悪役令嬢、旅好み

箱屋

悪役令嬢と、魔法の浮島

 とある世界の、いつか「昔々」と語られるかもしれない時代。

 青く晴れ渡る空の下。

 草原を突っ切るように舗装された石畳の道を、

金髪の小さいメイドと、それより少し背の高い黒髪の王子様が歩いておりました。

「もうそろそろつく頃では?ロロ様。」

金髪のメイドが、王子様にそう問いかけました。

「今ここには僕たちしかいない。そうかしこまることもないんじゃないか?」

王子様がそう返すと、メイドはあからさまに不機嫌な態度になりました。

「……ってもよ、お前。俺はホントにこの世界の…礼儀?作法?みたいな、知識無いんだって。」

なんとびっくり、メイドは異世界転生の類でした。

そんなことはどうでもいいですが。

「この際、無理にメイドをふるまう必要もないんじゃないか?仮にも【令嬢】なのだから、むしろその権威を使えば旅も楽になるだろう?」

王子様はそう返す。

「それが駄目なんだっての。どんな立場があっても【悪役】だからな。下手に力使って

”お前があの悪役令嬢だったのか!!”

”運命から逃げるとはゆるせない!焼き討ちじゃ~!!”

みたいに、物語の強制力~とかに巻き込まれて死にたくねぇんだよ。ここまでとんずらこいてきた意味もなくなるぜ。」

「僕としてはね。

僕の隣で、

メイドの格好で、

そういう品のない振る舞いをされる方が恥ずかしいんだけどねぇ。あそこで何を習ってきたのやら。」

「それはほんとすいません。」

メイドは苦笑いでごまかした。


パァァァ…………

ドォォォォ…………ン


遠くから爆発するような音が聞こえる。

「こんな真昼間から花火か?」 

「なんにせよ、ようやく村か街か国の近くまでこれたみたいだね。行こうか、クララ。」

「俺にその名前は似合わないよ」

二人は歩みを速めた。

/



そこの住人は皆、俗にいう「魔女」の格好をしていた。あのとんがった帽子にローブみたいなやつな。

箒で空を飛び、ど派手でやかましい魔法をぶつけあい、都市そのものは建物を乗せた地盤ごと、全部宙に浮いていた。


国の外で聞いた音はあれか。


ところで、みんな上にあるので、見てるだけで首が痛くなってきたんですけど。

「ほっほ、見ない格好ですな。入国ですかな?」

魔女の格好のひげがでかいおじさんが、空の都市から箒に乗って降りてきた。


「はい。初めまして、僕はロロ・ディアメル。『査察』に───」

王子が口を開く。

「『探し物』でしたよね?ロロ様?」

はすかさずごまかした。経験上『査察』という言葉を聞いて、たいていの国はあまりいい対応をしてくれなかったから。

「あー…そうだったね。まぁそういうわけで入国したいのだが、どうやってあの浮島にいけばいいのだろうか?」

「ほっほ、ここは魔法の発祥の国でしてね?あらゆるものが魔法を使いこなし、魔法ですべてを解決できる国なのです…が…外の国では全属性の魔法を使えるものは普通はいないと言い伝えられておりましたが、やはりそういうものでしたか。あなたたちは飛ぶ魔法使えませんか。ほっほ」

「は?」今バカにしたか?

「ン゛ンッ……生憎とそういうもののようですね。僕は雷、メイドは水属性しか使えないもので。」

「ほっほ、それではこちらを。ど~こ~ま~で~時計~。これを使えば、この国内の地区であれば、ワープ、テレポート、瞬間移動。行ったり来たりし放題ですぞ。」

懐から取り出したるは、数字の部分に建物のイラストが施された懐中時計。

「…ほぉほ。喋り方にツッコまないのですかな?」

まさかのツッコみ待ちかよ、あえてスルーしたのに…

「えーと、その間延びした喋り方は一体なんなのでしょうか?」

「この国の創始者の教えですぞ。相手の知らない道具を見せつけるときは、こういう伝え方をするのが、彼の故郷の習わしだったそうで。」

絶対に違うだろ。絶対に違うよ。


あとワープもテレポートも瞬間移動も同じだろ。


/

 商業地区で食料の類を買い込んだりした達は、レンガの家々が並ぶ住宅街にワープして散歩していた。

「なんでこの島…というか国は浮いてるんだろうね?」

「店の人の話によると、”優れた魔法使いのいるこの国を外界のもので迂闊に汚染されないように”だとよ。…だそうですよ?」

上空では箒に乗った魔法使いどもが風を鳴らして飛び回っている。街の張り紙を見る限り、レースだか何だかをやっているらしい。

「俺らも魔法使えたらなぁ…。」

「確かに便利かもしれないけど、ひたすら勉強しなければならないし、寿命を使うことで魔法を発動できるんだ。死ぬのを速めてまでそんな大道芸みたいなことはしなくていいだろう?というか、君は水を操れるんだからいいじゃないか。」

「そうは言うけどなぁ…。」


ある程度歩いたところで、僕は路地裏に足を踏み入れる。

「……住宅街まで見て回るのは、さすがの私もどうかとおもいますが。」

クララはやや呆れ気味に聞いてきた。

「そうも言ってられない。【査察】は、他国の仕組み、住民、治安、物の質、その他諸々のを明記し、大国に報告する大事な仕事だ。場所によっては嫌われるのはわかるが、怠慢は許されない。わかったら君も、話せる住民から色々聞いてくれ。」

「クソ真面目でございますね、了解しました。」

 クララ(というとの彼女はあまりいい顔をしないが)は、通りの人々に世間話をする形で情報収集をすすめていく。僕は僕で、目立たないように、路地裏から屋根の上、床下、ある時は下水まで調査をする。

 彼女は人から。僕は環境から。そういう暗黙のそれが出来ていた。


しばらくして表通りで合流する。

「戻りまひは。」

「ごくろ…」

クララはなんか食べていた。

胸に抱えたバスケットには、小さめのケーキ類が詰められている。

「……ほいひいでふよ。」

「…ひとつもらおうか。」

クララは昔から人の心にはいるのがうまかった。それはそれとして食べきってから話しかけてほしかったが。

「んぐ……ふぅ。それとですね…。」

「なんだい?」

「財布……とられました……。」

───ついでにいうと、荒事も苦手だった。



「本当にこっちで合っているんだろうね?」

微弱な電気を出しながら、路地裏を駆ける。クララ曰く、「れえだあ」というものになるらしい。

「でんぱ」から情報を収集できるそうだが…僕がやらなきゃいけないんだよね、これ。


「はい。っというか、偽物の財布なので、そこまで気にする必要もないですが?」

「盗みが起きる国というのが問題なんだ。」

右、右、前、左、左、右。

タバコを吸う青年。

談笑する女性たち。

眠る犬。

泣いている少年。それを取り囲むあからさまにガラの悪い男女。

──石の入った財布なんか持ってきてんじゃねぇよ!

───ホント使えないね。

────闇属性だけの落ちこぼれ。

ここだ。


「やめなさい」


「あ゛?んだよお前ら。」

「そのカッコよそ者だよね~、いいとこの坊ちゃんかなぁ?」

「一属性しか使えないやつ同士で同族をかばいにきたってか?」

その場に下卑た笑い声が響く。浅ましい。




「いやホントその通り!悪いな少年、変なものもたせて。」

クララが、前に出る。視線が刺さる。

「あっ……メイドのお姉ちゃ…ごめっ…」

少年はクララに走ってきて、泣きながらは謝り続ける。

「いやいや、元はといえばそこにいるクソ共が悪いんだから」

少年をいじめていた者たちをに向かってそう言い放った途端、空気が変わる。

”クソ共”はその言葉で、みな同時に魔法の詠唱を始めた。

「──舐めるなよ、クソメイド」

「クララ、荒事は───」

「俺はクララじゃないから大丈夫だ。」

そう、元のクララ荒事は苦手

「──それでぇ?一属性しか使えない落ちこぼれ君に頼らないと、よそものに泥棒もできない臆病な全属性使いくんたちは、どんなカラフルパッピーな魔法をみせてくれるんでちゅかぁ?」

「───殺す。」

路地裏を、文字通りカラフルな魔力の塊が照らす。こんなところで全員の魔法を食らったら骨も残るか怪しいところだ。なんなら仲間同士でも怪我をするだろう。

「お、お姉ちゃ────」

「大丈夫だよ、少年。見てろ」


元の彼女が荒事が苦手理由はもう一つ。

ある時から誰も彼女と関わらなくなった。いや、正しくは

〈クララ・ファヴロイトの血の下に命ずる─────〉


せよ〉

皆が彼女の能力をからだ。



/


 が目を覚ますと、木目の並ぶ、どこにでもあるような天井があった。

「……割と見覚えのある天井だ…。」

「君はその手のセリフが好きだな。」

 ロロがベッドの傍らに座っていた。

「ここは?あとあいつらはどうなった?」

「当然だけどここは病院。それから、あの連中は全員失神、今は身柄を拘束されてる。奴ら、ほかの旅行者にも結構手を出してたみたいでね。運のいいことに、責任問題とかは問われなかったよ。───もっとも、僕が【査察】だと明かすとあからさまに態度を変えたんだけれどね。傑作だよ。」

「マジかよ、怖~。……あの少年は?」

「人が集まるころにはいなくなっていたよ。でも、全属性どうのこうのにこだわらない強さ~みたいなのは、彼なりに見つけたようだよ?そんな顔だった。」

「そうか??そうかな…そうだといいけど…。」

 なにはともあれ、俺が気絶している間に、うまくやってくれたようだ。よかった。

「なにもよくないね。」

「心読むなよ。」

 こいつはたまにこういうことがある。また脳の電気信号でも読んでるのか?

「今の君はクララではないというが、君のはクララそのものだ。いざ戻った時に、体に傷とかついてて、彼女に顔向けできるのかい?そもそも僕は君に一人の友人として傷ついてほしくないし、だいたいあの能力だって、使ったら丸一日気絶するなんて負担が大きすぎるし、あの瞬間相手の魔法が暴発していたら───」

「あ~い…。ごめ~ん…。寝かせて~…。」


説教はモーニングのあとで…なんてな……。

そう願いながら、俺は再び毛布をかぶった。








あ〜?『全属性使い』だぁ?馬鹿らしい、魔法なんて誰でも全属性使えるもんじゃねぇか。


何いばってんだこいつ?

くっだらな、行こうぜ〜



おい見ろよ!闇魔道士───だぜ?またすげぇ伝説が出来たんだってよ!

あぁ、俺が聞いた話だと───

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