悪役令嬢と、めいどいんめいど 上

 悪天候の寒々しい空の下。

 目つきの悪いメイドもどきと、幼いながら威厳のある王子様は。

 山を登っておりました。

「ファイッ……おーー!!」

 メイドは手頃な木に捕まり、王子に手を差し伸べた。

「……ゼぇ………ヘェ…………」

 王子様は満身創痍だった。

「そこは「ヒャッハーッ!」だぜ、王子様。」

「今…そういうのはぁ……いい……あと水……。」

「あいあい。」

 メイドは人差し指を王子様に向ける。ぴゃーと擬音が出そうな程度の勢いで、そこから水が魔法のように出てきた。

「んく……んぐ……ふぅ、ありがとう。水を操る力、だいぶ上手くなったんじゃないか?」

「そうか?にしても、こんな不思議な力がとか、じゃあ何が魔法だってんだよ?」

「魔法は約二十年前にだ。だれでもやろうと思えば、すべての属性が使えて、代わりに使う分寿命が減る。しかしそれで一時的とはいえ、生活の質が向上・発展した。ただし同時に、ことしかできない。攻撃にしても、盾だとしても。でも君の【水を操る力】や、僕の電撃は─」

「貴族や王族にしか使えない【遺伝する力】にして、体内器官の一つ。だろ?音程を真似できるレベルで聞いたよチクショウ。」


【遺伝する力】の一つ。

 魔法と違い、先祖代々続いた家系のみが持つ「操る力」である。

 水を操るだけでも、無制限に生成、出す、吸収する、蒸気にする、固形にする、つかむ、形を変える、その他諸々。

 そして魔法のように式や詠唱、寿を必要とせず、強くイメージするだけで形を現す。代償はちょっと疲れるだけ。

 文字通り体内器官にして「操る力」である。

 ───器官という点でいえば、王子様はほぼ「デンキウナギ」になってしまうわけだけれども。


 要するにお偉方は、わざわざ魔法を学ぶよりも自身の既にある力を伸ばす方が効率が良いのであり、好んで魔法を使うものはいないのであった。


 そして【遺伝する力】はもうひとつあるわけだが……


「──だったら、そろそろもうひとつの力を使ってもいいんじゃないかな?」

「【恐怖を与える力】だったか?日記に書いてあったよ。悪役令嬢らしいぜ。」

 メイドは一呼吸。

「軽いノリで使ってミスったら自分が恐怖して発狂するかもしれませんわ!!なんて書いてあったら、使いたくても使えねぇだろ。」

「そこを乗り越えるのも転生者らしい、ひとつの試練なのだと思うけどね。」

「他人事だと思いやがって……。」


 習得は到底無理そうだった。



 ~~~


「着いったーーーー!!!!」

 目の前には白と黒だけで構成された小さい建物の数々。色合いこそ変だが、明らかに村だった。

「元気だね……クララ……。」

 王子は相変わらず満身創痍だった。

「野宿はやっぱ嫌だからな。水浴びだけだと、この長い髪とかガッサガサになるんだぜ?」

「切ればいいだろう」

「……なんで切らなかったんだろう。」

 王子様はマジで呆れた目をした。

「にしても」

 メイドは周囲を見渡す。人の気配はあまり感じられない静かなところです。

「こんな山ン中に村があるなんて…」

「あぁ……そうだね…。」



「養成所です。」


 二人の背後から声がした。

「「ッ!!!?」」


 後ろには。

 黒髪ストレートロングの メイドお姉さんがおりました。


「ここはメイド養成所です。ご主人様。」


 /side C


「メイド…養成所?」

「そうですよ。クララ・ファヴロイト駄メイド嬢。」

 なぜか俺、というかこの体の名前を知っていた。

 そしてなんか罵倒された気がする。


「僕はロロ・ディアメル。【査察】に来た者だ。」

「存じております。貴族・王族の知識はすべて。」

 黒髪メイドは俺たちの前まで歩き出す。そして大袈裟に振り返り


「私はフロム。このメイド養成所[メイドの里]の管理人にして、メイド長を務めております。末永くよろしくお願いします、ご主人様。」


 ~~~

「─こちらはメイド清掃訓練場、メイドとは、あらゆる状況においてあらゆる汚れを掃除する訓練を習得しなければなりません。」

「……………」

 メイド服を着た少女たちが、狭い廊下から広い風呂場まで、スーパーボールみたいに飛び跳ねながらありえない速度で空間を清掃していく。塵は一つもない。


「─こちらはメイド給仕訓練場、メイドとは、あらゆる無茶苦茶なご主人様の頼みごとに、全身全霊をもってして瞬間的に対応しなければなりません。」

「…………………!」

 メイド少女たちはアスレチック遊具みたいな危なっかしい足場やその先の沼地を汚れることなく渡りきり、音もなく「ご主人様ダミー人形」にすました顔で紅茶や料理を届ける。


「─こちらはメイド戦闘訓練場。メイドとは、あらゆる暴虐を尽くす悪から、美しく軽やかにご主人様を守り、対象を処理しなければなりません。」

「…………………………!!!!」

 メイドたちは古くなった「ご主人様ダミー人形」がからくりにより四方八方から襲ってくるのを、銃器、魔法、刃物、体術、あらゆる手段でかわし、叩き、破壊していく。



 そんなこんなで─────

「以上が、メイド養成所の全てでございます。こうして一人前になったメイドが、貴族や王族に送られ、主人の行く先を照らし、主人を最大限支え、どこに出しても恥ずかしくない主人に仕立てていくわけです。とても素晴らしいでしょう?さて、お気に召すメイドはおりましたか?ロロ・ディアメル様。」

「…【査察】の仕事のご協力、感謝致します。ですが、クララを僕のメイドから外すつもりはありません。」

「しかしロロ・ディアメル様。その肝心のメイドがでは、先の旅はないと思われますよ?ちなみに私のおすすめは、あちらの青髪の子です。」


「……………ッ…………………。」

 ──俺は、訓練に全部参加させられ、まともに呼吸できないほどに満身創痍だった。


「はぁ……すべての訓練を合わせて点数にしたとしても100点中5点といったところでしょうか。むしろこの体たらくでここまで来られたことが奇跡なほどです。」

「クララはそもそもつい最近までメイドじゃなかったんだ。仕方ないだろう」

「そんなことは理解しています。中身が転生者だから常識がないということも。しかしその「仕方ない」の判断のせいで、明日あなたが死んだとして、主人を守れなかったメイドをかばうものがおりますか?」

 それは、そうだ。俺は異世界の旅だとか浮かれていたけど、それは「こんな強力な電撃出す奴に勝てる奴はいないだろう」という、ロロに対する盲目的な信用がどこかであったからだ。

 メイドと言っておきながら、散々助けられておきながら、世話らしい世話すらできていなかった。

 水を操れるようになってきた?だからどうした。

 今の俺に王子を、ロロを守れる保証は、ない。

「それに志、向上心も足りません。主人を守ろうと。主人の世話をしようと。主人に全霊を尽くそうという気概がありません。そんな調子ではこの先どれだけ行っても立派なメイドとしては────」

「だったら!!」

 ロロが遮る。いいんだよ畜生。その通りなんだよ。だから庇わなくていいんだよ。


「クララが僕の旅にふさわしいとメイドだと判断すれば、共に行ってもかまいませんね?」

「…………え?」

「…いいでしょう、特別授業です。私に勝ちなさい、駄メイド。」



 ~~~


 休憩を挟んで。

 俺たちは訓練場の一つの、古武道を習うような道場に来ていた。

「冥土道」と筆で書かれた掛け軸がある辺り、ここにも日本からの転生者がいたんだ

 と思う。


 俺とフロムさんは互いに距離を空け、借りた武器を構えて向かい合う。

「心得もないのにカタナを選ぶとは思いませんでしたよ。」

「生憎、元は日本人なものでね。性分ってやつだよ。」

 嘘である。

 というのもこのメイド長、背丈以上のバカでかい斧を軽々持ち運んできたからだ。距離をとって戦わないと、最悪じゃなくても叩き潰されて死ぬ。

 距離という点では銃器がいいかと思ったが、先の戦闘訓練で弾丸を全て弾き返す芸当を見せられたので論外だ。

「怖がらなくても大丈夫ですよ?この道場内では死なないようになっていますから。まぁ、死なないだけですが。」

 見透かしたようにけらけらと笑う。

「あぁ、そうでした。」

 フロムさんは斧でがりがりと床に傷をつけ、自身を中心に半径一メートル程度の円を描いた。

「私はここから一歩たりとも出ません。

 あらゆる手段を用いて構いません。この円から出せた際には、あなたを認めましょう。私はこの円だけですべて回避し、この中のみで武器を振るい、貴女を再起不能にしてあげましょう。なんならそのまま家まで送り届けてあげますよ?」

 なめられている。いや、そこに対して怒れるほど、俺は傲慢じゃない。あのざまなら当然だ。

 でも だけど 

「ここまでお膳立てされたら…引き下がれねぇよな!」

 ロロは理由は分からないが、ここまで俺を引っ張ってきて、ぼろくそに言われた俺をかばってまで「一緒に旅を続けたい」と言ってくれた。

 俺だけ折れてるわけには…いかない。


「両者、構え。────────

 始め!」

 即断即決。俺は全力で突っ込んだ。

 この勝負で俺に使えるカードは

 ・水を操る力

 ・子供ゆえの小柄な体格

 のみだ。

 二番目に至っては筋力とかの差が出るから、一概に武器とは言えないけれど。


 ───だったら、一つを全力で使い倒せ!

「主人のために全霊を尽くす、だったよなァ!!!!」

 水を最大出力で推進力に、そのまま刀を振るい続ける。

 回避され、受け流されるほど、自身の体ごとぶん回す刀の回転は水の勢いも合わさり速くなる。

 俺の脳もぐるぐる揺れる。当然制御は出来なくなってしまったが、勢いで削りきって土俵から追い出せばとりあえず勝ちなのだからよし。ヤケクソ上等!!


「自身の身を省みない覚悟はよしとしましょう。」

「ですが。」

「甘い。」


 フロムさんは俺の攻撃を斧で防ぎながら、右足を勢いよく床に踏み付けた。

 武器ではなく、足。──それも直撃じゃなく、衝撃。たったそれだけで、俺の体は反対側の壁までぶっ飛ばされた。


「──あっぶねぇ!」

 辛うじて水のブースターで壁にぶつかるのは回避したが、


「それでは、今度はこちらから。」

 フロムさんが大斧を頭上までかかげた。

 ────足の衝撃だけでこれだぜ?てかここまで攻撃届くのかよ。

いやいや、死んだわ。

 あ、王子様が観客メイドの陰から手を振ってる。

 おいおい、さよならの挨拶が早すぎんだろ?なんて思ったが、手に何か持っていた。

 日記帳だ。


『もう一つの力』

『【恐れを与える力】』

『ミスったら発狂』


 選んでる場合じゃねぇよ。せっかく武器が残ってんだぜ。悪役令嬢ならここらで究極的な悪あがきしとけってんだ。

「スーーーーー…フロムメイド長ぉーーー!!!」

 さっきと同じように勢いだけで突撃する。

 何が起こるかわからないけど、やけくそだ。

 流石に構えているところに突っ込んでくるとは思わなかったのか、目を見開いていた。

 それでいい。俺を見ろ。恐れろ!俺は悪役令嬢だ!!!!

もうどうにでもなりやがれ!!!!


〈畏怖せよ〉!!!!!!



 目の前が 真っ暗になった。

 /

「おぞましい」

「たかが子供の喧嘩でを使うとは」

「相手の子、未だに意識不明らしいわよ」

「こわいわね。どんな所で育ったのかしら」


 ちがう。あの子たちが私の友達を傷つけたんだ。

 それにこんな風になるなんて知らなかった。

 目が覚めないのはあの子自身の力だ。本当は私に対するいやがらせだった。


「ごめんねクララちゃん。わたし、もうあなたとは遊べない。」

「アタシらも。まぁ親の言うことなんてあてにしてないけどさ?しょうがないよね~。」


 なんでそんな安心した顔をするの?わたしが怖くないんじゃなかったの?

 友達じゃなかったの?


「──の婚約は破棄だそうだ。ハァ……やってくれたな。」

「やめてお父様、クララはまだ子供なんですよ。」

 私のせいなの?

 私がすべて悪いの?

 なんでこんな力なの?

 いないほうがよかったの?

 怖い

 恐い

 こわい


 あぁ、どうか─────

 私を否定しないで。おそれないで


 /




 目が覚めたら、俺は壁に叩きつけられた後だったみたいだった。

 メイドたちはとっくにいなくなっていて、戦いなんてなかったみたいな、きれいな道場に戻っていた。

 指一本ろくに動かせない。

 満身創痍なんてもんじゃない、完全なだった。



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