悪役令嬢と、晴れない天の村
悪役令嬢兼メイドのクララと王子兼査察官のロロは、どこかの真っ暗な世界でぬかるむ石の床を歩いておりました。
二人の間に会話はなく、ランタンの明かりを頼りに無言で前に進んでいきます。
ぴちゃ、ぴちゃという足音が止まり、ふと二人は上を見上げます。さあさあという音とともに、暗闇から水滴が降るだけです。彼らはまた歩み始めました。
「やあ旅人さん!ようこそこの村へ!」
ほのかに光るたくさんの石と、それに照らされた岩をくりぬいた建造物が並ぶ場で、
真っ暗ななか、一つの人影が話しかけてきました。ランタンも消したため暗すぎて顔もよく見えませんが、どうやらここの住人のようです。
話しかけられた王子は無言の会釈で返し、メイドもお辞儀で済ませました。
「この村はずっと雨がふる村なんだ!水不足なんて起きたこともないし、なにより光が無いのがいい!」
村人らしき影は聞いてもいないのに大袈裟に語り始めました。
そして光る岩の一つに近づくと、それを体に当て、とても白い肌を見せつけてきました。しかし、その綺麗な肌が、照らされたところからちりちりと焦げ付いていくのです。
「僕らはとても肌が弱い人々でね?こんな弱い光でも痛みを感じてしまうのさ。まぁ遠くに置く分には大丈夫だし、なにより光が完全にないと何も見えないから、この石はそのままにしているんだけどね!って…話がそれたね。せっかくだし案内するよ。」
影は岩から離れると、村の中に向かっていきます。
王子もメイドも、無言でついていきました。
村の中は光る石以外に明かりがありませんでした。月も出ていません。鍛冶屋に火もありませんし、食堂らしき場にも賑やかさはございません。畑にさえも光がさしておらず、どこもかしこも、ただの人影がうごめくだけです。
街灯はありますが、どれも明かりがともっておらずただのオブジェのようでした。
二人は先ほどまでの歩みで暗闇に慣れた目を頼りに、影についていきます。
「暗いよね、ここは。」
人影はしみじみ言いました。
「僕らだって光が嫌いなわけじゃあないんだ。でも誰だって痛いのは嫌だ。死ぬのだっていやだ。そして他の国は、僕らの存在を認めようとしなかった。僕らを光から守ってくれなかったんだ。」
だから仕方ないだろう。そう人影は吐き捨てた。
「ここは温かくはない。でも、分かり合える人がいる。」
人影は村のうごめく人影たちに、やさしげに顔を向けたようでした。
「ここには光が無い。でも僕らの生きる希望がある。」
人影は大袈裟に両手を広げ、その場でくるくると回転しました。
「ここには楽しいものが無い、でも、君たちのような旅人が来てくれる。」
人影は回転をやめ、旅人の方へ振り返り、言いました。
「さぁ、君たちの今までの冒険譚を、聞かせてくれないか?」
二人は、何も言いませんでした。その場で気まずい静寂が続きます。
数秒。もしかしたら数十分、彼らの体感では数時間だったかもしれません。
人影は歩き出し、二人に近づいて。
二人の間を通り過ぎ、村の入り口まで戻っていきました。
「あれ…こうもりとまちがえたかな…」
数分経って、背後からまた大きい声が響いてきました。
「やあ旅人さん!ようこそこの村へ!」
「っ!」
「…。」
メイドは何か言いたげでしたが、王子とともに先を急ぐことになりました。
背後からは、もう何も聞こえません。もう誰も、ついてきていません。
そうしてほとんど探索することもなく静かに村を抜け、再びぬかるんだ地面をまたひたすら歩いて。
二人は洞窟の出口に立つのでした。
未ださあさあと雨が降る中、メイドはゆっくりと息を吸い、吐いて。
「死ぬかと思った…。」
元男と言い張る普段とは違う、とても弱弱しい声でへたり込むのでした。
/side L
二日前。とある帝国から出るとき、国王から僕らは呼び出された。
「貴様らには、この付近に生息する〈生ける屍〉の処理を頼みたい。」
「……。」
クララはひどく元気がなく、怯えきっている様子だった。それも仕方がない。
「王の御前であらせられるぞ!なんとかいったらどうだ!!!」
「っ!!」
この国は旅人含めたすべての人間に国王中心のあり方を強要する国だったからだ。…まぁこの世界の帝国というものはだいたいそういうものだが。
普段から人との交流がうまいクララだが、ここではむやみに話しかけるたびに、旅人が変なことを吹き込まないよう何かしらのお叱りが飛ぶ。それ故に住民も旅人を邪険に扱う。
このひりついた国の中を1週間もいたくないのは僕も同じだったが、クララをコミュニケーション役として任せきりにしてしまったため、僕以上に人のあれこれに振り回されて、だいぶ追い込まれてしまったようだった。
僕は口を開く。
「お言葉ですが国王様。僕らは大国の命により【査察】を行うために各地を回っているのです。そういった私的な用事を引き受けることはできません。」
玉座の国王はこちらを一瞥した後、杖で強く床を叩いた。
兵隊全てが、こちらに槍を向ける。
「そこのメイドがこの国を嗅ぎまわっていたと報告がある。
村人に怪しい話を持ち掛けたとの報告がある。
妙なものを持ち込んだかもしれない。
本当ならば極刑ものだが…本当にしたいか?」
…。
「改めて言おう。この付近の洞窟に、過去この国にいた日の下を歩けないろくでなし…いやモンスター共。またの名を〈生ける屍〉どもの処理を頼みたい。ただし奴らとの会話は禁ずる。会話したと分かり次第、殺す。」
───そうして、今。
僕らはどうにか、生きて洞窟から出ることができた。今はもう木々に隠れて見えないほどに洞窟から離れている。
洞窟の村人と、交流はしていない。そして処理もしていない。もしあの国王に気づかれたら文字通り殺される事だろう。
「僕の予想通り、追手が来ていたみたいだったね。あの村人たちはとても目がいいんだろうか?」
こうもりと人を見間違える、なんてのは、彼らに限って言えばないだろう。彼らは僕らの会釈にちゃんと反応していたし、そもそもこの洞窟にこうもりはいない。
そしていざというとき僕らを殺すためについてきていた、帝国王の手先らしき人にも気づいていた。
「……会話。」
大人しかったクララが、口を開く。
「会話、したほうがよかったのかな。」
そんなことをすれば国王の手先に殺されていた…なんてのは流石に言わない。こういうことを言うと、きっとまたクララは”コミュ力”だか”デリカシー”が無いと笑うかもしれないが、今はそんな雰囲気じゃない。
クララは続ける。
「あの人たちは、普通の人間だった。ちゃんと会話しなくても伝わってきた。ただ生きたくて、ただ幸せになりたくて、ただ存在することを許されたかった、どこにでもいる人間だった。」
ただ肌が弱いだけで、モンスターなんかじゃなかったと、そう言った。
…
「クララ。」
「何だよ。」
「僕にも、喋り方を教えてくれないか?」
我ながら、変な頼み方だったと思う。話題の変え方も露骨すぎる。
「…あんだそれ。」
「今回は人との交流を君に任せきりで動いたせいで、こんな結果を招いてしまった。本当に済まないと思っている。」
「…聞き方によっては、「僕だったらもっとうまくやれた」って言ってる風だぜ?それ。」
クララは意地の悪い笑みをする。
「流石にそれは…とにかく今じゃ駄目で、僕も力になりたくて、それでええと…」
「なはは、わりぃ。性格悪かったな。…そんで?まずは何を教えてほしい?」
「ふふ、そうだな…」
機嫌が戻ったクララと喋りながら、僕は一つ学習した。
今頃洞窟では、僕らの行き先を聞き出そうと住民に”話しかけた”追手が、たくさんの住民…いや、モンスターに食い荒らされていることだろう。
光を嫌い、声を発した人間のみに反応し食らいつき血肉をすすり、そうでないときはひたすら人間と同じころの精神性、思考で動く。
本人に自覚はないだろうが、彼ら住民はれっきとしたゾンビの一種。
あそこに確かに、モンスターはいたのだ。
余計なことは言わない。これが僕がクララから学習した、最初の会話術だった。
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