悪役令嬢の、はじまりのおわり 上
───悪役令嬢。
昨今の転生物に追随する形で…というより、転生物のジャンルのひとつとして、最近流行してきたカテゴリである。
ゲームやラノベの悪役令嬢ポジに転生した、結末を知っている一般人。あるいは悪役令嬢ご本人が、自身に降りかかる悲惨な結末を変えるため悪戦苦闘したり、あるいは恋愛とかスローライフとか楽しんだり───テンプレとしてはそんな方向性のものである。
俺は────悪役令嬢モノが、好きでも嫌いでもない。
どれぐらい好きでも嫌いでもないかというと、古本屋に立ち寄った時に必ず転生物のコーナーに行って、好みの絵柄の悪役令嬢モノを片端から流し読みするぐらいには、好きでも嫌いでもない。
そしてそんな俺の目の前には今、目つきの悪い、お嬢様感のある服を着た金髪ロングの幼女がいた。
正しくは、鏡台に映っている俺である。ついでに知らない部屋である。
長い前置きだったが、要するに俺の言いたいことは一つ。
「───今の俺、『悪役令嬢』になってんじゃん。」
どう見ても悪役令嬢だった。
どう見ても何らかの作品の悪役令嬢だった。
……いやいや早計過ぎるだろ。
目つきが悪いだけで顔そのものは悪くないし、もしかしたら主人公サイドだったりしない?最近そういうの多かったりしない?
「いや、アタシはどこまで行ってもこの物語の悪役令嬢だ。その事実からは逃げられない。」
そうだ、そうに決まっている。俺は悪役令嬢だ。
……だからおとなしく誰かのシナリオ通りに死ねってか?ざけんな。
だめだ、脳内で【シナリオ通りにやってほしい自分】と【生き延びたい自分】が喧嘩してる気がする…だがしかし。
「頼むから夢とかであってくれ~…俺この世界の原作知らねぇよ~……。」
物語そのものを知らない。これは創作物系の転生物における致命的なミスである。それこそ悪役物語スタートの場合、即DIEに直結する。
……いや、最近は物語知らない系もあるけど!俺チートスキルとかもらってないんですけど!そもそも死んだ記憶とかもないんですけど!
「いやまだ早い!」
俺はすがるように豪華な室内の引き出しを調べる。壁を見る。クローゼットも開ける。ベッドの下も調べる。
気分は探偵ごっこである。探偵のイメージが某少年しかないけど。
さて。少ないながら理解したことを整理しよう。
日記帳。体が覚えているというにはおかしいけど、知らないはずの文字は容易に読み解くことができた。この『悪役令嬢』の普段の態度、思考や周りの環境が理解できた気がする。多分。
……友達ができないながら前向きな少女だったらしい。多分。
カレンダー。近々この大国の学校に通うことになるようだ。この手の作品の『物語』はだいたいここから始まる。
それでは……演じさせていただく!!
「ハーッハッハッハ!!アタクシの名前はクララ!クララ・ファヴロイトですわ!!この学校生活で!今度こそ素晴らしい友達を作り!最高の青春を貫き通しますわーーーー!!!」
絶対にこんな悪役令嬢はいないと思う。やってみてそう思った。
「お嬢様、今日もお元気ですねぇ」
「アッハァッ!!????」
ノックもなしに失礼でございますわ!?
ワタクシの、じゃなくて俺の背後にメイドちゃんが。
「でも、明日からは学園ですし、早いですからぁ。」
ゆるいメイドちゃんがゆるいオーラで話しかけてくる。かわいい。
「……ん?」
俺は鏡台に映る自分の姿と、目の前のメイドちゃんを見比べる。
メイドちゃんと俺。同じくらいの身長。
メイドちゃん薄めの金髪。俺は少し濃いめの金髪。
目の色は……まぁよし。
「ちょっと、よろしいですの?」
「はいぃ、なんでしょう~?」
「あ、あのぉ。これ、いいのでしょうかぁ?」
メイドちゃんに俺の服を着てもらいましたわ。
ここのセリフだけだと彼シャツ着せたみたいになるけど、悲しいことに悪役令嬢の服である。でも似合っててかわいいのでよし。
そして、思った通りそっくりであった。
「でも、服の入れ替えで遊ぶだなんて、懐かしいですねぇ~」
どうやら本来の悪役令嬢…クララも、昔同じようなことをしていたらしい。ほほえましいものだ。
そして俺の格好はその子が着てたメイド服。
「えぇ…そうね…。ねぇメイドさん。」
「??いつものように、ルーナと呼んで結構ですよ?」
「そうねルーナ…。私はこれから、あなたにとても酷いことをするわ…。それこそ悪役と呼ばれても仕方のないほどの。私を嫌ってくれても、殴ってくれても構わない。でもどうか……強く生きて……!」
やたら芝居がかったセリフを吐きながら、俺は部屋の窓へ近づいた。もう夕暮れ時である。ゆうやけキレイダナー。
「お嬢様…?」
「おさらば!!!!!!!!!」
俺は窓をぶち破った。
ここは二階だった。
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