悪役令嬢と、めいどいんめいど 中
「王子様、こちらでお食事にいたしましょう?」
「王子様、お風呂はいかがでしょう?お背中お流ししますよ?」
「王子様、次のメイドにはこのライラを!」
「王子様☆」
「王子様♪」
「王子様♡」
宿(大きさはお屋敷レベルだが)の窓から中をのぞく。
ロロはメイドに群がられていた。
みんな動きが完璧で、優秀で、見目麗しいメイドたちだった。
俺は宿から離れ、養成所の近くにあった湖に隠れる。
「…結局野宿かぁ~。」
メイド長をハンデありで倒すことすらできない以上、俺はメイドですらない。と追い出されたのだ。
…きっとあの中からロロが選んだメイドは、今までの俺との旅を忘れるぐらい良い旅の思い出を、ロロに与えてくれるんだろう。
ま~、そもそも期間も短かったし?忘れないほうがおかしいし。
「うぅ……山の水は冷たいな…やっぱ……。」
ぱぱっと水浴びを済ませないとだ。山だし。動物とか出るだろうし。
頑張れば水の温度をあげるなんてこともできるが、戦いで使ったぶんの残りかすを風呂として使うには、体力がもたなかった。
「さて、これからどうしよっかな~。飯も調達しないとだな。」
うん。何も問題はない。
あいつはより凄いメイドと旅が出来て、
俺は王子に縛られることなく、旅ができる!
いや~異世界一人旅!!憧れだよな~~やっぱ!
うん!月もまぶしい!夜空も綺麗!この世界超綺麗!!
だから決して、期待に応えられなかったことが悔しいなんてのは、ない。
恩を返せなかったとか、力になれなかったとか、ない。
「何泣いてるんですか?」
「─泣いてなんかねぇよ、メイド長。」
振り返る。いたのはメイド長じゃなかった。
メイド長より一回り小さい、なんというかまさに「あのメイド長の妹です」
って言われても誰も疑わないような見た目の、黒髪ロリメイドがいた。
「私はメイド長の妹、クロムです。」
というか、妹だった。
「どうぞ。」
パンが入ったバスケットを渡してきた。
「えっと?これは……?」
「王子様がやたらこそこそしていたので、拝借いたしました。」
「……なんで俺に。」
「この状況では、あのお人よし王子は、あなたに渡す以外に考えられないでしょう。それとも、犬にあげるとでも思ったのですか?」
クロムに呆れられた。口の鋭さは姉譲りだった。それはそれとして、
「…俺はもうあいつのメイドじゃねえ。」
「諦めるのですか?」
「は?」
「いえ…ところで、姉はやっぱり厳しかったでしょうか?」
「ん。あぁ、それはそうだな。一挙手一投足を全部の訓練で怒鳴られた。マシなのは座学ぐらいだったか、ロロッ…王子様から、世界の知識を色々聞いてメモっといたのが良かったって程度だ。」
「はぁ……そうですか。」
気のない返事をされた。聞いといてなんだそれ。
「でも、メイド長がこの仕事に全力なんだってのは分かった。」
「……。」
「俺はダメすぎて論外だったけど、訓練中失敗した子とかに分かりやすいアドバイスしたり、落ち込んでる子とかめちゃくちゃに励ましたり。年下相手でも全力で支えてて、みんなを最高のメイドとして送り出す!!!!みたいな気迫は感じたな。」
「そう……でしたか…。」
沈黙が流れる。
「でもま!あの人に育てられたメイドが王子様につくってんなら、安泰だわな!」
「あなたはどうして、そんなにロロ・ディアメル様に遠慮しているのですか?」
芯の通った、核心を突くような声でクロムが言う。
「…遠慮なんかしてなかったが?」
「いいえ、しています。そうでなければ、ロロ様が姉に反論したときに同調することだってできた。負けたとしても、真に仕えるものなら、再戦を申し込んで取り返すことだって考えるはずでした。そもそもこれから1人で無一文で、知識もなくこの世界を生きられるのですか?ずっと着いてきたのでしょう?それなのに簡単にあきらめるのは、自ら死を選ぶようなものですよ。」
「んなっ……そんな強引な…。だいたい俺は成り行きでメイドになっただけだし?メイドは、相手の幸せを願う者なんだろ?」
「違います。メイドは、いや。誰かを支えたいと願う人間は、「自身が相手を幸せに導くこと」を喜ぶものなのです。あなたは彼に恩返しをしたいのではなかったのですか?」
あの姉メイドみたいにすべて知ったような口を利くやつだ。
「…。」
俺は1人でも大丈夫って言おうとした。
あいつは俺じゃなくても大丈夫って言おうとした。
それにそれはお前らの美学だろ、って言おうとした。
でも次の言葉が、それをせき止めた。
「あなたは自分が【悪役令嬢】だから、一緒にいてはいけないと思っているのではないですか?」
「ッ……。」
「図星ですか。」
大方ロロから聞いたのかもしれない。でも、それはどうでもいい。
「…そうだよ!あぁそうさ!!」
もう、止められそうになかった。
「知ってるか??【悪役令嬢】ってのはな、散々主人公たちに嫌がらせして、散々嫌われて、最後には無様に死んだりぶっ飛ばされたりして「あははざまぁ見ろチョーウケル」ってみんなに笑われるのが確定してる生き物なんだよ!!!【恐怖を与える力】?そりゃ素晴らしいね!昔のクララちゃんとやらはそれで友達いなくなったっぽいな!!ほんと【悪役令嬢】だぜ!!!」
ここまで口が悪くなるのは、ロロにも見せたことなかったはずだ。一緒に旅しておきながらこんなことも話せていない。反吐が出る。
「転生者だから?『君がいい』だぁ?ふざけんじゃねぇ!!!!!俺の【悪役令嬢】の運命を、本当に変えられるかわかんねぇだろうが!!そんな不幸の塊みたいなのと一緒にいようとか馬鹿か!!!!それなのに………あのお人よしは……そんな程度の理由で一緒に過ごして……!」
「……」
「あいつまで【悪役】になったら……俺には守れない……守る権利もない……!」
─クロムは、静かに抱きしめてくれた。
─小さいころ母親とかに慰めてもらったのを思い出して、温かかったけど、やっぱりちょっと情けなかった。
~~~
「…落ち着きました?」
「……ん。」
パンは冷めてしまっていたけど、それでも美味かった。
「ごめんなさい。立ち入ったことを聞いたみたいで。」
「いい。いずれぶつかる問題だったし。」
「そうですか。」
吐き出せたのは良いけど、もうあまり話したい気分じゃなかった。
「一つ、聞いていいですか?」
「何だ。」
「あなたは、悪役令嬢ですか?」
「…たぶん、そう。あのときはそんな気がした。怖かった。」
初めにこの世界に来た時、ひたすら脳内で「お前は悪役令嬢だ」という脅迫のような絶望に襲われたことを思い出す。
「…洗脳?あるいはトラウマの類か……?」
クロムは何かつぶやいているが、かぶりを振ってまた聞いてきた。
「改めて質問します。あなたは悪役令嬢ですか?」
「質問が変わってないぞ。」
「いえ。あなたの世界の「クララ・ファヴロイト」が物語で悪役かどうかだったかはどうでもいいのです。」
「はぁ。」
気の抜けた返事になってしまった。その物語を知らないんだけどな、俺。
「この世界で生きてきた「クララ・ファヴロイト」は、そして今日ここまでクララとして生きてきた貴方は【悪役令嬢】でしたか?」
───なんでこんな当然のこと、考えなかったんだろう。
日記帳のクララは、悪役令嬢とは思えないほど前向きで、明るくて、トラウマなんてないんじゃないかって感じで、学校では友達を作る気満々だった。
あのメイドちゃんも距離は近かった。普通完全に怖がられている人と、いきなり服を交換しようなんてしないはずだ。
そして俺は……メイドらしいことこそ出来てないが、あからさまな嫌がらせや悪事は、今のところしていない。というか、旅の中でそんなことをする暇はない。
いや、もしかしたらこれは…
「…俺は【クララ】にはなったけど、【悪役令嬢】になった訳じゃない?」
「気づいたようですね。」
脳を氷でぶん殴られたみたいな、変な気分だ。
でも、認識がはっきりする、悪くない感覚だった。
「それから、王子様から伝言です。」
「え……?」
「『【悪役令嬢】は二人だけの問題じゃない』だそうです。それでは。」
クロムはそそくさと立ち去った。
俺ら二人だけじゃない……?
…フロムさん。
今日会ったばかり。メイド云々の意味では大事な問題だけど、俺が悪役令嬢かどうかはあの人には関係ない。
…クロム。
同上。
…うちのメイドちゃん。
いきなり服着せて飛び出してきちゃったけど、大丈夫だろうか。もし前の【クララ】を知っているなら、うまく演技とかしてくれてたら………ん?
前の…クララ?
──この体は、俺のものじゃない。
──【俺】は【クララ】じゃない。
──じゃあ【クララ】はどこに消えた?
──いつか戻ってくるのか?
…仮に今戻ってこられて、こんな山奥で野宿なんてのは、きっとお嬢様には耐えられないだろう。
家に戻れるか?ここまではロロと一緒だったから来れた。
お嬢様が一人で帰るには、あまりにも過酷だ。路銀もない。
…じゃあいざ【前のクララ】に戻った時、ロロが一緒だったら?
最低限の生活は、どうにかなるだろう。現状よりよほどましだ。
「主人を…幸せに導く…。」
だったら俺は、クララを幸せに導く。戻った時、よく分かんないけど幸せって思ってもらうようにする。ここまで人生を引っ掻き回した以上、これは恩義ではなく、償いだ。
もちろんロロにも返せてない恩がある。
今度こそ、完全に覚悟は決まった。
そして速攻、宿に突撃した。
「フロムさん!!!再戦よろしくお願いしまーーーす!!!」
「就寝時間ですよ馬鹿メイド!!!!!!!」
皿を投げつけられた。
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