王子様の、切れない縁 下

 僕は、外の機械的な大都会とは程遠い、石造りの地下牢にとらえられていた。体にはあの男の糸が巻き付けられている。

 外からは側溝のように見えるであろう窓からは、月明かりが漏れている。

 …クララは大丈夫だろうか。

 あの男の【力】のせいとはいえ、僕はクララを斬ってしまった。悪役令嬢だとかメイドのことだとか、彼はなんだかんだ背負い込む性格をしている。あれで心に傷を負ったりされたら、それこそ顔向けできない。


 …友達という関係性の間には「絶交」という、完全に縁を切る誓いのようなものがあるらしい。

 今回のことで僕を見限る…そこまでは…少し辛い。でもそれで彼の気が済むなら───

「何やらつまらない顔をしておりますねぇ」

「……」

 入ってきた男…ギルガム・ディアメルがにやつきながらそう言った。

 僕がこいつを兄だと思うことは、絶対にない。

 僕の尊敬できる兄は、イチヤ兄様ただひとりだ。

「……その顔が、むかつくんですねぇ!!」

 ギルガムが手を振るうと、身体に巻き付く糸の束の一部が、僕の顔を切りつける。

「ガキの頃からずっと縛って殴りつけてきましたしぃ!?宝物だって壊してやりました!!さらに!昨日は大事な大事なおともだちをお前自身の手で切りつけさせたぁ!!それなのになんだその目はァ!?私はここの王だぞ!統治者だぞォ!!」

 この男は昔からそうだ。

 小心者のくせに威張り散らかし、かと思えば【力】があっても目上の者には使わず低姿勢で頭を下げ続け、ひたすら自分より下だと思った者だけを見下し傷つけ罪を着せ振り回し続ける。思えばあの戦闘の時も、ほかの住民を壁にして僕らを逃げられないようにしていた。統治者のやることではない。

 …もっとも、こんな男にずっと傷つけられていた小さい頃の僕も、なかなか残念な奴なわけだが。

「まぁいいでしょぉ。お前のお友達の小娘は路地に置き去りですし、今頃誰かの慰み者にでもなってるかもしれませんしぃ?貴様はこれから私の人形になるのですからぁ。せいぜい最後になるであろう夜を楽しんでくださいねぇ。もっとも、ここから出られるのならですが」

 気色悪い高笑いとともに、ギルガムは地下牢から去っていく。

 再び僕の体には、あの男の【力】である糸が生き物のように巻き付いてくる。

 糸を操り、意図を与える。それがギルガム・ディアメルの【力】

「●●に攻撃する」という意図を与えられたら、本人の思考に関係なく脳が、そして体がそう動き、それを攻撃する。

 そこにさらに【糸を操る力】を使って相手の体を人形劇のように動かし、より細かく、ギルガムの思うように動かせるようになる。

 …明日の朝には、この糸の束は僕の体に完全に絡みつき、体内まで浸食され、文字通り人形になるのだろう。


 悔しい。

 悔しいよ。

 友人も守れなかった。

 旅も続けられなかった。

 、殺せなかった。

 僕は僕なりに頑張った。そう納得させるしかない。


 あぁ…本当に




「何泣いてんだ」


 月光を反射する金色が、窓に揺れる。


「助けに来たぜ、親友。」



 ───本当に、僕の親友は最高だ。



 ~~~


 あの後、石壁に「水流カッター」とやらを叩きつけて、クララは人が通れるほどの穴を作って入ってきていた。おかげで地下牢はびちゃびちゃのぐちゃぐちゃだ。

「え~っとあとはここに差し込んで……っと、ちょっと服切れてねぇかな…全部とれたか?違和感ないか?」

 左目に眼帯を付けたクララは、やや大きめの糸切狭いときりばさみを持って言う。

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。」

 身体を払い、服にかかっていた糸も落とす。生き物のようにうねっていた糸ははらはらと地面に落ち、ムカデのように石壁の隙間に消えていった。

「うへ~。聞いてはいたけど気色悪いな、あの糸。」

「君、糸切狭なんて持ってたんだね。」

「これか?お前の執事ってやつに借りたけど…まずかったか?」

 ジモか、この国に来ていたんだな。治療の心得もあったはずだし、助けに来れたのも彼の入れ知恵か…。

「いや、助けてくれてありがとう。さぁ、君はとっとと逃げるんだ。体も完治していないだろうし、すぐにでもあいつが来る。」

 僕はクララを押しのけると、地下牢の奥へ向かう。

「待てよ。」

「離せ」

「っ…助けてもらっといてそれはねぇんじゃねぇのか?」

「助けてとは言ってない。」

「そんな言い方──」

「これは僕の問題だ!!!!!!」


 これは、家族の問題。兄弟の問題。

 そして、今まであいつに情けなく従い続けた僕の問題。僕のけじめだ。

 友人でも、親友でも、結局は他人。

 だから巻き込まない。

 巻き込みたくない。


「…あぁ、そうかよ。」

 クララは手を離すと、壊した石壁に歩いて行った。


 それでいい。ジモが来ているということは、大国に行く手段…つまりクララ(の体だけだが)を家に帰す手段もあるということだ。

 どうか、元の世界に変えれたら幸せに生きてほしい。

「なぁ、俺らって友達だよな?」

 クララは立ち止まった。

「あぁ、友達だ。」


「そっか」


 あぁ、君は僕の最初にして最高の友達だった。


 さぁ。

 相打ちになっても構わない。僕は僕のけじめで、あの男を

 ───右頬に、衝撃が走る。


「……!?」

 あの男はまだ来ていないはずだ

 遠隔の攻撃か

 操り人形の一人か



 僕は揺れる視界で、そこを見る。

「……。」

 親友がいた。


「分かってんだよ…。」

「何を───」


「分かってんだよ!他人事だってことぐらい!!」

 ぐしゃぐしゃな顔で、彼はわめき散らす。

「家族だから!兄弟の問題だから!!俺が入っちゃいけない問題だってわかってんだよ!!だいたい俺はそもそも転生者で、ここの世界の人間じゃなくて部外者で、だからこの世界にはあんま深入りしちゃいけなくて、それで、その…友達だけど、友達でしかなくて……」

「だったら…!」

「でも知っちまったんだからしょうがねぇだろ!」

 なんというか、もうヤケクソな感じだった。

「お前の過去とかお前の兄弟がどうとか!正直言って知ったこっちゃねぇんだよ!重いんだよ!聞きたくなかったよ!でも…なぁ…!俺、自分勝手だから…友達が苦しんでたら、助けたいんだよ……俺だって死にたくないけど……死んでほしくなんかねぇよ…もうわかんねぇんだよ……」

って…言ってくれよ…!」

 涙とか鼻水とか汗とかで、【悪役令嬢】とも【メイド】とも言えない、べちょべちょな情けない顔だった。

 でも、きっとこれが彼にとっての、友達としての想いで。

 こういう風に誰かに想われるのは。

 温かいな…いいな、友達というのは。




「あっそれと!!」

 彼は思い出したように顔を上げる。

「顔!顔とかの傷!!一応【令嬢】だから責任とか!!切ったのお前だから!俺悪くないから!?だからとりあえず生きて帰って的な!!」

「…ふっ…くくく…」

 後付けのように変な理由を付け足していく。

 こっちは多分ジモが考えた「僕を連れ帰る言い訳」だろう。あまりのつなぎの雑さに笑いがこらえきれなかった。

「何笑ってんだ!くそ…おら帰るぞ。」



「いやいや、本当に楽しい茶番劇でしたよ。笑わせていただきました。」

 ぱちぱちと、暗い地下牢に拍手がひとつ響く。


 ギルガムだ。

「特にそちらのお嬢さんの泣きべそ、とても傑作でしたよぉ。」

 クララが壊した石壁は、とっくに隙間もなく糸の束で封じられていた。

「これからお前の泣きべそに変えてやるから、安心して股間を濡らして寝るんだな」

「おぉ怖い怖い、でもどうせなら返り血で濡れたいところですね。」


 彼が前に出て口論している間に、打開策を考えなければならない。

 剣は持っていない。

【幻を与える力】は相手に気づかれないうちに〈宣言〉を発しなければならないから駄目だ。

 電撃は可能ではあるが、この水浸しの部屋ではクララにもダメージが行くし、僕の力を知るギルガムは対策済みだろう、決定打にはならない。

 足元をギルガムの出した新しい糸がうごめく。隙を見せたら僕らを縛り上げるつもりだ。今度は逃げられない。

 どうにかないか…ここを切り抜ける手段…!



 いや。

 あった。

 僕にはできないことだけど。

 もしここまで見越していたのだとしたら、ジモには頭が上がらない。

「何を考えているのか分かりませんが、無駄ですよ人形。」

 こいつはもう、怖くもなんともない。兄でもなければ、敵でもない。

 ただのヘタレもやしだ。本性を知った彼ならそういうだろう。

 深呼吸。

 手も足も震えていない。

 ただまっすぐに見据える。

「クララ。」

「なんだよ。」

 待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑う。


「助けて」

「任せろ、親友」



〈畏怖せよ〉


 ビビりな男は、股間を濡らしながら、泡を吹いて気絶した。



「俺の【力】って…割とすごいんだな…」

「こいつはなんでもビビるからね。」


 ~~~


『昨夜未明、ギルガム・ディアメル氏(29)が、裏通りにて意識不明の重体で発見されました。…え、その男のことはもういい?失礼しました。それでは次のニュースです。次の統治者候補の選挙…』

「雑~。国民にも好かれてなかったんだな、あの男。」

「まぁしょうがないね、あれはそういう男だから。来月ごろには路頭にさまよってるんじゃないかな。」

 翌朝、トーストをかじりながら二人で宿の「国内情報発信機(クララ曰くテレビと言うらしいが)」を見て喋っていた。

「体の方は?」

「目元以外は良くなったよ。【恐怖】の反動もある程度抜けたし、散歩ぐらいならできるぜ。」

「そうか…すまない。」

 僕はテーブルに土下座した。

「やめんか!大丈夫だから!てか他の人見てるから…!」

 僕は姿勢を正した。

「しかし…君を傷物にしてしまった。」

「意味違うからそれぜってぇ外でいうなよ。…まぁあれだ、眼帯カッコイイし?クララに戻るころには治ってんだろ。」

 戻るころには、か。…ん?

「君は【クララ・ファヴロイト】の本来の家に帰らないのかい?ジモがいるならすぐにでも帰れるはずだろう」

「んげ。知ってたのか…。」

 んげ、とはなんだろうか。

「それは私から説明いたします。」

 ジモがいた。

 彼はいつも気が付いたら後ろにいる。正直、僕を助けて逃げるだけなら彼でも十分だったはずだ。と思うが言わない。

 そもそも彼は僕専属の執事ではないから無理も言えないしね。

「クララ様曰く、『あんな怒鳴りつけるような友達宣言しておいてやることやったら軽くバイバイとかあまりにも薄情すぎるし国に帰った瞬間また【悪役令嬢】になる羽目になったらなんか怖いしまだまだ旅楽しんでないしもし戻ったとして本来のクララにこのざま見られて怒られるの恐いしうわあああ』とのことです。」

「ああああああのどこでじゃなくてそんなこと言った覚えないが」

 クララは目に見えて動揺している。とてもたのしい。

「そうだね。じゃあまだ一緒に旅ができるんだ。」

「どこに『そうだね』を感じたお前!?言ってない、言ってねぇから!」

「ふふ。」

「私としてもにぎやかなご友人がロロ様に出来たようで一安心です。ところでこれはロロ様の小さい頃のお話なのですが、初めて剣を教えた時…」

「ジモ。」

「聞かせろ。なんか最近俺ばっか恥かいてる気がするから。」

「クララ、聞いても何も楽しくないよ。」

「それは、俺が、決める。」

「ほっほっほ。」


 その日の朝食は、いつもより少し賑やかだった。

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