第50話 『雷電』の真言と転移門の機能拡張

 限界を超えた火球による一撃。


 それによって発生した大爆発の余波は想像以上のものだったらしく、距離を取っていた俺も吹き飛ばされてしまった。


「でも生きてる……ってさっきも似たようなことあったぞ、おい」


 そんなバカなことを呟いていられる余裕がある理由。


 それはあの火球による爆発が起きて少しして、自分の中に真言が刻まれる感覚があったからだ。


 その名は『雷電』。


 それが秘めている真力はこれまで得てきた真言のどれよりも強いように感じられた。


 それこそ第三階梯の『増強』を手に入れた時よりも。


(ってことはまさかこの『雷電』は第四階梯なのか?)


 あるいは第五階梯の可能性もあるだろうか。


 いくら亜種とはいえ元は色蛙だった相手なので、流石にそれはないと思うのだが。


 なんにせよこんな強力な真言を持っている個体が、あの電撃を放ってくる角を持つ亜種以外にいるとは思えない。


 その予想通りしばらくして煙が晴れると、頭部が完全に吹き飛んだ状態で倒れている亜種の姿が見えてきた。


「はあ、よかったあ」


 そのままその場に尻もちでもついてしまいたかったが悲しいかな、まだ俺にはやるべきことが残っている。


 それは暴走して転移門を通過してゲートマスターになるという仕事だ。


(さっさと済ませよう。ここで放置して、また亜種を生み出されたら溜まったもんじゃないし)


 知覚に魔物の姿はないから大丈夫だとは思うが、詳しい条件が分からない以上は油断は禁物だ。


 次に亜種が現れたらこんな足を引きずっている状態で勝てるとは思えないし。


 そう思って俺は三つ目のゲートを確保しようと門を通過しようとしたのだが、それは転移門から聞こえる謎の声の警告によって止められた。


 もっともその理由は先程とはまるでちがうものだったが。


【警告・ゲートマスター候補者の生命が危機に晒されています。このまま転移を続行した場合、ゲートマスター候補者の生命維持を保証できません】


 そう言われて自分の全身を見てみると、確かにボロボロだった。


 これで生きているのは真力による肉体の強化があるからだろう。でなければ痛みでまともに動けないどころでは済まないかもしれない。


 即ちこのまま現実世界に戻って真力による強化が無効化されればどうなるか分からないということであった。


 生命維持を保証できないと言っているし、それこそ死んでもおかしくないのかもしれない。


「流石にそれが分かってて戻るのは御免だな」


 とはいえこのまま暴走する転移門を放置することもできない。


「という訳で、どうにかして転移門を通らずにゲートマスターになることはできないのか?」


 駄目もとで謎の声に尋ねてみる。


【ゲートマスター候補者の要望を確認。検索中……ゲートマスター候補者が隣接するエリアの転移門のゲートマスターであることを確認しました。それにより地脈を通じて隣接するエリアの転移門からゲートマスターの情報の共有が可能です。実行しますか?】


 すると要約すれば可能だという答えが返ってきた。


(隣接するエリアっていうとハリネ村か? それとも二つ目の門か? そこから俺の情報を引っ張ってこれると)


 だとすると隣接するエリアのゲートマスター以外ではこの方法とやらはとれないということだろうか。


「まあ細かいことは後でいいや。それで転移せずにゲートマスターになれるならやってくれ」

【実行の意思を確認。これより隣接するエリアからゲートマスター情報の共有を開始します。ゲートマスター候補者はその場から動かず、しばらくお待ちください】


 そう言われてしまっては仕方がない。

 その場に座って待つことしばらく。


【情報の共有が完了しました。現在を持ってエリア1249の転移門全てがゲートマスターの管理下に入ったことが確認されました。該当エリアの転移門の一部の機能が拡張されます】


 これまたよく分からない発言に頭を悩まされる。


(エリア1249だって? いったいどれだけの数の転移門が存在するエリアがあるってんだ)


 恐らくだが、このエリア1249の転移門とやらは俺がゲートマスターとなっている三つのことだと思う。


 それ以外に近くに転移門のゲートマスターになった奴などいないはずだし。


【警告・ゲートマスターの生命の危機を確認しました。ゲートマスターの生命保護を最優先とし治療機能を行使します】

「はい?」


 その返事を肯定だと捉えられたのか、急に身体に温かい何かが流れ込んでくると同時に捻っていたと思われる足やボロボロになっていた全身から痛みが引いていくではないか。


 それどころか再三吹き飛んだことでできた無数の擦り傷や切り傷が、まるで映像を逆再生でもするかのように塞がっていく。


 流石に一瞬で元通りとはいかないみたいだが、ある程度の時間で全身の傷が完治している。


「すごいな。これが拡張されたっていう機能って奴か」

【肯定。これらの機能は該当の転移門の傍でのみ使用可能な物であり、更にゲートマスターの状態を確認することも可能となっています】


 とりあえず物は試しということでそれもやってみる。


 すると頭の中で自分が所有している真言についての情報が出てきた。


鳴海 司

真力 14


真言 8

第零階梯『小鬼感知』

第一階梯『鈍感』『悪食』『交配』

第二階梯『負荷』『火炎』

第三階梯『増強(真言)』

第四階梯『雷電』


 自身が保有している真言が第何階梯なのか分かるだけでなく、そこにどんな効果が秘められているかも意識を向けると分かるようになっているようだ。


(やっぱり『雷電』の真言は第四階梯だったか)


 その『雷電』だが、簡単に言えば『火炎』と似た真言だった。


 真力を消費して雷球などを作り出して攻撃できるというものである。


 ただし『雷電』は『火炎』と異なり1~5までの間なら好きに真力を込めて発動ができるようである。


(『増強』がなくても威力の強化などが可能と。そして二つの真言を同時に使用する必要がないから、比較的簡単に強化した真言を使えるのか)


 厳密に言えば真力を5消費して発動する『雷電』を『増強』で更に強化する、みたいなこともできるみたいだが、それにはとんでもない制御能力が必要になるようなので、今の俺には到底無理な芸当である。


「まあそれについては鍛錬を積むしかないだろうし今はいいや」


 それよりも考えなければならないことが他にある。


「……今の戦いでこの辺り一帯が荒れ果てちまったけど、許してもらえるんかな?」


 蛙沼という沼地は広いし、それら全てがこの戦闘でダメになった訳ではない。


 だけど少なくともこの近くの木々はほとんど焼き払われており、沼地もボロボロである。


 これでは採取できる薬草なども当分は生えてこないに違いない。


(正直に話せば許してくれる……よな?)


 魔物に襲われて抵抗した結果だから大丈夫だと信じたいところではあるが、如何せんこっちの世界の事情にはまだまだ詳しくない。


 だから完全に大丈夫だと言い切れないのが怖いとこである。


(この亜種の死体とか魔石を賠償金に当てればどうにかなるかな?)


 となるとこの死体も放置する訳にもいかないだろう。


 有難いことに治癒機能で全快した身体と14になった真力のおかげもあって、かなりの重さもあるその死体もどうにか持ち運ぶことができそうだ。


(最悪のケースになりそうなら転移門で現実世界に逃げるか)


 そんなことを考えながら俺は亜種の死体を担ぎ上げると、ここでの仕事を終えて帰還するのだった。

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