第68話 不思議なこと
辺境伯令嬢というのは本来なら一介の自由民では関わり合いなることなどない地位にいる人物だ。
こちらの世界では貴族はそれほどまでに特権階級の存在なのだから。
つまりこちらの世界では自由民でしかない俺が、そう何度も会うこと自体がおかしいのである。
それなのにどういう訳か、上級貴族に分類される辺境伯の令嬢であるエイレインが何故か俺の背後にこうして現れているではないか。
しかも見る限りでは、どうやら護衛も連れずに一人で。
(てか、前と同じで全く気配を感じなかったぞ。これでも結構真力も増えて周りの気配とかにも前より敏感になってるってのに)
まるで初めてあった時に気付かぬうちに背後に立たれていた時のようだ。
あの時も実力者を嫌というほど感じたものだが、どうやらあの頃よりずっと強くなった今でも埋めようもない差が存在しているのは変わりないようだ。
なにせ彼女がその気になれば俺の背後を取ることなど容易ということだから。
これが生まれながら真言の上位互換である権能という力を持つ者の実力ということなのだろうか。
「どうしましたか? ……ああ、もしかして急に声を掛けたので驚きましたか?」
「いや、まあ……そんな感じですかね」
(それもあるけど、そうじゃねえだろ)
お偉いさまが一人で急に現れるなと言いたいところではあるが、その思いは胸に仕舞いこんで黙っておくのが賢明というものだろう。
「それは申し訳ないことをしましたね。あなたと二人きりで話したいことがあったので、護衛の騎士の目から逃げるために気配を消して、そのままにしていたようです。ああ、勿論それであなたに迷惑を掛けることはないように取り計らうので、その点に関しては安心してください」
「はあ、そうですか……」
本当だろうなとか、そう簡単に気配を消せるのかとか、どうして護衛がいてはいけないのかとか、色々と疑問は尽きないが口から漏れたのはそんな言葉だけだった。
エイレインも時間がないのか、こちらのそんな態度を気にすることなく話を先に進めるつもりのようだ。
「小耳に挟んだのですが、どうも最近になってあなたの知り合いの方がこの街に滞在しているようですね。それもどうやら四人ほど」
その言葉を聞いて内心でギクッとする。
その知り合いというのは自衛官の四人に違いなかった。
いくら鍛えている人達だとしても、色々と危険の多い異世界で野宿をさせるのは無謀だし、そもそも魔物と戦って真言を得るためにも体力を回復させる休息は絶対に必要だ。
それもあって俺はなけなしの所持金を使って、自衛官の四人が泊まれる宿を確保しているのである。
俺も自衛官も自由民という立場になり、別にそういう奴らが宿に泊まること自体は何も問題はない。
だけどエイレインが言いたいのはそういうことではないだろう。
「別にそれ自体は問題ではありません。旅人などの自由民が宿に泊まることなどありふれていますからね、また、あなたが手伝って真言を入手させることも何ら違法ではないので、その点は安心してください」
まさか既にそこまで把握されているとは思わなかった。
いや、迷宮を管理しているのはその土地を治める貴族。つまりここではグレインバーグ辺境伯だ。
考えてみればその一族であるエイレインなら、迷宮の見張りをしている騎士などからそれらの情報を得ることなど容易いことなのだろう。
この分だと、手に入れた真言が何なのかも把握されていると思った方がよさそうだった。
「ただ不思議なことがあります。その四人ですが、どうやらあなたやゴブリン被害に遭った例の女性達と同じで、どこからともなく突然このグレインバーグ領に現れたようですね。それも全員がハリネ村の近く、真言や真力などの力を有していないという実に奇妙な状態で」
「……」
見目麗しい女性からニッコリと笑いかけられているという、本来なら男として喜ぶべき状況に置かれているはすなのに、それに反して俺は冷や汗が止まらなかった。
(これはもう完全にバレてると見た方がいいか)
俺は真言や真力だけでなく、転移門についても何か分かることはないかとこうして調べていた。
だけど残念なことに今のところ、それらしき情報に関してはギルドの資料では見つかっていない。
だからてっきり転移門については、こちらの世界でも把握されていない現象や存在なのかと思っていたのだが、このエイレインの様子から見るに、何か知っているのではないだろうか。
(下手に誤魔化そうとしても、ここまで把握されてるならそれも無理だろう。だったらどうにかして情報を得られるようにした方が賢明か)
それも相手の機嫌を損ねないように。
それは言葉以上に難題な訳だが、選択肢がないと思われる現状ではそうするしかない。
「……仮に俺達が何らかの理由でその場所に突然現れたとして、それが何か問題になるのでしょうか?」
「なるほど、否定しないのですか。予想と違って潔いですね」
「この状況じゃ下手に否定しても逆効果だと思っただけです」
そんな俺の言葉に対してエイレインが何かを考えた様子だったが、やがて口を開こうとする。
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