悪役令嬢と、どうぶつえん
雨上がりの湿った草原を分かつ道の上で、金髪のメイドと黒髪の王子様は、目の前の看板に目が釘づけになっておりました。
「動物園」
「動物園だね。うん。」
「いやおかしいだろ!!!!!」
草原のど真ん中には、動物園と書かれた施設がありました。
国の中とかそんなんじゃないです。ただ動物園だけが置かれていました。
「しかし誰が管理しているのだろうね、こんな草原の真ん中で。」
「それだよな…いざ入ったら「お前が今日の餌だ~」とか言って襲われたり、もしくは「お前が動物だ」とかいって人権を無視された扱いで檻に入れられたり…」
「そんなことはないだろう、流石に怖がりすぎじゃないか?」
「この世界、まともな国無くないか?」
「…実質まだ一つしか回ってないだろう。国は。」
「あ~はいはいそうですか。まぁここはスルーだよな。国じゃないし、査察の必要なし!」
「いや入るけど。」
王子はつかつかと門に近づく。
「えちょっとぉ!?待ってくださいお待ちくださいつか待てやゴラァ!!!」
メイドも後に続いた。
『ようこぞ zz…ジジ…園へ!楽しんで……bbくださいね!!』
金属製の格子の扉が、二人の背後で閉まる。
「ほらもうやばいだろ壁色あせてるし音声案内バグり散らかしてるし人の気配しないし帰ろう出よう今日はメイドの稽古があるんだ」
メイドはビビり散らかしていました。
「チョコレートあるよ」
「喧嘩売ってるか?」
「いらないか?」
「…いざって時にとっとけ。」
二人は動物園深くへ歩いていくのでした。
「しっかしなんでこう動物園とかって、廊下とか暗いんだよ…誰もいない分怖さ倍だ。」
「動物園が暗いのは夜行性の動物の所だけだね。完全に暗いのは水族館じゃないかな?あっちは水槽の反射で見えにくくなるのを防ぐためらしいよ。」
「「へ~博識」って言いたいけど、この世界水族館もあんのかよ。転生者様様だな。そのうち異世界としての原型なくなるぞ。」
「あ、ようやく一つ目の動物のようだよ。」
「変なのがいないといいが…。」
透明なガラスかアクリル板だかの向こう側の、明るい檻の中を覗いた。
細めの丸太が立てかけられて、硬そうな土に水たまり、長めの草や小さめ木が生えていて。
「…動物、いないようだね。」
「もっとよく見ろよ?どっかの端っこに毛の塊が…」
どれだけ探しても、いない。近くの説明書きには、ネズミっぽい絵が描いてあった。
「まぁこういうのはありがちだし、他の動物も見てみるか。」
並ぶ2つ目、3つ目の透明な板の向こう側も、覗く。
しかしどれも同じようなものが並んでいて、動く毛玉や鱗などは見当たらなかった。
~~~
10か所程見回ったところで、二人はベンチで休憩することにしました。
「いない。」
「いないねぇ。一匹も。」
「ん~…管理人がいないからみんな死んじゃったとか、建てたはいいけど入れる動物と環境が揃ってなかったとか…そんな感じか?」
「だとしたらなおおかしい。電気は通っていたし、色褪せてはいたけど、極端に壁が風化していたり、ガラスが割れているなんてことはなかった。管理はされていると思うね。」
「あ~そっか。……いっそのこと、【査察】権限でスタッフルームにでも勝手にはいるとかどうよ。な~んて」
「やろう。」
メイドの半分冗談な発言に対し、王子は立ち上がり強く賛同しました。
「え、えぇ…?今日はずいぶん積極的じゃない?」
「動物が、みたい。みたかった。」
王子様の目は、燃えていた。
「お、おぉ…じゃ行こうか。」
道中の檻も見る。動物は当然見つからない。というか、木とか草とかが成長しすぎて、まともに探せそうにもありませんでした。
~~~
「ここか。」
”Staff onry”メイドの元いた世界ではさんざん見た表記です。
「失礼する!【査察】に来たロロ・ディアメルというものだ!!」
王子は扉を蹴り開けた。
そして。
「うわ~~…これは……」
数名の人間が、コンピューターの前で、干からびて倒れていた。
かろうじて人間の形を保っているが、うかつに触ったら枯れ葉のように「パリ」と音がして割れてしまいそうだった。
「大丈夫か!?」
王子は容赦なく揺らす。
「おいおい触って大丈夫かよ……。」
「しっ。静かに。」
王子は耳を澄ます。
……………。
「み・・・・・・・み・・・・つ・・・・・……水……。」
「クララ!!水!!!!」
「うぇ!?あ!オッケーーー!!」
メイドはやけくそで手から水鉄砲レベルの水をかけました。
「あ……あ……水………水ぅ!??!?!?!?」
「ひっ!?」
ひからび人間は、すこしひからび人間に戻っておりました。どうやら水を吸収したようですね。
「クララそのまま!!」
「えぇ、こわ……スポンジかよ…。」
~~~~~
「いや~面目ない。我々も水なしじゃ生きてけないもんでね。」
ひからびていた人たちが全員ふつうの人間に戻ったところで、ひとりが話し始めました。
「ここは動物園。で、我々はここのスタッフ…ってのは、ここまで来たら分かってると思うんだけど。どう?うちの動物園。」
「それについて話があるのですが。」
王子は見たままのことを話した。
「あ~やっぱみんな眠っちゃったかな?我らが大丈夫だったから死んではないと思うけど。」
「どういうことなのでしょうか。」
「ここはね、植物の動物園なのさ。」
「は?」
「んん~~~その反応いいねメイドちゃん!それと後で力借りるね!」
「あ、はい、わかりました。」
メイドは無意識に安請け合いした。日本人って怖いね。
スタッフは語りだした。
「昔この辺に来た誰かがね?『動物を虐げるなんてかわいそう!閉じ込めるなんてかわいそう!食べるなんてかわいそう!』って叫んでね。」
「俺のとこにもそういう人いましたね。」
メイドはそう返します。
「あ君転生者だった?まぁ続けるね。それで、この世界にある日、魔法だとかいう無茶苦茶に自然の摂理を無視できる力が入ってきたもんだから、その人たちのうちの一人が、『植物を動物の代わりにしよう!』って言ってね。そこから、『動物を模した植物』が作られ始めたんだ。」
「それは何故?」
「メイドちゃんの方は分かると思うけど、要は『理由をつけて動物の肉が食べたかった』んだよ。でも動物を食べるのは自分たちの理念に反する。だから植物で動物を作れば。肉を再現できれば、それを食べても植物だといえる。自分たちの名誉は守られる。ついでに必要なのは水だけだし育てるのに動物よりお金かからないだとか、そんな感じだったんだよ、彼らの中では。」
──でもやっぱ、本物にはかなわなかったんだぁ。
「そんな感じで、作られたはいいけどあんまりおいしくないからと、行き場をなくした『動く植物』たちは、まぁ他の普通の動物と繁殖させるわけにもいかないしで、この動物園に置くことにした。見てる分には面白いし。動いてたら、植物でも動物って言えない?言えないか、ハハ。」
ひとしきり説明が終わったスタッフは伸びをすると、
「じゃあメイドちゃん。水を出してもらおうか。」
最近はみんなの分の水がたまらなくてね、なんて笑って
鉄の筒を、向けてきたのです。
メイドの知る単語では、銃というやつでした。
~~~
くどいようだが。
魔法は、転生者の持ち込んだ技術である。願いである。
ただし、この世界には魔力がない。マナがない。魔法を使うエネルギーがない。
だから抽象的なエネルギーの代替として、寿命が消費される。
そして、【操る力】は、体力を消費する。疲労するのみ。
水だって無制限に生成するなりして出せるのだ。そして日がたてば体力は回復する。
これだけ書けば、それが使える貴族や王族は総じて恵まれたものだということがよく分かる。
転生者の身でありながら【力】を手に入れられた【彼】は、立場が悪役令嬢とはいえある意味ではチート転生者に通ずるものがあった。
だが同時に。魔法が来るまで、貴族王族は、その強力な力を市民のために国のためにと酷使させられ続けていたのである。
だから。
/side C
こうなるのは、予想できたはずだ。
「さぁ早く。すっかりひからびてしまったこのタンクを一杯にするんだ。植物さんたちを元気にするぼくらの仕事のためにね。国には報告しちゃ駄目だよ。」
「クララ…判断が甘かった…僕のせいだ…。」
「いいっての。なっちまったもんはしょうがねぇ。」
これは俺の落ち度。
このスタッフたちが植物に対してどう思ってるかとか、あんときガラスぶち破ってでも調べるべきだったとか、今考えてる場合じゃない。
目の前に広がる、水族館のクソでかい水槽みたいなタンクに水を足す。
1時間経過した
俺は座った。
3時間が経過する。
少しめまいがする。
4時間が経った。
雨も降ってきた。でもまだ半分にも満たない。
6時間。
身体が震えてきた。
6時間40分。
「わりぃ…バケツとかもってきてくれ…」
8時間25分。
「クララ…もういい…。」
「ロロ……俺が気絶してたら、電気流してくんね?」
~~~~~~~
15時間何分か。
俺らは解放されたようだった。
「…。」
「…。」
「……。」
「これ…飲み物だ…。」
ボトルを渡される。
「……今…水は見たくねぇな…。」
「…ジュースだ。」
空は暗いを通り越して、これから明るくなろうとしている。
一呼吸。
「いや~すまんな!結局動物見れなかったんじゃない?いや、あの場合〈草動物〉とか?」
「……。」
「【査察】としての意味はなかったけど、俺の限界も知っちゃったし?もっと鍛えないとだな~」
「……。」
「…あんな状況じゃ逃げられないし、断れないだろ。」
「…その体は、【君】だけのものじゃない。」
「んなこたわかってる。でもこの体の運命も、【俺】だけのもんじゃない。部外者の俺が、生きていた【クララ】の歩くはずだった道を邪魔しちまったように。」
「君一人なら、逃げられた。」
「お前がいないと、【クララ】一人じゃ生きていけない。帰れもしない。」
「……そうか。」
これ以上は無理そうだとてもいう感じで、ロロは顔をそむけた。
「…僕らは、友達だ。」
「……え友達だったの俺ら?」
素で返してしまった。
「その反応は、ちょっと傷つくんだが。」
「いやなんつーか…従者と主人?みたいなもんだと…。」
「そんな口調で話す従者がいるかい?」
「なはは、言われちまったぜ。」
じゃあ、と。
俺は拳をあいつに向ける。
「これから俺とお前は、友達だ。」
「……あぁ!」
あいつはそういって、
パーを出した。
「……。」
まじかこいつ。
「親愛の握手」
あ、そういうことね。
握手した。
「友達だから、無理はしないでくれよ。」
「あいあい善処しますよ、親友。」
「親友……!」
王子様は目をキラキラさせていた。嬉しそうで何よりだよホント。
ところで
「あのスタッフたちも、植物じゃなかったか?」
「そういえばそうだね。案外彼らを作った人は、人も食べる方々だったのかも、なんて」
ブラックジョークが鋭すぎる親友だった。
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