悪役令嬢と、4つの単行本

 右に4本、左に4本、枝のような腕をはやした人型の化け物が、複数ある台に向かって一心不乱に手を動かしている。

 滅茶苦茶に液体をまき散らし、床には呪詛の書かれた紙が散らばり、そして周りには緑に光る球体がゆらゆらと動き回る。

ふと、ぴたりと人型の化け物の動きが止まる。テレビのノイズのごとく揺れるその影は、「幽霊」の名を想起させた。

こちらを、ふりむく。

「お゛わ゛ら゛な゛い゛よ゛お゛おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」

王子は、そっと扉を閉めた。



─────1時間前。

とある里から刀を借りパクした俺と、簡素ながらきれいな装飾の直剣を帯刀した王子様は、樹海といってもいいほど鬱蒼とした森を歩いていた。

というか明らかに樹海だった。近くに青い山あったし。

「なぁ、ホントにこんな森の奥に国があるのか?獣道もろくにないぞ。」

「山奥にだって里はあっただろう?それに、今回行くのは国でも都市でも村でもない。家だ。」

「いえ。」

…家。

「…こんな辺境に住んでるのに、わざわざ【査察】とかいう国の仕事でお邪魔

するのか?絶対人嫌いだぜ。ついでに税金から逃れるつもりと見た!」

「辺境に住んでも旅をしてても税金は取られるよ。」

「うえ…夢がねぇ…。」

「夢って…それにそこの人はちゃんと近くの国に籍を置いている。しかも大金持ちだ!そしてすごい人だ!!」

「ほーん?」

珍しくいい意味でテンションが高い。こいつお金とかそんな好きだったっけ。

「お金じゃないさ。そこに住んでるのは【転生者】!!しかも、この世に「漫画」を広めた大作家なんだ!!!」

「ほへ~。」

そういやこいつ転生者に妙なこだわりがあったな。

俺を助けたのも転生者だからかもな。

「…興味なさげだね。」

「ん、まぁじゃ漫画は滅茶苦茶見たからな」

「そうか。」



「サイン、貰えるといいなぁ…!」

「ほ~ここが…。」

着いたのは、日本の住宅街にありそうな…なんて言ったらいいんだろ。

CMとかでよく見る、家族が幸せそうに過ごしてて、犬とか子供とか走り回ってそうな、白い家(森の中なのでつるまみれになってしまっているが)だった。

キャッチコピーに「温かい家で温かい家庭を」とかついてそう。


カメラとスピーカー付きの呼び鈴を鳴らす。

……

…………・・・・・・・・・

「留守か。」

「まだ早いよ。」

もう一度鳴らす。

…………

……がちゃ。


ゆっくりと。扉が開く。


そこには………その部屋の中心には…人型の化け物がいたのだった。




────────時は今に戻り。

「い゛やぁごべんねぇお゛どろかせちゃっで。」

人型の化け物は、腕を増やす魔法を駆使して漫画を描いていた【大作家】だった。

男か女か判別がつかないほどやせ細って髪も肌も荒れ、声も枯れていた。

そして、光る緑色は、メイドさんたちの頭だった。

「ミドリです。」

「ミロル。」

「ミドロでし。」

「みどりいろがずきなんですよぉ、めにいいっていい゛まずしぃ。さざ、座ってくだざいな、いや~ごんなお若い方がぐにのおじごどとは、よもずえですなぁ。ぼくはカキケシっでいうなまえで作家やっでるんでずげぉねぇ?」

多分だけど目にやさしいのはそういう緑じゃないと思うぞ、外に出ろ外に…。

「とんでもありません先生の大ファンです僕ロロって言いますサインください査察に来ました!!!!!!!」

「うわ。」

ロロが興奮気味に漫画を取り出してサインをねだりながら仕事の話を始めた。

カキケシと名乗った作家のほうも高速会話を始めた。

こりゃしばらく介入は無理だな。

「俺はクララって言います。」

こっちはこっちでメイドさんに色々聞こう。


「なんで作家さん、あんなにびちゃびちゃなんですか?」

喋る作家さんの顔からめちゃくちゃ液体が出ている。床にもテーブルにも飛び散っている。

「仕事柄、瞬きを忘れてしまいがちなようで。〈泣き続ける魔法〉を利用してドライアイを避けてもらってるんですよ。原稿中はアイマスクをつけて描いてもらっています。」

「それ見えないのでは。」

「〈目を開かなくても見える魔法〉でどうにかしてもらっています。」

涙の魔法いらねぇじゃねえか。


「…つぎ。なんであんなに…その……残像?出てるんですか?」

作家さんはホログラムみたいに存在感がじらじらしていた。

「よく見たら分かると思うんだけど、カキタシ様は机で原稿を進めながら、こちらでおしゃべりしてもらってるの。要するにここと机で高速移動を繰り返してるのよね。いま触ったりしたらばちってなるわよ。」

確かに机の方をよく見ると、なにか影が動いていた。

「どっちかだけ進めるってのは…。」

「なしね。仕事熱心だし、ファンも多いし、締め切り自分で早めるし。初めは〈分身する魔法〉とか使おうとしてたみたいだけど、分身した自分と「俺の方がよく描ける!!」って喧嘩しちゃったり。」

だいぶ癖の強い作家さんのようだった。


「あとは…まぁ食べてないんだろうけど、かなり痩せてますよね作家さん。大丈夫です?」

「カキタシ様は寿命のかわりにカロリーをエネルギーにして魔法を使ってるんでし。全部の締め切りがまとめて終わったときとかに三日三晩食べ続けるんでしけど、そんときはまんまるでかっこいいでしよ。」

そんな方法で魔法使えるんだ。これは新情報。…かっこいい?


「にしてもこれ…」

俺は一つの漫画のページを拾い上げる。

「どっかで見た画風なんだよなぁ……。」


「ぎみは転生じゃだっだのがい!!!!!????」

「うわ。」

作家さんが勢いよくこっち見た。いろいろ飛んできた。きたねぇ!

「ってごとはこっちの漫画の画風わがるかい!?」

やたら来い絵柄の原稿用紙を見せられる。

「ノノの珍妙な冒険?」

「こっちは!?」

下ネタや爆発シーンがたくさんあるギャグマンガ風の原稿を見せられる。

「らぐじゃらすしょーまん」

「これとか!!!!!」

「これの元ネタゲームだったよなぁ。名前はえ~っと…」

「くぅ~~~~~~~~!!!!!!!」

作家さんは滅茶苦茶興奮していた。

…ロロさん、話し相手を取られたからって睨まないでください。つねらないでください。

「お願いだ!!!!」

作家さんは頭を下げてきた。

「ぼくの仕事を手伝ってくれ!!!!!!!!!」

「喜んで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ロロさん。勝手に返事しないでください。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「転生チートで漫画を描くことにした??」

「うん。僕の場合は女神さヴぁが出てきて、「願いを三ついえ」みだいな感じだったんだけどねぇ。」


─要約すると。

その願いで

「元居た世界での全漫画の全知識」

「その漫画を完全に描く能力(魔法含む)」

「そしてそれらが行える環境」

を手に入れた。

理由は、「元の世界の漫画全部作って売ったら儲けてうっはうは!!!好きな画風でイラスト描き放題!!!」程度の認識だったようだ。犯罪じゃねぇか。

目論見は当たった。

当たりすぎた。

字だけの本か。絵だけの本か。

そんなところにぶち込まれた、「絵と文の両方がついていてなおかつ状況を理解しやすく、場合によっては音や声が聞こえるような錯覚があり、インパクトがあり、そして時にいろんな勉強にもなるモノ」

は、大人にも子供にもおねえさんにも多大な影響を与えてしまったのだ。

初めに魔法が親しまれてるしということで、バトル漫画を2種類出した。

売れた。

バトル漫画が終了する前に、引き出しの広さをみせるためにラブコメとミステリをそれぞれ5種類出した。

もっと売れた。

ここまでくると切られるのが逆に怖くなり、メイド兼アシスタントを雇ったうえで、

…日常系、グルメ系、ホラー、純愛、悲恋、復讐、BL、GL、18禁、転生物…これ以上は聞き取れなかったが、とにかく際限なく出してしまった。

出版社の中の作家欄にカキケシの名前のないものはなく、世界中の本屋には必ずカキケシの名前が並ぶようになった。

─結果、身体が追い付かなくなった。




「いろんな出版社からせかされちゃってねぇ~~~~~断れなかったんらよぉ~~~~~~…」

「ん~ちょっと分かってしまう日本人精神…。」

「なんだいそれは。」

俺だって捨てたいよこんな断れない病みたいなの。

「それで、僕たちはなにをすればいいのでしょうか?漫画を手伝うとかでしょうか!!!!!!」

うるっさ。

「さすがにそれはダメらねぇ~~~。メイドさんでさえ頼んえるもトーン張りとかベタみたいなやつだからぁ。だから君らには」

コンと、液晶画面の付いた浮いている球体を取り出してコンコンと叩く。中には街が映っていた。

「おたよりのせいりをしてほじぃなぁ~~~。」


液晶画面から録音されたボイスが聞こえてくる。

要はリアルタイム対応の応募はがきを入れるポスト兼テレビのようなものらしい。

「カキケシ先生はどんな生活を」

「カキケシ先生の次回作は」

「あの展開は○○ってことですよね」

「あの複線回収してないのでは」

同じような質問はまとめて正の字で増やしていく。

……。

「これって別に俺らじゃなくてもよくないか?」

「言うんじゃない!!!僕らが大先生に頼られたんです!!僕らが完遂するっ!!!!」

王子様はヤバかった。

にしてもこうやって聞いてると…

「漫画をどうやって思いついたのですか」正正正

「漫画の描き方orコマ割りなどの技術を教えてください」正正正正正正正

「絵の描き方を教えてください。」正正正正

「んぎょほおぉおおおお先生の漫画のプレイやってみたら最高でしたぁぁぁああ」下


「なぁ作家先生?」

「なんだいぃ?」

「ほかの漫画作家はいねぇのか?」

ちょっと考えて、

「いないんだよねぇ~~~。こんなに漫画をたくさん広めてるのにぃ。前に行った出版社でも聞いたけど、だぁれもだしてくれてなかったよぉ。」

作家はそう答えた。

「なんでだよ…。」

俺は溜息を吐いた後、作業を続ける。つもりだった。

「そ!!!!」

「れ!!!!」

「です!!!!」

うるっさ。

王子様が叫んだ。

「カキケシ先生がいけないんですよ!!!!!!」

「えべぇ~~~~~~~???ぼぐいげなかったのぉ~~~!???」

作家先生は号泣しだした。いや元から泣いてたからホントに泣いてるのか分かんないけどさ。

「あぁ違いますいけないってのはそういう意味ではもう本当カキケシ様最高尊いふつくしい最強誰も思いつかない神に感謝あsklfじゃしdf」

王子様はへたくそなりにフォローしようとしていた。

メイドさんとのコミュ力訓練の賜物だろうか、意欲は良いと思うぜうん。

「そうではなく!!カキケシ様が「いろんなジャンル」を全部出しちゃったのがいけなかった…といいたかったんです!!!!!」

「「「「…あぁ~~~…」」」」

もし最初のバトル漫画、それも一つだけだったら。

それを真似して誰かが新しく描いたかもしれない。

あるいはそこから新ジャンルを開拓して、いろんな人がいろんなやり方を増やして行けたかもしれない。

でも。このカキケシ先生とやらがやったのは

「元の世界の漫画の開拓されまくったそれを勢い任せで全部叩きつける」だったのだ。

全部叩きつけられちゃった以上、ちょっと思いついたの描いてみようかなとか考えていた人も、

「まぁカキケシ先生が描いちゃってるし…」

「わたしらがやらなくてもね…」

「練習するまでめんどっちぃし」

みたいな感想が読者たちの中で沸いていたのだ。

てか調べてみると十何名かいた。


「ぞうだっだんだぁ~~~~~ごめんよみんな゛ぁぁぁぁ~~~」

「あぁいえ先生が気にすることではそもそもその程度で折れる情弱どもがそれに僕は先生の事滅茶苦茶応援しますしあxscdzfgfdるt」

「なるほどなぁ。」

転生者じゃないのにその点に気づけたのは極度のファンだからか。

というかむしろ、この流れは俺が気づくべきだった気が…。まぁなんにせよ、

やることはきまったな。

「ほかの漫画家を作るぞ。」

「なんでそうなるんだいカキケシ様では不満ということですか。」

やばい飛びすぎた。睨むなよ王子様よ。

かくかくしかじか。

「なるほど。ほかの漫画家が現れて目が向けば、カキタシ先生がせかされる必要もなくなる。」

「ついでにこの世界特有の新しいジャンルが開拓されるかも。と、なるほどさすがは

メイド長が見込んだメイド様。」

なんでそこでメイド長?と思ったが、アシスタントメイドはじっと胸のバッジを見ていた。そんなすごいもんかこれ。見込まれたのか俺。

「でもどうするんだ。新しい漫画家でてきてくださいと告知でもする気かい?」

「ん~そこなんだけど。」

集計の結果が役に立ちそうだった。

も、当然向こうにはあったわけで。

「〈漫画の作り方〉の漫画を描くのはどうだ?」





~~~~~


「カキケシ先生から大感謝されてしまいました…!!!!サインもできればあと500枚ぐらい欲しかった…!!!!」

「おうおう良かったな。」

森の中を歩きながら、わしゃわしゃと王子をなでる。

これ俗にいう知識チートってことでいいのかな。

いいか。

───作家先生はあの提案に大喜び。

8本の腕を巧みに使い、30分でフルカラーの〈漫画を作ろう!漫画〉を作り出した。

担当係のメイドに渡しながら、

「ぼぐ、全部の向ごうの漫画全部を出版出来だら、完全に゛オリジナルの、自分の全力を注い゛だ漫画を描ぎだいんだぁ~~~~。」

なんて言っていた。

漫画の内容や技術をパクるなんてしているが、その言葉だけは純粋に、漫画が好きな奴の言葉だった。


「ところで、あんなに漫画を出していて、なぜ先生は今まで、〈漫画の作り方〉の漫画を出してなかったのだろう。」

「そりゃ、」

金と知名度が欲しいのに他の漫画家がすぐに沢山出てきゃったら、手に入らないでしょうが。

 〈漫画家になれる!漫画〉は、もちろん売れに売れた。










なお。その数か月後に販売された、

〈カキケシ先生の全力にして最後の漫画!!!!!〉だが。


「おお!!ここは〈きらいステップ!〉の少女の顔!!!ここは〈舞踏剣部!?〉の格闘シーンの画!!!」


「…作画がばらばらで、集中できねぇ……。」


漫画を、まともに買って楽しんだやつは、あのメイドさんとこの事態を知っている王子様の、四人しかいなかったのだそうな。



























キャラの関係性を早い段階で伝えようとするあまり最近暗い話ばかりになってたので、今回はふざけました。

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