悪役令嬢と、忘れられるものたち

 キノコの茂る夜の森を、転生者のメイドと現地人の王子、それと通りすがりの転生者の旅人が、歩いておりました。

「こんなところで転生者に会えるなんて思わなかったぜ…です。俺はクララで、そっちはロロっていう…一応俺の主人です。ほら転生者だぜ?好きだろお前?」

「…ロロです。」

 王子は相変わらず人見知りだった。

「んはは~。俺ちゃんは杉村ってんだ。そっちのメイドっちは、向こうじゃどんな名前だったん?知り合いだったら面白いんだけどな~。それとも記憶ないパターン?」

 旅人の転生者はなかなか軽薄そうな少年でした。

「あるにはあるんだけどな~?いざ知り合いにあって『お前その見た目であれな苗字なのかよ』とか『女になった感想は』とか絶対言われるからな。言ってたまるかって話…ですよ!」

「んははー!!ぜってーある!!俺もここでの名前考えよっかな~。」

 メイドと旅人はしばらく故郷を感じる会話に花を咲かせていました。


 まぁ、そんな余裕も長くは続かないわけですが。

「うえぇ…虫めっちゃ飛んでるよ……ひっ足元。」

「王子くん強いんじゃろぉ~?…俺ちゃん幽霊だけはダメなんだけど~…」

「二人ともくっつくな。あついし重いし何かあったら」

 ばささささっ

「ぎょああああ!?」「んはぁああああ!!!??」

「耳元で叫ぶな!!!全く、夜が明ける前に抜けられるだろうか…。」


 /side C


 そして、開けた場所に出た。

「おおおおおおお…!!!」

 杉村さんは声を震わせ、感激しながら走っていく。

 俺もその感動はよく分かる。

「すっげぇ・・・!!!」

 ライトアップされた、野菜やきのこの形を模した建物に街灯とかの造形物。

 周囲は背丈をゆうに超える、見たことない植物。

 胞子なのか虫なのか分からない、カラフルな小さい輝きで埋め尽くされた視界。

 その村には、羽の生えた、妖精みたいなひとたちがふよふよと飛び回っていた。

 妖精の村?妖精の国?なんにしても

「イルミネーション…!クリスマスかハロウィンって感じだぁ…すっげー…。」

「そうなのかい」


「ウマーー!!激うまだわこれーー!!!」

 杉村さんが見たこともない肉みたいなものを食っていた。滅茶苦茶美味そう。

「うわー!俺らも色々見ようぜ!!食べようぜ!!」

「あぁ、そうだね。」


「これはなんですか!!」

 すげー光っててすげー温かそうなスープである。

「ほほ、見知らぬメイドさん。これはアノマロなんとか…っていうスープでございますよ。一口いかが?」

「えっいいん…いえ、大丈夫です!」


「これなんの建物ですか!?」

「ぶ、それは魔石の妖精工房。ここで魔石を加工して、街の光源や熱源をつくっておぶ。」

「魔石すっげー!です!」


「あの光ってるのは!」

「前に来た人が言っていたが、ほたるとかいう虫の一種でね。我々の与えたエサで色が変えられるようなんだよ。きれいだろう?」

「はい!!」



「いや~どこもすごいな、この…妖精の村?ファンタジー!って感じで!」

「そうだね」

「そろそろなんか飲んだり食べたりしようぜ!」

「いや、僕は良いかな。というか」


「うぇーい!!もっと飲めるぞー!!もっと食べれるぞー!!」

 村の中心からやかましい声が聞こえた。

 見に行ってみると、杉野さんが椅子ごとぶったおれて笑っていた。テーブルには料理がたくさん並んでいる。

 周りの妖精さんたちはみんなそれを見てくすくす笑っている。

「うまい~…おいし~…さいこ~…うへへ……。」


「だはは!!いいな杉谷さん!!俺らもそれ貰うーー!!」

 手を付けられてなさそうな料理に手を伸ばした。




 そこを、ロロにつかまれた。

「…あんだよ?」

 振り向くと、ロロは青白い顔で震えていた。”今にも吐きそう”というやつである。

 流石にこんな往来では、ヤバイ。

「っちょ、大丈夫か!?」

「ハー…ハァ……ここ…気持ち悪い…。」

「えっとぁ、あのすみませーん!この近くに水場とか」

「いい……ここから離れたい…。」

「お、おお…?」


 弱弱しく、でも袖はしっかりとつかまれたまま、俺は一旦村の外まで引っ張られていった。



「げほ…ごほっごほ…」

「大丈夫か?…えーとこの辺に川とか」

「水…」

「いやだから水を探してて」

「君の【力】の…」

「…あ~!そうだったすまん!」

 鞄から出したコップに水を入れて渡す。


「………ふーっ。」

「……なんかすまん。俺一応メイドなのに、お前が気分悪いの気づかなかった」

「いい。べつに。」

「…落ち着いたら戻るか。いい加減腹も減ったんじゃないか?」

「いやだ」

 ロロは簡潔に、そして断固として絶対に嫌だ。と目でも訴えてきた。

「それから、あそこで君は何も食べてないよね?」

 いきなり何言ってんだこいつ。

「主人より先に食べるのはメイドとして云々、って師匠言ってたし。お前が食べてないから俺もまだ食べれてないんだよ、だから早くなんか食べようぜ。」

「そうか…だったらさっきのは……いやそれより……」


「あの時”スギムラ”さんがどうなっていたか、君には見えなかったのか?」

「すぎむらさん?何言ってんだ?」

。」


 /side  L


 僕は、その森の中の村。

 いや。

 で、異様なものを見た。

 村そのものは普通の廃村だ。

 腐った木の建物や家具の残骸。

 割れたガラス片…いや、クララの言った情報を整理すると〈魔石〉も落ちている。

 異様な点。

 ついて来た”スギムラ”という転生者もそうだが、クララもおかしい。


 どこかを指さして『きれいだ』と言ったり、かと思えば何もない壊れたテーブルを見ながら『おいしそう』という。実際”スギムラ”は『美味しい』と叫び、何も持ってない拳を掲げていた。


 ───まず。この世界に、魔石の文化はない。正しくは、ない。

 かなり前には魔石を媒体に熱源光源その他の用途に使ったようだが、そもそも魔石は人工だ。特殊な鉱石に、役目に対応した貴族や王族が【力】を籠めることで、初めて魔石として扱えるようになる。だが永久的なものではない、所謂使い捨て。

 さらに魔法が現れてから、その使い勝手の良さに比例して、ぱったりとなくなったと、歴史の本には書いてあった。

 そもそも逐一魔石を作るまでに、鉱石の採取から貴族王族の手配から魔石への加工まで、手間と金がかかりすぎる。もし未だに使う場所があったとしても、辺境の辺境だろう。ここに立ち寄る前の場では、普通に魔法が使われていたし、この先に行く予定の国もそうなのだ。この村で魔石にこだわるのはありえない。


────次に、料理。僕には見えなかったが、あったらしい。クララがテーブルを見ながら『アノマロなんとか…』とつぶやいていた。『アノマロ』とつく生き物を、僕は知っている。記憶が正しければこの世界には初めからいないし、きっと彼の世界にももういないだろう、『古代』の生き物だった。

ついでに言うと、妖精も村にはいなかった。いたのはクララが森を歩きながら散々警戒していた気色悪い「節足動物」だけだ。


───そして、あの”スギムラ”という人。

『腐った木のテーブル』を、食べていた。そして倒れて、笑い転げていた。

ここに来ると狂うのか。

それまでならまだマシだった。

”スギムラ”の体は、端からだんだんと骨になっていったのだ。肉が腐るなどの過程も無視して、骨に。それも土で汚れてところどころ無くなり、あたかも〈この村にもっと昔から、はじめから取り残されていた〉状態になっていくかのように。

クララも、そんなもの見えていないかのように、テーブルを食べようとしていた。だから僕は、むりやり逃げた。

考えている暇はなかった。

ここは、いてはいけない。



廃村を離れる前、クララは”スギムラ”を『知らない』と言った。

あんなに仲がよさそうに話していたのにだ。

「おーい!次の町が見えてきたぜー!」

クララが前から手を振ってくる。

もし今あの廃村の話を出したら、それも『知らない』と言うのだろうか。

僕がのは”知っていたから”なのだろうか。



いや。あの村を考えるのはもうよそう。

今からあの村にまた行くなんて、考えただけで恐ろしい。

だからあの村は。

今までここにきた人々がそうしてきたように。忘れるわすれられることにしたなった

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