悪役令嬢の、野宿とか。

 虫と獣の声響く夜の帳の下で、紫の瞳のメイドと、金の瞳の王子様は、魔法テントを立てておりました。

魔法テントとは、魔法の力で小さく収納できる、どこでも出せる上に中が快適なテントである。マジックアイテムなので、魔力とか寿命とか消費しない。超便利。以上。

野宿じゃないじゃんって?まぁそういいなさんな。

「もうテント立てるのか?まだ…5時半ぐらい?だろ。全然夕方だ。」

「ここは水場だ。ついでに周囲が開けているからいざ敵が来てもすぐ分かる。ほかの宿泊者にとられる前に場所を取っておかないといけないのさ。」

「はぁ。」

メイドはちょっと疲れていた。

「元気がないんじゃないか?やはり旅は嫌だっただろうか。」

「いんや…てか今更だろそれ。旅は好きだぜ?異世界の旅、ふつう憧れるだろ。でもなぁ…。」

メイドは服を押さえた。

「トイレか?」

「お前ホントにコミュ力の訓練したのかよ。マジの女だったらぶん殴られてるぞ…。そうじゃなくてな、虫だよ虫。このミニスカメイドドレスだったらばんばん刺されるのなんの。異世界にまで〈蚊〉持ち込んだ奴いたのかよってな…」

「あぁそういうことか、」

王子は納得した。

「僕は刺されていないけど。」

「ぶっとばすぞ。」

メイドもメイドの訓練をしたのか怪しかった。


~~


ぱちぱちと 焚火のはじける 音がする

「悪役令嬢、心の一句。」

「季語がないね。」

「るっさいですわねー。5・7・5に聞こえたら大体俳句なんだよ。」

「そういうものか?」

「そういうもん。」

メイドは変な常識を教え込んでいた。

「お前が電撃使えるから火の心配なくていいな。」

「僕はライターじゃないんだが、まぁいいか。」


「こっちの魚は良い感じじゃね。」

「の、ようだね。にしても相変わらず思うんだが。」

「ん?」

王子は思った。思っていた。

「君、料理できるんだね。メイドはずっと格好だけかと思っていた。」

「自炊程度だけどな。こんぐらいだったら大体の転生者はできると思うぜ、世代的に。あとはやけくそで炒めたり。メイド試験でも教えられたのはあるけど…材料がめんどくさいというか。」

「魚を捌くのは。」

「…親父が釣り好きでな、嫌々捌かされた。」

「そうか。」

……。

「…いい父親だったんだね。」

「どうだかな。マシュマロも焼こうぜ。」


~~~


「ふぃ~やっぱ風呂はあったかくないとな~。上がったぞ。」

「あぁ。」

魔法テントは風呂にもなる、これ常識。

なお待たされている人は外で待機なので、人数が多いと湯冷めの危険性あり。

「ところで…だな…。」

「ん。」

なにやらうねうねというかもじついている王子様。

トイレか?とメイドは思った。

「その……だな……。」

「おう。」

目の前には湯上り金髪ロリメイド。

それを目の前に顔を赤らめてもじつくその様は、告白前のうぶな少年のようだった。

「あの……」

王子が、口を開いた。







「トイレに行きたいのだが、ついてきてくれないでしょうか。」

「てめぇ何歳だよ、とっとと行くぞ。」

魂とか精神はともかく、体の実年齢的には二人とも14ほどである。


~~~~




「……。」

「……。」

…。

「寝ていますか。」

「……。」

「寝ていますか」

「くどい。寝てる。」

「寝ている人はそんなことは言わないと聞いたのだけれど。」

「お前それ言いたかっただけだろ。」

「ふふ。」

「なんか用かよ。」

「……。」

「寝るわ。」

「……。」

「……」

メイドは舌打ちをした。

「あ~…あれだ。」

「……。」

「お前、旅楽しいか?」

「あぁ、初めは嫌で仕方なかったが。いいものだな、仕事という名目であっても。」

「そっか。」

…。

「…元のクララって、どんな奴だった?」

「僕はこんなだから遠巻きにしか見ていないが、明るく前向きで、友達も多かった。ある事件が起きてからは、それもあまり見なくなってしまったが。」

少なくとも、【悪役】らしくはなかったよ。

王子はそう言った。

「そ…っか。明るく前向きな、なるほど。」

「やれと言ってるわけじゃないよ。」

「まぁそうは言うけどなぁ。」

……。

…………。

「俺、やっぱ迷惑かけてねぇか。」

「なんだい?」

「…なんでもねぇわ。」

「迷惑は掛かってない。助かっている。」

「聞こえてたんじゃねぇか」

「あの里をでてから色々考えた。君の都合だとか【転生者】だからとか───」

「あーうるさい黙れ、俺が悪かった。寝る前に、しかも楽しい楽しい旅の途中にこういう気まずい空気になる話はクソ極まりないからやめだ。」

「そうか。」

「だから、それはまた今度聞く。」

「…そうか。おやすみ」

「おう、おやすみ」



「やっぱまだ遠慮しちまうな」



「なんか言ったかい。」

「寝ろっつった。」

~~~~


「朝から魚は悪くないかもだが…さすがに大きいかこれ…?」

「…………早いね。」

「お前は寝てろ。『主人より2時間早く起きる』が原則だからな。メイドは。」

「教えはしっかり覚えているのかい?」

「んにゃ、初めはからかい半分でメモろうかと思ったけど、メイド長に『これを差し上げます。旅の途中に全て読み切ること』とか言ってルールブックみたいなの渡された。ほれこれ。」

「この厚みは…聖書の倍はある……。」

「俺らのとこだと「国語辞典」が一番例えやすいけどな。売り文句は『カバーをつければご主人様の楯に』だぜ。」

「はは。」


~~


「っし!準備OK?」

「大丈夫だ。トイレも済ませてきた。」

「あいよ~。そんじゃ出ぱーつ!」

「そんなテンション上げて疲れないのかい。」

「どうせ歩いてたら否が応でも疲れるからいーんだよ。初動が大事ってな。」

「ふむ。そういうものか。」

「にっしてもこの世界、異世界だっていうのに、モンスターもろくにいねぇよなぁ。スライムとかゴブリンだとか、一応見てみたかったんだけど。食べられそうな動物としか戦った記憶ないぞ。」

「モンスター?……あぁ~~~そうだねぇ。」

「んだその含みのある言い方。」

「いや……この世界は転生者がよく来るんだ。伝説ができるぐらい昔から。」

「おぉ。」

「それで、君みたいにモンスターと戦いたがる転生者も沢山いるわけで。」

「それで?」

「……君の世界にも〈絶滅危惧種〉というのがいるらしいじゃないか。」

「あークソ、完全に理解した。」

「まぁ、いるところにはいるらしいし、いずれ会えるさ。」

「モンスターに会うまでが長くなる異世界転生って…。」






こんな感じで、彼らは長い道を歩いている。




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