第57話 自衛官との力比べ
「つまり端的に言えば俺の実力が信用ならないってことですね?」
制止してきた酒井さんの話を要約してしまえばそういうことだった。
もっともそれは別にこちらを侮っているとかではないようだが。
「気分を悪くさせたならすまない。だが危険な場所で部下の命を預かる隊長の身として、本当に君に聞いていたような力があるのか確認しておきたいんだ」
これでもし俺の実力が想定と違っていた際は自分達が守る必要があると思っているようだ。
俺は既に異世界で冒険者としてそれなりに活動しており、こちらの世界においては目の前の人達よりもずっと強いのだが、それは見ただけで分かるものではない。
「まあ気持ちは分かるので良いですよ」
あくまで部隊を預かるリーダーとして、そして自衛官という立場からくる責任感からの発言のようなので別に気分を害する事もないだろう。
それにこっちもどうせいつかは力を証明しなければならないと思っていたところだ。
ならばこの状況はむしろその機会が早く訪れて助かったくらいである。
「それじゃあまずは真力で強化された肉体の力ってものを見せますね」
そう告げると、この中で一番大柄で筋骨隆々としている佐々木さんに協力を要請する。
「本当にいいのか?」
「はい、問題ないので全力でお願いします」
元ラグビー選手だかで自分の肉体の強さに自信があるせいだろう。
何度か本当に良いのかの確認してくる佐々木さんだったが、こちらが問題ないと念押しするとやがて覚悟を決めてこちらを倒すべくタックルを仕掛けてくる。
その動きは鋭く慣れているのが窺えて、だけどどこか手加減しているのが分かった。
やはり体格や体重の差を完全に気にしないのは無理だったらしい。
「う、嘘だろ……」
「だから言ったでしょう。全力で構わないって」
だがそのある種の余裕も俺とぶつかった瞬間に吹き飛んだようだ。
なにせ構えもせずに突っ立ったままの俺を佐々木さんはその場から一歩も動かすことができなかったからだ。
別にこんなのはなんら特別なことではない。
真力を持たない相手なのだから十を超える真力を持つ俺が負ける道理がないのだから。
もっともその法則は異世界でのみ有効なものであり、あちらの世界の常識では通用しないものなのも分かっているが。
その後の認識を改めた佐々木さんがどれだけ全力でタックルをしてその場から動かすことさえできない事実を前に、他の人も疑っていたこちらの力がどれほどのものか理解ができたらしい。
顔合わせをしたとはまた違った驚きの表情を浮かべている。
更にその後も木の上まで数メートル以上上にある木の枝に跳躍してみせるなど忍者じみたなどの動きをしてみせたり、自傷してから転移門の回復機能を使ってみたりして報告されていた力が嘘ではないことを証明していく
「……これが真力と転移門の力という奴なのか」
「はあ、はあ。話には聞いて分かっていたつもりになっていましたが、実際にここまでの力の差を見せつけられるとその凄さを思い知らされますね。まさかここまで赤子のように軽々と捻られるとは」
酒井さんが唸りながら感心しており、佐々木さんはどうにかこちらを一泡吹かせられないかと奮闘したものの無駄に終わって今は息を大きく乱している。
「あの、真言の中にはまるで魔法のように炎や水を生み出せるものがあると聞いたのですが、そういった真言は見せてもらうことは出来るのでしょうか?」
「はい! 私も見たいです!」
丁寧な形で尋ねてきた鈴代さんに便乗する形で初島さんもそう言ってくる。
「そういった真言は真力を消耗するのであまり乱発するもんじゃないんですけど、まあこの辺りにはゴブリンしかいないので大丈夫ですかね」
それに本来は自分の持っている真言、特に切り札になりそうなものはそう簡単に明かさないそうなので、ここで手の内を晒すようなことは普通の冒険者なら褒められた行為ではない。
(まあそれについては今更なところもあるしけどな)
なにせそんなことを知らずにゴラムや、ゴブリン退治の報告の際にハインツ副団長などにも第四階梯の『雷電』を手に入れたことを話してしまったのだ。
ゴラムからすればあんなに簡単に話すのだから他に切り札となる真言が有るのだろうと思っていたと驚かれると同時に呆れられたものだ。
それでもミスをそのままにしておくよりはマシだろうから、俺は今回のデモンストレーションでは『雷電』は使わない。
選んだのは『火炎』の真言だ。それも『増強』による強化はない通常のものである。
周囲の木々に燃え移っても困るので威力は最低限して、手早くかざした掌の前に火の球を作り出すと、それを近くの遺跡の壁に向かって撃ちだした。
「今のはそれなりに加減しましたが、この程度の威力でもゴブリンくらいのストーン級の魔物を仕留めるのには十分ですね。でも逆に言えば、それ以上の魔物にはまず通用しません」
壁にぶつかって舞い散った炎の熱がこちらまで伝ってくるが、やがてそれらもエネルギーである真力を消費し尽くして消えていく。
だがこの程度のものでも彼らの望みを叶えるのには十分だったらしい。
「す、すごい、これが真言の力……」
「手から炎が出たよ! 本当に魔法みたいに!」
「おいおい、マジですげーな!」
「おい、お前達。こんな森の中で大きな声を出すな。もらっていた資料にも魔物が寄ってくる危険性について書いてあっただろうが。……まあ騒ぎたくなる気持ちは嫌というほど分かるがな」
流石に部隊の隊長を任せられるだけあってか酒井さんは最低限の冷静さを崩すことはなかったが、それでも驚いた様子は隠し切れていなかった。
「とりあえずこれで納得してくれましたかね?」
「勿論だ。むしろ疑ったようですまなかった」
「いえ、別に気にしてないので大丈夫ですよ」
それに結果的にはこの方が今後はやり易くなるだろう。実力を疑われたり舐められたりしたら、こっちの言うことを聞かないとかも起こりそうだし。
むしろそうならないような場を整えてくれたことに感謝しながら、今度こそ目的としていたハリネ村へと俺達は向かうのだった。
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