悪役令嬢と、「はじまりはじまり」

 光漏れる曇天の下、黒髪のショタ王子と、金髪のロリメイドが、手をつないで、仲がよさそうに歩いておりました。

「──いい加減、機嫌を直してくれてもいいんじゃないかい?」

「直すもなにもないだろ。初対面で電撃放ってきたやつが、『僕ちゃんの旅に付き添え~』だなんでよ。」

 そんなに仲良くなさそうでした。

「それについては君の〈悪役令嬢問題〉の解決を手伝うということと、この世界とか、魔法だとかの説明で手打ちってことにしたじゃないか。王子の旅を手伝う、という大義名分があれば、令嬢としての家の束縛からも逃れられるかもしれないし。」 

「そこは一応感謝してるよ。でもなぁ…俺の水魔法?がんばって使ってみたけど、指から水鉄砲~みたいな弱い感じだし…俺じゃなくても」

「君が!!いいんだ!!!!!!」

「うるっさ…。」

 メイドは顔をしかめました。

電撃をくらわされたと思ったら今度はいきなりこちらを助ける代わりに自分の目的に巻き込んでくる自称王子。しかも何やら【自分】にご執心。意味が分かりませんね。

「そもそも厳密には僕らのは魔法じゃないけどね。鍛えればいずれ───

 と、あれかな。」

 遠くに国が見えるではありませんか。テレビもゲームもない世界では肉眼でも遠くまで見えて便利だなぁなんて呑気をメイドは考えました。

「ん、そうみた……そのようでございますね?」

「なんだその喋り方は」

 なんだその喋り方でした。王子は素でツッコむのでした。

「俺は演技派だからな。仮にも王子様のメイドとして動くなら、ある程度風格出した方がよくね?」

 メイドは変なとこでノリノリだった。異世界は誰だって憧れますからね。異世界物の典型として話を早く進めるためにも、順応の速いキャラクターにならなければなりません。

「…ステーキを食べる際のテーブルマナー。」

「箸で食ってました。」

 駄目そうだった。




 /side C


 知らない世界!知らないもの!知らない魔法!知らない旅!

 初っ端のドタバタでビビり散らかしたりテンションが下がったりしていた俺だが、一度あの国から出られて危険が離れれば、こんなものたちに期待せずにはいられなかった。

 逃げられないようにロロとかいう王子に腕を掴まれているが、そうでなければ柄にもなくスキップだって出ていただろう。今の体だと十分柄に合うが。

 ───そのテンションは。国の入り口に近づいたとき、小学生が作ったスライムを砂地に叩きつけたときみたいに下がってしまうのだった。


「てんせいしゃの………くに………」

 そう、書かれていた。


 思いっきり日本語のひらがなで。なんなら明朝体で書かれていた。


「やっぱり、君は読めるんだね。」



「よりによって最初がこんな…こんな……。」

俺はドグシャァと膝をつきOTLしそうなのを何とかこらえて、自称王子と歩く。

「そんな気を落とすことあるかい?ほら、向こうで魔法使ってる人とか、見たいって言ってた亜人とか。それに城と教会もたくさんある。あ、あれ君の世界にもあったんじゃない??」

「そこでぁすよ!!」

「だすよ???」

 ロロの言う通り、確かに〈いせかい!!!!〉って感じの国だ。だが、異世界を「作っている」感が強いのだ。



 城が乱立している。すごいね。なぜか日本っぽい城も混ざってる。

 城門から学生服姿の少年少女がぞろぞろ出てくる。クラス丸ごと転生というやつだろうか。仲がよさそうだったりいじめっぽい雰囲気があったり。

 教会。これまた複数ある。一つの国にこんなに乱立して宗教戦争とかないのか。

 で。教会から制服姿の少年少女がぞろぞろ出てくる。それさっきやったよ。

 最後にお店。これはこの際目をつぶる。日本語が看板にかいてあるし、元の世界であったのと似たようなの売られてるし、聞いたことある言語が飛び交っているけど、これだけ転生者が集まるなら利便性には代えられない。のかも。

 それで、食堂らしき店から、制服姿の少年少女がぞろぞろと……いやなんでだよ!!


 昼を過ぎるころには、国中が学生服だらけになっていた。


 /side L

 しばらく各自自由行動をした後、僕らは休憩できる高台に集合した。

 彼女はてっきり逃げるかと思っていただけに、予想外だ。

「ほい王子様。」

「ありがとう。これは何という食べ物だい?名札がたくさんあったようだけど」

 クララから、さっき買った小さいパンケーキのような食べ物を受け取る。

 これを売っている出店には、店全体を覆いつくすほどの木の名札がかかっていた。読むことはできなかったが、どんな名前なのだろうか。

「名前を口にした瞬間戦争が起きる食べ物。」

「…冗談だろう?」

「なはは、この食べ物限定のジョークだぜ。」

 僕らは高台から、「学生服」達で染まった大通りを見下ろす。

「にしてもマジで〈転生者のための国〉って感じだな。武器屋とかでのお札で買い物してるの見たぞ。逆に俺らの持ってる金だと少し高かったし。町の人もみんな、学生服どもにはあからさまに優しかったな。」

 転生者も転生者でやたら店員になれなれしかったけど、とつぶやきながら、クララも名も知らない菓子を食べる。

 クララは積極的に動いてくれたようだ。入国時は文句を言っていたけれど、それなりに楽しんでくれていたのかもしれない。

「そうか、なるほど、ありがとう。」

「…え、お前は?聞き込みしてないのか?」

 僕はその…あれだよ。

「王子であることがばれたらいけないからね、聞き込みは僕の領分じゃないんだ、うん。」

 決して、昔から人が遠かったから、自分から人との関わるというのががわからないとかじゃないので。

「…そっすか。」

 頼むから哀れみの目を向けないでくれ、うん。

「その代わりといってはなんだが、聞きたいことがあるんだ。」

「お、おぉ?」

 切り替えて、彼女に振り向く。

「転生者はみんな、マジシャンだったりするのかい?」


「は?」

 当然の反応だった。こういう反応が欲しかったのは事実だが。

「君が買い物をしてくれている間、僕は町中を隅から隅まで探索した。怪しい人や怪しい箇所がないかとかね。」

「そういう他国や都市の情報を大国…俺が逃げてきた国に報告するのが、【査察】の仕事だったな。…カスタードだこれ。」

「そう。その探索の中で、学生服の4人組が路地裏に入るのを見たんだ。一人はあからさまに怯えていた。」

「はぁ。いじめってことか?」

「多分ね。問題は路地裏に入った後だ。三人が怯える一人を取り囲んだんだ。…どうなったと思う?」

「そりゃ、いじめがはじまったんだろ、殴る蹴るとか。」

 それはそう、なのだが。

いや、もしかしたら、別人のように。が正しいのかもしれないけど。」

「んんん…?」

 要領を得ないような顔をされてしまう。こういうやたら遠回しな言い方はよくないのだろうか。

「取り囲んでいた学生はになったんだ。体格から服までも変わっていた。逆に、怯えていた学生は、ぼろきれをまとった弱そうな青年になっていた。」

「んな早着替えだか入れ替わりマジックみたいな……あー、そういうことか。」

 僕がマジシャンで例えたかったことが伝わったようだ。

「信じてくれるかい?」

「ここで『信じない』とか言ってここに置いていかれたら、俺生きていけないよ。」

 そんな理由で信じないでほしかった。

 もしかして素直に集合したのもそれが理由なのだろうか。

「まぁそれは半分冗談だとして、腑に落ちたこともあってな。」

 クララは先ほどの菓子の屋台を指さした。

「俺らが買った時、同じタイミングで買ってる男子生徒がいただろ。今あっちで店員になってるぜ。」

 見れば確かに、買った時の店員とは違う者が呼び込みをしている。が、男子ではなく女子であった。

「それから…あれとかそろそろかもな。」

 今度はおしゃべりをしながら歩く女子生徒の三人組を指す。

 一瞬の人影。次の瞬間には、きらびやかな衣装を着たの美女になっていた。

 自在に形を変える。普通の人間ではありえない。

「これは転生者だけに起きているように見える?」

「この状況じゃ、誰が転生者だったかなんてもう判断つかねぇよ。でも、多分そうかもな。」

 再び街を見下ろす。「がくせいふく」の者はもう半分にも満たないほど減っていた。


「あの~…?」

 背後から声がかかる。


 そこには一人の男子生徒がいた。いまだ学生服の。

「俺の友達、知りませんか…?この世界、なんかおかしいですよね…?」




 曰く、学校で転生だか転移だかに巻き込まれた。

 乗り気な友人とついてきて楽しんでいた。

 クラスメイトの見た目が次々に変わり、驚いている間に友人も見失ってしまった。

「異世界転生は楽しくて明るいものだって、アイツ笑ってて…つらいとこから逃げられるって喜んでて…」

「話は分かった。最後に友人と一緒にいたところはわかるかい?」

「ここ、似たような風景ばっかりで…来たばかりなんで…。あっでも、

 迷ったら出てきた教会で集合って言ってましたー!」

 言うが早いか男子生徒は駆けだしてしまった。僕らに相談しに来た意味はないんじゃないだろうか。

「俺らも行くか?」

「当然。」


「タケルーーーー!!!どこだーーーーーー!!!」

 赤い屋根の教会の前で、男子生徒は友人を大声で探していた。

 僕らはそれを尻目に、教会に入る。

「ちょっ、友達探し。手伝ってあげねぇのかよ?」

 クララが引き留めるが、今はそれより探ることがある。

「多くの転生者が姿形、性別までも変わっていて、あの男子生徒だけ未だ変わってない。そしてその男子生徒はこの教会から出てきた。」

「だから何かあるとか?んなこじつけで押し入って大丈……」

「どうした?」

 教壇の前で、彼女の、いや僕らの目は「それ」に釘づけにされた

 /


 水の球体。それに生き物の頭とか足とかが、たくさん生えている。結論から言うとそんなものがあった。

 たまにべしゃりと汚い音とともに零れ落ちた液体が、人とか動物とかの形になって、教会の出口へふらふらと歩いていく。

 人なのに四つん這いで歩いたり、魚なのにヒレを器用に動かして歩こうとしているやつもいた。

「おや。」

 低い声が響く。

「お客様でしたか。…そちらは転生者様ですかな?」

 神父の格好の老人が、俺の方を見てそう言った。

「これを初めて見た方は皆、驚かれますな。」

 異様なものに呆然としている俺達に、聞いてもいないのに語りだした。

「これは人格証明器。まぁ大層な名前をつけておりますが、転生のシステムを利用した、の一つでございますよ。」

「・・・実験、ってのは・・・?」

 声が、震える。多分、この先を聞くべきじゃない。

「本物の転生者様に興味を持ってもらえるとは有り難い。さて、どこから話しましょうかな。」


 ある時を境に、幽霊のモンスターが大量に増える事態が発生したのですよ。

 原因は、〈ほかの世界で転生できなかったものの魂〉でした。

 そちらの世界でも流行ったのでしょう?が。それらの魂がこちらの世界にながれこんできたようなのです。

 しかし神は時に残酷なもので、施しが届かない、いわゆる〈肉体を持った転生〉ができるものはほんの僅かでした。

 とはいえこのまま転生に憧れた魂をモンスターとして討つのも忍びない─

 そんな時、誰かがこう言いました。

 ”疑似的に肉体を与えれば、彼らは本当に転生者としての役目を果たせるのか”

 神が何を基準に〈肉体を持った転生〉を行っているのか判断できれば、捨て置けない、という判断だったのです。

 それ以外の魂??いえいえそんな。

 過去、転生者は皆偉業を重ねてきました。神が選んだはずなのですから。

 それを人為的に判別できるなら。世界に貢献する物語の【主人公】をなら、それはとてもすばらしいことではありませんか?

 失礼、少し話がそれましたかな。そんな考えのもと、この道具は生み出されました。

 集めて入れた魂の質によって形が変化するスライムを作り出し、疑似的に転生を再現する。

 そのまま生きられるようにし、見事〈主人公〉が出来たと判断できれば、改めてスライムではない肉体を作り出し世に送り出す。そういうことを繰り返していくうちに、ここは転生者たちが集まり、自由に作り替えていき、転生者のための国となっていったのです。

言語が通じ、通貨が使えて、まがい物ですが、かつて転生者が求めた都市やモノが、転生者によってこの国で作られている…。

 もっとも、スライムなんて不定形なものを魂の入れ物にしたために、本人の感情や立場がぶれるだけで簡単に姿が変わってしまう、おおよそ人とは思えないものばかりあふれてしまいましたが。

 それに、最近では【主人公】たりえる高潔な魂は─────



 神父の話が終わる前に、外から悲鳴が聞こえた。

 こんな話は、聞きたくなかった。


「どうしたんですか!?」

 勢いよく扉を開けると、そこにはさっきの男子生徒が───全身血まみれでズタズタになった、獣人の女の子を抱きかかえていた。


「タケル……!なんで……なんでこんな……!」

 獣人に、生徒は悲鳴のように怒鳴る。

「つばさ……?…おれのことわかるのか……?おれさ…じぶんのみため、きらいだったんだぁ…でもさ…おまえとぼうけんするなら……おまえが見たいとかいってた…じゅうじんになってみたくて……」

「やめろよ…しゃべるなよ……死んじまうぞ!」

「そしたらおまえといても…おまえがわらわれることもないし……それでしんぷさんにはなしたら……こうなっちゃってさ……ぅ……」

「……!」

「でも…どうよ……?…じゅうじん……みたかったんだろ……?」

「っそんなことしなくても!お前は俺の───」

 少女は 少年の口を塞ぐ。

「……バァカ。かりにもおんなのこが…「どう?」ってきいてんだぜ…?やけくそにほめてよろこばせるのが……おまえのおきまりだろうが………でもやっぱ──」


 ───おまえとともだちで よかったわ




 獣人の少女の体は、ねばついた液体となって足元に零れ落ちた。





「────────ァああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」


誰がやったぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!!!!」




 怒りが、恐怖が、絶望が。

 空気を揺らして伝わってくる。

 その気迫は。その悲しみは。信念は。神をも殺そうといわんばかりの怒りはまるで



───────主人公だ。

 これは。俺じゃない、誰かが言ったと思いたい。

 ただその一言が いけなかった。


「主人公?」「主人公か」「ついに来たんだな」「久しぶりだなぁ」「今回は赤の教会がやったんだってよ」「15年ぶりじゃないか」「いいなぁ新しい研究材料」「賞与は」「名誉は」「どんな主人公になるかな」「魔王を倒す」「復讐」「愛し愛され」「のんびり生活」「どれでもいい」「きっとこの世を豊かにするよ」


 みんな笑っていた。怒る〈主人公〉には目もくれず。


「なんて…傲慢だ…自分たちの先しか見えていないのか…?

 …転生とは、こんなものなのか、こんな扱いなのか転生者は!」

 王子様が感情的だ。でも。

「いいんだロロ。」

 ここは抑えてもらわないとだ。

「ぐ…しかし君だって…。」

「いいんだ…。」


 未だ怒りに震える男子生徒の手には、知らぬ間に剣が握られていた。

 皮肉なことに、とても復讐ものの主人公らしい、まがまがしい形だった。

「───この国の〈主人公〉は、俺達じゃないだろ。」



 俺たちはその日のうちにその国を離れた。暗い曇り空は、今にも雨が降り出しそうだった。

「水を操って傘を作れないかい」

「傘は無理だけど、屋根みたいな板ぐらいなら案外いけるかもな」

 小雨が降り始める。

「雨だな」

「うん、雨だね」


 俺たちは空を見る。

 水の屋根に当たる雨音が強くなる。

「大雨だね」

「そうだな、大雨だ。」

 不完全な屋根から漏れた水が、顔を濡らす。

 それでも俺たちは上だけを見て歩く。



 溶けてしまった〈転生者だったもの〉の跡を、見ないように。

 踏まないことを願いながら。




──────

【俺】

クララ・ファヴロイトという悪役令嬢?の体に転生した、とある少年の魂。推定年齢は高校2年生くらい。一言でいうと”強気なビビり”。【水】を操る力がある。

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