第69話 認識の齟齬
「……護衛が来るまで時間はあまりなさそうですし、なによりそちらも正直に答えるつもりのようなので単刀直入に尋ねましょう。あなた達は転移門を通り抜けてこの場所にやってきた。それに間違いはないですね?」
「ええ、そうです」
その言葉に俺は正直に頷く。
これまで色々と調べてきても情報を得られなかった転移門という単語を口にした以上、目の前の人物は俺の知らない情報を持っているのは確定だった。
そして転移門の情報が自由民の俺でも閲覧できるギルドの資料室では見つからなかったことから察するに、これらの情報は貴族などの一部の特権階級の人間しか知らない事なのかもしれないと予想できる。
「やはりそうですか。まあ正直そうだろうと半ば予想はしていましたが、だとすると最近各地で起きている異常事態もそれが原因で間違いないでしょうね」
実際、目の前のエイレインは驚きよりも納得した様子を見せて、そんなことを言っている。
どうやらこの口ぶりだと以前から薄々は察していたようだ。
その上でこれまでは泳がされていたのだろう。
(だとするとこの異世界では転移門が開くことは、こっちの世界ほど珍しい事ではないんだろうか?)
現実世界では転移門や異世界の存在は大きな驚愕と影響を齎した。
なにせこんなことが起こるなんて誰も思っていなかったし、こんな物語の中にしかないような現象が起こるのを聞いたことも見たことも無いに決まっているからだ。
だから仮に異世界でもこれが同じならエイレインはもっと驚いて良いはずだし、そもそも転移門の存在を知っているのがおかしいことになる。
「やっぱりこっちでも各地で転移門が開いているんですか?」
「確証はないです。ゴブリンの異常繁殖の件が他領や他国などでも起こっていることからして、恐らくは間違いないでしょう。ですがそれだと、これまでにない異常な数の転移門が信じられない広範囲で同時に開いていることになりますね」
「異常な数、ですか?」
てっきり異世界ではこれまでにも同じことが起こっていたのかと思ったが、どうやらそうではないみたいだ。
「我が家の書庫で調べた限りでは、これまでは同時に開く転移門はどんなに多くても数十個ほど。そして門が開く地域も一定の範囲内に収まっていたようです。少なくとも今回のように複数の国に跨って、同時に門が開くようなことは数百年の歴史を遡っても確認できませんでした。そして残念ながらその原因についても不明であり、いつどこで転移門が開くかも把握することも難しいと言わざるを得ません」
転移門が開く原因。そしてその場所は異世界側でも全く分からないとのこと。
となれば対応するにしても後手に回るしかないということだった。
「だとすると今のところは、ゲートマスターが転移門を制御していくしかないってことですね」
現状では対処療法の様に暴走を始めた転移門を見つけたらゲートマスターとなり、地道に暴走を鎮めていくしかない。
そう思ったのだがエイレインはその言葉を聞いて首を傾げていた。
「……それはどういう意味ですか?」
「え、だから原因は分からないけど転移門が暴走しているのは間違いないんですから、転移門を制御できるゲートマスターが対処するってことですけど……?」
そこまで話したところでエイレインがこちらにニッコリと満面の笑みを向けてくる。
そしてそれを見て悟った。
何かは分からないが、どうやら今の俺の発言は迂闊だったのだと。
「転移門を制御する? ゲートマスター? ……どうやらあなたは私達も知らない情報も色々と持っているようですね」
「えっと、あはは、そうなんですかね?」
(どういうことだ? 異世界では転移門の暴走は制御できないってことになってるのか?)
ゲートマスターという言葉についても分かっていなさそうだったし、その可能性は高そうだ。
でも真力を持った状態で門を潜れば自動的にゲートマスターになるはずだし、以前にも転移門が開いたことがあるなら誰かがそんなことは分かっていて当然だとのはずなのだが。
それともこれまで開いていた転移門と今開いている転移門では、その辺りの仕様が異なっていたのだろうか。
そうでもなければゲートマスターの存在を知らないなんてあり得ないだろうし。
「どうやらお互いの転移門についての認識に齟齬があるようです。まずは情報共有をしてそこを解消するところから始めましょう……と言いたいところですが、残念ながら時間切れのようですね」
間もなくエイレインの居場所を掴んだ護衛が到着するとのことで、彼らの前ではこの話をする訳にはいかないらしい。
「この話の続きは後日、改めてしっかりとした場を設けるとしましょう。ですので、くれぐれも私とハインツ以外にこの件に関連することは話さないようにしてください」
転移門関連については貴族が扱う機密情報も含まれているとのことで、下手に吹聴すれば厳罰が科されることもあり得ない話ではないらしい。
(ってことはギルドの資料室でも情報が見つからなかったのもそれが原因か)
隠されている情報だからこそ一般人が閲覧できる場所では見つからなかったということだろう。
それはつまり転移門というものが異世界においても重要な意味を持っていることを指し示していた。
そしてそれを制御できるゲートマスターも恐らく同じくらい重要となるだろう。
「エイレイン様! 御一人で行動されても困ります!」
そんなことを考えていると、間もなく撒かれた護衛とやらがこの場に到着したことでこの話題は終了するしかなくなったのだった。
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