第61話 甲冑亀と常時発動型の真言

 祭壇にあった入口から迷宮の中へと入った形だが、別にそこが遺跡の中という訳ではなかった。


「……草原だな。それも実にのどかな」

「ええ、遠くに湖らしきものもありますけど草原ですね。ここで寝たら気持ちよさそうな」


 見渡す限りの草原と暖かな日差しが降り注いでいる光景。


 それは一見すると迷宮ではなくどこか別の場所に飛ばされたのではないかと思うものだった。


 それこそレジャーソートなどを用意すればピクニックが楽しめそうなくらいに。


 もっともここには甲冑亀という魔物が存在している以上、寛ぐためにはそいつらに対抗できる力がなければいけないだろうが。


「お、湖の傍に何かいるみたいだぞ。あれが魔物って奴か?」

「ここにいる魔物は甲冑亀だけなのでたぶんそうでしょうね。入口の兵士の話では俺達と同じように『頑丈』の真言を得るためにきた冒険者はいないそうですし」


 つまりここにいる人間は俺達だけであり、他の生物は甲冑亀以外に存在しないことになる。


 真力で強化された視力で佐々木さんが指し示す方を眺めると、確かに目当ての魔物が湖の近くにいるのが見えた。


 だってその魔物の外見はどこからどう見てもウミガメだったので。


 この外見で甲冑亀ではない可能性はあり得ないだろう。だってどこからどう見てもウミだし。


「……あの、本当にこれが魔物なのでしょうか?」

「えーどう見てもウミガメでしょ、これは」


 案の定と言うべきか、鈴城さんと初音さんもそんな発言をしていた。それほどまでにウミガメに酷似しているのだ。


「で、これのどこが甲冑なんだ?」

「確かに甲羅はあっても甲冑とは言えないな。それとも普段は閉まってあって危険が迫ると出てくるとかか?」


 魔物と言っても別にその全てが人間に襲い掛かってくる訳ではない。


 中にはこちらから関わらなければ無関心な種類もいるし、逆にこちらを脅威として逃げるような奴もいるのだ。


 そして甲冑亀もその一つであり、俺達が近づいてものんびりと湖の傍でゴロゴロしているだけだった。


 たぶんこちらから攻撃しなければ延々とこんな感じなのだろう。


「それじゃあこれから俺がこいつらを弱らせるので、弱った個体に止めを刺していってください」


 だけど真言を手に入れるためにはこいつらを仕留める必要があるのだ。


 ならばやるしかないだろう。


「一方的に襲い掛かるようであまり良い気分ではないが、力を得るためには仕方がないということだな。お前達もこれは仕事だからな。気は進まなくともやるしかないぞ」


 上司である酒井さんがそう命令したことで他の隊員も覚悟を決めたようだ。


 この辺りは訓練しているだけあってか理解が早くてなによりである。


 そうして俺は無造作に一番近くにいた甲冑亀に近寄ると、まずは軽くその頭部に素手で手加減して殴りかかる。


 これは情けを掛けたとか舐めているとかではなく、確かめたいことがあったからだ。


 攻撃を察知した甲冑亀は、そこで初めてこちらを敵だと認識したようだ。


 身を守るように身体を縮めていた。


(悪いとは思うが、これも仕事なんだ。許してくれ)


 甲冑亀から手に入れられる真言は最後の感知を含めて全部で四つある。


 一番目が第二階梯の『頑丈』という所持しているだけで肉体の防御面が強化されるというもの。


 これは俺達の狙っている真言なのは前にも語った通りである。


 二つ目はゴブリンも持っている第一階梯真言である『鈍感』という真言だが、これは使い道がないので手に入れる必要はない。


 そして三つ目がこの魔物の名前の由来ともなっている第二階梯真言の『甲冑』であった。


 この『甲冑』の真言だが、その効果は割と分かり易いそうだ。


 何故ならこの真言の効果は全身を覆う半透明の鎧のようなものが展開されるというものだから。


 それも任意ではなく常時。


 これまでは見えなかったその半透明な甲冑は、俺の拳が甲冑亀の頭に当たる直前でようやくその姿を露わにする。


 甲冑というには実に薄い板のようなそれだが、それでも当たろうとする拳を遮るように展開された『甲冑』は、大きく罅割れながらもどうにか俺の拳を受け止めていた。


 そしてそれを甲冑亀も待っていたようでカウンター気味に俺の手に噛みつこうとしてくる。


 この際には展開されている『甲冑』は透過されているのかのようにすり抜けるのだから実に不思議なものだ。


 このように甲冑亀はそれなりの防御手段と真力5を保有する魔物なので、初心者が相手にすると結構大変な魔物なのだとか。


 攻撃は噛みつくのが主なので気を付けていれば対応するのは十分可能だが、初心者では『頑丈』と『甲冑』の真言と真力5の壁を超えてダメージを与える攻撃をするのが難しいのである。


 だが残念なことに今のこいつらが相手にしているのは真力を16も保有しているアイアンランクの冒険者だ。


 真力が10以上も差がある上に真言を使った攻撃でもないのでは、はっきり言って話にならない。


 噛みついた箇所に傷一つ付けられないことに驚いているところに再度失礼させてもらって、今度こそ『甲冑』を砕いてその頭部を殴りつけることに成功する。


 そして加減も上手くいったのか、死んではいないものの意識が朦朧としている状態にさせられたようだ。


「……なるほど、聞いていた通り『甲冑』は本人の意思とは無関係に効果を発揮するのか」


 勝手に修復されていく『甲冑』を見ながら俺は常時発動型の真言のデメリットの意味をしっかりと理解する。


 真言を幾ら使っても真力を消費しない魔物からしたら、この真言は常に自動である程度まで身を守ってくれる便利なものなのだろう。


 だけど人間からしてみれば、常に自動で『甲冑』を展開して修復するのに真力を消費するこの真言は地雷でしかない。


 それこそ『鈍感』などの使えないとされている真言よりもずっと習得してはいけないものとされているくらいに。


(展開されている『甲冑』はそれほど強いものでもないのに、それが攻撃を受けて壊れると真力が消費されて肉体の強化が低下するんだもんな。役に立たないどころか持ってるだけで足を引っ張るものでしかないな、これは)


 これなら効果は似てはいるものの、展開する際にのみ真力を消費する『障壁』などの真言の方が良いと言われるのも納得である。


 しかも『障壁』の方は時間制限があるせいか、展開できるものの防御力も断然上だと聞いているし。


 常時発動型の真言についてのあれこれという、知りたかった情報も知れたので後は仕事を終えるとしよう。


 こうして俺が抑えて動きを止めておけば自衛官の四人が攻撃を受けることも無いだろうし。


「真言は五つになるまでの最初の内は割と簡単に手に入ってしまうので、くれぐれも『頑丈』を手に入れた後は手を出さないようにしてくださいね」


 攻撃に関しては『甲冑』は俺が割ればいいし、そうじゃなくても新調した銅の短剣を貸しているので問題ないだろう。


 そのしばらく後、四人が『頑丈』の真言を手に入れてことにより、一先ず最低限の仕事を俺は終えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る