やるじゃん。ちょっと冷やかしに行ってみるか。」



 うん。ある意味で会話はできてたというか…出来ていなかったというか。

「うぇ~いキミィ?こんなト・コ・ロ・でぃ?ナニしてんのかナァッ?」

「YO!ノート片手NI!お勉強KAI!?そんな真面目ちゃんYORI!俺らと遊ぼZE!?」

「ヘイヘイ泳ごZE!ヘイヘイ踊ろZE!ヘイヘイ歌おうZE!」

「・・・・・・・・・・・。」

 ロロ、無言でノートを相手に見せつけるな。それに何が書いてあんのかは知らんが、そういう相手に筆談は無理だっ……!

「ヘイヘイ行こうZE!男の水着なんて来てないで、もっとイイ世界ミセテヤルYO!」


 なんということでしょう。ちょっと切っていなかっただけで髪が少しばかり伸びていた王子様は、どうやら男物の水着を着ていても女の子と間違われるほどかわいい見た目だったようです。

 こいつ顔は良いからな、マジで。だが男だ。

 …いやいやいやいや!!

「ちょ……!っとまって下さいねぇお兄さん方、その子ってば私の連れなもんで。」

 連れていかれそうだったロロの腕をしっかりつかむ。こいつ腕細くね?いやよく見たら…じゃねぇ

「あぁん?…なんだ。子供には早い世界だぜ。帰りNAロリっ子☆」

「タダのガキにはァ~見せRUNねェ世界ダゼェ?」

 うっぜぇなぁ……


「は?」

 そんな気の抜けた声と共に、いきなり目の前で青白い閃光が爆発した。


 海辺の楽しげな声も静まり返り、皆じっとこっちを見ていて。

 海パン男どもは呆けた顔で腰を抜かしていて。

 俺達と海パン男の間には、ロロの焦げたノートが落ちていた。


「今」

「僕の友人を」

「馬鹿にしましたか。」

 一歩一歩、ロロは海パン男どもに近づいていく。

「もし」

「そうだというなら」

 あと一歩まで、近づいたところで。



「はいは~い!ドッキリ大成功~~~~!!ぱちぱちぱちぱち~~~~!!」

 俺はそう叫び、持ってるだけのカラフルな毛糸だとか色紙だとかをヤケクソで鞄からばらまいてみせた。

 大道芸みたいに水を出しながら動き回り、予備のノートにどでかく「大成功!」と書いて高く持ち上げ見せびらかすことも忘れない。この世界に誰かがドッキリ物の企画を周知させてることを願うぜクソッタレ!

「わ~~っはっはっは!ビックリしました!?それでは皆さん、まった来週~~~!!」

「ちょ。」

 俺はロロを担ぎ上げ、大きめの岩陰まで避難した。



「いや~マジに危なかったな。トラブルの中心になって仕事どころじゃなくなったら大変だったろ?いきなり雷落すとかびっくりしたぜ?」

「なぜだ。」

「は?」

「なぜ、彼らを許す?」

「いや許すって…馬鹿にされたのはちょっとムカついたけど、そんな怒るほどじゃ」

「友達が傷つけられたら、誰だって怒るだろう。」

「えーっと…。」

 …もしかしてこいつ、友達を想う上でのが分からないってことか?


「はぁ~~~~……。こういうの俺の役目じゃない気がするけど…」

「どうした?」

「ていっ」

 と、軽めにチョップしておくことにする。

「…何をするんだい。」

「俺はお前のであって、お前じゃない。」

「そんなことは分かっている。」

「つまり、お前自身が馬鹿にされたわけじゃない。俺が殴りたくなったら、俺が殴る。」

「それじゃ僕の気が済まない。」

「…がしょうもないことで横暴に権力を使ってきたりしたらお前だっていやだろ?」

「そういう王族もいるにはいるが。」

「お前の兄貴の一人みたいにな。そのわがままの結果、怖がられるような人間になりたいのか?【悪役】みたいに。待つのは破滅だぞ。」

「…!」

 分かってくれた、と思いたい。

「でも、僕が殴れないとき、君は救ってくれた。”助けて”って言って、助けてくれた。これは…これを僕は」

「お前だって俺がこの世界に来た時、色々助けてくれたじゃん!いろいろ買ってくれたし!色々教えてくれただろ!?…まぁ、あんときゃむしろ恩とかより『なんでこんな親切にするのか』とか、『いきなり電撃が来ないか』とか、『いきなり見捨てられるんじゃ』とかビビり散らかしてたんだけどな。」

「そうだったのかい?」

 とりあえず平静を取り繕うので精いっぱいだったな、あん時は。

 あれから数か月ぐらいしか経ってないけど。

「ま、そんな重い貸し借りの関係じゃねえのよ、友達は。初めてのお友達で距離感分かんないだろうけど、硬く考えずに楽しくいこうぜ。」

「…浮き輪片手だと、締まらないね。」

「ほっとけ。」

 俺はロロを浅瀬に蹴り落した。



 岩陰から出て、さっきの砂浜の様子を見て回る。さっきまでの怯えた空気は霧散していて、皆ボールで遊んだり遠くまで泳ぐ勝負をしたりと、明るい夏の海辺って感じの雰囲気に戻っていた。

「そういや結局何の仕事してたんだよ。そんなに俺いちゃまずかったのか?」

「いや、単純に」

 ロロは立ち止まる

「前の国で情けない姿を見せてしまったり、何だかんだと今までの旅は君なくしてここまで来れるものじゃなかった。」

 やたら通る声で、そう言った。

 …普通に旅をするだけなら、こいつ一人でもできただろうけどな。

 仕えてるメイド~なんて言いつつ、世界のこととか含めて、こいつの方が知ってることや出来ることが多い。

 ただこいつは、ちょっと人と関わるのが苦手だったり、家族とのしがらみがあったりするだけで。


「だから、見せつけたかったんだ。」


「何を。」


「”大丈夫”ってところをさ。」


 ロロは剣に手をかけた。

 ビーチで遊んでいた人々の喧騒がやけに騒がしい。

 突如として水面から、ぬるついててかっている数十メートルはありそうな、吸盤の付いた、うねうね動くが姿を現した。


「最近、ここ近辺での不漁が相次いでいてね?”聞き込み”をしてみたところ、昔からそういう伝説の魔物だとかがいたらしい。さっきの雷で起きたのかもしれないね。」

 なるほど。さっきはあんな感じになっちゃってたが、それなりにこいつも成長しているらしい。筆談だとしても、ちゃんと人とのやり取り、もとい聞き込みを頑張ったようだ。

 すげーじゃん。


 感心している場合じゃない。ビーチを見渡す。

 逃げ惑う人々。からめとられる人々。水底に引きずり込まれそうになる人々。潮に流される人々。魔法で応戦しようとする人々。

 突如現れた、ありえない大きさのタコの出現に、再び場は地獄に包まれた。

 うわー大変だなぁ…じゃなくて。

「ロロ!」

「分かってる。」

「電撃はあんま使うな!まだ泳いでる人がいるから!」

「なかなか難しいこと言ってくれるね!」

 そう交わして、ロロは雷撃の如きスピードで魔物退治に走っていった。

 閃光が海上を四方八方に跳ね回り、5分と経たずタコの体はぶつ切りになっていった。

 俺?俺はほら…避難誘導。



 巨大たこ焼きを作るキャンプファイヤーの周りでは、水着の男女が食ったり踊ったりと、これまたザ・お祭りといった感じになっていた。

 俺は暗い海に浮かんでいる。浮き輪で。

「ここまで田舎だと星もよく見えるね」

「あーそういやそうだな。」

 後ろからバシャバシャとロロが浮き輪を押す。人につかまれて動かされるのは少し楽しいではあるが、こう自分の意志とは無関係に動かされて落ちたら怖いな、マジで。あんま深いところに行かないでほしいです。はい。

「この世界の星は、俺のいた世界とは違うんだろうなぁ。」

「星に興味があるのかい?」

「いーや、全然。せいぜいオリオン座しか分からん。大三角ってなんだよって感じ。」

「はは。夏の大三角なら、多分あれのことかな。」

 ロロが指さした先には、月の半分くらいに目立つ大きさの星が三つ、三角形を描く形で並んでいた。

「こりゃ分かりやすくていいぃっ……!?」

 ぐらりとバランスを崩し、俺は水面に飲み込まれる。目に鼻に口に塩水が入り、痛くてたまったもんじゃない。慌ててバタつきそうになるが、幸いにも足が付くほどには浅瀬だったのが助かった。

「へほっげほっ…あにすんだお前……」

「そういえば、海に女性と来たときはこれを言うのが決まりだと教わったんだ。」


 唐突に、渾身のどや顔オーラ(表情自体は真顔だったが)でこちらを見下ろし奴は言う。



「水着、似合っているよ」

「今じゃねぇよ。…あと俺に言ってどうすんだよ。」

 あと謝れや。

 俺らのしょうもないやり取りをよそに、巨大たこ焼きのお祭りはまだまだ続くようだった。

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