王子様の、切れない縁 上

 闇夜を照らす摩天楼の中、金髪の悪役令嬢もどきと、黒髪の第48王子様は、

「っ……!……!チッ……!」

 甲高く響く、鋭い金属の棒を振るい、ぶつけあい、

「っ…!くそっ…!」

 殺し合いをしておりました。


 ─いいぞー!やれやれーー!!

 ─ギャーハハハ!なっさけねぇ面だぜあの令嬢もどき!!

 ─ヘタレ王子ぃ~!お前に賭けてんだからしっかりやれよオラーー!!


 周囲の通行人からは汚いつばとヤジが飛びます。


「くそっこいつら他人事だと思いやがっ…うわ!?」

 令嬢もどきは欠けた模擬刀でひたすら後手に回るのみ、服もぼろぼろで、防御を崩されるのも時間の問題です。

 そもそもこの男女おとこおんなは、メイドの訓練とやらはともかく、戦闘らしい戦闘に関してはからきしなのでした。人を傷つけるのには抵抗があるとのことで、そこまで切れない模擬刀レベルの刀と少年特有の剣への憧れとかでなんとか今まで振り回してやってきましたが、そんなものは生まれてからずっと剣の鍛錬を続けてきた王子+ちゃんと殺せる剣相手には主人公補正を42回折り曲げても届きっこないのです。

「っ!…っ!」

 じりじりと令嬢もどきは後ろに追い詰められていきます。最悪ギャラリーをかき分けてこの場はトンズラすることも考え始めた彼ですが

「おっとっとぉ~」

「っ…。」

 王子のはるか後ろで、蟷螂の方に手足が細長く、そして血色の悪い男がにやりと笑い。彼の背後に分厚い糸の壁を作り出しました。

「逃げることは許しませんよ、さぁ、もっと踊ってくださいよォ!」

「こんのカマキリ野郎!!それでもロロの兄貴かよ!?」

 令嬢もどきは血色の悪い男に吠えますが

「はて。それはワタクシと父親が同じだけの、年下のクソ生意気なガキの一人にすぎません。兄として気遣う必要などありません。それにすべては私の思うがままにできるのですから!むしろその礎となることを光栄に思うでしょう!!」

 血色の悪い男…第37王子ギルガム・ディアメルは指揮者のように両手を高く振るうと、人形劇のようにロロもまた、剣を高く掲げます。

 第48王子のロロは、数多の糸が絡み今にも切り下そうとする腕をこらえながら、どうにか口を開きました。

「に・・・げ・・・・ろ・・・・・・!」

「……っ」

 令嬢もどきは迷いました。


 迷ってしまったのです。

 剣は勢いよく振り下ろされ、

 鮮血と

「っぁああああぁぁぁぁぁあああああああああああ」


 どちらかの悲痛な叫び声と

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」

 誰のかわかる下種な笑い声と

 それを覆い隠す下卑たギャラリーの笑い声で、摩天楼は明るく華やぐのでした。




 /side C

「大都会だなぁ…。」

 俺は立ち並ぶ高層ビルを見上げて、そう漏らした。

 現代日本というより、海外のそれに近いビル群の根元を歩き回る人々もなんかみんな決まってるスーツ着て歩いていて、ビジネスって感じがが強い場所だった。

 …ビルの中には深夜なのに未だ光る部屋がある。100万ドルのなんとやらは労働で作られている、みたいな話を思い出した。

「正直、あまり来たくはなかったが、通り道だから仕方ない。」

 ロロがぼやく。

「お前、電気機器嫌いだもんな~。」

 これまた未来っぽい車や…掃除ロボ…?が街を歩いている。

 ロロは電気を操る能力持ちだが、そこまで制御できていないので感情の高ぶりでも放電することがある。初対面の時はひどい目にあった…。はともかく、壊したらヤバいとのことで、あまり電気機器を好まないのだ。

「そういうことじゃない。もっと別の理由だよ。」

「はぁ~ん?」

「クララ、これを。」

「お、おぉ?」

 そういってロロは、一枚の写真を取り出した。

「なんだこれ…もやしか?」

 白く細長い何かが映っていた。

「違う。僕の兄の一人だ。この国の管理を任されているみたいでね。」

 これが?と思ったが、顔がカメラ目線で映っていないのでそう見えるだけだった。隠し撮りとはなかなかこいつ…。

「…いいかいクララ。には絶対に近づくな。絶対にだ。」

 強く、そう言った。瞳孔は不安で揺れている。

「……わかった。」

 とりあえず、うなずいておいた。


「お~~~~やおやおやおやおや!ずいぶんと楽しそうな会話をしておりますねぇ48番目!?」

 そこにまとわりつくような、気持ち悪い声が響いた。


 写真の、男だった。


 それからが早かった。

 気が付いたらスーツを着てにやつく人間どもに囲まれて逃げ場がなくなっていて、写真と同じ白い男がロロにまとわりつくように近づき、何かを囁く。

 瞬間、ロロは俺に切りかかった。

 …運がよかったのが居合じゃなかったところだ。服を着られながらも初撃は回避に成功する。

 が、いきなり俺に切りかかる意味が分からない。

 そういう能力か?あるいは俺に切りかかるほどの何かを話した?

 …初対面の知らないおっさんに俺のなにかを知ってるとは思えないし、ロロは普段、俺に関しては何故か怒らない。

 …多分転生者が大好きだからだろう。


「さーぁ!?お嬢さんも武器を抜きなさいよぉ!」

 悠長に考えてる場合じゃなかった。

 ロロが2撃、3撃と繰り出すところに、俺も足元から水を出してスライドしながら高速移動をするわけだが

「っ!!!」

 ロロが、俺が作った水たまりの一つに立ち、青白く光り始める。

「やべっ!?」

 片方が用意した水を伝って感電させる…かつて師匠にやったのを使われるとは思わなかったが。

 俺は急いで足元の水を切り離して、自身の周囲の水分も飛ばす。これで感電は回避できるわけだが…うかつに水は使えないな、この状況。

「ふぅむ、なかなか機転が利くようですねぇ。」

 白い男がくっくと笑う。

「やっぱてめぇの仕業か!!」

「おやぁ?私は〈いと〉を与えただけですよォ?」

 白い男は大袈裟に肩をすくめた。そしてまた大袈裟に腕を上げると

「さぁ!!まだまだショーは続きますよォ!!!」


 ギャラリーが沸く。

 俺はせいぜい欠けた模擬刀を取り出して、どうにか応戦するほかなかった。



 それで、顔が熱くて、ぬるっとした液体が体から抜けていって。やかましいギャラリーども

 の音が、次第に遠くなっていった。




 次に見た景色は、暗い無人の部屋に木目の並ぶ天井だった。左側の視界がやけに暗い。

「…俺、気絶ばっかしてるなぁ、情けねぇ…。」

 どこだろうか、ここは。ベッドしかないが…。

 さっきの様子だと、この街の治安もあまりいいものではないんだと思う。変な族につかまって売り飛ばされるとかは死んでも御免だ。

「お目覚めになられましたか、クララ嬢。」

「誰だ!」

 俺はベッドから跳ね起き、そして転んだ。左足が燃えるように痛くなる。左半身は、目元から足先まで包帯が巻かれていた。

「っ~~~~~~~!!!」

「…おやめください、クララ嬢。」

 声の主に抱えられ、俺はベッドに戻される。

「…誰だおっさん。」

 白いひげの、怖い雰囲気の執事がいた。とても年を取っているようで…。

わたくしはジモ。小さい頃からロロ様の執事をさせていただいております。」

 ロロの執事…そうか。・・・・・・いや、そうだロロだ!!

「ロロ!!いった……」

「落ち着いてください、まだ安静にしていなければ!」

 執事は俺をベッドに押さえつける。

「…チッ。」

「ロロ様は…きっと大丈夫です。」

 俺は諦めて、ベッドに寝転がる。


「初めまして、私はクララです。ロロ様の旅のお供をさせていただいております。」

 こいつが本当に執事かは分からないので、できるだけ取り繕う。転生者であることも悪役令嬢であることも隠す。

「ロロ様からは聞いています、元が転生者であり男性であることも…【悪役令嬢】とやらのことも。取り繕わずとも構いません。」

「…そーかい。」

 俺のご主人様は、初めての友達…あるいは転生者に大興奮らしい。プライバシーとかないんですかね畜生。

 俺が態度を軟化させた…というか諦めたのを見て、心なしか執事さんの物腰も柔らかに見えた。

「…」

「……。」

「聞かないのですか?」

「何がだよ。」

「ロロ様についてです。」

「無事なんだろ?だったら別に。」

「そうではなく。ロロ様の────過去のことです。」

「…。」

 正直、気にならないわけじゃない。

 俺はあいつの過去とか事情とかを、ほとんど知らない。

 あいつは、正直言って王子なんて柄じゃないと思ってたし、ぶっちゃけ【査察】なんてのははったりの、ただの旅好き電気人間だと思ってた。

 空気読まないし社交術のしの字も無いし、かと思えばいきなり子供みたいなわがままいうし。

 あいつの兄貴には二人会った。イチヤっていうヒーローショーの奴と、今日の…だ。ロロは48番目…下手したらそれ以上いる気がするけど、なんにせよそんなに兄弟がいて、家族の問題がこじれないほうが無理がある。


 でも。たとえあいつの一番初めの友達だとしても…結局俺は他人だ。家族の内情に首を突っ込めるほど、俺も図太くない。

 解決できるわけでもないのに、背負えない。

「どうかお願いします。ロロ様のご友人であるあなたにしか、このような話はできないのです。」

 だけど、執事さんは俺にむしろ聞いてほしいようだった。

 こいつらというか、この世界ではに何かしら重い意味でもあるのか?

「頭を下げられても困ります…俺には、何もできませんよ。」

「いえ、そのような。…それでは…そうですね。交換条件ならどうでしょう。」

 執事の目つきが変わった。




「解決の際には、あなたの身元をファヴロイト邸に送り届けることを約束します。聞いていただけますか?」




 俺は結局、それを引き受けた。

 執事が去った月明かりのさす部屋で、天井の木目をぼんやり見ながら考える。

「…やっと…返せるのかな…。」

 割と短い旅だった気がする。楽しくはあったけど。

 いつ戻るかわからない以上、この体も本来の家にある方が良いだろう。もともとその目的での旅だったし。


 …執事さんから聞いたあいつの過去は、まぁ、悲惨の一言で片づけることはできないようなものだった。

 ロロの父親…今の大国の王様は転生者だったようで、しかも勇者だった。

 並みいる敵を神からのチートスキルなり何なりでばったばったとなぎ倒し、お決まりの転生物のようにかわいい娘たちに囲まれ、世界各地を救い、そして遂には大国を築き、沢山のヒロインたちと幸せに暮らしましたとさ……みたいな感じで、アニメやラノベなら締めくくられるところなんだろう。


 でも、人生は「めでたしめでたし」と言ったらスタッフロールが流れてきて、幸せな状態で時間が固定されるようには作られていない。

 ──勇者はいつまでも主人公ではいられないし、いつまでも子供ではいられない。いつまでも恋人と甘くいちゃつけるわけではない。

 ──同時に、【勇者】が立派な王様になれるわけでもないし、立派な父親になれるわけでもない。

 正しい人間が、善い人間になれるわけではない。


 勇者だった男は沢山のヒロイン候補たちと子供を作り続けた。

 作った、だった。


 執事さんから聞いたのはそこまで。


 そして、人間は比べたがる生き物だ。赤の他人から家族まで。

 まして同じような【力】を持った兄弟が近くにいた場合。

 比べて。ぶつけて。踏みつけて。自分が優位だと思いたくなる。

 沢山いる兄弟の中で親がまともに対応できない以上、ここら辺はより歪んだ。

 ロロは48番目と言っていた。上には47人居ることになる。経験の少ない年下であればあるほど、苛烈な環境になったそうだ。

特には相当な性格だったようで。


 クソが……。

「……まぁなんにせよ、今のロロの状況をどうにかすりゃ、俺はお役御免てな、なはは」

 がしがしと頭をかく。髪だいぶ伸びたかな、なんて思いながらあらためて伸びをして、毛布をかぶる。

 そう、もう旅は終わり。

 友達も、終わり。

 寝る時間だ。


「…っだぁ~~クソ!なんかムカつく!!」

 でも、一応叫んでおいた。


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