番外 王子様とメイド達 

 クララが、負けた。


 いや、ここで僕が折れるわけにはいかない。

 クララ…の今の魂は転生者だ。きっと打開策を出す。

 それにいつかこういう壁が来ることも理解していたはずだ。

 うん。仕方ないことだ。だから

「「「「「「「「何なりとお申し付けくださいませ。ご主人様」」」」」」」」

 ここで、折れるわけにはいかない。


 改めて言おう。

 宣言しよう。

 僕には女性への免疫がない。

 そもそも他人と関わることが無かった上に、僕にメイドはつかなかったのだ。

 どんな会話が正しいのかもわからない。男性と女性とでは話題性が違うと聞く。

 どれだけ本を読んでいても、一つの経験とは大きな差が出る。

 軽いブラックジョークが空気を凍らせるかもしれない。

 何がこの状況を悪化させるかわからない。

 …クララは…まぁ言わずとも分かるだろう。

「お茶が入りましたわ」

「ありがとう」

「お背中お流ししましょうか」

「ありがとう」

「ご夕食のお時間です」

「ありがとう」

 クララが聞いたら「ぼっとかよ」というだろう。

 だが無言よりましだ。

 前に女性との会話の仕方について相談したら、

『困ったら「なるほど」「そうなのか」「超いいね」で乗り切れるってダチが言ってた』と言っていたが、いくらなんでも嘘だろう。



 廊下にメイドがいて、リビングにメイドがいて、寝室にメイドがいて。

 あぁ辛い。とにかく辛い。この空間がつらい。

 そうだ、クララに食事をもっていこう。ついでに愚痴をきかせてやろう。わざと負けてこんな嫌がらせしたんじゃないのかとか言って笑いあおう。

 キッチンに忍び込んで取りやすいパンを数個取る。

 手頃なかごに入れ上着でくるむ。


「どこか行くのですかご主人様。」

 出入口には、黒髪の 見慣れないメイドがいた。

「あぁ、買い物だよ。旅には大量の消耗品が必要だからね。世話好きなのはメイドとしていい事かもしれないけど、一人が好きな主人の無礼講を見逃してはくれないかな。」

 動揺は顔に出さない。表情に関するはちゃんと操作できている。


「そうですか。」

 メイドは笑顔で応対してくれた。

「なりません。」

 その威圧するような声色は、昼に聞いたものだった。


「…。」

「貴方は、あの駄メイドの何を理解していますか?」

 気づかれていたか。だが。そんなのは簡単だ。

「彼女、いや、彼の魂は転生者だ。そして彼自身が、本人が言うには【悪役令嬢】であることを気にしている。。転生者はどんな苦境でも勇猛で、美しく、そして楽しく、余裕で打ち砕く。旅を続けていれば、そんな彼女がきっとたくさん見られる。なんなら必ずしもメイドである必要性は、はっきり言ってないんだ。」


「……メイドもメイドでしたが、主人もなかなか…。」

「どういうことだ。」

「…いえ。その荷物は私が届けます。それから」

 ──鍵は空けておきます。ついてきたければどうぞ。


 当然。開けなくても行くさ。






 聞いた。

 


 何も見ていなかった。何も理解していなかった。

 転生者は、みんなだと思っていた。

 簡単に乗り越えてくれると思っていた。

【彼】を、見ていなかった。

【彼】にとっての【悪役令嬢】の重さを、理解していなかった。

 そしてそれでいてなお、こちらの心配をしていた。

 お人よしはどっちだ。


 ──そして、僕と彼が気づいていなかった、もう一人のことを思い出した。

【悪役令嬢】なんて変なレッテルを貼られている、彼女のことを。

 僕はクララを慰めるメイド長の脳に「電言」を送った。


 次の日、僕に一時的な措置として、青髪のメイドが付いた。

 あのメイド長の友人らしい。本当だろうか。

「君は旅人としてはともかく、ご主人様としては微妙っぽいので、あたしらが責任もって…25%くらい?立派なご主人様にしたげますっ!!」

 そんな感じで、何かが始まった。


「ふむこれは…ダー」

「NO!!偏った知識自慢いけない!!!まずはとにかく褒める!お礼言う!うま

 いねでもおいしいなでも口からビーム出すでも可!!」

 最後のはなんだ。



「あたしにはぁ?何が似合うと思いますかぁ?」

「…………なるほど。このネックレスとか」

「ちっがーう!!ここは似合うのを言ってほしいの!本人が欲しがってるのをあげりゃいいわけじゃねーの!あと単純に高いの選ぶな!!脳の電気信号読むな!!」

 電気信号を読むのは僕の生命線なのだが。欲しがってるならいいんじゃないのか。


「あの、今日はありがとうございました…じゃあ、私帰りますね…?」

「あぁ、気を付けて」

「送って帰るんだよそこは!!!夜道はあぶないでしょうが!!一緒にいる時間を大切に!!」

 あの子は、だいぶ武闘派に見えたのだが。



「あーサイアク、ッチ、ネイル剝がれてるし…」

「つかあいつハブって先行かね?どうせ彼氏んとこだよ」

「へ、へ~いかのじょ、おちゃしな~い。」

「は?」

「あ~やっぱ待てないわ、いこいこ。」


「……。」

「これは…別の修行科目だったわ。」

 何の修行だ何の。




 クララとメイド長の戦いに、僕は作戦として呼ばれた。

 ちゃんとクララの意思で頼ってくれたのは、何気に初めてかもしれない。

 素直に嬉しかった。

 なお作戦名は「デンキウナギ大破壊作戦」だった。

 そして、あのメイド長からの話で、しばらくここで彼にちゃんとした修行をつけさせることにした。




 その後も僕の方でよく分からないのは続いて。

「よし!ゆくぞ四分の一ご主人!!あの子の未来は君に託されたっ!!」

「ありがとう…ございます。」

「最後ぐらい心開けや~。ほれ、ハイターッチ!!」

「…はい。」


 ぺち。



 ~~~




「へ~…そんなこと…あったのか……」

「あぁ。」

「お前も……頑張って…………たんだな……?くっ…」

「あぁ。」

「うん…えらいと思うぜ……けどな……」





「足場悪い山道でずっと俺にしがってくるのは危ねぇだろうが!!何の訓練したんだお前は!!ロッククライムか!?」

「女性恐い…メイド怖い……まだ離れないで……。」

「だぁ~~クソ!!悪化してんじゃね~か~~~!!!!!!!」

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