第60話 古代帝国と迷宮

 馬車を乗り継いで辿り着いた迷宮はハリネ村近くの朽ちた遺跡によく似ていていた。


 もっともあちらには迷宮の入り口にあたる場所は存在していない。


「本当にあの祭壇の上が入り口なのか? 何もあるようには見えないが」

「一定の距離まで近付けば別の場所に飛ばされますよ。それこそ転移門のような感じで」


 迷宮の入口は遺跡の祭壇のような場所の上に存在している。


 ただしそれは物理的な門があるのではなく、何らかの力が渦巻いているような形でだが。


 そして真言を持っていないからか自衛官の人達はそれを感じ取れないようだったが、真言を有しており転移門のゲートマスターである俺はその力とやらに覚えがあった。


(近寄ると別の場所に飛ばされることと言い、本当に転移門とよく似てるよな)


 古代帝国の遺産とされる迷宮の入口が転移門と似ている。


 だとすると転移門もその古代帝国が遺した代物なのかもしれない。


 今の人類がまだ生まれていない時代において、古代帝国は古代種と呼ばれる存在によって建国されたとされている。


 ただ古代種について分かっていることはほとんどなく、どんな姿形をしていたのかなどの大半は謎に包まれたままだとか。


 分かっていることは古代種が叡智を極めたと称されるほど賢いと同時に非常に長命な存在だとされていること。


 それとそんな長命の古代種が治める古代帝国が今に至る長い年月の間に滅んでしまったことくらいだ。


 その正確な原因は不明なままで。


 一応古代帝国ですら抗えない災害が起こったとか、強力な魔物の群れに全てが呑み込まれたとか、はたまた古代種自身が生み出した技術の扱い方を間違ったとか、考えられる限りの色々な説があるらしいが確定的なことは何も分かっていないらしい。


 なんでも千年以上生きるとされた古代種も古代帝国が消滅した際に絶滅してしまったのか、現代ではその末裔なども確認されていないので確かめようがないのだとか。

 

(もしその古代種が転移門とかを作り上げた存在なら、その扱いを間違って滅んだ可能性もあり得なくはないのか?)


 例えば、暴走した超巨大な転移門によって古代種がこことは異なる世界に飛ばされてしまったとか。


 現実世界の俺がこちらに強制的に転移させられたみたいに。


 証拠は何もないので妄想でしかないが全くあり得ない話ではないと思う。


(って、そんなことをいくら考えても答えは出ないよな)


 既に古代種は絶滅して久しいとされているのだ。


 遺跡などの残された遺産から汲み取れる情報も多くはないので、どうやっても正解は分からないだろう。


 だから今はそんないくら考えても分からないことよりも迷宮の入口付近で見張りをしている兵士たちの対応を優先するべきだ。


 と言ってもこの迷宮は冒険者などに広く開放されているので、近付いただけで警戒されるということもない。


「……見た感じ冒険者か? 後ろの奴らはよく分からない恰好をしているみたいだが」

「ああ、俺はアイアンランクの冒険者で今日は後ろの連れに新たな真言を習得させるためにここに来てる」

「なるほど。お前は付き添いってことか」


 こうやって冒険者志望の若者などに先輩冒険者が付き添って真言を習得させることはそれほど珍しいことではないので、そこは特に問題にならずに納得してくれた。


 この言葉から分かる通り、実は先日のブロンズランクの魔物である雷電蛙の討伐の功績もあって俺はアイアンランクへの昇級を果たしていた。


 ただ昇級といっても素人同然のストーンランクから抜け出せただけで、まだまだ一人前には程遠いそうだが。


 そしてストーンランクからアイアンランクにランクアップした際に与えられた鉄の証を懐から取り出して相手に見せる。


 今は鉄の証だが、ストーンランクの時は石で作られたものだったことからも分かる通り、そのランクに応じた金属の証が冒険者ギルドから与えられるのだった。


「習得予定の真言は?」

「第二階梯の『頑丈』」だ」

「となると甲冑亀が狙いだな。それなら付き添いは一人でも問題ないと思うが、無理はするなよ」


 先程も述べた通りアイアンランクは冒険者として一人前と言える肩書ではない。


 だけどこの場ではそれが有効であり必要だった。


 何故ならほとんど制限を求めていないグレインバーグ領でも、基本的に迷宮へは冒険者や兵士などの戦いを生業にする者しか入れないようにしているのだ。


 迷宮の魔物の強さは外と変わらないし、そいつらに殺されても復活できるなんて都合の良いこともない。


 だから最低限の魔物と戦える者でなければ、魔物による犠牲になるのが目に見えているのである。


 だからこうして見張りの兵がいる理由の半分は、無謀な挑戦者が勝手に迷宮に入るのを止めるというものらしい。


 だからアイアンランクの俺の付き添いがなければ、冒険者の資格どころか真言を一つも持っていない四人では危険だからと迷宮に入らせてもらえなかったことだろう。


 そうして簡単な審査を無事にクリアした俺が入場料を支払うと、それを受け取った見張りの兵士が祭壇近くの装置を弄り始めた。


「あれは何をやっているんだ?」

「あの端末を操作すると祭壇から転移する階層を設定できるそうです。だから今は甲冑亀のいる階層へ繋がるように設定している形ですね」


 大半の迷宮には幾つかの階層があり、階層ごとに出現する魔物が異なるそうな。


 そして鬼の迷宮と呼ばれるこの場所では、小鬼ゴブリンのようなストーン級の魔物から中鬼ホブゴブリンのようなブロンズ級の魔物が出現する階層が存在しているらしい。


 強い真言を求めるのなら、よりランクの高い魔物がいる階層を狙うべき。


 だけど真言を持たない四人がそれを行なえば、まず間違いなく魔物の餌食になるのは明らかだ。


 だからこそ彼らでも相手ができて、何かあっても俺が対応できるだろうストーン級の魔物を選んだのである。


「よし、準備ができたぞ」


 見張りの兵士からゴーサインが出たこともあって、俺達五人は迷宮の入口である祭壇に向かうと甲冑亀が待ち受ける階層へと転移するのだった。

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