第58話 魔境と迷宮と魔物
真力による肉体強化がある俺が疲れないのは当然として、その強化がなくとも整備など全くされていない険しい山道を難なく踏破した自衛官の四人は流石の一言だった。
やはり普段から訓練しているだけあってかなり体力があるらしい。
そしてその日はハリネ村で空き家を使わせてもらう。
前もって許可をもらっておいたしその対価として周辺のゴブリン捜索及び退治を引き受けておいたのだ。
「それで明日は迷宮とやらに挑むのだったな」
「ええ、そのつもりです。そこで全員に第二階梯の『頑丈』の真言を手に入れてもらいます」
手合わせをしたことである程度はこちらの実力を認めてくれたのか、隊長の酒井さんが前より柔らかい感じで尋ねてくる。
この『頑丈』という真言は肉体の強度を上げて防御力を増してくれる真言だ。
真力による強化と合わせれば第二階梯でも肉体の強化はそれなりのものとなることもあって、冒険者などの戦い者が最初に獲得すべきと言われるものの内の一つだ。
(本音を言えばその上位互換である第三階梯の『頑強』を習得してもらえたら良かったんだが、真力がないこの人達を連れて行くとなると無理はできないからな)
防御を固めて生存率を上げてもらうつもりなのに、その前に命の危機に晒すのは本末転倒というものだろう。
「『頑丈』の真言が得られる甲冑亀はストーン級の魔物の割には防御力が高い魔物ですが、その代わりに動きは遅いので初心者でも討伐は可能だそうです。なのである程度までは俺が削った後に囮となって、その隙に皆さんには止めを刺してもらうことになると思います。今の俺のメイン武器である銅の装備を使えば攻撃は通りますし」
こちらでは蛙沼と呼ばれる沼地のように自然発生した環境で特定の魔物が多く生息している場所を魔境と呼んでいる。
他には多数の
魔物であろうと魔境に生息している奴らは生き物なので、各々が生存に適した環境で生きており、その大半が繁殖して数を増やしていく。
ゴブリンなどは特定の生息地を持たないが、生きて繁殖しているという点では同じである。
そして雷電蛙の例から分かる通り、魔境の魔物は討伐すればその全身が素材として利用可能となる。
それに対して迷宮は自然発生したものではないとされているのだとか。
遥か昔、それこそ千年以上も前に滅んだとされる古代帝国が遺した遺産だとかで、複数の階層やフロアで構成されており、更にその階層ごとに違う種類の魔物が一定の周期などで作り出されるとのこと。
ただし作り出された魔物を討伐した際に残るのは各魔物の魔石だけであり、それ以外の肉体は消滅する。
それもあって迷宮の魔物は自然発生した生物ではなく、古代帝国の技術で作り出されたある種の作り物とされているようだ。
ただし作り出された魔物でも危険度や強さは普通の魔物とほとんど変わらないし、敵対者を容赦なく殺しに来る点も同じだ。
また肝心の真言も迷宮の魔物から手に入る。
一説には、迷宮は古代帝国が真言や魔石を効率的に手に入れられるために作った訓練施設や生産施設なのではないかと言われているそうだ。
その真偽は分からないが、なんにしても真言や魔石を効率的に手に入れられる施設であることには変わらない。
だから基本的にはその領地を治める貴族が迷宮を管理しており、その許可を得ることで中に入れるようになることが多いそうだ。
「作り物の魔物か。まだ私達は魔物という生き物を見たことはないが、そういった生物と見た目などは何も変わらないのだったか」
「ええ、倒した際に肉体が消える点を除けば外の魔物と何ら変わらないです」
何故俺がそれを知っているかと聞かれれば、リュディガーと共に新たな真言を手に入れに行った場所がとある迷宮だったからだ。
グレインバーグ辺境伯領には全部で五つの迷宮が存在しており、その内の三つは入場料を支払えば誰でも中に入れる。
だから俺はその内の一つに欲しい真言を手に入れに行ったのである。
なお、残る二つの通常では入れない迷宮では特別な真言や魔石が手に入る魔物が現れるらしい。
そしてそれらを独占することにより貴族や王族は君臨するための力を維持しているとのことである。
(それにしても迷宮の小鬼でも『小鬼感知』の真言はしっかり通用したのは驚きだったな。真言でも外の魔物と迷宮の魔物の区別がつかないんだから)
討伐するか迷宮の外に連れ出すと魔石だけを残して肉体が消滅する。
外の魔物との違いは本当にそれだけである。
「生物を作り出す。そんなことが可能な施設が千年以上も先まで残っているなんて、滅んだ古代帝国が築いていた文明や技術の高さが窺い知れるな。それこそ下手をすれば現代の科学すらも一部の分野では大きく上回っていたのではないか?」
「かもしれないですね。ちなみに噂によると転移門で移動したハリネ村近くの遺跡も昔は迷宮だったのではないかって話もあるそうです。ただそうだとしても今は壊れてしまって使い物にならないみたいですが」
あまりに長い時が経過したこともあってか、今でもどうにか稼働している迷宮もあれば、壊れてしまったのか魔物を生み出すことのなくなった迷宮も数多く存在している。
真言と魔石を定期的に入手が可能な迷宮の存在は異世界の国々にとっても大きな意味を持つ。
だから貴族達は管理を任されると同時に、それらの迷宮が機能停止しないように維持することも役目なのだとか。
俺としても今後は迷宮を活用させてもらうことも増える予定なので、グレインバーグ辺境伯家にはしっかりその維持に努めてほしいものである。
俺自身はもうすぐ一先ずの限界である十個までもうすぐだが、この先は目の前の四人の自衛官のような形で真言を手に入れる人も増えるだろうから。
(そして俺はゴブリンの真言という無駄がない人達にやがては追い抜かれていくと)
それは前々から分かっていたことなので仕方がないことだ。
なにせ俺がここから無駄のない真言の構成を作るためには、それこそ異世界で恐怖の象徴とされている真言喰いに真言を喰らってもらうしかないので。
ただしその際はまた一から真言を習得するとこからやり直す必要があり、そのために魔物が蔓延る世界で唯一といっていい対抗できる力である真力や真言を失う気にはなれなかった。
(真言を失ったらゲートマスターの資格もどうなるか分からないしな)
だから俺が力で優位を保っていられるのも今の内だけ。そのことを胸に刻みながら、そうなった時にどうするかをボンヤリと考えるのだった。
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