第67話 異世界での本と知識の価値
冒険者ギルドには周辺の魔物や魔境、あるいは迷宮などの冒険者が活動するのに役立つ本などの資料が保管されている。
これらは冒険者登録をしたものなら利用すること自体は誰でも可能だ。
冒険者ギルドとしても腕の良い冒険者は多い方が良いし、情報不足で死ぬ冒険者が少ないに越したことはないのである。
時には魔境から出てきて人里を襲うこともあるこの世界において魔物と戦える人材の育成は欠かせないし、可能な限り戦力の損失を少なくしたいという思惑が働くも当然の流れだろう。
ただしそれらを利用するのも無料ではない。
厳密には通常の資料なら閲覧するのに金は要らないのだが、万が一それらの資料を破損させた時のために閲覧する前に結構な保証金を預けなければならないのだった。
と言ってもこの保証金はあくまで貴重な資料を汚したり破損させたりした時のためのものであり、基本的には返却される。
だから基本的には現実世界の図書館を利用するような形で良い感じだった。
これは異世界での本。
もっと言えば紙やインクの値段が想像以上に高価なことが影響している。
(こっちの世界の紙は羊皮紙みたいに魔物の皮から作られてるみたいだからな。それにコピー機なんてこっちには存在しないし、印刷のような技術は発達していない。だから紙もそう多く作れなくて全て手書きなら値段は高くもなるわな)
それに加えて流通網などに関しても現実世界とは大きく違うのだ。
それもあって異世界では本などは高級品どころか、ある種の芸術品のような扱いをされていることもあってか普通の平民では手が出ないのが当然なのである。
それもあって複数の本を保有していられるのは大富豪の商人や相当な資産を保有している貴族くらいのもの。
だからそれらを手に入れて読む機会がほとんどない平民では、商人などの一部の例外を除けば文字を読めない者も少なくないようだ。
更に数少ない文字を読める者がいても、あくまで簡単なものだけというレベルの者が多く、貴族などの一部の特権階級以外ではある程度の文章を読める存在は割と貴重なのだとか。
そして魔物と戦うという荒事を主な仕事としている冒険者は、残念ながらその傾向が非常によく当て嵌まるようなのである。
それもあって冒険者ギルドには情報の宝庫と言っても過言ではない資料が保管されているというのに、それを利用する冒険者はあまり多くはないらしい。
色々とこの世界の事を知りたい俺は頻繁に冒険者ギルドの資料室に足を運んでいるが、その際に他の冒険者をほとんど見かけないのでそれは本当のことなのだろう。
それどころか受付からは俺は冒険者としてはかなり珍しい部類として見られているようであり、どれほど普通の冒険者がそれらを利用しないのかという話である。
(勿体ないと思うけど、文字が読めなければ貴重な資料も宝の持ち腐れになるしかないってことか)
俺とて転移門の翻訳効果のおかげか簡単な文字なら読めたこと。
そして真力による肉体強化の補正が脳にも働くおかげで記憶力などがこちらの世界ではかなり良くなることもあって、比較的簡単にこちらの世界の文字がある程度まで理解できるようになったからこそ、こういう貴重な資料や本を効果的に利用できているのだった。
もしこれが何の補正もないまままるで見たこともない訳の分からない文字を解読するところから始めるしかなかったとなれば話は大きく違っただろう。
少なくとも自衛官達を鍛えるのはもっと難しくなっていたはずだし。
ちなみに転移門の翻訳効果はゲートマスター限定という訳ではなく、自衛官達にも適応されていた。
まあそうでなければ自衛官達はこちらの世界に住人と会話もままならないということになりかねないので、その辺りは適応されて助かった感じだ。
(そのおかげで俺以外でも異世界の文字を理解する奴を増やすのは難しくはないだろうしな)
でなければ俺がこういった資料から得た情報を現実世界に持ち帰る役目を、下手すればこれからもずっと続けなければならなかったかもしれないのだ。
これも与えられた仕事だし、異世界のことについて色々と分かるのでこの作業が絶対に嫌という訳ではない。
しかしだからと言って自分だけで全ての資料を閲覧するとなれば、このカサンディア支部にあるものだけと限定してもどれだけの時間が掛かるか分かったものではないのである。
(これらの資料の中に転移門とかについても何か分かる情報があればいいんだが)
そんなことを考えながら次の資料に目を通す。
それには真言。
そしてその上位互換とされている権能について書かれていた。
「権能か」
以前に説明された通り強力な真言を保有している魔物を倒した際に低確率で手に入る力であり、強力な権能を得ることができればそれだけで他と大きな差が出来るとそこには書かれている。
(俺も可能なら手に入れたい力だけど、最低でも
それにそんな簡単に手に入る力なら、もっと多くの異世界人がその力をとっくの昔に保有していることだろう。だが現実はそうではない。
そうではないからこそ権能という力を手に入れられれば他と差が出来るのだった。
そしてその力生まれながらにして所有しているのがエイレインだと言っていたか。
彼女こそ小鬼狩りとして俺をスカウトした張本人であり、この地方を統べる領主の一族の人間だ。
となれば権能だけでなく、独占している迷宮で得られる有用な真言も保有しているに違いない。
(そういや最近はハインツも含めて会ってないな。まあそもそも俺みたいなただの自由民が頻繁に会える相手じゃないんだが)
蛙沼以外のカサンディア周辺のゴブリンが異常繁殖していると思われる場所に向かう際でも、特に騎士団が付いてくるということもなかったし。
「ま、その方が俺としても気楽でいいくらいか」
貴族やそれに類する存在とどうかかわって良いのかまだまだ理解し切れているとは言い難いし、下手なことを仕出かすよりは関わらない方が賢明だろう。
報酬さえ支払ってもらえるならこちらとしては構わないし、今後は関わりを持ち事もないかもしれない。
「何が気楽なのですか?」
そんなことを考えながら何となく呟いた独り言に背後から返答が投げかけられてギョッとする。なにせその声には聞き覚えがあったので。
「久しぶりですね、元気にしていましたか?」
そう言って生まれながら権能持ちであるエイレインはニッコリとこちらに笑いかけるのだった。
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