第59話 異世界での移動手段

 翌日、俺達は定期的にハリネ村などを巡っている行商人の到着を待っていた。


 その行商人の馬車に金を支払って適当な街まで乗せてもらうために。


 異世界では道は舗装されているはずもないし、ましてや車などの現実世界のような素人でも簡単に扱える便利な移動手段もほとんど存在しない。


 だから余程の金持ちでもなければ移動は徒歩、あるいは馬や馬車を頼ることになるのだ。


 なおその費用だが今回は俺が出して後々返してもらうことになっている。


 異世界で日本円など通貨としての価値はないし、今の自衛隊などではこちらの貨幣を稼ぐ手段もないから仕方がないのである。


「しかし移動手段が馬車だけだというのは不便だな」

「あくまで一般的には流通していないだけで、高位の貴族とかは真言や魔石を利用して作られた飛行船のようなものを所持しているらしいですよ。もっとも作るのには貴重な素材や白金貨が大量に必要になるらしいですけどね」


 貴重だから普段使いされることはないそうで俺もまだ目にしたことはない。


 ただこの辺境伯領では年に一度の王都で開かれるという貴族会議に辺境伯が向かう際に使用されるそうだ。


 そしてそれが庶民には年の一度のちょっとした行事として扱われているそうだし、いずれは目にする機会もあるとは思う。


(まあでもそんなものがなければ年に一度も王都に行けないよな)


 辺境の名が付くように辺境伯領は王都から遠く離れた地に存在している。


 それで馬車で移動するとなれば、それこそ月単位での移動時間が必要となると思われた。


 なお飛行船がない時代では王都に代官などを常に置くか、魔石を利用した通信手段などでどうにかしていたらしい。


 そんなに無理してまで年に一回も会議を開く必要があるのかと思わなくもないが、色々と事情があるとかで毎年開催されているとのこと。


「白金貨か。まともな稼ぎもない現状では夢のまた夢だが、もし仮に日本政府とこのラターシュ王国が国交を結んだならそれを一時的にでも借り受けることなどはできないだろうか? それがあれば我々の移動手段としては最高なんだが」

「さあ、それは俺にも分かりません。ただ基本的には貴族しか保有を許されないそうなのでかなり難しいとは思いますよ」


 制空権という概念がこちらの世界にもあるのかは分からないが、少なくともそうやって制限を掛けているところから察するに、ある程度は空を支配されることへの警戒がされているのだろう。


 それを考えると安易に貸し出すとは思えなかった。


「だとするとどうにかして他の移動手段を確保しなければならないか。馬を確保できたとしても乗馬経験のない隊員も多いだろうし頭が痛い問題だな」

「馬も種類によっては非常に高いそうですからね」

「つまり何をするにしても金が必要になる訳か。異世界でもそういう面は世知辛いな」


 こちらの世界でも馬によく似た生物は存在しており、そいつらが流通や移動手段として大いに重宝されている。


 ただしその中には現実世界では存在しないような奴もいるそうだが。


 それは八足馬という名が表す通り、八本の足を持つ馬のような魔物のことだ。


 魔物だからただでさえ普通の馬よりも頑丈な肉体をしていて力も強い上に、なんとそいつは『加速』と『俊敏』という真言も有している。


 それもあって真言も発動して全力で走らせればとんでもない速さで、生半可な悪路などものともせずに疾走するとのこと。


 聞いた話では力の強い個体は険しい山道すら難なく走破して登山すら可能にしてしまうらしい。


 もっともその代わりとってはなんだが騎乗者がその性能を御し切れず振り落とされることも多いのだとか。


 また稀少な魔物だからか値段もその分だけ張るそうだ。


(伯爵令嬢のエイレインですらハリネ村に来た時も普通の馬を使ってたし、そう簡単に扱える奴じゃないんだろうな)


 それに仮にどうにかして八足馬を手に入れても生物である以上は管理する必要もでてくる。


 それは普通の馬も同じだし、厩舎などを建てるとなれば金だけなく土地も必要になるのだった。


「つまり現状だと自分達用の馬を用意するのも夢のまた夢ってところですね」


 そんな風に村の入口付近で酒井さんと話をしていると、村の外に出かけていた村人が戻ってきた姿が目に入る。


 そしてその中の何人かは俺の顔を見て反応を示してきた。それもあからさまに嫌そうな。


「……おい、なんでまた小鬼狩りがいるんだよ。大分前に出て行ったんじゃなかったか?」

「俺が知るかよ。どうせまたゴブリン退治にでも来たんだろ」


 そんな風にこちらを煙たがるような反応を見せているのは、以前にゴブリンの群れをハリネ村に連れてきてしまったマグナのような奴らの生き残りだ。


 身勝手な行動により犠牲を出したことで色々と責められたようだが、俺が亜種を仕留めに行っている際の村に襲ってくるゴブリンの群れと戦ったことで最終的にはある程度の罰を与えるだけで許されたらしい。


(恰好を見るに、食料を狩ってきた帰りってところか)


 罰として色々と村のために働かせられているのだろう。


 以前よりもずっと自由な時間も制限されているそうだし、疲れもあるのか不満そうな態度が浮かんでいた。


「くそ! なんであんな小鬼狩りは俺達と違って感謝されてるんだよ」

「だよな。俺達だって悪かったけど、あんな奴が褒められるのは納得がいかねえよ。貴族から少なくない報酬も貰って話だしよお」


 小声なら聞こえないと思っているのかコソコソと悪態を吐いている若者連中。


 あれから時間が経ったせいなのか、反省の色が大分薄れているようだ。


 それとも隠れて余所者である俺に不満をぶつけないとやってられないくらい荒んでいるのか。


(だけど生憎と全部丸聞こえなんだよなあ)


 真力が10を超えた辺りからだろうか。


 それなりの距離が有っても真力で強化された聴力が小さな声も拾ってしまえるようになったのである。


「おい、よせよ」


 だからそいつが若者連中を制止するのも聞こえてきた。


 その人物は意外や意外。


 以前は誰よりも率先して俺に悪態を吐いていたマグナである。


「俺達はやっちゃいけないことをしたからこうなってるんだ。そこにあいつは関係ないだろ」

「それは……そうだけどよ」

「でもよマグナ。お前だって内心じゃムカついてるだろ。あの一件のせいでお前とエリーナだって……」

「黙れ!」


 その言葉が何らかの逆鱗に触れたのか、マグナがこちらにまで聞こえるような怒鳴り声を発する。


「わ、悪かったって。そんな怒るなよ」

「……あいつへの文句を言うのまでは止めねえ。でもそれは俺のいないところでやってくれ。俺はもうあいつと関わりたくないんだ」


 そんなことを言い残して村の入口に向かってきたマグナは、一度も俺の方に視線を向けることなく横を通り過ぎていく。


 それに対して俺の方も掛ける言葉などなかった。


 仮にあの一件のせいでマグナとエリーナが破局に陥ったとしても自業自得としか思えないし、仮に俺が慰めの言葉を掛けても機嫌を逆撫でするようなものだろうし。


(全く面倒だな)


 ゲームなら討伐イベントをクリアすればそれで終わりだが、ここは異世界であっても作り物の世界ではない。


 そのことを嫌というほど思い知らされながら、やがてやってきた商人の馬車に乗り込んでハリネ村を後にするのだった。

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